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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの冒険者
9/100

08 - シーグとラスと僕のこと

 派手な爆音に、僕は目を覚ます。

 うっすらと目を開ける――周囲は暗い。

 ここはどこだろうか、少なくともこの感覚、ベッドの上ではなさそうだ。

 血の匂いや木が燃える匂いに入り混じり、ほのかに感じるのは土の匂い。

 できる限り早めに移動したほうが良いような気がするけど……その前に確認をしなければ、たぶん失敗してしまうだろう。

 僕はシニモドリ。

 この身体は『僕』のものではなく、今しがた、『僕』が入ったばかりのもの。

 大体想像通りに身体は動くけど、それでも意図とは僅かにズレているのを感じる。

 考えて見れば当然で、『最初の僕』が『一つ前の僕』に成った時もそうだったように、身体のサイズがそもそも違うのだ。

 想像どおりに動くのに、意図とずれると言うのはそのあたりに原因があるのだと思う。

 だから、『僕』は思い出す。

 この身体の記憶を、『僕』の命に、刻むために。

 すらり、すらり、と身体は僕に記憶を伝えてくる。

 けれど、また箱に隠されているような箇所がある。

 恐らくそれが、この身体の本来の持ち主である命が、死を選んだ理由なのだろう。

 どうせ碌でもない事なのだろうけど、それでも僕は生きられる。

 たとえ死ぬほどの記憶だとしても、僕はまたしても生きるために、その箱の蓋を取り払った。


 誰かが伏せろ、と言った。

 誰か。

 それはこの身体の恩人だった。

 この身体はそんな言葉に一瞬遅れて、伏せる。

 そして、誰かが覆いかぶさってきて……『身体』に、生温かい赤い液体が降りかかった。

「か、はっ……無事、か、シーグ」

 恩人が言う。

 うん、と身体は頷いた。

「よかった……はは。すまない、シーグ。もっとうまくお前を護ってやりたかったんだが……」

 恩人はそう言って、身体を僕から外す。

 出血がひどい。

 身体は怯えている。

「シーグ」

 恩人は言う。

「お前は、逃げろ」

 身体が、震える。

「アレは、俺が何とかする」

 アレ。

 恩人が指示したのは、異形の何かだった。

 それは魔物と呼ばれるものだ。

 この身体とその恩人は、本来こんな場所に居るはずのない強さの魔物に襲われた。

 そしてシーグを庇って、恩人が致命傷を負った。

 恩人は身体を無理矢理動かして、魔物の方へと突貫する。

 何故?

 逃げるだけなら……できるだろうに。

 しかし、身体の記憶は伝えてくる。

 その恩人が、治癒の魔法を得意とすることを。

 事実、突貫する中で……致命傷だったはずの傷は、恩人から消えていた。

 当然のように完全で。

 魔物に大剣で振りかかる。

「逃げろ!」

「……っ!」

 役に立てない。

 そう理解し、身体はその場から駆けだす。

 数分は走り、かなりの距離を取って……そこには泉があった。

 身体はそこで立ち止まり、振り返る。

 これほど遠くはなれても、それでも戦いが続いている事が解るほどに、派手に魔物と恩人が戦っている。

 ここでさえ、安全圏では無いのかもしれない。

 だから身体はもっと遠くへと、逃げる。

 逃げようとして、見えない壁に顔からぶつかった。

「……え? なんで」

 そこには何もない。

 なのに壁があるかのように、通れない。

 痛みよりも困惑が先に顕れる。

 しかし身体はその現象を知っていた。

 魔物による力場結界。

 かなり高位にあたる魔物が己の力を最大限に使おうとする時、その力を集中させるために特定の領域に結界を作る。

 一度中に取り込まれたら、その魔物が結界を解除するかその魔物を倒さない限り、その外に出る事はできない。

 現象としてはそんなものだ。

 現象としてはそんなものだと理解しているが……それが意味するところは、それはあの魔物がこの身体の想像を遥かに超えるレベルで強いということだった。

 恐らく恩人は、それに即座に気付いたのだろう。

 だからこの身体を、即座に逃がす決断をした。

 それがこの身体にとってもっとも高い生存率を約束していたし……それに、恐らく。

 あの場にこの身体が居たとしても、戦いの役には立たなかった。

 どころか足手まといにしかならなかったはずだ。

 認めよう。

 力には差があり過ぎる。

 そもそも恩人とこの身体が二人で冒険者のペアを組むこと自体がおかしいのだ。

 強くならなければ、と身体は決意する。

 そのためにも、身を隠さなければ。

 結界が解除されるまで……魔物が倒されるまで、隠れて居なければ、邪魔になる。

 そう決意して、振り返る。

 そこにはあの魔物がいた。

「……な」

 魔物は腕をのっぺりと伸ばし、身体を鷲掴みにする――そして、途方も無く強力な力で、引き寄せる。

 身体が魔物に触れる。そこに感覚は無い。

 感覚は無いのに。

 身体が、魔物の中に埋まってゆく。

「取り込……あ、ああああああああ!」

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 その一心で、覚えたての魔法を叩きつける。

 素手で何度も殴りつける。

 そんな攻撃はまるで意味を為さず、下半身は既に完全に、魔物に埋まってしまっていて。

 そこで始めて感覚を覚える。

 それは痛みとは正反対の感覚だった。

「――――っ!!」

 言葉が出せない。

 全身がこわばっているのに、身体から力が抜けるようだ。

 そんな感覚が、続き続ける。

 声ではなく、息が荒く漏れる。

 あまりにも強すぎる感覚に、なんとか正気を保つために。

 なんとか正気を残すために。

 しかし。

 ほど無く、心は折れた。


 そして今、『僕』は身体が思い通りに動く事を感じて、齟齬が消えたのを感じて、しばし沈黙する。

 どうやら『僕』の定着は成功したらしい。それは良い。僕はまた生きる事ができるから。

 そして思い出してしまった、本来の命が死を選んだその経緯を身体が思い出して、『僕』も含め、この身体が興奮にも似た緊張を覚えている。

 うんまあ……。

 ラス・ペル・ダナンの時は痛かっただけだけど、こっちはその反対かあ……にしても、何かな。

 命が生きる事を諦める、心が折れる瞬間というのは往往にしてこの手の感覚が絡むものなんだろうか?

 まあ、この身体の場合、痛みでは無く快楽が思考の猶予を奪ったのだろう。

 その間も魔物に取り込まれる、支配されると言う恐怖感は常にあった。

 とはいえ身体は正確に、魔物の手段を分析していた。それは恐怖による支配ではなく、快楽による支配。

 それはあるいは記憶にあるような刹那の快楽では無く、その刹那が続き続けると言う、この身体にとっては始めての経験だったわけで……そして、魔物にあらがう事を止めた。

 だから心が折れて。

 命は死んでしまったのだろう。

 本当に命と言う者は壊れやすく、そして死にやすいのだなあと思う。

 で、命はそこで死んだけど、身体はそれを取りこんだ魔物によって生かされていたようだ。

 だからシニモドリが成立できたと言うわけか。

 やれやれ、と立ち上がろうとして失敗する。

 あれ、『僕』と身体の間の祖語はもう無くなっているのに、なんで?

 と思い、ふと意識をきちんと現在に戻してみて、納得。

 どうやら記憶に身体が当てられたようで、腰が抜けたようだった。

「ん……なにこれ」

 そして下着に違和感。

 なんだかぬめりとした感覚だ。

 …………?

 とりあえずこの感覚を思いだそうとする。

 ああ。そう言う事か、と納得。

 冷静に考えて見ると、『最初の僕』も『一つ前の僕』も、これを経験する前に身体が死んじゃったんだよね。

 だから『僕』にとっては、これが初めての経験だったりする。

 この身体にとっては初めてではないようだ。まああの魔物にされたことは除外したとしても、一年前くらいにそれは経験済みらしい。

 そしてその事を病気だと思いこんだこの身体の命が真剣に恩人に相談して、恩人にものすごい笑われたという記憶もある。

 危うく『僕』がもう一度相談してしまうところだった。

 思いだしておいて正解だ。気分は複雑だけれども。

 暫くそんな感覚を不思議に思ったりしながら、今度こそ身体の感覚が落ち付いた事を確認し、立ち上がる。

 よし、今度は大丈夫。

 だけど、ちょっと、着替えをしたい気分かな……。

「…………」

 まあ、今はそれどころでは無い。

 爆発音はまだ続いているのだ。

 改めて匂いを辿ってみる。

 木が燃える匂い、血の匂い、うっすらとした土の匂いと金木犀の花ような匂い。

 最後のは今になって気付いたんだけどアレの匂いだから除外。土のにおいも地面の匂いだ、除外して良い。

 木が燃える匂いと、血の匂い。

 『僕』はこの身体を改めて確認する。痛みは無い。感覚的に特筆することがあるとすれば、それは下着の不快感くらいだ。つまり血を流しているのは、怪我をしているのは僕では無い。

 木が燃える匂いは、恐らく戦闘で火がついたから。連続する爆発音、おそらくは爆発を伴う火の魔法が着弾し、森に火をつけたと言ったところか。

 それが意味するところは明白で。

 未だに『身体』の恩人は戦っていると言う事だ。

 『僕』は少し考える。

 恐らく、『身体』を魔物からひきはがして、『身体』をここに置いた後、少し離れたところで戦闘を再開したんだと思う。

 じゃあ、『僕』には何ができるだろうか。

 今回『僕』がシニモドリとして入ったのは、シーグという冒険者の身体にである。

 冒険者と言っても、戦闘はそれほど得意ではない。レベルカードを持っていたので確認すると、クラスは格闘魔術師、レベルは33だった。

 ちなみに年齢は……、

「……ってあれ? 十歳?」

 てっきりもう少し大人かなと思ったんだけど。

 一年前にアレを経験してるということは、ずいぶん身体は早熟のようだ。

 その割には声はまだ高いし、視点も高くは無いから、どうもアンバランスさを感じるけども。

 恩人の戦闘に何か手伝えることはあるだろうか。

 もう少し、具体的にはあと五歳くらい歳を経て居れば、ある程度戦闘にもマシな経験があっただろうけど、十歳の身体では戦闘の機会自体、多いわけも無く。

 それでもこの身体は格闘魔術士でレベル33、十歳でこの数字ってのはかなり高いはずだ。

 『一つ前の僕』たるラス・ペル・ダナンとか、非戦闘系のクラスだったのにレベル5だったし。

 思いだそうと思えば、この身体の戦闘の記憶もきちんと思いだす事ができる。

 その戦闘においては結構大きな怪我も経験しているけど、その全てを恩人の治癒魔法で救われていた。だからこそこの身体は彼を恩人だと認識しているのだろう。

 それはさておき、問題は、この身体がレベル33と年齢不相応に高いとしても、その記憶にある戦闘程度では、到底恩人が現在も繰り広げているであろう戦闘にまったく役立てないという点である。

 どうしたものか。

 シーグという身体にシニモドリして早々、僕は大きな決断を迫られていた。

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