表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
86/100

85 - 怒涛の裏目と心境のこと

 暫定政権の樹立から一年が過ぎ、税収などの計算に追われる王宮内部をしり目に、僕は数枚の報告書を読みつつ考えごとをしていた。

 どうもこの国を救う英雄、になりそうな者たちが、現時点では二つの勢力に存在する。

 一つは冒険者で、もう一つは外国の集団だ。

 外国の集団……というのは、アギノの一団で、そちらも元を糺せば冒険者の集団だったんだけど、例の討ち漏らした直系男子を旗印にしてしまったらしい。

 やっぱり暗殺しておくべきだったか。

「どうしました、皇帝陛下」

「なんでもないよ、宰相。ただ、例の取り逃がした獲物がちらついててね……どうしたものかな?」

「皇帝陛下の御心のままに……」

 なんて言いながらも、宰相ことヤッシュはいくつかの想定を僕にぶつけてくる。

 今からでも暗殺するパターン。少し放置した後に暗殺するパターン。可能な限り自然死させるパターン。放置するパターン。

 どの想定に置いても、基本的に彼らが直接、ルナイ国内で暴れることはまず無いと考えていいだろう。彼らの旗印が僕たちの行為を否定する以上、簒奪と言う手は取りようが無いのだ。これが暫定政権の樹立直後であれば、まだ彼らに正当性はあったけど、現状では此方側にこそ正当性がある。

 これは天意兵装のせいだった。

 天意兵装を隠し持っていた、そしてそれを実際に使った。

 そんな噂はあっという間に世界的に広がり、僕たちを非難する勢力は当然多かったけど、それ以上に前皇帝らを非難する勢力のほうが多い始末だ。そのせいで僕たちの方に正当性が出来てしまい、途方に暮れていたり……。

 ちなみに前皇帝を非難した勢力の内半分くらいからは、水面下で天意兵装にどうやって対処したのか、といった問い合わせが来ている。

 実際に天意兵装をどうにかしたい勢力もあっただろうが、逆に天意兵装を抱えていて、どう対策されたのかを確認したい、と言うところもあっただろう。

 もちろん解答は避けている。いや、正直に『真正面から消滅させました』って答えても、誰も信じてくれないだろうし……。

 まあ、そういうわけでアギノの一団は厳しい。

 となると冒険者の集団が英雄候補……なのだけど、こちらにも問題がある。

 既に腕前で言えば英雄と言って過言ではないだけの力量がある。それは広く認められているのだ。

 しかしその冒険者の集団は、親兄弟を前皇帝の圧政によって何らかの形で理不尽に失っていて、そんな前皇帝を打ち破った『マドロス』に忠誠を誓いかけている始末。

 なんとかその寸前で済んでいるのは、冒険者ギルドの苦心によるものであって、少しでも彼らが手綱を緩めれば、おそらく『マドロス』の下に来てしまうだろう。

 力量的には問題なくても思想的には此方側、つまり彼らは僕たちを滅ぼしえないどころか、このままだと他の英雄候補が現れたら、頼みもしないのに率先して助けに来てしまうだろう。そして僕たちとしてはそれを拒絶するわけにもいかないから……。

 参ったな。

「仕方ない。ちょっと、理不尽に増税しますか」

「具体的には?」

「国家安全保障税とか、そんな感じのそれっぽい名前で。全体的に二割増になるように調整」

「二割ですか……。急にそのような増税をするとなると、しかし大義が必要ですが」

「『来るべき混乱に備えるため』とかの乱暴な理由で乱暴に増税しちゃってください」

「ではそのように」

 これで少しでも僕たちから民心が離れれば良いんだけど……。


 そんな増税が行われた半年後。

 僕とヤッシュは二人で頭を抱えていた。

 というのも、未曾有の大水害が起きたのだ。

「何この、天が超絶味方してくる感じは……」

「頭が痛いですね……」

 ルナイの街もいくつかその災害で壊滅的な被害を受けているけど、それ以上にひどいことになっている近隣諸国を見ると、まだマシではあった。

 そして本来ならばそんな壊滅的な被害に対して支援などすんなり出来ないはずだった。

 しかし半年前に行った『来るべき混乱に備えるため』の『国家安全保障税』は『災害などによる壊滅的被害に対する基金とする』という雑な理由で行ったせいで、偶然にも壊滅的被害を受けた被災地を復興するのに丁度いい金額が国庫にあるわけだ。

 当然、その税金の徴収理由が理由だし、被災地の復興に使うべく迅速に解放されたわけだけど、これのせいで市井では、

『半年前に突然税金を一気に上げたとおもったら、この天災を見越してのことだったのだ!』

『現政権は極めて先見性が高く、このままこの国を良くしてくれるにちがいない!』

 などといった意見が出てくる始末。どうしてくれるよ、おい。

「税金を上げて感謝されるなら、いっそ下げて見るとか?」

「皇帝陛下。それ、普通に感謝されます」

「そうですよね……」

「なんと言いますか。今の我々は、何をしてもなにか、感謝されるような呪いが掛かっているのでは?」

「同感ですけど、呪いなんて掛かってません……」

 『解呪』の魔法に反応しないし……。

 済んでしまった事は仕方ない。

 切り替えよう。

「暫くすれば市井も落ちついて、冷静に考えれば偶然だと解ってくれる……と、信じて、とりあえず今は被災地をどうにかしないと。現地の状況は?」

「とりあえず神官が足りません。冒険者ギルドを経由して要請してはいるのですが、近隣諸国が優先されているようです。実際、我が国が受けた被害は他国と比べれば『マシ』ですから」

 まあ、それは確かに。

「不足している物資は優先して送ること。ギルドの協力も仰いでやってください。ギルドとしても、今回は協力せざるをえないはずです」

「ではそのように」

 さて、どうなるかな……。


 さらに半年後。

 僕はヤッシュと一緒に机に突っ伏していた。

 原因は一つの書状である。

「なんで神殿から感謝状が……」

「……先の大水害への対策として送った物資が神官の一団が結果的に命を救った、そのお礼だそうですよ、皇帝陛下の人徳ですね」

「感謝状より絶縁状のほうが嬉しかった……」

 あの国政に対しては一切の不干渉を是とする神殿からの感謝状を受けるという名誉に当たって、市井の僕に対する評価は『千年来の名君』とか『世界でも希に見る仁君』とかになっていて、ヤッシュに対する評価も『幼い皇帝陛下を完璧に補佐して欲が無い』だとか『誰よりも国の為に行動する最高の人格者』だとか言われている始末だ。

 何してくれるんだよ神殿。僕たちに何か恨みでもあるのか。いや恨んでくれる分には有りがたいんだけどなんでこんな手を。

「で、どうしますか、皇帝陛下」

「どうしようもないです。貰っちゃったものは貰っちゃったんで……。なんとかこれを利用して悪評にしなさい、宰相」

「皇帝陛下が考えてください」

「十歳児に何を望んでるんですか良い大人が」

「…………」

 はあ、と二人でため息をつく。

 言い合いをしたって解決はしないのだ。

「で、神殿は何と言ってきてるんですか」

「もし皇帝陛下が望むならば、駐在神官を派遣すると」

「…………」

 為政者として見た時、その申し出を断る理由は無い。

 けど……、何だろう。違和感がある申し出だ。

 神殿が特定の国家に積極的に肩入れする……?

 オースが神官だった時代、たぶんそれは五百年前だけど、あの頃を考えるとあり得ない申し出だ。

 何か裏があるな、これ。

「…………」

「皇帝陛下?」

「宰相。ちょっと調べてほしい事があるんですけど」

「何なりと」

「現在の三神殿の所在地と神殿長の簡単なプロフィール。それと、大雑把な神官の分布図」

「……ちょっと、と言うには過ぎていますね。時間がかかっても?」

「いえ、急いでください。二週間で。それと神殿に対しては、駐在神官に関しては検討をするから、一か月後に解答を行う、その際に使者を送るか、神殿から使者を送ってくるか、どっちでも良いから神殿で決めてほしいと、そう伝えてください」

「皇帝陛下がそうしろと仰るなら。説明はしていただけるのですか?」

 訝しげに問いかけてくるヤッシュに、僕は頷いた。

「二週間後に、教えます」


 そして二週間後。

 なんとかぎりぎり滑り込みで入って来た情報を机に並べ、神殿の事情らしいものが見えてきた。

「そう言う事か……」

「どういう事ですか、皇帝陛下。約束です、教えてくれるんですよね」

「神殿も大きな問題を抱えている、そう言う事です」

 現在も三神殿は、アリト、レーロ、ルブムの三つ。位置にも変化は無い。

 で、駐在神官を出すと言ってきたのはレーロ神殿。

 レーロ神殿の神殿長は三神殿長では最も年齢が高く、事実上のトップになっているようだ。

 そのトップが何故駐在神官などという馬鹿げたことを言い始めたのか。

 まして感謝状を簒奪した側に送る意図は何か。

 考えられる理由は少ない。

 その中で最も可能性が高いのは……。

「勇者です。勇者が恐らく、ルナイ近辺で産まれる。だから神殿としては、ルナイ付近に『足がかり』が欲しいのか」

「勇者……? なぜ勇者が出てくるんですか」

「神殿は五百年前に事実上、カンタイを呑みこんでますからね。勇者がいつごろ産まれるのかは解るってことです」

 ていうか、僕シニモドリしている以上、そう遠くないうちに、そして僕の周囲に勇者は産まれるはずだ。

 まあ、そのあたりはさておいて、神殿の目的はルナイ付近に橋頭保を作り、そこで勇者のバックアップ体勢を確立すること。

 ついでに簒奪時の力場結界についての調査。

 その上で僕やヤッシュから天意兵装に関する情報を引き出せればさらに良しって所か。

「タイミング的に……下手すると、僕たちを裁くのは英雄じゃ無くて勇者かもしれませんね」

「…………。では、駐在神官の件は拒否すると?」

「拒否する理由は無いです。受けます。監視も付けません。自由にさせると良いでしょう」

「なるほど。その上で我々に疑念を抱いてもらうと」

 うん、と僕は頷いた。

 駐在神官に選ばれるような者だ、恐らくは幹部級。

 その目からみれば、僕達が何か『おかしい』ことに気付くだろう。

 それは本国に通達され、改めて身辺調査とかが行われる……はず。

 問題は『神授』だな。読心系のが来ると色々と台無しにされかねない。

 いや、その時は共犯って形に持ち込むか……。

「宰相。駐在神官の受け容れ準備と、布告の用意を」

「布告の内容は?」

「神官駐在に伴う寄進のための増税です。民と神官の間に少し溝を作ります」

「畏まりました」

 鬼が出るか蛇が出るか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ