罵倒のあとのお味は?
エルフさんは目を覚ましました。
さあ、エルツ君の修羅場の幕開けです。
まず、感謝された。悪い気はしなかった。
そして、今、土下座中。
しかも、彼女は部屋の隅でローブにくるまっていた。
「かか。へるもんでもなし。感謝が台無しぞ?」
風の精霊はあれから少し打ち解けて、僕の弁護をしてくれていた。
「こやつは、それはねっとりとおぬしの体をなめましておったわ。」
「おい、ちょっと待て!それは冤罪だ。」
僕はあわてて訂正していた。
背中を向ける彼女全体から怒りの形相が見て取れた。
「かか。言い間違えじゃ。ねっとりとその残念な胸をなめまわすように見ておったわ。」
精霊はまたも爆弾を落としてきた。
「いや、なめまわすように見てないって。それに残念とか言ってないし、つつましいと思ったけ・・・・ど・・・・。」
彼女が手近にあった通信用魔道具が、僕の腹部に直撃した。
痛みのあまり、魔道具を支えることもできず、床に割れて粉々に砕け散っていた。
「いや、ごめん・・・・。1回だけだ・・・・・・。」
必死に弁解したが、今度は調合道具が肩を直撃した。
「ちょっとフォローして!」
たまらず精霊にお願いした。
「かか。まあ1回だけじゃ。あとは全部おぬしのサービスじゃよ。テーレ。おぬし寝相悪いからの。一度はその残念な胸でエルツを窒息させるところじゃったぞ?まあ、骨が当たって痛いって言っておったがの。なんでじゃろうの?」
最悪だった。もう僕は死を覚悟した。
お父さん、お母さん。おばば。先立つ不孝をお許しください。
これも全部デルバー先生のせいです。
僕は死ぬ前に、先生の悪口を書きたいとおもっていた。
自分の死にざまを考えていたので気づくのが遅れたが、彼女は大声で泣いていた。
「あーあ。エルツ。泣かしたらいかんの。気にしてるこというから。」
「いや、君が原因7割だよね!」
僕は思わずそうさけんでいた。
泣いている女性をそのままにはできない。
僕は男爵家の男として、放置できなかった。
ゆっくりと近づき、泣きじゃくる彼女の背に優しく囁いた。
「泣かないで、きっと成長するから・・・。」
すさまじい衝撃を顎に感じた。
僕は論点を間違っていたことに、薄れゆく意識の中でおもいしった。
かぐわしい香りで、僕は目を覚ました。
一瞬ここがあの世というところかと思ってしまった。
「おお、テーレ。おきたぞ。」
風の精霊は顔を覗き込むようにして僕を見ていた。
どうやらあのまま意識を失っていたようだ。
自分の体の上に重みを感じ、それがローブだと思うと、最悪な結果にならないように、両手で視界を遮った。
今度はしっかりと指に隙間を作らなかった。
「かか、この反応。おもしろかろう。それに、見て分かったじゃろ。」
風の精霊は楽しそうだった。
「そうですね・・・・。まあ、納得できない部分はありますが、助けていただいたことにまずお礼をしなければいけません。手をどけてください。大丈夫です。服は着ています。」
エルフは心地よい声で、そう告げていた。
恐る恐る目を開けて、手をどけた。
体を起こして、声のした方に向き直った。
そこには、美しいエルフがいた。
僕は何度もその顔を見ていたはずなのに、思わず見とれてしまっていた。
「なんてうつくしい・・・・・。」
自然と言葉が口からこぼれだした。
「かか。妙なことをいう人間じゃ。治療中何度も見ている顔じゃろうて」
精霊は不思議そうだった。
頭を振って、僕は呆然とした自分を呼び起こしていた。
「いや、あの時は必死だったし、そんな心の余裕がなかったよ。」
僕は精霊を見ずにそう告げていた。
僕の目はエルフにくぎ付けだった。
「そんなに見つめらると困ります。」
エルフは顔を赤らめていた。
「かか、こやつもおぬしの残念な裸体を思い返しておるんじゃ。しかたない。」
「おい!」
思わず身を乗り出していた。
それよりも早く、エルフの声が響いていた。
「いい加減にして頂戴ね、ブリーズ。」
すさまじい迫力だった。
「かか、これは調子に乗りすぎたかの。のうエルツ。」
おいおい、一緒にするんじゃない。
俺は目で訴えた。
「かか。これは分が悪い。わしは退散じゃ!」
そう言って風の精霊ブリーズは人化を解いて消えていた。
「ごめんなさい。悪い子じゃないの。ただ、あなたのことが気に入ったみたい。あんなに人の姿になるなんて考えられないことだわ。」
エルフの乙女は改めてお辞儀をしていた。
「危ないところをありがとうございました。ブリーズから聞きました。治療までしていただいて、本当にありがとうございます。」
また、深々と頭を下げられた。
「いや、偶然通りかかっただけですよ。それと、僕の名前はエルツ=フォン=メタリウムといいます。エルツと呼んでください。それで、あの・・・・・。」
その先は少し言いづらかった。
「テーレ=ラヴィーヌ。私もテーレでいいです。エルツ。あの子、風の精霊はブリーズ。精霊にとって名前は重要なので、めったに教えないと思ってください。これはあの子の信頼の証です。」
了承は取ってあるのだろう。そう呼んでいいということだった。
「テーレ、ブリーズ。改めてよろしくね。特に、テーレ、君の体はまだ本調子とは言えない。あの場所で何をしていたのかは詮索しないけど、本格的に活動するには、まだまった方がいい。僕はこのあたりの調査を依頼されているので、日中は出歩いているから、この部屋のものは好きに使ってくれていいよ。」
当面の注意と、療養について説明しておいた。
「わかりました。しばらく御厄介になります。それで、あの・・・一応生活を共にするので、私ができることはしておきたいと思って、今日は・・・お口に合うかわかりませんが・・・。」
さっきから香ばしい臭いが立ち込めていたのは、やはり手料理だった。
「実は気になってたんですよ。おいしそうな匂いに。」
「めしあがります?」
「ぜひ。」
簡単な会話。
しかし、僕の中で大切な何かに思えていた。
「あ、血の味がする・・・・・」
初めて食べたテーレの手料理は、自分の血の味だった。
舌が無事でよかったね。エルツ君