86 - 神官が語る役割のこと
神殿から送られてきた駐在神官は男が二人に女が一人の、合計三人だった。
三神殿からそれぞれ一人、と言う事らしい。しかも全員が幹部級であることが、この面通しの場の名乗りによって解り、僕は自体が思った以上に深刻なのだと理解せざるを得なかった。
「皇帝陛下。どうされましたか」
「……いえ。神官様がた。今回は駐在していただけるということで、感謝いたします。華美なお部屋は用意できませんが、相応の住居などはご用意しましたので、後ほどご案内いたしますが……。宰相。ちょっと地図を取ってきてください。ゆっくりと」
「……畏まりました、皇帝陛下」
ようするに、人払い。
ヤッシュも敏くそれを理解し、警護に着いていた兵も連れて去ってゆく。
僕は早速核心に切り込むことにした。
「で、神殿は何をお望みですか。よほど切羽詰まっているようですけど」
「……皇帝陛下に置かれましては、」
「面倒な言い回しは結構です。子供を相手にしていると思って、適当な口調で話してください。僕もそうします」
三人は困ったように視線を交わすと、女性の神官がこほんと咳払いをして続ける。
「わかりました。では、皇帝陛下。あなたはどこまでご存知ですか」
「何も知りません。ただ、神殿がよほど切羽詰まっている事、恐らくは勇者が絡んでいる事、そのあたりですか。天意兵装に関する情報も聞き出したいとか考えているかなあとは思ってましたけど」
「なるほど。なにやら陛下には根拠があるようにお見受けしますので、私たちも隠し事は無しで行きましょう」
そこで彼女は言葉を区切り、核心を言った。
「近く。恐らくはこの一年で、この国に勇者が誕生します。そしてその勇者の『役割』は、『魔王の討伐』である……らしいのです」
…………。
魔王?
「魔王というと……ええと、魔物の一番偉い人的な概念の、あの魔王ですか?」
「そこまでは解りません。ただ、我々の研究によれば、それが此度の勇者の『役割』だろうと」
「ふうん……。カンタイの技術を吸収したのみならず昇華して、役割まで特定できたとは驚きですね。ま、宣誓術式を絡めれば可能か……」
僕が何となしに言うと、三人に緊張の色が走る。
何故それを知っている、そんな感じだ。
「これでも一国の皇帝ですよ。簒奪者ですけど。相応の事は知っています……。しかし、魔王ね」
概念的な話にはなるのだけど……魔王というものは、確かに存在する。
あらゆる魔物を統べる王。だからこそ、魔王などと呼称される。
最上級の魔物にして、最悪の魔物。存在すること自体が災厄であり、最大級の力。
「そんなのが居るとしたら、当然、僕の耳にも入ってる筈なんだけどな……。まあ、冒険者ギルドとは『ぎくしゃく』してるので、ギルド側が報告してくれてないだけかもしれませんけど」
「そうですか。では、我々は我々で独自に、ギルド側と交渉させていただきたいのですが。お許しは戴けますか」
「良いですよ。盗賊ギルドだろうと冒険者ギルドだろうとご自由に。必要ならば紹介状も用意しますが」
「では、三通ずつお願いします」
僕は頷くことで承諾を示す。
「駐在神官として、我々はルナイに居候させていただきますから、その分は『お返し』を致します。何か御用命がございましたら、及びください。代わりに……と言っては何なのですが、我々の行動に監視などは付けないでいただきたい。すべては、『勇者』と、世界の為に」
「都合のいい話ですね……。まあ、良いでしょう。少なくとも僕が皇帝である間は、ルナイ帝国としてはあなた方への監視の一切を禁じます。ただし」
僕は両手の上に『光図』で簡単な相関図を表示する。
現政権に対しての格組織の反応はあまり良くない事をアピールするために。
「ただし、見ての通り、僕は簒奪によって権力者となった。宰相も同じです。そんな理由もあって、ギルドには命令を下す事は難しいのです。そちらは申し訳ありませんが、あなた方三名から説得して下さい。紹介状には、一応こちらの対応も書いておきますが」
「御厚意に感謝いたします」
女性神官は恭しく頭を下げた。
「皇帝陛下。それとは別件で、もう一つお願いがあるのですが」
と、若い方の男性神官が言う。
「どうぞ、言ってみてください」
「はい。私事で恐縮なのですが、隣国のムラバに私の家族が居るのです。もしお許しを戴けるならば、私がルナイに居る間、共に暮らしたいのですが……」
「ふむ」
少し考える。
本当の家族かな?
神殿が用意した偽物の家族って可能性もあるんだよね。
とはいえ、ここは拒絶する正当な理由も無いし、考えようによっては人質を自ら用意してくれる格好か。
「構いません。通行手形を発行します」
「感謝いたします。神官になって以来、家族との交流が、なかなか難しいものでして」
男は大きく頭を下げた。
ま、本物だったらそれはそれでいい事だし、偽物だったとしても何らかの意図があると言う事だ。
神官には監視は付けないけど、家族には監視付けとこう。そっちは言質とられてないし。
「天意兵装について、何か質問があるなら今のうちにどうぞ。ま、僕に答えられるかどうかは別ですけど」
「……では、ぶしつけながら。この国の前皇帝が、天意兵装を所有していたというのは事実なのですか?」
「事実です」
即答する。
「『月ヨビ水』という、水を操る杖のようなものでしたね。まあ、今はあれ、無くなっちゃいましたけど」
「無くなった……ですか?」
「あれは僕たち『反逆者』に向けて使われたんですよ。それを苦心の末に打ち破ったんです。その時に消滅させてしまいました」
嘘は付いていない。
「……驚きました。天意兵装を消滅させることができるとは。皇帝陛下、その方法については、ご教示いただけませんか?」
「それはお断りします。僕の口からは……ですけどね。誰かに聞けば、誰かしらは答えを知っているかもしれませんよ。それを聞くことまでは制限しません、勝手に調べてください」
「…………」
最大限の譲歩だ。
それを読み取ったのだろう、若い男の神官は頷いた。
ちょうどそんな時、宰相、ヤッシュが地図を抱えて帰ってくる。
「お待たせしました、皇帝陛下」
「いえ、丁度いいタイミングです。それと、宰相。この三人にそれぞれ、冒険者ギルドと盗賊ギルドに対して紹介状を準備して下さい。そこには我々が神官を監視しない旨も記載するように。準備が終わったら僕の元へ、国璽で印を刻みます」
「仰せのままに」
「そう言うわけです。紹介状の準備が整うまで、些細な宴の場を設けました。あまり豪華ではありませんが……。よろしければご参加いただけますか、神官殿」
僕の提案に、三人の神官は声を揃えて答えた。
「有難きしあわせ」
と。
些細な宴、といっても国賓待遇。
可能な限り華美には取り計らっていて、神官三名はそれに少し戸惑っているようだった。
それを遠目に観察しつつ、僕は玉座の上でジュースを飲んでいる。
まさか参加しないわけにもいかないし……。
「皇帝陛下」
「どうしました、宰相」
「彼らの言う魔王についてなのですが」
うん?
「それは概念的なものを指しているのでしょうか」
ヤッシュの奇妙な物言いに、僕は少し思案する。
そりゃまあ、概念的な物を指しているはずだ。具体的に魔王などというものが観測された事は無いはずだし……。
「そうでしょうね。何か心当たりでも?」
「ええ」
ヤッシュは確信に近いものを持っているらしい。
はて、僕の耳に入って無いだけで、実務レベル、ヤッシュあたりには噂でも入っているのだろうか?
「皇帝陛下です」
「…………?」
「ですから、あなたがそうなのではないかと言う事です」
うん……?
「僕は魔物の王じゃありませんよ?」
「ええ、ですからもう一つの概念としての魔王を思い出していただきたい」
もう一つの概念……。
魔王。魔物の王としての魔王、と考えるのが一般的。いわば当たり前で、それこそが通常だ。
逆に言えば一般的では無い魔王と言う概念も、確かにある。
例えば今から遡ること千三百年ほど前、ルガドに君臨した本当の意味での名君……その人物は様々な魔法を極めて高い水準で使いこなし、魔法を統べる王、魔王として呼ばれ崇拝されていた。
そう。
魔法を統べた王としての概念における、魔王。
「んー……。記録を読む限り、僕はルガドのあの王様と比べれば木端だと思いますけどね」
「天意兵装を真正面から叩き伏せている時点でそれはないです」
まあ……そうかも。
『喰』。
あらゆるものを腐蝕させ浸食し払拭し黒色に帰す、まるで見境のない、その魔法よりも上位にあるもの以外はその全てを消し去ってしまうと言う魔法。
発動に必要な魔力は膨大で、その制御も極めて難しい。代わりに『神器』でも無い限り全てを消し去れる、出鱈目な魔法。
僕がその魔法を使うにあたって『域』を張らなければならないのは、そうしないと魔力がそもそも足りないと言うのもあるのだけど、制御が追いつかないという側面もあるのだ。
たとえ僕に潤沢な魔力があったとしても、やはり『喰』を使う際には『域』を張ることになるだろう。身体的魔力的な増強が解りやすい故に誤解され……るほど認知度は無いんだけど、まあ、あれを使っている間は思考面でもかなりの増強が行われている。情報処理能力が上がるのだ、かなり。
だからこそ、『域』を張っている間は、僕でも『矢弾』を千単位で一秒に数十回打つことができるようになる。それは魔力的には問題なくても、思考が追いつかないから普段は出来ないんだよね。
「皇帝陛下は既にその要件を満たしている。だとすると……。勇者が果たす『役割』は、自然と……」
「…………」
僕たちを討伐し、ルナイを解放すること……ってわけか。
なるほど、僕たちが切望した英雄は、どうやら此度の勇者らしい。
……『僕』としては、どうしたものか、って感じだけど。
「この一年で登場する……か。どうやら僕は、長生きしても享年十一歳ですね」
「…………」
ヤッシュは、何やら申し訳なさそうな表情で。
ただ、黙って僕を見ていた。
「勘違いしないで下さいよ、宰相。僕は僕で、この生き方を選んだんです。まあ、その前に一種の指向性を与えて来たのはたしかにあなたですけど……それでも、それが無かったとしても、僕は精々、生きられて十三歳ですからね」
「以前も言っていましたが。一体なぜ、その年齢で……何があると言うのですか?」
「寿命」
端的に僕は答えた。
もはや隠す事でもない。
「自分のことは自分がよくわかる……だなんて、言うつもりはないけど、でもやっぱりそう言う事なのかな。いろんな魔法を使えるようになって、いろんな事を知って……そんな中で、僕は大体、そのあたりで『僕が終わるんだな』って、確信しているんです。何かの紛れで長生きできるかもしれないですけどね。でも、やっぱりその前後だと思いますよ」
それが、シニモドリ。
『最初の僕』が生きた時間しか、生きられない。
原理はよくわからないけど、それを言いだしたらシニモドリやイキカエリというもの自体がおかしいのだ。
それに十三歳まで生きられるなら、十分でもある。いつになっても大人にはなれない、それは少し不満だけれど、それでも概ねの事は出来るのだから。
「この一年が、正念場。宰相。せめて華々しく、僕もあなたも、飾れるように努力しましょうか。後のルナイの為にもね」
そして狂ったこの国を。
更に狂わせた僕たちを。
『まとも』にしてくれるはずの勇者を歓迎しよう。




