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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
88/100

87 - 勇者と僕の邂逅のこと

「へえ。あんたが簒奪者か。初めまして、皇帝陛下……話には聞いてたが、お前みたいな子供だとはね」

「…………」

 それは、一瞬の出来事だった。

 僕たちが、『マドロス』が、この国を覆すのには、一年を超える下準備と、三日ほどの実際の行動があった。

 それは劇的な、ほとんど一瞬の出来事で、だからこそ他国に干渉されることがなかったのだ。

 しかし……それさえもが途方も無く遅く感じられるほどに、今、起きている事は瞬間的だった。

 報告があったのは、昨日。

 国境を手形も無く強引に通った、たった一人の冒険者。

 無法者か、どうしたものかな、そんな事をヤッシュと話していて……もっとも、冒険者ギルドに任せようと、そういう話で決着がつき。

 そして今日、その冒険者は僕の目の前に立っている。

 血の滴る剣を携えて、返り血に染まった鎧を纏って、僕の前に立っている。

「挨拶くらいできるだろう、幼い幼い皇帝陛下。挨拶しろよ、基本だぜ」

「……確かに。初めまして、招かれざるお客様。あなたは誰ですか?」

「俺は冒険者ってことになるんじゃねえかな、一応。名前って意味なら、俺に名前はねえよ。名前なんてものは必要ない。どうせ歴史に名前は残らねえしな……これまでの、経験上」

 そういって、彼は僕に剣の切っ先を向ける。

 ここに来るまでに何人も斬っているだろうに、その剣は刃毀れ一つしていない。

 しかもとても奇妙な事に、剣が魔力を纏っているようにも見える……特に儀礼が施されているわけでもない、ただの剣なのにだ。

 ていうか。

 今、なんだか聞き捨てのならない事を言ったぞ。

 歴史に名前が残らない。

 これまでの経験上。

 それは一体何を意味する?

「そうですか……、じゃあ、名前のない方。要件は?」

「俺の敵を殺しに来たんだよ。『勇者』としてな」

 彼は笑いながら言う。

 何気なく、彼は少しだけ玉座に近づいてくる。

 その途中……床に崩れている、ヤッシュだったものの欠片を踏みつけて、しかし彼は何もそれに反応しない。

 ヤッシュは決して油断していなかった。

 最大限に警戒をしていた……警戒し、そして彼がこの部屋に入ってきた瞬間に、むしろ不意を打つように先手を打った。

 先手を撃ったはずなのに、先手は取られ、頸部と胸部と腰のあたりが、それぞれ綺麗に斬り裂かれて、声を上げることもできないうちに、心臓までもが破壊されていた。

 一秒すら、掛からずに。

 思考の余地も治癒の余地も、与えずに。

「俺の敵。つってもわかんねーだろ? まあ、仕方ねえよな。お前だって、確かに子供で簒奪者で皇帝をやってるくらいだ、特別な才能を持つ子供なんだろうさ。でも、そんなお前は『黒い世界』を知らねえだろ? 『勇者』が何故産まれているのかも、わかんねーんだろ? 所詮お前らは人間だ。人間であるお前らには、俺の敵と言う概念が通じねえだろうし、だから説明するだけ無駄なのさ」

 黒い……世界?

 勇者が産まれるのは、あの声の主が属する側を殺すため……そしてそれによって世界を変えるため、だったか。

 これまでの経験上名前が残らない。

 その表現は、ひょっとすると、『そのまま』の意味か?

 確かに、勇者に関する記録には、明確にその名前は残されない。

 ただ勇者とだけ記述されることがほとんどだし、名前が書かれていても、資料によってその名前が異なることさえある。

「だから俺が特に、何かを説明するつもりはねえよ。ただ、『勇者』のために死んでくれってお願いするだけだ」

「断ると、言ったら?」

「いやあ。どうせ殺すし、関係ねーんじゃねえかな」

 明確な決意と殺意が、彼には有るようだ。

 僕はくすり、と笑う。

 どうにも、儘ならないものだ。

 彼はあくまで僕を殺したいだけ。

 僕を殺して、一通り怪しい奴を殺して、それで目的が達成したかしなかったかに関わらず、彼はそのまま去るのだろう。

 その後に国がどうなろうと、彼には関係のない話なのだろう。

 それでは、僕はともかく。

 ヤッシュが……マドロスが、救われない。

「ん。なんだ、抵抗するのか? 無駄だと思うけどな……。さっき襲いかかって来たこいつが、この国で最強の奴だろ。お前みたいな子供が、抵抗したところでなんにもならねーよ」

「そうかもしれませんね。でもね……僕は簒奪者ではあるけれど、一応この国の事を思っているのですよ。勇者だかなんだか知らないけれど、国の後先を考えないような奴に、何もしないまま殺されるわけにはいきません」

「わかんねーやつだなあ。死んじまえばそれでおしまい、お前にとっては『どうでもいい事』じゃねえか? それと一つ訂正させてもらうが、確かに俺は『国』は考えてねえけど、『後先』は考えてるんだぜ。世界の後先をな。世界の為なら国が一つ滅ぼうが、国が複数滅ぼうが、些細な事だってことくらい解るだろ」

「君主論にすらならない、暴論ですね。それとも自称勇者さん。あなたは世界の王になるとでも?」

「ははははは。まさか。俺は君主の器じゃねえよ。でも、それは何も俺に限った話じゃねえ。遍く存在の上に立つ『器』なんてもんは、元より誰にもねえのさ。だから俺は、それを騙る『俺の敵』を、殺したいんだ」

 駄目だ。

 会話が成立するようで、成立しない。

 同じ言葉を喋っているはずなのに、僕には彼の言っている事が解らないし、きっと彼にも僕が言っている事を解っていない。

「ま、そう言う事だ。抵抗しなけりゃ痛みを感じる前に死なせてやるけど?」

「そうですか? じゃあ……抵抗します」

「そうかい。まあ、そう言うと思ったぜ。そういう気概のある奴、俺の趣味に合うからな、付き合ってやるよ」

 と、言いつつも、彼は剣を無造作に振るう。

 これ以上の会話は無用と言うことのようだ。

 そして、彼はただ、剣を無造作に振っただけなのに、その切っ先からは剣圧が、そのまま風の刃となって僕へと向かってきている。

 うん。

 力量の差ははっきりとしている。

 あきらかに彼の方が上だ。

 出し惜しみは出来ない。たとえ、後が無くなるとしても。

 『域』、発動。


 風の刃を掴み砕いて、僕はそのまま『喰』を拳に纏わせて、彼の方へと突貫するように殴りかかる。

 目の前で起きた事を把握するために、彼は一瞬を費やした。その一瞬は僕にとっては替え難い一瞬で、しかし彼は危なげなく、僕の突貫を半身になって回避しようとする。

 『物操』を使い彼の衣服を固定、それは一瞬で振りほどかれたけれど、その一瞬とさきほどの一瞬、に加えて『転』。

 『域』を張っている時、僕の『転』は『域』の範囲内ならば全てを印として認識できる。だからこその、『転』によって彼の死角への転移であり、僕は無事に『喰』を纏わせた拳を、彼の脇腹に叩きこんだ。

 ダメージを負いながらも、彼は僕に反撃を試みる。『転』を使って部屋の隅へ回避、どうやったのか僕の転移先を一瞬で悟ったらしい彼は、即座に剣を僕に投げつけてくる。

 僕は『光盾』と『光鎧』、『光刃』を行使して、投げつけられた剣を受けとめ、そのまま粉砕しておく。

 それを見て。

「あっははははははははははは!」

 と、彼は狂ったかのように笑った。

「いいね、いいね、いいね! 思いがけない拾いもんだ! 単なるお飾りの皇帝陛下じゃねーって話は聞いてたけど、これほどか! はっははははは! 楽しいじゃねえか!」

 彼の脇腹は、『喰』の効果によって欠けている。

 ダメージを受けているはずなのだ。なのに彼はまるで平然としている。

 そして、彼の身体を覆うように、黒い何かがまとわりついた。

 『光鎧』に似ているけど……あれは……。

「『靄マト衣』、っつーんだぜ、これ。天意兵装って知ってるか?」

 やはり、天意兵装か……。『神器』なら、まだ楽なんだけど。

「さっきの魔法、『喰』に『転』だろうし、お前になら『譲渡術式』も使えそうだしな。『神器』なんてもんは使えねえ。だから天意兵装と」

 と。

 彼の手の中に、奇妙な色の大剣が生成されていた。

 青。

 赤。

 緑。

 様々な色が奇妙に混ざり合い、混じり合い、絶えずその色を変動させている。

「『反器』、『まざりのつるぎ』の出番ってわけだ」

 『反器』……?

 『神器』、とほとんど同じような感覚がする。けど、『譲渡術式』の対象に取れない……?

「なんだ、知らねえのか? って言っても、まあ、天意兵装と違って、『反器』は今回が初お披露目だからな。至極当然か。ほら、俺の前の勇者の時代に天意兵装が『潰れた』だろ? あれ以来、新しい天意兵装は供給されなくなった。だから、その代わり。『神器』の写し、神ならざる者による神器の創成。記念すべきその第一号が、この『まざりのつるぎ』。『反器』って名前を付けたわけだ」

 神ならざるものによる神器の創成……、つまり分類的には『神器』ではないけど、『神器』と基本は同じ……?

「名前は違えど中身は同じ、であるならば、当然『神器』と同じような機能があって、その上で『譲渡術式』の対象にはできねえって話さ!」

 彼は勝ち誇るようにその剣を振りかざした。

 うん。

 あれは、駄目だ。

 『光盾』や『光鎧』で防ぎ切れるとも思えない。となると、やるべきは防御ではなく、回避でも無く、攻撃だ。

 『矢弾』に『光刃』を発生させ、それを六百発ほど生成、射出と一秒に三十回のペースで行う。ほぼ間断なく降り注ぎ、そして途方もない切れ味をもつはずの『光刃矢弾』は、『まざりのつるぎ』とやらであっさりと叩き落されていた。

 魔法に対する耐性……に加えて、他人の魔法に対する干渉効果もあるわけか。

 となると『喰』でもどこまで効果があるか……。

 大体、僕が最初に叩き込んだはずの『喰』も効果らしい効果でてないし。

「解せない、って顔してるぜ。『喰』のことか? 痛かったぜ。久々に痛かった。けど、この天意兵装には複数の機能があるんだが、特に治癒だとかな。確かに『喰』って魔法は強烈だぜ、それこそ天意兵装だって喰われかねねえしな。でも、治癒や再生をつかさどるこの『靄マト衣』には相性が良すぎるんだ。どんなにお前が『喰』で蝕もうと、それ以上の速度で再生し、それ以上の速度で治癒を施すからな」

 なんたる出鱈目。

「で、なんでそんな効果があるって言ったと思う?」

 え?

「はっはははは、それ以外に本命の効果があるからにきまってんだろ!」

 っ!

 僕は激痛を感じて、即座に自身に治癒を施す。

 何が起きた?

 どこからどんな攻撃がされた?

 とりあえず治癒ができていると言う事は、即死はしていない。

「おどろいた……お前、治癒まで使えるのかよ。なんだなんだ、事前に調べた情報と随分違うじゃねえか。俺じゃなかったら殺しきれなかったんじゃねーの?」

 即死はしていないけど……また、激痛が。

 特定と対策をしないと……そのためにも『転』で逃げるか?

 『域』の範囲は半径十一キロ、その隅まで移動すれば、追いかけてくるのにも時間がかかる。もっとも、『勇者』になりかけてるような奴相手に、十キロ程度はほんの気休めにもならないだろうけど。

「けど、これで決着だ」

 一瞬。

 一瞬だけ、『転』をするかどうかを考えた。

 その一瞬を、彼は見逃してくれなかった。

 『まざりのつるぎ』が、僕の左肩に。

 そしてそのまま、当たり前のように光鎧を引き裂いて、僕の身体を縦に両断する。

 治癒は……無理だな、心臓が斬られてしまっている。取り返しがつかない……だから、治癒ではだめだ。

 ならば、せめて。

「短い間ではあったが、なかなか楽しかったぜ、幼い皇帝」

 身体は既に言う事を聞かない。

 痛みは絶えず襲ってくる。

 今にも死んでしまいそうな。

 既に死んでいるような。

 左半身が地面に崩れ、どしゃり、と嫌な音を立てた。

 それでも右半身は、空中に、浮かんだまま。

「   、    」

 最期の 悪あがき。

 言葉にしたつもりなのに、声が出ない。肺に空気が入っていないから。

 いや、肺に空気が入っていたとしても、それを動かすことは出来ない。身体が縦に裂かれていれば、それは当然だ。

 ただ、僕のその悪あがきは。

 かつて、僕が一度だけ使った時とは、比べ物にならない規模になるだろう。

「    、    」

 様ないね 勇者さん。

 僕は笑って、それを使う。

 彼はきっと、僕の死を確定させたことで、『勇者』になった。

 だからその『勇者』に対して、僕はそれを使うのだ。

 『光柱解放』。

「おい……そりゃねえだろ、さすがに」

 乾いた笑みを浮かべる『勇者』を見て。

 僕は、意識を手放した。

物語は、佳境へ。

明日5月9日の更新は、最終章を一括掲載します。

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