91 - ダナンが遺した要石のこと
勇者にとっての最後の覚醒。
それは僕たちである程度、制御できる。
但し、世界の内側と外側の両方からそれは行わなければならなず……それはたとえば、『十』と呼ばれる存在にも難しい。
難しいなりに不可能ではなく、例えばケテルはマルクトとよく、世界の内外から観測をしていたりするけどね。
で、僕が其れをするにあたっても、やっぱり僕一人では不可能だ。
よって僕が内側に入り、外側はヴィショナリア、『僕の代わり』をしていた彼に任せている。
『イレカワリ』の契約は、あの時破棄されたわけじゃあない。単に履行されただけだ。
つまり段階が一つ進んだだけであって、彼にもまだ、『僕の代わり』として維持するだけの力は残っているし、何より『僕の代わり』である以上、僕と彼とはどこでもいつでも通じ合える……まあ、ちょっと制限もあるけども。
ケテル、マルクトのコンビと同じか、それ以上にスムーズには行くだろう。
「ねえ。結局、その杖って、いつ使うの?」
え?
いつ使うのって……あれ、ヴィショナリアは知らない?
「いや、使い方は知ってるけど……君からもらった知識にあるし」
なら説明要らなくない?
「え?」
…………。
スムーズに行くかなあ……不安だなあ……。
まあいいや。
この杖、『透杖歴鍵』は、世界の外側と内側を繋ぐ扉を開く鍵なんだよ。
といっても、扉はそこらの建物にあるような、物理的なものじゃない。
もっともっと概念的なもの……つまり、『外側に居る特定の誰かと、内側に居る特定の誰か』の間に会話できる環境を作り出すというものだ。
オースがこの杖を持って行った時、ケセドを呼び出せたのは、無意識下にこれを使って呼びかけていたからに他ならない。
そして今こうやって、僕が世界の内側で活動していて、君が世界の外側で維持をしていても、意志の疎通ができているだろう?
それはこの杖の、この鍵の効果ってことだね。
「あー。それで真っ先に確保に行ったんだ」
うん。
「でもさ。その気になれば、僕の方からは簡単に話しかけられるし、そっちが適当に呟けば、僕が話しかけることで会話は出来るはずだけど」
その場合は僕が『言葉にしないといけない』というのが問題でね。
今もそうだけど、僕は内側で『黙って』、食事を取りながら意思疎通が出来てるでしょ。
これが肝なんだよ。
「納得。……ちなみに今食べてるのは、またサンドイッチ? 君、好きだよね」
なんかね。
量の調整が簡単なのと、気軽に食べられるのが良いのかもしれない。
好きな具材はハムときゅうり。
カラシも少し入ってるとベストだね。
「僕はイチゴが一番好きかな。イチゴのサンドイッチ」
イチゴ……?
カラシつけて食べるの?
なんだろう、酸味と甘味と辛味が絶妙……に、なるのか?
「……君さ、時々馬鹿だよね。イチゴはホイップクリームと一緒に挟むんだよ。ほら、ケーキみたいな感じになる」
なるほど、デザート的な。
「そうそう。でもあれ、高級品だったからなあ。僕がヴィショナリアとして生きてた頃は、たまーに、本当にたまーに食べられたくらい」
ちなみに今、僕が見ているメニューにはそのイチゴサンドなるものがある。
「ずるい……」
はっはっは。
ていうか外側でも、食べようと思えば食べられるはずだけど。
「え、ほんとに?」
うん。食べたいものをまず思い出して、それを頭の中に浮かべる。
その後『食わせろ!』って念じると、目の前に出てくるから、テーブルの前がお勧めかな。
「……さすがに嘘じゃない?」
嘘じゃないって。やってみなよ。
「んー……! 本当にでてきた!?」
『十』とかだと、これはできないんだけどね。必要ないし。
まあ、『王』の特権だ。
「なんだかものすごい力の無駄遣いをしてる気がするけど、でもこれはいいね。今度から適当に食べよっと」
ちなみに食べるのは結構だけど、食べた分だけ排泄することも覚えておきなよ。
「…………」
君、この数千年なにも飲み食いしてなかったんでしょ。
トイレとか作っといた方が幸せだと思う。
まあそこ、君以外には僕がたまーに行くくらいだから、別にその辺でしてもかまわないとは思うけど。
「あのさ。いま折角僕は、久々にごちそうを食べてる最中なんだけど。もうちょっとこう、食事的なマナーとかをわきまえてほしいなあって」
僕が『王』として覚醒しちゃったからね。
人間の礼儀作法も忘れたわけじゃないんだけど、やっぱりそれ以上に元々の礼儀作法が優先されてしまうっていうか。
『王』とか『十』とか的には、そのあたりのマナーとかあってないようなもんだしさ。
基本的に気にしないでいい類のものだから。
「でも今の君は、人形とはいえ人間を模してるんだから、相応のマナーを持つべきだ」
はーい。
「返事は伸ばさない」
はい。
…………。
ヴィショナリアってさあ。
「うん?」
結構僕に対して遠慮が無いよね。
「それは君も大概だけど……」
ま、イレカワリのおかげでお互いに理解が進んでいると言う感じか。
もっとも、『十』にこれを教えるかどうかは悩みどころだなあ……。
「なんで?」
『イレカワリ』を使わないでも、『十』なら世界の内側に顕現出来るんだよ。
『王』と比べれば、ほとんどないような条件でね。
それに、『十』の大半は人間に対してコンプレックスを持ってるから。
「劣等感?」
劣等感であり、優越感だ。
だから彼らに『イレカワリ』という契約を与えても……使うかどうかは微妙だろうね。
「それは、『シニモドリ』を使うのが、君であり僕、ともう一人しか居ない……みたいなのと、同じかな」
そう。
技術としては知っていても、実際に使うかどうかは微妙どころか、たぶん忌避される。
だから、『イレカワリ』は君と僕の間で交わされた、この一回が最初で最後になるかもね。
「だとしたら、僕は幸運だね」
ヴィショナリアがそう思ってくれるなら何よりだ。
そしてごちそうさま、美味しかった。
「そう。こっちも美味しいよ。まだまだ食べるけど。で、君はこの後、どうするつもり? 制御するにも、ある程度、『勇者』の状態は掴まないと駄目だ」
そうだね。
だからとりあえず、ラスの故郷にでも行ってみるつもりだ。
「ラス・ペル・ダナンの故郷……って、もう随分前に無くなってるじゃない。戦争で」
村が無くなってても、痕跡は残る。
ていうか、『階位術式』が使われた場所に、なんか違和感があってね。
「『階位術式』……って、レベルカードの効果を出してるあれか。なんで?」
いや。正直気のせいかなと思ってたんだけど、あれたぶん、どこかで一度上書きされてると思う。
「上書き……? 気付かなかったな」
世界に仕掛けるタイプの魔法、術式ってのは、新しくつれば君や僕ならすぐにわかるけど、元々ある術式をちょっと改変しただけとかだと、集中してても気付けなかったりするんだよ。
だから君の責任じゃない。たぶん僕がそこにいてたとしても見逃してたと思う。
で、その原点、元のほうの術式が行使された場所を調べて、そこで実際に行使された術式と、今あるその術式の差異を見てみようって事だ。
「それはいいけど。それ、『勇者』に関係あるの?」
ある。
まだ憶測の域を出ないんだけど、でも結構可能性は高いんだ。
「……上書きをしたのが、『勇者』ってことか」
そう。
「でも、だとしたら、それは何をしたんだろう」
特殊クラスの『追加』だよ。
「追加?」
うん。追加しただけ。
それも沢山じゃなくて、ちょっとだけね……そうすることで、『勇者』は『シニモドリ』の判別を試みた。
今にして思えば、そのまんまなネーミングだろう。
シーグの『魔賊』も、シアの『明魔』も。
「……まあ、たしかに魔賊は魔の眷族としての魔族って言葉はあるよね。明魔は言うまでも無く、悪魔」
問題は、オースがレベルカードを手にしていたら、何と出たか……だね。
『神官』と出たか、あるいは別の何かが出たのか。今となっては知る由も無いけど、きっとそれっぽいクラスが追加されてるんだろうね。
となれば、シアに『勇者』が惹かれてきたのも、偶然じゃ無くて必然ってわけだ。
シニモドリその人かそれに近いものである可能性が高い。
だから襲撃して、殺そうとした。
もっとも、シア自身が『シニモドリ』とは思ってなかったようだけど。
「ヤッシュが良い目くらましになってたからね。実際、君としてはヤッシュを隠れ蓑にしたわけ?」
人聞きが悪いな。
僕は自分のレベルカードを基本的に見せなかっただけだよ。
大体、子供でレベル100を超えてるだけでも超怪しいし、その上『明魔』なんてクラスだったら、自分は人間でありながら人間ではない何かと契約しています、って自白してるようなもんだしね。
「ごもっとも」
というわけで、ラスの故郷、キャスドレに移動。
現時点での名称はキャスドレ平原、かつてそこには街があった。
戦争による国境の変更、それに伴う戦場の変化、戦略的価値による云々などで、結局そこの街は地図上から消えたんだけど……。
実際訪れて見ると、思ったよりも痕跡が残っている。
ほとんど風化しきった廃墟ばかりなのに、それでも家屋が残っている……。
もっとなんにもないのを想像してただけに、ちょっと意表をつかれたな。
もしかしたら街を失くすことを決断した後、戦争に巻き込まれる事を承知で残った者たちが居たのかもしれないし、空家になった空っぽの街を盗賊団が使っただけかもしれない。
できれば後者であってほしいものだけど、
「うん。両方だね。残ったのは当時のギルドマスター、ミシェルが筆頭で、十人くらい。ま、幸いみんな寿命で死ねたけど」
ミシェル……ああ、あの魔法剣士。
ってあの人、ギルドではナンバースリーって言ってなかった?
昇格したのかな。
「いや、確かにあの街のギルドとしては、ナンバースリーだったよ。その上位、国単位でのギルドマスターってだけ」
…………。
なんでそんな人物があの街に、と思う反面、まあダナン家があったからかと納得するな。
実際、『階位術式』を仕掛けるにあたって、ダナン家の財力や調達力は確かに必要だっただろうけど……それと同じくらいに、その術式を仕上げる者が必要だったはずだ。
「彼女がそれを連れて来た、ってことさ。痕跡、見つかりそう?」
どうかな。廃墟にはなってるけど、大事なところはそこそこ綺麗なままだし、これなら。
とりあえず、ラスの家があったはずの場所……、もろに廃墟だな。一応建物の形は残ってるけど、ちょっとでも刺激を与えたら崩れそうだ。
で、家から少し離れた、店舗は……さすがに更地になってるかと思ったら、奇妙なことに、大きな宝石が積み重ねられていた。
墓石……じゃあないな。墓石に宝石を使う奴はまず居ないだろう。いくら商人の家でもだ。
大体こんな大きな宝石を放っておいたら盗まれる。それが全くの手つかずなのだ、『動かせない』のだろう。
「それが、要石?」
だろうね。
この宝石の塊が……『階位術式』、その始まり。
と言うわけだからヴィショナリア、これを解析して、今のそれと比べておいて。
「うん。君はどうするの?」
僕は、ラヘル城に行く。
「ラヘル……なるほど。何かわかったらすぐに伝えるから。そっちも、よろしく」
もちろん。




