共同生活
エルツさんは森に調査に。テーレさんは家で家事をやりましたとさ。
共同生活が始まった。
しかし、共同生活という割に、その実情は単純なものだ。
実際は朝早く、僕が森に行く。夜遅く帰ってくる。
ただ、その繰り返し。
僕が家にいるのは、夜森の調査結果を二人分用意することだった。
「悪いね。いつもご飯を作ってもらってさ。それに、お弁当まで。」
僕はテーレに感謝していた。
「かか。こやつもまんざらではないからの、気にするでない。それに、こやつの調査もしておるのじゃ、これくらいは当たり前じゃろうて。」
ブリーズは得意そうに食べていた。
「いや、ブリーズさん。君はもう少しテーレを手伝ってくださいよ?これでも彼女は病人と健康人の間ってとこだからね。僕がちゃんといいというまでは、無理させないようにしてくれないとね?」
一応確認しておいた。
「何じゃ?信用無いかの?この女のダメダメぶりがそんなにみたいのか?」
「あーダメだってブリーズ。」
何かとんでもない会話が聞こえたが、気にしないことにした。
「今日は特に何もなかった。でも、昨日と同じだけど、やはり魔獣の活動はあるね。組織だったものはないけど、なんだか気になるので、明日、明後日と森で過ごすよ。」
僕はただ、何となく、横になりながら、そう告げていた。
「ええ?大丈夫なの?」
テーレは盛大に驚いていた。
「うん・・・これでも一応冒険者もしてたし、まあ、実力もある方だよ?」
ちょっと悲しかった。
そんなのひ弱に見えるんだろうか?
「うーん。何か私にもできることがあれば・・・・。」
テーレは真剣に悩んでいた。
「テーレ。僕が帰って来た時に、お帰りと言ってくれるだけで、僕は満足だよ。」
本心からそう思う。
ここに帰ってくるんだと思うだけで、無茶なことや、自暴自棄にならなくてすんでいた。
自分の思考に入ってしまって、周りを見ていなかったのか、いつのまにかテーレは毛布を頭からかぶって休んでいた。
「おやすみ。」
僕はそういうと、つかれているのか、体が自然と眠りに落ちて行った。
翌日、いい臭いで目が覚めた。
ああ、いいものだ。
僕はそう思っていた。
「かか、今日は盛大じゃの。」
ブリーズがテーレをからかっていた。
日常的に行われている何気ない会話、しぐさ。
そう言ったものが、僕にとってかけがえのないものになっていた。
「じゃあ、行ってくるね。」
僕は小屋を出るとき、背中に人のぬくもりを感じていた。
「なっ。テーレ?」
僕は固まってしまった。
「これは、行ってらっしゃいのおまじない。帰ってきたら、ただいまとお帰りなさいをいうまで解けない呪縛です。ご無事をお祈りします。」
テーレは背中に顔を押し付けて、そう告げていた。
「ありがとう。行ってきます。」
「ブリーズも留守番よろしくね!」
僕は確かな温かみを感じつつ、振り返ることなく、宣言していた。
「かか。まあ、わしの方が気持ちよく送り出せるがの、残念娘で辛抱せい。」
ブリーズ節は、今日も健在だった。
「僕は、テーレがいいよ。」
つい言ってしまった。
何言ってんの、僕?
恥ずかしい。
ブリーズから微妙な空気が漂う感じだった。
僕は一目散に駆け出して行った。もうはずかしくて、帰れないかも?
その日、僕は森の中まで走り続けていた。
「くそ・・・油断した。」
2日目。森の中で遺跡を発見した。
例の装置があるかもしれない。細心の注意を払って周囲を探索した。
特に何もない。
位置情報をデルバー先生に送信して、遺跡内部に入ろうとしたとき、奴らは急に襲い掛かってきた。
完全な不意打ちになっていた。
それは上級妖魔が姿隠しを使っていた証拠だった。
何とか撃退に成功したが、少々厄介な毒をもらってしまった。
応急的な解毒はすんでいるが、じわじわとやってくるこの感じは、完璧に成功していない証拠だった。
この刃先に付着しているものを解析すれば、あるいは可能かもしれない。
しかし、それをするには一度戻らなければならなかった。
いま、このエリアには敵意はない。いまなら、この遺跡に潜れる可能性があった。
「姿隠しをつかってまで守るものがここにはある。」
自分自身の考えを確認していた。
「どうするか・・・。」
いずれにせよ迷っている暇はなかった。
遺跡に入り、確認してから撤退する。
遺跡にはいらずに撤退する。
この2択だった。
目を瞑り、考えをまとめる。この場の最良の選択はなにか。
脳裏に浮かぶテーレの笑顔。約束。
「あれ、良く考えると、ここで無理してもしかたないか?」
もとから目的があってしている調査ではない。
仮に何かを失ったとしても、自分をかける代物かどうかも分からないものだ。
「それに、僕は勤勉じゃないことはデルバー先生も知ってるし。」
言い訳をしていることはよくわかっていた。
自分の中で、それだけ大きな存在になっていたんだ。あの日常が。
かけがえのない毎日。
かけがえのない笑顔。
ただそれを守るためだけに、僕は勤勉を演じていることに気が付いた。
まず、刃先の毒物の解析だ。
手持ちの道具でできるところまではやっておこう。
帰った時に心配をかけないように。
できるだけ、簡単に終わるようにしないと・・・。
注意を怠っていた。
狙い澄ました矢が僕の腹部に刺さっていた。
本当はどこ狙ったのかな。
激しい痛みの中、そんなことを考えていた。
「帰らなきゃ」
ただその一心で、僕は帰還の魔法の魔道具を発動させていた。
帰還地点は玄関の外に設定してある。
ただいまを言わないと。
玄関の前に現れた瞬間に、扉が勢いよく開かれていた。
「はやく、なかに。血止めをします。」
なんだかわからないが、状況を把握しているようだった。
ああ、遠見の魔法が精霊魔法にあったな。あれを使ってたのか・・・・。
「矢を抜くとたぶん大出血する。先に毒の方を解析するよ。」
そう言って僕は残りの工程で毒の正体を突き止めていた。
出血量が割と気になるくらいになっている。
回復薬を飲み続けながら、一抹の不安が押し寄せていた。
「大丈夫。まだ、ただいまを言ってもらってません。」
テーレは涙交じりにそう訴えていた。
そう言えばそうだった。
ならば、それに賭けてみよう。
僕は矢を抜くと同時に、回復薬をふりかけた。
薄れゆく意識の中、テーレの声だけがやけに鮮明に聞こえていた。
体が重い・・・・。
どんどん沈んでいくようだ。
ああ、これが死の感覚なんだな・・・。
ごめんテーレ。
結局、お帰りを言ってもらえなかったな。
僕もただいまを言えてない。
君に伝えたいこともあったけど、どうやらそれもだめなのかな・・・・。
「かか、ニンゲン。おぬしの気概はそんなものか?」
なぜかブリーズの声が聞こえていた。
「おぬしは、テーレを置き去りにするのか?おぬしがよいというまであの娘はあそこから出れんのじゃろ?それでいいのかニンゲン?」
いいわけがない。
あの村がいまだテーレを迫害視しているのはわかっている。
いま、日常生活はできるが、戦闘に耐えれるだけの回復はできていない。
そんな状態で、森に放り出すことなどできるわけがない。
ここであがかないでどうなる。
みっともなくてもいい。
無様でもいい。
最低でもいい。
あがいてやる。
生きることにしがみついてやる。
僕がいることで、テーレを救えるのなら、僕はたとえ死んだとしてもよみがえって見せる。
その瞬間、僕の体を救い上げる感覚があった。
僕の手はテーレの手をつかんでいる感覚があった。
「よく頑張ったの。エルツ。それと、マグナスよ、礼を言うぞ。」
よく知った声が聞こえてきた。
「いえいえ、この方に生きる意志があったからですよ。それと、こちらのお嬢さんも一応治療しましょう。」
知らない人の声がした。
いったいどのくらい意識を失っていたのか、まずそこが気になった。
「テーレにたくさん心配をかけたんだろうな・・・・・。」
思わず言葉に出していた。
「ええ、それはもうたくさん。この罪はどうやって償ってもらいましょう。」
テーレの声は涙交じりだった。
そして、右手はしっかりとテーレの手を握っていた。
「そうか。ありがとう。そしてただいま。」
僕は笑顔でテーレに告げていた。
「おかえりなさい。」
テーレの笑顔は格別だった。
「そう言えば、ブリーズの声が聞こえたんだ。彼女にも礼を言わないと。あきらめかけた僕を励ましてくれたんだ。」
僕は嫌な予感がしていた。
ブリーズの名前を出したとたん。テーレは顔を背けていた。心なしか、体が小刻みに震えていた。
「え?まさか、そんなことってないよね?」
僕は一抹の不安を感じていた。
「ばかもん!わしはしんでおらんぞ?」
頭の上から声が聞こえた。
あいている手で、探してみると、小さな体をつかんでいた。
「わっ、こら。どこさわっておる。」
それは小さくなったブリーズだった。
「ん?ブリーズ。とっても残念な姿になったね。」
僕はブリーズ節で告げていた。
「なんと!それが命の恩人に向けて言う言葉かえ?どれだけわしの力をお主に注いだと思っておる?」
ブリーズ顔は、怒りに染まっていた。
「ああ。ブリーズも炎の精霊になったみたいだね。ただいま。そして、ありがとね。君がいなかったら、僕はあきらめたかもしれないよ。」
改めて座り直し、頭を下げて、お礼をした。
「むむ。まあ、よい。わかればよろしい。」
手の中で精一杯、偉そうなブリーズだった。
「でも、その姿じゃねぇ・・・・。」
テーレはついに笑いをこらえきれなくて、噴出していた。
あっそういうことね・・・・・・。
とんだ勘違い男を演じてしまった。
急に気恥ずかしさがこみ上げてきた。
「まあ、それくらい元気なら大丈夫でしょう。」
マグナスという人が回復魔法をかけてくれたようだった。
司祭さまか?いずれにせよ死の淵から引き上げるくらいだ。実力は相当なもんだろう。
「マグナス様。ありがとうございます。テーレの方まで治療していただいて。」
僕は素直によろこんでいた。
僕の回復薬では時間がかかりすぎた。
「なんの、君の回復薬は自己治癒能力を高めるのだろう。次のけがには抵抗力がつく。生命というのは元来そういうものだ。回復魔法はそれを無視して無理やり回復させているものにすぎないのだ。もちろん緊急の場合には有効だ。でも、治るのを待つというのは大事なことなのだ。それは再び怪我をしないという気持ちにもつながるからな。」
マグナスさんはちょっと変わった司祭のようだった。
「マグナスよ。お主を送って行こう。こやつ、わしにだけは礼を言わんからの。」
デルバー先生は明らかにすねていた。
「あ、先生。いらしてたんですね。死にかけました。しんどいです。この仕事危険手当が少なすぎます。あと、なんですか、このぼろ屋。」
僕は一応いつも通りに接していた。
「おぬし、こんなときまで変わらんの。まあ、あの遺跡は別のものにさせるから、おぬしはもう少し、ここで養生すればよかろう。あの壊れた通信魔道具は新しいのを届けるので、定期的に連絡するんじゃ。」
デルバー先生はそう言って、僕の頭をなでていた。
「エルフの娘さん。こいつはわしにとって子供みたいなもんじゃ。もしよければこの先も面倒を見てやってほしい。こやつはほっとくと、どこぞで、のたれ死ぬやつでの・・・。」
デルバー先生はテーレに礼を尽くしていた。
「ええ、罪を償ってもらうまでは離れません。」
テーレは即答していた。
「では、せいぜい重い罪でお願いするかの。こやつの魂を縛るくらいで。」
なにそれ?
どんだけ重い罪なの?
僕はあっけにとられていた。
「では、そうします。」
え?
テーレもそこ納得?
訳が分からなかった。
翌日。
この共同生活は変化を見せていた。
朝、2人そろって森に入り、よる2人そろって家に帰る。
すっかり傷の癒えた二人は、共同して調査を続けていった。
二人は朝に昼に夜にと、同じものを見て、同じものを感じるものになっていった。
時間が、二人がお互いに分かり合うことを手伝っているようだった。
そして世界は二人を一つの家族として認めていた。
同じ時間、同じ場所、同じ価値観を共有し、二人の世界は共通したものになりました。
想定の半分にきました。
これから終盤にむけて進めていきます。




