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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの果て
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90 - 覚醒に必要な鍵のこと

 ヴィショナリアにいくつかお願いをした後、僕は本来の役割として……『王』、ダアトとして、世界に肉体を構築する。

 シニモドリに限りなく近い、しかしシニモドリとは違った何か。

 イレカワリで得た経験をもとに、僕はそれを行っていた。

 そう、人形だ。

 人形師、コーマ・ヘクソンとの出会いは偶然でしかなかったけれど……彼の出会いが、今のこの僕に、肉体の偽造と言う手段を選ばせていた。

 ともあれ。

 僕はヴィショナリアにそっくりな外見で作り上げた肉体に入り、僕はとある場所に訪れていた。

 とある場所。

 それは、アリト国首都の闇市だ。

 もちろん、普通の子供が立ち居るような場所では無い。

 何かの間違いで普通の子供が立ちよれば最後、男女に関わらず商品行きだろう。まあ、その前に確認とかされるだろうけど。

「おい坊主、来る道を間違えてねえか?」

 と、話しかけて来たのは、紅色の衣服に身を包んだ男だった。

 なんていうか、また、難しい着こなしをしているな……。むかつくことに似合っているのが何とも。

「間違えてません」

「へえ。どこの産まれかしらねーが、望んで商品になろうとするとは、ずいぶんと人生に嫌気でもさしたか。ケケ、つっても、こんな場所に来た以上、お前はもっと嫌な目に合うんだけどなァ!」

「そうですか……。ところで、フィーという方のお店を探しているんですが、案内してくれませんか?」

「案内? してやるよ。フィーの奴の店じゃなく、俺に『金』を出してくれる店になァ!」

 やれやれ。僕は会話で何とかしようと思ったのだけど。

 それにこの人、折角見てくれは良いのに、ものすごく口調がチンピラっぽいというか……。

 襲いかかってくる男の腹部から胸部を掛けて貫くように、僕は『光刃』を地面から生やしておく。

「まっさきにあなたが話しかけてきて、そしてこの闇市の面々が何も言わないところを見ると、実質あなたが子供を売る権利を持っている元締めってところですか……。まあ、それもまた商いであるならば、それもあなたの生活が掛かる事です。とやかく言うことはしません。ですが、喧嘩を売る相手は間違えちゃだめですよ……なんて、もちろんこれは死体に話しかけているのではなく、ここに居る皆さんにお話ししているのです。で、どなたかフィーいう方のお店に案内してくれる人は居ますか?」

 さっと周囲に視線を飛ばす。

 すると、如何にも下っ端、という感じの青年が手を挙げた。

「俺が案内しやしょう」

「ありがとうございます。ああ、罠に掛けようとした、と僕が判断したら、これの三倍ひどいことしますから」

 僕はそう言って『光刃』をとんとん、と叩いた。

 青年は引き攣り笑顔で、はい、と答えた。よろしい。

 さすがに入り口で派手な事をしたからか、僕が青年について言っても、誰もとやかく言ってこない。

 まあ、誰だって死にたくはないか。

「この先ですわ。しかしお坊ちゃん。何故フィーさんの店に?」

「探しものが、そこにあるっぽいんです」

「へえ。どんなものか聞いても?」

「そしてそれを仲間に知らせ、僕より先に確保して、より高い価格で売りつけようと」

「まさか。そんな大それた真似、するわけがありませんよ。俺を信じて下せぃ」

 思いっきり声が震えてるぞ、青年。

 ともあれ、青年に案内された先は、骨董品を集めているようなお店だった。

 もちろん闇市の一つなので、ここにあるものの殆どは盗品なわけだが。

「ここでさ。そんじゃ、俺は」

「ああ、待ってください」

「へ?」

 僕は男に袋を投げ渡す。

「少ないですけど、案内料。ご苦労様でした」

「…………、」

 男は訝しげに袋の口を開けると、掌にぱらぱらとそれを出しかけ、すぐに袋に戻すときつく口を縛り、「では!」と去っていった。

 解らないでもないけど、ある程度上納しないと、あの人つるされるよね。まあその時はその時か。

 なにせ中身は大粒の宝石が複数だ。投げ売りしても、金貨千枚にはなるだろう。

 そして宝石というものは、需要もあるし、『足』がつきにくい。闇市では金銭よりも宝石が好まれる事さえあるのだから、なんとも。

「奇妙なお客さんだね。あのうすら馬鹿を案内役にきたのはお前さんが三人目、だがお前さんは幼すぎる」

 店の奥。

 女の声。

「で、あたしの店に何を探しに来たんだい。金があるならお客様だ、売ってやろう。もちろん、金が無いなら身体で払ってもらっても構わないがね。幸いこの闇市では男娼を買い来る奴も多い」

「魅力的な女性であれば、買われることもやぶさかではありませんが、金貨で払います。『透杖歴鍵』。ここに置いてますよね?」

「『透杖歴鍵』……、どんなもんだったか言えるかい」

「透明な杖です。無駄に頑丈な」

「ああ。それならそこの裏、樽に刺さってるよ」

 刺さるって。また奇妙な表現だな。立てかけてるとか入れてるとかならわかるけど。

 そう思って棚の裏に視線を向ける。そこにはまるで根菜に串を突き刺すかのように、樽に突き刺さった見知った杖が。

 …………。

「なんで刺さってるんですか、これ」

「この前客がね、遊びで刺して行った」

「一応商品なら、ちゃんと陳列してあげてください。ていうか冷静に見て回ると『放雷技剣』とかまで抜き身でおいてあるし。あぶないなあもう」

「へえ。歳に似合わず物知りだねえ」

 とりあえず樽に突き刺さった杖を引っ張り抜く。

 うん、これであってる。本物だ。

「買いたいなら値段をつけな。それが適正以上なら売ってやるよ。素っ頓狂な数字ならお前を売るが、それも闇市の流儀だ。構わんね?」

「ええ。とりあえず、金貨五百枚」

「そんなに売られたいのかい? 妙な身なりだが、お前さん、顔はいいし、すぐに買い手は付くだろうよ。出せないならば尚更、好事家は喜ぶだろうしね。その場合ならどっちに買われても、玩具としては終わりが無くて楽しめる」

「おぞましい話を子供にしないでください。教育に悪影響です。そして現金の持ちあわせがそのくらいってだけですから」

「いや、こんな場所に来る時点で教育も何もあったもんじゃないだろう。それにどの道売れないよ、それじゃ。馬鹿にしてるのかい」

「それこそ、まさか」

 僕は懐から、また袋を取り出す。

 もちろん……先程の青年に渡したものよりも遥かに大きな袋だ。

「中身を確認してください。ここは闇市、闇市の流儀に合わせたつもりです」

「へえ」

 店主は袋を受け取ると、その中身を机の上にじゃらじゃらと落す。

 そして店主はにたりと笑みを浮かべ、宝石の山の一つずつを灯りにかざして確認していた。

「珍しいね。これは珍しい。お前さんのような幼い奴が、何かの間違いで買い物に来る事は、滅多にないが皆無じゃあない。だがそいつらを含めても、あるいはお前さんの倍以上生きてるような大人でも、一見さんは流儀を知らない奴ばっかりだ。お前さんはどこで知ったんだい?」

「さあ。どこでしょうね」

 僕がそうとぼけて答えても、それは想像されていたらしい、店主はご機嫌のままだった。

「良いだろう。売ってやるよ。だが全ては受け取れないね。金貨を抜きにしても、だ。余計な分は返してやるよ」

「いえ、お気遣いなく。どうせ他に欲しいものもありませんしね……『子供たち』にでも、何か贅沢な物でも食べさせてあげてください」

「…………」

 きっ、と。

 周囲の空気が緊張するのを、感じた。

「安心して下さい。僕は口が堅いんです。誰に喋るつもりもありません」

「ふん……ま、良いだろう。闇市に一人で乗り込むその豪胆さ、そしてこの羽振りのよさ。認めてやるさ。その杖はお前さんのもんだ、持って行きな」

「ありがとうございます」

 僕は『透杖歴鍵』を背負うと、そのまま店を出た。

 店を出たところに柄の悪い男が七人ほど。彼らは僕を視認するや、笑みを浮かべて取り囲んできた。

 うーむ。

 いくら闇市とは言っても、まさかここまでとは。

「……僕に用事があるなら、十秒待ってください」

「ああ。いいとも」

 嫌な笑みを浮かべた、リーダー格の男が言ってくれたので、僕は店の中に顔を向けて、確認を取る。

「フィーさん。表、汚したらまずいですよね?」

「掃除代は貰ってるから、構わないさ」

 店主さんは僕を見ること無く、宝石の品定めをしながら答えた。

「もっともお前さんを助ける気も無いから、自分でどうにかするんだね」

「というわけだ。解ったか、小僧。お前は大事な商品になるんだ……だからと言って傷を付けられないとは思うなよ? そりゃあ傷のない商品のほうが高くは売れるが、傷があっても十分高く売れるからな。はっはっはっは!」

 清々しいまでの下衆ばっかだな……。

 こんなんじゃ闇市もそんなに長くない気がする。フィーさんのところが抱えてる子たちが将来を担う頃には良くなってるか、そうでなければ無くなってるな。

「どうした小僧。なにやら表情が歪んでるぜ。今更恐ろしくなったか? それともトイレでも我慢してるのか? してもいいぜ、ここで。ついでに品定めしてやるよ」

「……全く。情操教育ってものを受けるべきですよね、本当に」

 僕はため息をひとつついて、背負ったばかりの杖を構える。

「警告します。どいてください」

「警告? 貴様がか? 生意気だな! おい手前ら、こいつを引ん剥いて縛って持ってくぜ。手荒にしてもかまわん。一番働いた奴には最初に使わしてやるよ!」

「そうですか……」

 人間てのもなかなか、柔軟性に富んだ性格に育つものだな……。

 そんなことを思いながら、僕はくるり、と手の中で、杖を一回転させた。

「馬鹿な奴らだねえ。喧嘩を売る相手の力量を読めないなんて」

 そんなふうに嘲ったのは、店主さん。

「は? 何いってくれてんだよ、ばーさん。耄碌したか?」

「ふん。バーさん呼びするにゃまだ早いよ、青二才」

「んだと? やんのかァ?」

「言い争いをするな、とは言いませんが」

 僕は杖を改めて背負い直して、言った。

「皆さん、治療しないで大丈夫ですか?」

「は?」

「まあ、死にたいと言うならそのままでも良いですけど」

「……な」

 やっと痛みが訪れたのだろう。

 七人の男たちは、その全員が両腕が、肘のあたりで無くなっている。

 地面にはぼとりと、十四本の腕。

 そして、おびただしい量の血が、流れ出ている。

 『光刃』を音属性にしてやれば見えない刃になるので、使い勝手はさらに上がったり。その分威力が分散しやすいって難点はあるから、魔力に余裕がある人向けか。

 今の僕はほぼ、『王』と互換している。魔力だけで言えば世界の総量と同じなのだ。よって何一つ問題は無い。

「て……てめえがやったのか!! くそ! 俺の腕が……腕が!」

 男の一人が叫んだ。

 叫び、叫び、しかしまだ気付いていないようだ。

「まあ、自業自得です。止血をすれば死にはしないと思いますよ。治癒の魔法、受けられると良いですね」

 さて、気付かれる前に退散するか。

 鍵は手に入れた。これと命源を使えば『反器』はどうにかできる。

 あとは場所だ。

 どこの命源を使っても良いけど……。

「因縁もあるし、ケセドで良いか」

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