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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの果て
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92 - ウォッカが齎す奇跡のこと

 ラヘル城。

 国家的にはシメル国、の辺境、ということになるのだろうか?

 シーグとしてそこに行った記憶がある時代においては、シメルではなくスエクだった気もするけど。

 当時と今では国境が違う。

 ともあれ、ラヘル城はそんな辺境である。

 戦略的価値は極めて微妙。

 だけど戦術的価値はやたらと高い。

 そんな場所が戦場になったのは、だから一種の当然だったし……それが不要になれば破棄されるのもまた当然で、そんな場所に魔物が顕れたり、その後の平和な『跡地』で遊ぶことが出来たのもまた事実ではあったけど、昨今ではまたそこの戦術的価値が見直されていて、ラヘル城跡は復元され、高い城壁を備えた立派な城となっている。

 この場合の城とは住居や王が住まう場所と言う意味ではなく、砦の延長上だから、当然軍事施設。

 おいそれと子供が入れるものではない。

「おじさん、お茶をグラスに一杯ちょうだい」

「あいよ。銅貨十枚」

「はい、どうぞ」

「まいどー」

 え?

 じゃあなんでお茶屋さんで普通にお茶を買ってるかって?

 いや、砦の延長上というより城としての軍事施設なのだ、ここは。

 じゃあ砦と城の違いは何か。

 シメル国では次のように定義されていて、つまり砦はあくまで軍事施設、城とは街が内包された軍事施設である。

 軍事施設である以上、城だって普通の人間は立ち入れない。軍人に関わる者しか出入りできない、そんな街ではあるのだけど、逆に言えば、一度潜入に成功してしまえば『見た事は無いけど、補充兵の子供だろう』と勝手に思い込んでくれる次第だ。

 流石に大人だったら所属を明らかにするとかはあるけど、その家族に対してまでは行われない。そのあたりに警備の問題があるよなあとか、その気になればスパイ送り放題だよなあとか思わないでもないのだけど、シメル国はこの数百年、戦争をしていない。

 戦術的価値は確かにあるので城は取っておきたい、壊すのはもったいない、そんな感じで存続しているようだ。

 平和ボケとも言う。

 じゃあ軍人たちはだらけているのかといえば、そんな事は無い。辺境の国境沿いだからこそ、軍隊の錬度は一定が保たれている。あんまり情けないといざという時に困る、そう言うことのようだ。

 指揮官級だと思惑は変わってくると思うけどね。ここじゃあ武勲がたてられない、即ち昇進が難しい。

 それでもこの施設の長になれれば、軍人としての華々しい活躍とは無縁になってしまうかもしれないけど、安全な場所で高い名声を得ることは出来る。

「なあ坊主。この前の話なんだが」

「この前って、どの前?」

「ほら。一昨日ボヤ騒ぎがあっただろ」

「ああ……。それがどうしたの?」

「いや、あの時お前たちの年代で、一人巻き込まれてただろ。そいつの事聞いたか?」

「ううん。教えてもらってない」

 今来たばっかりだし……。

「おじさんは知ってるの?」 

「んー。知ってるんだが、教えていいものかどうか……。まあ、お前も軍人の家族なら、そう言う覚悟はあるか。えっとな。そいつ、全身にやけどがあってな。ちょっと、あぶないかもしれないそうだ」

「ボヤだっていうから、そこまで心配して無かったんだけど、そこまで……」

「どうも、消火しようとしたらしいんだけどな、あいつ。でも、そこで服に火が燃え移ったのさ」

 なるほど、そう言う事か。

「神官様が来てくれたら、いいんだけどね」

「はっ。坊主は意外と楽天家だな」

「お医者さんで『あぶない』なら、神官様しかいないじゃない」

「まあな。ただ……、まあ、厳しいだろうな」

 シメル国は平和な国だ。

 だからこそ神官は滅多に訪れない。

 たまに来たとしても、それは首都近辺であって……こんな辺境には来ないだろう。

「今夜が、峠だそうだ。話したい事があるなら、今のうちに話しとけ。我慢してると……将来、辛いかもしれん」

「そうだね……。そうしよう。ありがと、おじさん」

 僕はあいたグラスを返却しながら近場の地図を思い浮かべる。

 民間向けの病院……、は一つしかないから、そこだろう。

 挨拶をして、僕は店を出てその怪我人とやらの元へと向かった。

 病院の入り口を通ると、当たり前のように部屋番号が告げられる。僕以外にも同じくらいの年頃の子供が今日は良く来るらしい。

「それほど悪いのか」

 思わずついてでた言葉に、病院のスタッフが無言で目を伏せた。

 僕は言われた部屋へと向かうと、扉はあいていた。

 入ってすぐにカーテンで間仕切り、その先には全身を包帯で巻かれている一人の子供が、身体を固定されたままに窓から外を眺めていた。

「やあ。今度は誰かな。……ふふ、こうも連続して友達がお見舞いにくると、いよいよ俺もあぶねーってことだなあ」

「…………」

「ごめんな。ちょっと、そっちを向こうと首を動かすのもおっくうなんだ……」

 痛くてね。

 その少年は、そう言った。

 年のころは十二歳くらいだろうか?

 この身体のモデル、ヴィショナリアと丁度同じくらいの歳に見える。

 髪の色は解らない。包帯でぐるぐると、頭も巻かれているからだ。

 ベッドの上、包帯の量。そして薬品の匂い。

 多少の火傷なら薬草で直せる。その薬草が効果を表さないとなれば、神官を頼るか、外科処置をするか。

 外科処置にも限度はある。ちょっとした範囲ならばなんとか医者でも直せるけれど、全身に広がるとなると無理だ。

 痛みを和らげるために、薬品を塗ったか、吹き付けたか。

 今晩が峠。体力が持てば乗り越えられる、そうすれば生き残る。

 そうでなければ、終わるだけ。

「あら、またお友達が来てくれたのね」

 と、黙って見ている僕の背後から声がかけられた。

「母さん……。はは。今日は友達がたくさんだ。俺は……、嬉しいけど。母さん、ごめんな」

「何を謝ってるの、エディ。謝るくらいならその程度の火傷、直しちゃいなさい。その後、お手伝いしてくれたらそれでいいの」

「そうだな……そうしたいな、俺も」

「……エディ」

 彼は。

 そしてこの母親は、それが無理だと思っているのか。

 それでも……表面上は、なんとか踏みとどまっている。

 危ういな。色々と。

 ちぇ。


 僕も人間に感化され過ぎてるや。


 これが後々、吉と出るか凶と出るか……。

「エディのお母さん。一つ聞きたいのですけど……」

「何かしら?」

「割と関係のない話で悪いんですけど。このお城のむかーしのお話って、聞いた事ありますか?」

「いえ、無いわ……あ、でも昔このお城が出来る前に、何か奇妙なものが見つかって、それが首都に運ばれた、とか。そんな話は聞いたことがあるわね。全く今する話じゃないけど……」

「そうですね。でも、ありがとうございます。助かりました」

 僕はそう言って、一歩前へと進み、外套に隠すように背負っていた杖を取り出し、構える。

 その透明な杖と、構えを取る僕を見て。

 少年の母親は手にしていたグラスを手から落し、当然、床に落ちたそれはかしゃんと割れた。

「あ……あなた、何もの! 先生! 警備兵も!」

「やれやれ……子供の病床で騒ぎ立ててどうするんですか。怪我に響きますよ」

 とはいえ叫びはすでに響いている。

 数秒と立たずに警備の兵は部屋になだれ込んで来たので、僕はその兵に杖を向ける。

「止まりなさい。丁度いい。あなた方は、この城を作る前に首都に運ばれたというものが何かご存知ですか?」

「知っていたとしても教えるぎりは無いな。その杖を渡しなさい。君は何処の誰だ? まあ、牢屋の中でお話しはしてもらうが」

「教えるぎりはありません。ただまあ」

 僕は笑って、ベッドに横たわる少年に触れる。

 そんな行為に、周囲に緊張が走った。

「やめ……」

「本当にやめてほしいというなら、やめてあげても良いですけど……。それでエディくん。身体の調子はどうですか」

「……ん。なんか、すってした……けど」

 そう言って彼は僕に顔を向ける。

 そして、首を傾げていった。

「お前誰だ?」

「!」

 周囲に緊張の色が更に強まる。

「僕は僕ですよ。ま、あなたのお母さんは僕にいい事を教えてくれましたからね……これは僕からのお礼です。もっとも、これは髪の毛までは治せないので、髪型を整えるのはちょっと先になりますけど、我慢です」

「え……、あれ……?」

 よし、完了っと。

 ばいばい、と手を振ると、少年もばいばい、と困りながら、しかし手を振り返した。

「え、エディ? 動いて大丈夫なの? 痛いでしょう?」

「いや全然……、ていうか」

 少年は包帯をはぎ取ると、その下には傷一つない肌が。

「え……? なにこれ?」

「治癒の魔法です。それじゃ、僕は牢屋行きがいやなので、お行儀は悪いけど窓から失礼!」

 『飛翔』で飛びながら、僕は窓を開けて外に出て、もう一度だけ手を振った。

 すると、

「あ……ありがとな!」

 困惑がちに少年はお礼をしてくれた。

「どういたしまして」

 僕は答えて、そのまま上空へ。

 さて、首都に運ばれた奇妙なもの、今も残してくれてればいいんだけど……残ってなかったら、その時は次だな。

 そのまま首都へと転移して、さて。

 ヴィショナリア、聞いてるよね。どこにあるか解る?

「王宮の地下二階。隠し扉の向こう側。座標は今僕が考えてる場所」

 うん、ありがとう。

 ヴィショナリアの考えている場所を対象に転移。

 見張りの兵や罠もあっただろうけど、まあ、直接部屋の中に転移してしまえば特に意味は無い。

「君って、やっぱり身も蓋も無いよね……」

 で、僕の目の前にはその奇妙な物があった。

 それは金属で作られた、柩のような形のものだ。

 もっとも、柩とは違って箱状にはなっていない。つまり、歪な五角形の塊、みたいな。

 その表面には血のような赤で、奇妙な文様が描かれている。

 で、これは『神器』ではない。

 天意兵装だ。

 よって、没収する。

 僕がそれに触れるとそれを感知したのか、罠が作動したので、気にせず転移。奪取成功。

「泥棒は良くないと思う……」

 仕方ないじゃないか、天意兵装は『譲渡術式』の対象にならないんだから。

「いや『譲渡術式』を使ったとしても泥棒は泥棒だよ」

 そう言う考え方もあるけど。

「いやそれ以外の何物でも無いってば。……まあ、君がそこまで問答無用で奪ったって事は、結構な代物なんだろうけど。それ、どんな天意兵装だっけ? 防具系って記録があったような」

 うん。これは存在しているだけで、勇者に掛けられる呪いの全てを跳ね返すと言う便利系の天衣兵装だ。

 僕たち『王』のような存在からの呪いは、さすがに跳ね返せないとは思うけど、念には念を入れる。

「ま、臆病なくらいでちょうどいいよね」

 そう言う事だ。『喰』で分解しておいて、と。

 そっちはどうかな。

「こっちも照合できたよ。君の予想通り、やっぱり『階位術式』は少なくとも一回、もしかしたら二回更新されてるかも」

 具体的にはどんな更新だった?

「案の定だね。特殊クラスの数が増えてる。『魔賊』、『戦魔』、『明魔』、『鞍魔』、『魔聖』、『魔皇』、『人器』、『人賊』、『戦人』、『明人』、『鞍人』、『人聖』、『人皇』の十三種」

 ん……思ってた以上に増えてるな。

「こうやって見ると、『人器』だけ浮いてるよね」

 確かに。

 しかも敢えてその表記をしているってのも、また気になる所だ。

 もちろん、単なるブラフの可能性もあるけど……。

「そうなんだよね。この並び順。そしてこの規則からすると、そこに入るべきは『魔人』なんだけど」

 敢えてそれを外している。

 そしてそこに器の字を使っている。

 その意味は、その意図は何だ?

「コクマに、聞いてみる?」

 知恵袋か。

 確かにそれも選択肢だけど……。

 さて?

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