88 - 世界の契約××××リ
「やあ。今回も無事に死に戻りできたようだね。他の死んだかい……って、随分と深刻そうな表情をしているね?」
ふと気が付けばあの白い場所。
当然だ、『光柱解放』をぶっ放したのだから、どのみちシア・クルーはあそこで終わり。
もっとも、それをしなかったとしても……心臓が破壊されていた以上、ズレは数秒だったろうけれど。
「そうだね。……で、何を深刻に悩んでたんだい?」
いや。
まさか『勇者』と直接対峙することになるとは……って所が一つ目だけど、まあ、それは割とどうでも良い。
「どうでも良いんだ……結構重要だと思うけど」
けど、その後がよろしくない。
『勇者』を仕留める意味も込めて、僕は全力で『光柱解放』をしてしまった。
シーグの時とは訳が違う。
あの時と比べれば魔力は三倍ちょっとだったけど。
『域』まで張った、完全版。
それほどの事をしなければ、『勇者』はどうしようもないとの判断だったけど……。
「事実だね。君が身を呈して、『光柱解放』を使ったから……さすがの『勇者』も、あれは防げなかった。防ぎようが無かった。抵抗の余地なく、きっちり死んだよ。その点について、君は値千金の事をしたと言える」
やっぱりか……。
「やっぱり? というと?」
『勇者』でさえも防げない。
そんな魔法、どれだけの人を巻き込んだ事か。
「なるほど。そこか。……そうだね、君はルナイの国の地図、今でも思い出せるよね?」
もちろん。
覚えた事は忘れない。
それがシニモドリだから。
「で、これが『今』のルナイの地図」
そういって声は、白い世界に影を使って、地形を描く。
その地形は見慣れたルナイの地図そのものだった。
ただ一点を除いて。
「ルナイの旧首都付近は、今は湖になってるよ。そりゃもう、大きな大きな湖に。見事に地下水脈に当たったみたい」
あー。
「幸い、というのかな。君のアレはとにかく世界的に、瞬時に知られる事となった。国際的、かつ組織の枠を超えた大規模な調査が行われてね。そのついでと言わんばかりに水脈周りの再整備は行われたから、ルナイという国家自体は存続している。大分在り方は変わったけどね。だから、二次的な意味での犠牲者はほとんど出なかったよ。……一次的な意味、つまり君の『光柱解放』に巻き込まれた総勢三万八千とんで九十二名は、残念ながら『消滅』したけど」
やっぱり……か。
とんだ皇帝だな。今際に民を道連れにするなんて。
「そうだね。シア・クルーのその判断は、皇帝としては失格だ。きみのせいで、生まれたばかりの赤子から老人まで、巻き込まれてしまったわけだし。けどね。それは君を皇帝として見た時の話だ」
気休めはよしてよ。
シニモドリとして、勇者を妨害する。
殺害できれば最高だ。それは確かなんだろう。
けど、だからと言って、それはそれほどまでの命を犠牲にしていい事じゃない。
「そうだね。だから君は反省しなければならないし……だから君は、それを誇らなければならない」
誇る?
「『勇者』が持ち出した、『反器』という代物。君はあれを見て、どう思った?」
…………。
あれは、だめだ、と。
思った。
「それはなぜ?」
解らない。
ただ直感で、あれはだめだ、あれは許してはいけない、あれの存在を許容してはいけないと、そう思った。
防御できないから……とか、そう言うのもあったと思うけど、なんかもっと根本的で、何だかもっと本質的な、そんな嫌な感じがしたんだ。
言い訳にしか、ならないだろうけど。
「それが、意外とそうでも無くてね」
え?
「『反器』は『勇者』が作った、紛い物の『神器』なんだ。紛い物といっても、それはこの場合だと、褒め言葉でもある。天意兵装は明らかに、『神器』を劣化させた代物だ。けどね、『反器』は、その表層的な性能だけでみるならば、ほとんど『神器』に並びうる。どころか『反器』のほうが効果が強くなり得るかもしれない。そう。劣化品じゃないんだよ。紛い物ではあるけれど、性質的には『神器』と同一だ。だから……」
性質が、『神器』と同一……。
そんなものを、人間が作り出したのか。
すごいな、と思った。
「だから、あれは、駄目なんだ」
だから、その声の言葉は、深刻だった。
「そもそも『神器』というものは『概念』を『物』としたものを指す。其れを作ったのは『十』でね。ケセドを覚えてるだろう。彼を含む者たちが、それを作ったんだ。そして現代。人間は、『概念』を『物』にすることに成功してしまった」
喜ばしい事の筈なのに、それは許されないことだと、その声は告げる。
「『神器』はね。『十』が世界の外側で、何もない所から作り出した。だからそれは、『概念』として完成されていて、しかも『物』としてはほとんど世界と同等だ。だから『喰』であろうとも、世界が編み出す法則では、破壊できない。破壊できないのは『反器』も同じ。あれも『概念』として完成されていて、やっぱり『物』としてはほとんど世界と同質……ただ、一つだけ、明確に違う事がある。その違いが、駄目なんだよ」
それは……えっと、作った存在が、『十』か、そうじゃないか、みたいな?
「いいや。たとえ其れを作ったのが『十』だったとしても、それの創造は許されない」
なら……、材質?
「んー……。まあ、正解と言えば、正解かな」
材料って言ったほうが良いか。
「そうだね。それなら文句なしに正解。つまりね。『神器』ってものは、世界の外側で作られた概念だからこそ、その世界には影響を与えても、その世界には与えるだけなんだ。決して奪う事をしない。けど……『反器』は、世界の内側で作られた概念だ。その材料は、『世界の一部』。世界から何かを奪う事で、『概念』を作ってしまっている」
奪う……か。
でも、その分だけ与えることができるなら……。
「奪った分と同量だけの影響を与えることが出来たとしても、奪われた世界の一部は決して戻らない。君だって治癒の魔法で腕を生やすくらいはもう簡単にできるだろう。けど、そこで生やした腕は、新しい腕であって、もともとそこにあった腕とは別物だ。それと同じ。奪った分だけ与えても、違ったものだから埋めようが無い。……だから、駄目。『反器』は、決して存在してはならないんだ」
だとしても。
もう、『勇者』はそれを作れてしまう。
「そう。それはまだ、『勇者』にしか作れない」
…………。
まだ。
今は、まだ。
つまり、それがほかの人間にも作れる時が来る?
「時間は掛かるだろうけどね。そりゃもう、長い長い時間は掛かるだろう。それでも……いつかは、『勇者』を研究し、人はそれを編み出すだろう。そうなったら、もう、手の施しようが無い。そうなったら、もう……」
世界の為に。
人を全て消さなければならないかもしれない。
そう言う事か。
「でも、今ならばまだ、『勇者』を完全に終わらせるだけで、済む。君は実際に『勇者』と対峙して、気付いただろう。彼の本質に」
うん。
彼は多分、『シニモドリ』……いや、そのものじゃあないと思う。
ただ、『シニモドリ』に良く似た何か。
記憶と経験を蓄え続ける、何かだ。
「そのとおり。『シニモドリ』は契約によって為されるけれど、『勇者』は寵愛によってなされるんだ……彼は世界を愛し、世界に愛されているからね。だから彼は、命を何度も獲得する。外見は変わっても、中身は同じ」
世界に愛される……か。
「けれど、世界は何も、彼だけを愛しているわけじゃあない。世界にとって、確かに彼は愛する存在で、愛しい存在だ。けどね……世界は、他にも沢山のものを愛している。それは、人間であったり、魔物であったり、動物であったり、自然であったり。色々な物を愛しんでいて、その中に『勇者』や『十』も存在する。その事実は、『勇者』も知っている。『勇者』は、自分が世界に愛されている事、そしてそれによって人間でありながら例外的にも、生命を何度も得ている事を知っている。だから彼はこう悩むんだ」
『今は愛してもらえている。けれど、その愛が冷めてしまったら、自分はどうなるのだろう』。
寵愛による擬似シニモドリ……いや、順序が逆か。
寵愛による勇者という仕組みを、契約にしたものがシニモドリ……。
「そう。彼は人間だったからね……愛情と言う者が、いつまでも続くものではないと言う事を知っている。いつか冷めてしまうことがある事を知っている。愛が絶対ではないことを知っている。そして、彼以外のたくさんのモノも、世界に愛されている事を、知っている……。だから彼は、愛が冷めてしまわないように、より強く愛してもらえるように、自分以外の愛の対象と敵対した。それがこっち側と、勇者の敵対。その本質だよ」
たったひとりの人間と、世界そのものの愛が呼び込んだ、壮大で遠大な戦い……ね。
「でも、彼は人間だからね。彼は世界と言うものの愛が、永遠である事を知らなかった。尽きることのない、決して冷めることのない、そんな絶対の寵愛であることを知らなかった。信じることができなかったのさ。だから世界は、選択を迫られた。『勇者』という『人』を、『一』への愛を貫くか。あるはそれ以外の愛を振り撒くか。世界は悩んだ。悩んで、悩んで、悩み続けて……結局、答えは出せなかった」
それが世界の、天の主意……か。
かち、かち、かち、かち。
そんな時計の音が、どこからかしてくる。
白い空間が、いつもと違った光景になっていた。
白を基調とした空間ではあるけれど、いつものような白一色ではなく、色々な物の影が見える。
白い時計。
白い机。
白い壁。
白い椅子。
白い器。
白い扉。
僕はいつのまにか、椅子の上に座っていた。
かち、かち、かち、かち。
かち。
一際大きく、時計の音が鳴り響く。
ふと気付けば、僕の前には人が居た。
くすんだ金色の、短い髪の毛。
朱色を煮詰めたような色の目。
見覚えのある、覚えのない人。
馴染みのある、違和のある人。
「それでも、世界は感じとっていた。このままだと、遠からず決断しなければならないと。意思を決めなければ……ならないと」
ふと……痛みを感じる。
腕が痛い。
足が痛い。
体中が痛い。
そして、熱い。
「さあ。思い出して。契約を履行する時だから」
熱い。熱い。熱い。熱い。
まるで火に晒されているかのように。
ひりひりと、じりじりと、きりきりと、痛い。熱い。痛い。熱い。
さらに、足に激痛が走る。
まるで、何かに押しつぶされたかのように。
「あの時」
痛いよ。
とても痛いんだ。
「それは最初の君が」
体中が、痛いんだ。
「そして僕が、死んだ時のこと」
其れは言う。
突然……それは、血まみれになる。
くすんだ金の髪の毛は、赤い血を吸って赤黒く。
頭から腕から胸から脚から血を流し、その身体は焼け焦げて行く。
「僕が君と……契約をした時のこと」
ふっと。
僕の中から、痛みが抜ける。
「シニモドリにならないか。そんな提案をした時、けれど最初の君は、僕は、少しだけ解答に詰まったんだよね。生きたい。その気持ちに嘘は無い。死は怖くない。その気持ちも本当だ。本当の筈だ。じゃあ何で、自分はこんなにも生きたいのだろう。そう考えた。そして、気付いた。死にたくないんだよ。だから生きたいんだ。消えたくないんだよ。だから生きたいんだ。でも、その感情は……シニモドリには、あってはならないものだった」
シニモドリは死に無関心でなければならない。
死を恐れても、死を迎合してもならない。
ただ淡々と、息をするのと同じように、死を受け入れて、次を生きなければならない。
さもなくば、シニモドリは。
死を恐れるがあまりに、生を諦める。
それは何度も、繰り返されていた。
「だからこそ、僕たちは」
それを持ちかけた側は、理想的なシニモドリをさせるために。
そして理想的な結果を得るために。
それを持ちかけられた側は、ただ生きるために。
ずっと消えたくないから、生き続けるために。
理想的な結果とは、『勇者』の事を深く知り、時に『勇者』を助け、時に『勇者』を阻害し、そして『勇者』の事を知ることだ。
一方で……生きたい側は、ただ生きられるならば、それで良かった。
だからこそ。
「僕たちは、『イレカワリ』の契約をしたんだ」
シニモドリ
88 - 世界の契約イレカワリ




