問1.あなたが生まれてきた理由について述べよ
「チッ…反応悪りぃなぁ…ちゃんとメンテしとけやクソが…!」
午後1時、ゲームセンターで一人ぶつくさと言っている男の名は薊 言音。彼は26歳であり、この歳の若者は本来、会社の昼休憩が終わり午後の仕事をさあ始めようという時間だろう。しかし、彼はフリーターであり、仕事も深夜のコンビニアルバイトである為、この時間帯にゲームセンターにいようが何ら問題は無いのである。
薊「はぁ…帰るか…」
彼はゲーム筐体のメンテナンスを怠っているのに対して苛立っている訳ではない。「何に苛立っているのか分からない」事に苛立っているのだ。言ってしまえば、彼は「常に」苛立っている。
大学4年生にして大学中退。理由は「卒業論文がよくわからないから」。在学中の就職活動で運良く彼を受け入れてくれた会社に就職するも「合わない」という理由であっさり退職。再就職先を探すこともなく、アルバイトで一度経験していた夜勤アルバイトのコンビニエンスストアに「楽だし上司に気を使うこともないだろうしいいだろう」と現在に至る。もちろん、上司に気を使う程のキャリアに身を置いたことも無ければ、多くの企業を見てきた結果の判断を下している訳でもない。「どうせ」という何とも便利な言葉一つでの判断である。憶測、諦観、ネットの情報。彼の人生は全てそれらで構成されている。
薊「…やることねぇなぁ」
彼が帰宅してすることと言えば、漫画、ゲーム、アニメ。彼の一日はこれに加え、食事、アルバイト、入浴、睡眠で構成されている。これは他でもない彼が望んだ理想の生活である。誰にも邪魔されることなく好きなことを好きなだけ楽しみ、仕事の時間になればダラダラと向かう。客がそうそう来ることない深夜のコンビニアルバイトでは、客が来なければ事務室でスマホを弄り、客が来れば舌打ちをしながら渋々と向かう。そんな彼にも給料はちゃんと出るし、深夜勤務であるが故に給料もそこそこ。出費もゲーム、食事くらいなものである為、生活に困ることもない。彼自身も、自分の様な人間にはこれ以上の生活は無いと思っており、満足もしているつもりだ。しかし、何故か彼は常に苛立っている。何に苛立っているのかはわからない。そして、彼が苛立っている時に決まって言う台詞は
薊「何の為に生まれてきたのか…」
アルバイトの時間になり、彼はダラダラとコンビニへと向かった。
薊「っざーす…」
聞き取れるかギリギリの挨拶で制服に着替えようとする彼に、店長が言った。
店長「おっ!薊くんおはよう!ちょっと話があるんだけどいいかな?」
薊「?」
店長「君もうウチ辞めてもらうから」
笑顔で告げられた言葉に彼はしばらく言葉を返せなかった
店長「実はクレームが入っちゃっててさ〜無愛想な対応された上に、どういう教育受けてんだって問いただしても無視されたってね〜」
ああ、そういえばそんなことがあったかもと彼は思った。
酔っ払いの客が絡んできて、面倒くさいと思って終始無視してたから何話してたか覚えてないわ。
店長「いやさ〜やっぱ接客業じゃん?お客様に対する対応ってのが一番大事な訳よ。それを言われて無視ってのはね〜あっ、シフトも新人君が入ってくれてるし問題ないから今日はこのまま帰ってくれていいよ。お疲れ様〜」
トントン拍子で進む話に薊は特にショックを受けることもなく
薊「そうですか…大変失礼な接客をしてしまい申し訳ありませんでした。短い間でしたがお世話になりました。お疲れ様です」
そう言って彼はコンビニを後にして帰宅した。
薊「…まぁコンビニ夜勤なんてどこでも募集してるだろ。また探せばいいか」
そう思いつつも、彼は自分の人間としての価値に嫌悪していた。
なぜ自分はこんなにもダメ人間なのか。…いや、俺が悪いのか?悪いのはあの酔っ払いじゃないのか…?なんで俺のことをこんなに簡単に切り捨てられるんだ?
もはや彼には誰が悪いのか誰のせいなのかわからなくなっていた。自分が悪いのは分かっているのに認めたくないだけではないのか?でも社会ってのは理不尽に耐えて当たり前。それが嫌ならクビ。なら世の中が理不尽なのが悪いのではないのか?そもそもこれは世に言う「理不尽な例」の一つに当てはまるのだろうか?
ああ、もう生きているのが嫌だ。俺は何の為に生まれたのか。俺は何がしたいのか。死にたいけど死ぬのは怖い。いっそ大災害でも起きて気づかぬ内に死んでしまいたい。
彼は何か嫌なことがあるといつもこんなことを思う。しかし何も問題は無い。何か良いことがあればすぐ立ち直るし、誰かが少しでも褒めてくれさえすれば「俺は誰かに必要とされているんだ、がんばろう」と前向きな考えができる。人生なんてものはそんなもの。良いこともあれば悪いこともある。落ち込んでもまた立ち直って前に進む。他の誰かとなんら変わらない。彼は誰と違うわけでもないどこにでもいるごく普通の青年なのだ。
彼は毎日同じことを繰り返している為、たまには普段と違ったことをしようと考えることがある。今回も「バイトをクビになった」というキッカケから何か変わったことをしようと考えた。
薊「他の人ってこういう時何してんだろ」
彼の情報源はいつもインターネット。知識も判断も大体はそこからきている
「落ち込んだ時 する事」
彼がそう検索してヒットしたものにはいろいろなものがあった。ストレッチ、カラオケ、美味しい物を食べる等々。
そして彼が気になったのは
「辛いことがあったら酒を飲んで忘れるのが一番」
薊「酒か…一人で居酒屋とか行ったことないな」
金もかかるし、酒もあまり好きでは無い彼に居酒屋など縁が無いと思っていたが、たまにはいいかと思い、場所を調べて小さな焼き鳥屋へと向かった。
店員「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
薊「はい…」
店員「それではカウンターの方へどうぞ!一名様お入りでーす!」
いちいち大声で一名様とか言うなと元気の良い若い店員に少々イラッとしつつも、しぶしぶとカウンター席へと向かった。
店員「こちらお通しの枝豆です。ご注文は?」
薊「とりあえず生中と…卵焼き。あと、ねぎまを一つと手羽先6本」
初めての居酒屋にこんな感じでいいのかなと思いつつ注文をした。
薊「…思ってたより騒がしくないんだな」
居酒屋といえば酔っ払いが騒ぎまくっているイメージだったが、これなら悪くないと彼は思った。
店員「お待たせしました。生中と卵焼きです。ねぎまと手羽先はもうしばらくお待ちください。」
注文を終えてから、これだけで1500円超えるのかよと思っていた彼も、いざアルコールが入るとほろ酔いの心地いい気分に包まれた。
薊「…たまに居酒屋ってのも悪くないかもな。」
彼は楽しみがまた増えたかもしれないという嬉しさと同時に、俺は一生フリーターとして人生を終えるのかという不安に複雑な感情を抱いていた。
薊「俺に合う仕事って無いのかなぁ。どんなに大変でも楽しければ続くっていうし、出会ってないだけなのかもなぁ」
そんなことを考えていた彼の耳に、実に興味深い会話が転がってきた。
「へぇ〜声優養成所!こりゃまた面白い仕事してんねぇ兄ちゃん!」
「よく言われます。やってることはそんなに大したことをしてる訳でもないんですけどね。」
声優養成所…声優。アニメ、漫画を多少なりとも嗜んでいれば誰しもが興味を持つ言葉である。彼はすぐに声優養成所の仕事についてスマホで調べた。
薊「マネージャーになれば生徒から慕われる…仕事柄有名声優と会えるかもしれない…」
彼はこんないい仕事があったのかと心を踊らせた。
薊「マネージャーは激務っていうけど可愛い子に囲まれながらならそんなに苦じゃないかもしれないな…自分の担当が有名になった時の達成感…か。」
声優マネージャー…なりたい。こんな誰からも必要とされない人生はもううんざりだ。誰かの役に立ちたい。誰かと一緒にがんばりたい。誰かと何かを成し遂げたい。ああ、これがやりがいってやつなのかも…!
薊「…でもこんないい仕事簡単に手に入れられるんだろうか…いや、せっかく養成所の人がいるんだ。こんなチャンスもう来ないかもしれない。」
彼は当たって砕けてやれとアルコールの勢いで話しかけた。
薊「あの!声優マネージャーに興味があるんですけど、詳しくお話し聞かせてもらってもよろしいでしょうか!」
問1.あなたが生まれてきた理由について述べよ 終