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英雄と恩師

無事、タイトルの幼女誕生です!よかったよかった。

「じゃから、もうすぐマルスのところも生まれるから、わしの代わりに挨拶しておいてくれと頼んでおるんじゃ。」

デルバー先生は相変わらずだった。


「先生、お言葉ですが、ウチも生まれたばかりなんですよ。そんなちょくちょく外出させられますか。」

僕はこのつつましいながらも幸せな、この家での暮らしに満足していた。


テーレという最高の奥さんがいて、精霊のブリーズという口の悪い友達。


そして生まれたばかりのかわいいヒメル。

この生活に満足していた。


しばらくは魔獣の森の調査も奥地まではいかず、場所を変えて周辺を探っていた。

幸い、これまで魔獣や妖魔が活性化する気配は全くなかった。


「反論は受け付けんぞ。それに移動は馬車を用意した。もうすぐ着くからはよう準備せい。あと、もうちょっと右に寄らんか。」

ほんと、相変わらず無茶だった。


テーレはにこやかに笑っていた。

時折、ヒメルがなくので、子守唄をうたっていた。


先生、あんたのせいで泣いてるよ!

というか、僕見ていないよね?

ヒメルを見てるよね?それ?


「あなた、ここは先生に従いましょう。しばらくここを離れることになるけど、この子にとって英雄との縁も大事かもしれないわ」

テーレの言うことはもっともだった。


いまどき、英雄マルスに気軽に会いに行けるものではなかった。

長男のクロノス様の時に一度行ったが、その時はヒメルがお腹にいたので、僕だけでお祝いをしていた。


こんど長女が誕生するとのことだった。

名前はプラネート様というらしかった。


ヒメルと同じ年に生まれる、いうなれば同期だった。


同期といえば、メルクーアもあそこにいるんだよな。

デルバー先生の秘蔵っ子もいまでは英雄の部下か。


そう思っていると、先生の言うとおり馬車が到着していた。

これから5日あまりかけて、ゆったりとマルス辺境伯領への旅行だ。


そう考えると少し気が楽だった。


相変わらずの村長やトートにしばらく不在を告げて、英雄マルスの領地まで、親子水入らずの旅。


「うん、いい感じだ。」

思わず笑みがこぼれていた。





そして楽しい旅は目的地にたどり着いた。

各辺境伯の領地を結ぶ街道は、いざという時のために、道幅はかなり広かった。

森からはかなり離れているが、時おり巡視隊のような人たちも見られた。

あの惨劇の傷跡は、人々の心にしっかりと残されているようだった。



「マルス様お久しぶりです。旅の途中でお聞きしました。この度はご出産おめでとうございます。プラネート様もアデリシア様もご健勝で何よりです。」

これでも僕は、社交辞令はしっかりとする方なんだ。

そのあたりをしっかりと見せつけないと。


「どうした、エルツ。今日は嫌に堅苦しいな。父親になるとそうなるのか?」

英雄マルスは僕の肩をたたきながら、楽しそうに笑っていた。


だいなしだ・・・。マルス様のばか。


「お前の嫁さんとははじめてだな。」

そう言って英雄はテーレに向き合っていた。


「はじまめして。俺はマルス。俺のことはマルスと呼んでくれて構わない。この通り、失礼が服を着ているようなものだ。もし、あなたが不快に思うのであれば、改めよう。俺はそのあたりは心得ているつもりだ。友人のネルフマイヤーなどから注意を受けているからな。そして、俺はこのエルツを弟みたいに思っている。だから君はいわば弟の嫁さん。家族だな。だから、ここでは遠慮しないでほしい。」

驚くべき紳士ぶりを発揮して、優雅に挨拶していた。



そして英雄マルスはテーレに抱かれる、小さなヒメルに向かって優しく囁いた。


「ヒメルか。いい名だ。父母に似て賢そうな顔をしている。ヒメルよ、その名にふさわしいように自由にこの世界をかけてみろ。境界のない世界。それがお前に、両親が望んだことだろう。だが、この世界は厳しい。お前にはこの先いろいろあるかもしれん。もし、苦しくなった時はウチに来い。お前が安らげる場所は、この俺が、この俺の家族が何とかしてやる。まあ、まずはうちの娘プラネートと、いい友達になってくれるとうれしいぞ。」

英雄が指で赤子と遊ぶ姿。


めったに見られないものを見た。

そして、その配慮に泣けてきた。


「そこの小さな精霊。お前にも挨拶がまだだったな。俺はマルス。お前の名前は問わない。それは無粋というものだ。ただ、この屋敷でのお前の自由は保障する。風の精霊。ここにいる限り、お前はお前の意志で存在しろ。」

驚くべきことに、人化していないブリーズの存在を知覚していた。


すべてにおいて、さすがは英雄という感じだった。

僕はこのとてつもなく大きな人を前にして、大きな安心を覚えるとともに、自分も家族にだけは、そんな存在になりたいと思ってしまった。

がらでもないが、そうおもったんだ。


そんな僕をテーレは優しく見つめていた。さすが僕の奥さん。なんでもお見通しだね。

じゃあ、頑張ってみるかな?

僕の笑顔ひきつってないかな・・・?




それからさらに5日間。英雄の勧めもあって屋敷に滞在していた。

メルクーアとも久しぶりに会って、彼女の魔道具を合意の上で貰い受けたりと、割と有意義にすごしていた。

メルクーアからはもう来ないでいいと言われたけど、まあ無視しよう。


テーレの方は、すっかりとアデリシア様と打ち解けて、仲良くなっているようだった。

穏やかな時間が僕たちの中で過ぎていった。


「エルツよ。もうできたようだから帰っていいぞ。」

散々帰ろうとするのを引き留めて、ずるずる5日間も滞在させて、最後の最後にそれ?

僕はあっけにとられていた。


隣でテーレが笑っていた。

何がそんなにおかしいのだろう。

ていうか、帰るのに許可が必要だったの?

ついでに思えば、今回なんでこんなに滞在したのかわからなかった。


まあいいか。

目的がないのは今に始まったことじゃない。しかし、良くわからない旅だった。

まあ、それでもいいことはたくさんあった。


帰りも5日かけて、村にたどり着いていた。



「あれ?」

やっと到着した懐かしの我が家・・・・・がなかった・・・・・・。



我が家があった場所は、きれいさっぱりなくなっていた。


納屋予定地って、やっぱりあれそうだよね?


僕は元、家のあった場所で立ち尽くしてしまった。


「あれ?」

情けない顔で、テーレを見た。


「ふふ。こっちです。」

なぜかテーレは僕を案内しながら歩いていった。


「そっちは森だけど・・・・」

僕はテーレのあとに続きながら、自分の知識からくる情報を告げていた。


「いいえ、森だった場所よ。あなた。」

テーレはそう言って、僕の前から体をずらし、それが視界に入るようにして見せた。


「これが新居です。あなた。デルバー先生がヒメルの出産祝いにと用意してくださいました。」

そう言うと中から扉があき、見知った人がお辞儀をしていた。


「ばあや・・・・。」

乳母のばあやだった。


「ご無沙汰しておりました。エルツ様。こんどはヒメル様のお世話をさせていただけることになり、本当にこれにすぎる喜びはございません。テーレ奥様。なにとぞよろしくお願いします。」


そういって涙を流すばあやは昔のままのばあやだった。


「あなた、お名前は?」

テーレはばあやの名前を聞いていた。


「ばあやは、ばあやだよ。」

僕は単純にそう答えていた。


「いえ、ですから、お名前を・・・」

テーレは困った声を出していた。


会話が聞こえたのか、ばあやが自ら名乗ってきた。


「はじめまして、テーレ奥様。私はバーヤ=ウバエルと申します。エルツ様をはじめ、ばあやと呼ばれております。」

テーレの目から見ても丁寧なお辞儀だろう。年季の入ったしっかりとしたものだった。

長年貴族の家に仕えてきただけのことはあった。


「ばあやは、ばあやでしょ?」

僕は一応念を押した。


「かか。わからんわい。このどあほ。」

相変わらずのブリーズだった。


「こりゃ。エルツ様にどあほ、とは何事ですか。あなたがブリーズさんですね。ちょうどいいです。あなたにもお行儀というものを教えて差し上げます。」

ばあやはさらにその上を行く存在だった。





そうしてあっという間に3年という月日が流れていった。




来る日も来る日も夫婦そろっての森の調査。

ある時は遺跡を発掘したり、ある時は妖魔の群れを撃退したり、周辺の辺境伯領の安定化に人知れず貢献していた。


そして、二人の子供であるヒメルは健やかに成長していった。

しかし、成長するにつれて困ったことが起きていた。



「エルツ様。またデルバー先生からぬいぐるみというものが送られてきました。もう部屋はぬいぐるみだらけです!」

ばあやの悲鳴はもう限界といった感じだった。


そう、デルバー先生はいつも一人のヒメルが退屈しないようにぬいぐるみというかわいいものを大量に送り届けてくれていた。


「ヒメルはこの銀色の馬みたいなのが好きなのよね。形は変だけど、色は銀色がこのみね。これってあなたの髪の色だからかしらね。」

不用意なテーレの一言は、なぜかデルバー先生の耳に届いていた。


それ以降、銀色一色で、部屋はくらくらするほど、まぶしいものになっていた。


「いや、限度があるでしょ・・・・。」

僕は何気にその一つを取り出していた。

やっぱり形が微妙におかしい。馬なのか?じっくりと観察してみた。

ある仮説が頭をよぎった。

違うものを手に取って、次々とそのことを確認した。

おおよそすべてのぬいぐるみを手に取ってみた。


そして、自分の推測が正しいことを認識した。


「これ、全部先生の手作りだ・・・・・・」

これにはさすがのテーレも唖然としたようだった。


すでに部屋を一つそれだけのために用意していた。


いま我が家は、孫?可愛さという侵略者の手により、居住の権利を侵される危機に陥っていた。


「またきました!」

ばあやの絶叫が家中に響き渡っていた


デルバー先生、相変わらずマメですね・・・。

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