マロの城取り(二)弥太郎雲隠れ
諏訪原城攻めもいよいよ大詰め!
しかし弥太郎が……。
雲隠れ、そして……
翌日から徳川勢は諏訪原城の西側からの攻撃をやめて、東と南から二の曲輪の城方を西の出口へと押し出すように攻め始めた。
城方が西側から逆襲に出て来ても撃退できるように、松平家忠に命じて陣の西側に柵を設けさせた上で西の門を開放し、城方がその気になれば城の北に広がる山林を抜けて落ち延びることができるようにした。
物見は四方ににらみを利かせ、万が一敵の援軍が現れて西門から入城しようとした場合や、城方が城から出て攻め掛かって来た場合には捉えて討ち果たす手筈も整えていたが、援軍は現れず、城方が西側から討って出る事もなかった。
夜に入ってから徳川勢は城の四方に篝火を焚き、城の西の出口は開放されており、城の西側は無人であることが分かるようにした。燃える松明を手にした徳川勢の足軽が西側の篝火に火を付けて東側に去っていく姿は城からもはっきり見えたはずであった。
徳川勢がそのような布陣で城を攻めた初日には城方にはその意図が伝わらなかったと見え、西側から逃げ出す敵はいなかったが、二日目には西側からの夜の最初の脱走者が出た。三日目には数人が逃げ出し、それを留めようと城方が鉄炮を持ち出して逃げる者たちの背後から撃ちかける騒ぎも起こった。
その間徳川勢は昼間の城攻めで東から西に向かって二の曲輪を奪って本曲輪を封じ込めるように攻め続けた。城方からは二の曲輪を守ろうと西門を通って本曲輪から二の曲輪の加勢に来た者も多少いたが、徳川勢が本曲輪への攻撃も始めるとそれもままならなくなった。
「せっかくの逃げ道がふさがって行くのを見る城方の胸中はいかばかりであろうか?」
夕方の軍議で家康がそう言うと、氏真が応じた。
「左様、再び袋の鼠になる前に西から逃れたい誘惑と、罠ではないかという疑いで命が惜しい者の心は揺れておりましょうなあ。覚悟のある者はその者どもの動揺ぶりに苛立っておりましょう」
柵を設けて徳川勢の西側の見張りも務めている家忠がそれに続いて口を開いた。
「それで昨晩の夜逃げと鉄炮の騒ぎがあったのでござりでしょうな。城中の仲違いから同士討ちが始まるやも知れませぬ」
「既に西門の周りを除けばお味方が二の曲輪のほとんどを押さえており申す。この勢いで押さば、我ら明日には二の曲輪を全て押さえ、いよいよ城方を本曲輪に追い詰めることになり申そう」
そう言うのは東側から二の曲輪を攻め続けてきた松平真乗である。それを受けて氏真が提案を出した。
「ならば本曲輪に城方を追い詰めた翌日に最後の使者を立てて城を出る者は必ず助命する旨伝えてはいかがかと存ずる。城将が応ずればこれ以上血を流さずに済み、さらずとも城方にその話が広まれば士気も下がり降参や内応も出るかと思われまする」
家康は即座に許可した。
「よかろう。では弥太郎、此度も使者を頼む」
「御意。では敵を本曲輪に追い詰めた日の翌朝使者に参りとう存じまする」
「うむ、それでよい」
弥太郎が氏真に目配せすると、氏真も言葉を添えた。
「では此度も弥三郎を介添えにお貸しいたす」
「うむ、お頼み申す」
翌朝徳川方は二の曲輪の西門の周りを守っていた敵を城から追い出すように東側から攻め立てた。敵の大将格の者たちは逃げ道を塞がれまいと必死だったが下士の中から逃げ出す者が出て備えが崩れ、とうとう徳川方は敵方を本曲輪に追い込んだ。
次の朝弥三郎は弥太郎と共に最後の使者として城を訪れた。
「朝比奈弥太郎である! 開門!」
本曲輪の門まで来て弥太郎がそれだけ告げると門はすぐに開いた。弥太郎は前より強気だ。二人はまた前と同じ評定の間に案内され、同じように城将室賀と小泉、頭だった者たち、武者たちに取り囲まれて座った。
違っているのは室賀の前に居並んでいる者たちの数が減っている事と、前よりも具足の汚れや傷みが目立つ事、そして全体に憔悴した空気が漂っている事だ。
「此度は最後の使者として伺い申した」
今日の弥太郎は座に着くと室賀が口を開く前に一礼して話を切り出した。弥三郎は弥太郎の断固とした姿勢に室賀が怒り出さないかと冷や冷やしたが、室賀も他の者も何も言わなかった。その様子を見て取ってから弥太郎は話を続けた。
「我らの願いはただ一つ、この城を明け渡していただく事だけでござる」
城方の頭たちは皆室賀の顔色を窺っている。城方に厭戦気分が蔓延している事は弥三郎の目にも分かった。
「朝比奈殿、我らは寝返る事はできぬ」
室賀は険しい表情で弥三郎が予想した通りの答えを返したが、前とは違って声を荒げる事はなかった。充血した目が数十日間の籠城での憔悴ぶりを示していた。弥太郎は穏やかな声で答えた。
「いや、我らは武田を裏切れと無理強いしに来たのではござらぬ。これまでの皆様方のお働き、敵ながら天晴れ、お味方になっていただければこの上なき事と思っており申す。なれど室賀殿を始めここまで忠義を尽くされた城方の皆様方が降参を潔しとされぬ事は我らも分かっており申す」
室賀も他の城方の衆も説明を求める表情で弥太郎を見つめている。弥太郎はそれに応じるように話を続けた。
「このまま最後まで戦い続ければ我らも手負いが増え、城も焼け、よい事はござらぬ。そこでお願いでござる。今宵夜陰に紛れて城を抜けていただきたい。我らの西口には攻め手がおらず備えも手薄故、西側からならば難なく抜け出る事ができ申す」
「そういう事か……」
弥太郎の言葉を聞いていた室賀は思案顔で誰にともなくつぶやいた。どうやら思案に夢中で思わず発した言葉のようだが、当然その場にいる者たちにも聞こえている。
ここ最近よく眠れていないのだろうと思われた。室賀も自分の失言に気付いたらしくはっとした表情を浮かべ、慌てて口をへの字に結んで見せた。
室賀の心の動きは自分にさえ分かるんだから、他の皆も分かっているだろう。弥三郎がそう思って見回すと、案の定城の衆もさっきまでの憔悴を忘れて、これなら死なずに済むのではないかと弥太郎の弁舌に期待しているように見える。
「しかし、しかし我らは勝頼様よりこの城を託された故、逃げ出すことはできぬ……」
室賀は渋って見せるが弥太郎は落ち着いて切り返す。
「いや、この城を出る事は逃げ出すのではなく武田のために生きて戦い続ける事でござろう。むしろここで激情に任せて城を枕に討ち死にするのはたやすい事と存ずる。城は一度失っても取り戻すことができ申すが、室賀殿を始めこの城を守る忠臣の命を失う事こそお家に取って取り返しのつかぬ痛手でありましょう」
「むう、生きて戦い続ける事が忠義と申されるのか。しかし我らは勝頼様の後詰が来るまでここを守り抜くよう命じられておるのじゃ……」
弥太郎は室賀の反応を予想していたように切り返した。
「残念ながら未だ甲斐からも近辺の城からも後詰の軍勢が出立したという知らせはござらぬ。恐らく先般の長篠のいくさでの痛手のために人数を揃えるのに苦労されておられるのでしょう」
「むう……」
「今勝頼様が甲斐より出立されても後詰は間に合いませぬ。もしこの話し合いが物別れに終わって最後の城攻めにかかればこの城は今日明日中に落ち申す。となれば勝頼様は諏訪原城の衆をむざと討ち死にさせた事を嘆かれるでありましょうし、そのご武名にも傷が付くことになり申そう」
「むうう……」
考え込む室賀に弥太郎はたたみかけた。
「それがしが申し上げたき事は既にお伝え申した。始めに申し上げた如く我らも最後の話し合いをして参るよう命ぜられており申す。何卒この場にて城を出るとお答え下され」
「むうう……」
室賀は決めかねていると見えてなおも腕組みしていたが、やがて腕組みを解き、
「ご用の趣はよう分かり申したが、この儀は拙者の一存では決めかねる。主だった者の一人でも反対があらば最後まで城を守って討ち死にする所存でござる。ともあれ我らだけで相談致す故、ご貴殿らには別の間にてお待ち願いたい」
と弥太郎に答え、弥三郎たちの後ろに立っていた武者たちの一人に向かって
「ご案内せよ」
と命じた。その武者に
「こちらに」
と促されて、弥三郎にと弥太郎は他の部屋に移った。
何もない部屋で、茶はおろか湯も出されずに二人は待ったが、すぐに呼び出されてまた元の評定の間に通された。
さっき上座にいた室賀はおらず、代わって小泉隼人が一人で上座を占め、他は同じ面々が座って待っていた。
「我ら相談いたした結果朝比奈殿の申し出をお受けすることに決め申した」
今まで一言も発言しなかった小泉が穏やかな調子でそう言った。
「それは重畳な事……所で室賀殿はいかがなされた?」
「いや、ただ席を外しただけの事、お気遣い無用でござる。ただし、お願いしたき儀がござる」
「何でござろうか」
弥太郎の問いかけに対して小泉は弥太郎の顔色を窺いつつ答えた。
「それが、申し上げにくい事ながら、我らが城を出るに当たってお二人のどちらかに証人として残っていただきたいのでござる……」
「何と!」
弥三郎は驚きの声を上げた。証人とは人質の事だからだ。しかし弥太郎は手を挙げて弥三郎を制して答えた。
「お安い御用でござる」
まさかオレを置いて行く気じゃないだろうな、と不安になった弥三郎は思わず弥太郎の顔を見たが、弥太郎は微笑んでいた。
「それがしここに残って証人役をお務めいたしまする。これなる海老江弥三郎が我らの陣に戻って和談の調いし事を告げて寄せ手に西の口を開かせる事にいたしましょう。弥三郎殿、お願いいたしまする」
さすがは弥太郎、できる男はいざという時の進退も見事だ、と弥三郎は感心して請け負った。
「承ってござる」
「ではよろしゅうお願い申しまする」
弥太郎を残して城門を出た弥三郎は氏真の陣屋に急いで戻り、事の顛末を報告した。
「そうか、大儀であった」
氏真はねぎらいの言葉を掛けてくれたが、弥三郎は弥太郎の安否を気遣って焦った。
「お言葉まことにありがとう存じまする。が弥太郎殿が証人として城に留め置かれており申す故、急ぎ家康様に開城の旨お許しいただいて城に戻りとうござりまする」
「無論じゃ。では家康の本陣に参ろう」
氏真は焦る弥三郎を気にする様子もなく悠々と支度をして家康の許に赴き城方が開城の勧めを受け入れたことを告げた。
「戦わずして人の兵を屈するが上策、城を攻むるは下策と孫子の兵法にござったな。見事な調略のお手並み、感服いたした」
「そのお言葉、戻りましたら弥太郎にも掛けてやって下さりませ。此度の開城は弥太郎の働きがあってこそ成った事故」
「仰せの通りと存ずる。では弥三郎、度々の事で相済まぬが城に戻って徳川方は委細承知したと伝えてくれぬか。我らはこれからすぐさま軍議を開いて籠城の衆が城を出るのを邪魔せぬよう皆に申し渡す」
「御意! 弥太郎もこの知らせを首を長くして待っておりましょうほどに」
弥三郎は勇躍して城に戻って再び評定の間に通されると、小泉隼人らと弥太郎に徳川方も合意した事を伝えた。
「左様か、では早速今宵城を出る支度をいたすとしよう」
小泉は内心の安堵を隠さなかった。
弥太郎もキリリと引き締まった顔をほころばせて礼を言った。
「弥三郎殿、お使者のお役目を見事果たしていただきまことにありがとう存じまする」
「何の何の、それがしのせし事など弥太郎殿のお働きに比べれば……所で室賀殿はどうなされた?」
弥三郎は気になっていた事をあえて聞いてみた。
「室賀殿は所用がござってここには来られぬ」
小泉は一旦表向きの答えを返したが、すぐに小声で付け加えた。
「かような事は自分では受けぬのじゃ」
それを聞いた弥三郎は驚いて城方の面々を見回した。小声だったが今の言葉は皆に聞こえているはずだ。しかし皆一様に何も聞こえなかったような顔をしたままであらぬ方を向いて弥三郎と目を合わせなかった。
弥太郎はと見ると、下を向いて面白そうに微笑していた。都合の悪い事を下の者に押し付ける輩はどこにもいるようだ。
「使者の用向きはこれでざっと済み申したな。ではこれにてお暇つかまつる」
これ以上長居して余計な面倒に巻き込まれたくない弥三郎は挨拶もそこそこに立ち上がろうとする。小泉隼人はまだ何かを頼みたかったらしく慌てて困惑した表情を浮かべたが、その前に弥太郎が口を開いた。
「それがしはここに残りまする」
「何!? まだここに残ると申されるのか!?」
驚く弥三郎に弥太郎は落ち着き払って答えた。
「それがし証人として城方の衆が城をつつがなく出られるまでお供をいたしまする」
「…………」
弥三郎はつい無言で弥太郎を見つめてしまった。弥太郎は微かに笑みを浮かべて見返して来る。
確かにこんな時寄せ手が城方をたばかってだまし討ちをする事や、手違い勘違いで和議が破れて互いに不義を罵り合いながら戦いを再開する事がある。敵との約束を命がけで守ろうとする姿勢は武士として見事だが、弥三郎は付き合い切れないと思った。
「お心遣い、まことにかたじけのうござる」
小泉隼人は自分が言いたい事を弥太郎自ら申し出てくれたので、拝まんばかりの様子で弥太郎に礼を述べた。笑みを浮かべて鷹揚にうなずき返す弥太郎を見て、弥三郎は勝手にしやがれ、と思うばかりだ。
「弥三郎殿は急ぎお戻りあって城方の衆が今宵西口より出られる旨、お味方にしかとお伝え下され」
「承知いたした。ならばそれがし急ぎ戻ってお伝えいたす」
弥三郎は氏真の陣屋に戻り、弥太郎は城方が無事落ち延びるまで証人として行動を共にする事を氏真に告げた。
「そうか、弥太郎はよくやりおるのう……」
氏真はそうつぶやくと直ちに弥三郎を連れて本陣の家康に会い、今晩城方が西口から城を抜ける事、弥太郎が証人として城に留まっている事を告げた。
「我ら徳川は約定を違える事はないが……」
「弥太郎は万に一つの手違いもなきようにいたしたいのだと存ずる」
「義理堅い事よな……」
家康は城方の疑心暗鬼ぶりにも、それを受け入れる弥太郎にもいささか腑に落ちかねる、と言った様子だったが、氏真がなだめると気を取り直した。
「とにかく委細承知でござる。改めてまかり間違っても城方の行く手を妨げる事のなきよう陣中に厳命いたす」
「ありがたき仕合せに存じまする」
その夜、徳川勢は西口から兵を引いた後息を殺すようにして城方が城を抜け出る瞬間を待った。証人となっている弥太郎のために西口には一切近づかないようにしたのは言うまでもない。
弥三郎も夕餉の後氏真の陣屋の不寝番と共に心耳を澄ませて待ったが一向にそれらしい物音は聞こえなかった。待ちくたびれた弥三郎が眠りに落ちようとした深更、ようやく密やかな一群の足音が聞こえたような気がした。
はっと目覚めた弥三郎がこれが城方の足音か、と思っていると、家康の使い番が訪れて、城方が落ち延びた事を伝えてきた。氏真は既に床に就いていたため、弥三郎が口上を聞いた。
これで諏訪原城は徳川方の物になり、いずれ氏真衆もこの城に入る事になる。氏真の駿河回復にまた一歩近づいた。
やれやれ、やっとここまで来たな……。
弥三郎は七月中旬からの数十日を思い出した。久々に一仕事した充実感があった。しかし今回の殊勲は何と言っても弥太郎だ。弥太郎が戻って来たら今晩は休むとして、明晩は此度の苦労について盃を手にして語り合うとしよう。
弥三郎はそう思って弥太郎の帰りをなおも待った。しかし、弥太郎は朝になっても帰ってこなかった。
徳川勢は翌朝になってから念のために物見を送って城の様子を探った。城方は約定通りに城を落ち延びており、人馬共に消え失せていた。一睡もできなかった弥三郎も城中に入って隈なく探したが、弥太郎はどこにも見当たらなかった。
「城方が安全な所まで逃れるまで供をするつもりなのであろう。心配には及ぶまい」
いつもの刻限に起きて出てきた氏真は弥三郎が弥太郎の行方が分からない事を告げても気に留める様子がなかった。弥太郎を信頼していると言えば聞こえはいいが、殿にとって弥太郎は風雅の友じゃなかったのか、と弥三郎は不満を感じた。
間もなく朝の軍議が開かれ、徳川勢は諏訪原城には留守居の兵を残して更に武田領内深く攻め込むことに決めた。
「勝頼が後詰できぬ今こそ遠江の全てを一気に手にするまたとない好機と存ずる」
家康の嫡男信康と酒井忠次がそう意気込んで小山城攻めを提案した。家康は二人が先鋒となる事を許し、徳川勢は昼には出立することが決まった。
未だ戻って来ない弥太郎の安否を家康を始め諸将が気遣ったが、
「心配ご無用」
と氏真が請け負ったのでそれ以上軍議では話題に上らなかった。
その後も弥三郎はやきもきして待ったがやはり弥太郎は来ない。すぐに昼になり、氏真衆も徳川勢と共に出立することになった。
「御屋形様、今しばらく弥太郎殿を待たれてはいかがでござりましょう」
弥太郎を不憫に思い始めた弥三郎は氏真に言ってみたが、氏真は首を縦に振らなかった。
「無用じゃ。弥太郎とて我ら今川家中の働きを示しとうてした事。それが我らの出陣の妨げになるなど決して望むまい。陣屋に与兵衛を残して置く故、そなたも心置きなく参るがよい」
「御意……」
弥三郎は不満であったが、主命には逆らえない。弥太郎の安否は気がかりだったがやむを得ずいつものように荷駄を運ぶ小者たちに指図して出立した。
徳川勢は小山城を囲むべく東に向かい、弥三郎ら氏真衆もこれに続いた。日が傾いてきた時分に、小山城が遠くに見えた。
諏訪原城の城に籠っていた室賀らはあるいは小山城に逃げ込んだんじゃないのか、よもや弥太郎も捕らわれて連れ込まれてはおるまいか……
そんな心配を募らせていると、背後から不意に
「弥三郎殿!」
と声を掛けられた。
振り向くと馬上の弥太郎が相変わらずキリリと引き締まった顔をほころばせていた。
「弥太郎殿! ご無事で戻られたか!」
「いかにも。ご心配をおかけいたし申した」
「御屋形様もお帰りを心待ちにしておられる」
弥太郎の顔を目にした氏真は得意げに弥三郎に話しかけた。
「申したであろう、弥太郎は戻って来る故心配無用じゃと」
小憎らしい殿だと思ったが、弥太郎の無事の方がうれしい弥三郎は
「仰せの通りでござりました」
とだけ答えた。
「この通り無事城方の落去を見届けて帰って参りました」
「うむ。まことに大儀であった。そなたらの働きのお蔭で徳川の者どもの間でも我ら今川家中の評判は高うなっておろう」
「おほめに預かり恐悦至極にござりまする」
「うむ。マロはそなたの事を信じておったが弥三郎は随分心配いたしてのう、今日の昼の出立もそなたを待つために遅らせてはどうかと申したほどじゃ」
「いや、それがしも弥太郎殿がお戻りになると信じており申したが、さすがに誰も残さずに出立しては弥太郎殿も我らを見つけるのに苦労されると思うたのでござる」
「それ故与兵衛を残したではないか……しかし弥太郎、随分長い間城方に付き合わされたようだの」
「いえ、諏訪原城を無事出て東方三里ばかりの所で城の衆と分かれたのが明け方でござりました。それがし途中で目隠しをされて馬に乗せられ申した故、そこからの帰り道が分からず難儀し申したが、昼前には諏訪原城に戻って与兵衛に小山城攻めの話を聞き、それから御屋形様の後を追ってここに至った次第にござりまする」
「そうか。諏訪原城の衆はいずこに向かったのじゃ?」
「恐らく諏訪原城から東方四里ばかりの藤枝にある田中城に向かったと思われまする」
「そうか。ともかくも無事でよかった……おっ、あれを見よ。雲に隠された富士の白嶺がまた出て参るぞ」
そういう氏真の指さす先を見ると、雲に覆われた富士の山頂が姿を現し夕日を浴びて輝いて見える。
「見慣れた富士の山じゃが、こうして雲隠れした後に見るとまた初めて見るような格別な趣があってよいのう。うむっ! 一首浮かんだ。みそめたるう、ここちこそすれ、なかたえしい、くもいにいずるう、ふじのしらゆきい……」
それを聞いた弥太郎がにっこり笑った。
「これは、雲間から現れた富士の白嶺と雲隠れしておったそれがし、共に目新しく感じられるという事にござりまするな。まことに機転の利いたよいお歌にござりまする……」
「うむうむ、よくぞ読み解いてくれた。マロはうれしいぞ」
なあんだ、殿も弥太郎の雲隠れを心配していたんじゃないか。だったら余計なことをせず、無事でよかったとだけ言えばいいじゃないか。
弥三郎は歌を使って気持ちを伝える氏真のキザな所が面白くなくて口をとがらせてみた。が、三人が同じ気持ちを抱いているのだと思うと笑みがこみ上げてくるのを隠しきれずに下を向いた。
八月廿四日諏訪原新城降参
大井川風立らしも薄霧の村〱うつる瀬々の月影(1―380)
色つかぬ梢の秌に時見えて時雨を急ぐ山の浮雲(1―381)
見初めたる心地こそすれ中絶し雲ゐに出るふしの白雪(1―382)
木の間もる月も朧の月影にさそな侘しきさを鹿の声(1―383)
『マロの戦国II -今川氏真合戦記-』第12話、いかがでしたか?
とうとう諏訪原城が落ちました!
一部には城衆は寄せての隙を見て夜間に脱出したように書いてあるようですが、氏真さんは「諏訪原城降参」と明記しています。
両者を総合すると、徳川方と城衆の間で開城交渉があって、徳川方が囲みを解き、城衆が逃げ出した、ということなんでしょう。
城衆としては降参したと武田方に伝わると処罰もあり得たので切り抜けて脱出した体裁にしたかったのではないでしょうか。
二の曲輪の東側で激戦があったらしいこと、城周辺の地形を見ると西側が山地につながって林に隠れて逃げ出しやすそうなことと考えると、交渉後徳川方が西側の囲みを解き、城衆が逃げ出したと想像されます。
この間の氏真さん、風になびく稲の葉を詠んだり、若い牡鹿の鳴き声を聞いて歌を詠んだり、攻城戦前後にときの声とは無縁の場所にいたようです。
氏真さんは合戦の場所から離れたところにいたのでしょう。
しかし、この後の氏真さん、前に指摘したような約束があったのか、家康には厚遇され続けます。
となると、氏真さんには何か使い道があったはず。それは何か?
それは氏真さんの旧国主としての調略能力だったのではないでしょうか?
氏真さんが武田支配下の将兵の戦意を鈍らせ、領民を徳川方になつかせるのに役立ったのではないか。
確たる資料があるわけではないですが、後に氏真さんを諏訪原城に籠めた家康はそんな期待をしたと思われます。
朝比奈泰勝は後に北条方との交渉の使者として活躍しますが、本作で書いたような活躍があったかもしれません。
さて諏訪原城を落として勢いに乗った徳川勢、武田領内にさらに攻め込みますが、そこに憎いあん畜生登場!
そりゃああの人も怒るはずだわ……
その人は誰か?
それは次回のお楽しみ!
『マロの戦国II』、次回もお楽しみに!
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こちらもご覧ください。
祝! 諏訪原城が続日本100名城に選定されておりました!
諏訪原城 Shizuoka城と戦国浪漫(静岡県のサイト)
http://www.sengoku-shizuoka.com/castle/2103009/point.php
続日本100名城(PDFが開きます)
http://jokaku.jp/wp-content/uploads/2017/04/bf93ec3a1c5eefad5b2c6e528ade2f20.pdf
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決定版! 今川氏真辞世研究!
http://ameblo.jp/sagarasouju/entry-12221185272.html
お知らせ1。
世界初!天正三年氏真上洛経路地図公開!
http://ameblo.jp/sagarasouju/entry-12189682350.html
『マロの戦国』執筆にあたって天正三年(一五七五)の今川氏真上洛経路をグーグルマップで公開しています! 参考に是非ご覧ください!
詠草に残されただけで約160か所を訪れた氏真さんの行動力には驚かされます。
この地図は三月十六日信長との対面及び四月三日~四日飛鳥井邸蹴鞠以外は詠草の和歌と詞書から割り出したものです。
これ以外にも実務的な外出もこなしているはずですが、そちらは知るすべがありません。
この後長篠の戦いに参加し家康から遠江の牧野城を任されたことはご存知の方も多いでしょう。
しかし牧野城主を辞任してからの足取りはほとんど記録に残っていません。
現在苦闘中の今川氏真伝では天正四年以降天正年間の居所推定にも挑戦して、注目に値する事実を発見しましたので、公表する予定です。
お知らせ2。大河ドラマ「おんな城主直虎」を生温かく見守るブログ
2017年大河ドラマは「おんな城主直虎」。
史実を踏まえつつ、大河ドラマと井伊直虎とその周辺に関するあれこれを「直虎」ブログに書いていきます。
こちらも是非ご覧ください!
大河ドラマ「おんな城主直虎」を生温かく見守るブログ
http://ameblo.jp/sagarasouju/
本作は観泉寺史編纂刊行委員会編『今川氏と観泉寺』(吉川弘文館、1974年)所収の天正三年詠草の和歌と詞書に依拠しながら、上洛後武田との合戦に身を投じた氏真の日常に迫ります。