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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
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84 - 事後の確認と使者のこと

 目を覚ますと、僕は柔らかなベッドの上だった。

 ふかふかだなあとか思いつつ、僕は上半身を起こして軽く頭を振る。まだ少しもやもや感、さすがに反動が抜け切って無いのかもしれない。

 何となしに横を見ると、大きな大きな姿見が。そこにはベッドの上で身体を起こしたシアの姿。そこに映るシアは、寝間着というには豪華すぎる服を纏っていた。

 ふむ。

 どうやらヤッシュは僕を殺さなかったようだ。

 全身に意識を回してみる。特に怪我をしている様子は無い。頭にもやもやとした感覚、これは……まあ、少ししたら何とかなるだろう。

 ベッドから降りて軽く身嗜みを整え、僕は扉を開けてみる。

 そこは広間だった。

「お目覚めですか、新皇帝陛下」

「ええ、おかげさまで無事にね、ヤッシュ」

 ヤッシュはなんだか偉そうな服装を纏っていて、扉を出る僕の前に跪く。

「僕は何日寝てましたか」

「三日ほど」

「三日か」

 想定していた反動は一日、長くても二日。

 それと比べるとちょっと多いけど、さすがに範囲を広げすぎたからだろうな。

「道理でお腹が空いてるわけだ。ご飯を用意して下さい。それを食べながら、この三日で起きたことを聞かせてもらいます」

「畏まりました」

「あと、そんな口調じゃなくていいんだけど……」

「まあ。外面上は皇帝と宰相ですから」

 それもそうか。

 ご飯を食べながら聞いた三日間で起きた事は、大筋では僕たちの描いた通りとなっているようだった。

 結局あの後、『マドロス』の面々は王宮を制圧しつづけ、その日のうちに皇帝の処刑を全国的に発表、実行。

 僕を新たな皇帝として即位させること、宰相としてヤッシュが事実上の権限を持つこと、新政権は『マドロス』が取り持つこと、『マドロス』の命令に従う限り安全は約束すること、そしてこれは国の為であることなどを一方的に通達し、軍のほんの一部が此方側に寝返ったと思ったら、あっという間にそれは全軍に感染し、軍は事実上暫定政権の配下に収まった。

 もう少し抵抗があると想定していたのだけど、

『従うか、もう一度アレをされるか。好きな方を選べ』

 というヤッシュの傲慢な持ちかけで、あっさりと士気が折れてしまったようだ。

 ようするにやり過ぎたらしい。

 で、とりあえず王宮は二階から上が完全に無くなってしまっていて、二階も綺麗に平らな、まさかの一階建てになってしまっているので、僕が作った王座を中心に補修を始めているんだとか。

 工期は三年ほどを予定しているらしい。

 ともあれ、象徴としての皇帝は死に、僕が新たな皇帝に即位。

 軍の統制も強引ではあるものの獲得したこともあってか、ほとんどルナイは『マドロス』が権限を獲得した形だ。

 地方にも既に顛末は知らされているようで、地方貴族達が首都に訪れ、変わり果てた王宮などを見て命乞いをする姿もこの三日間ではよくあったんだとか。

 あと、冒険者ギルドとかは僕が発生させた力場結界に気付いたようで、とんでもない魔物が顕れたんじゃないかと大騒ぎになったんだとか。

 結局『魔探』に反応が無かったり、誰も魔物を見たと言うこともなかったので、『何かの間違い』という方向で片付いたようだ。

 これがあるから『域』は大規模に使いにくいんだよね。

 さて、ここまでは都合がいい所の報告だ。

 じゃあ都合の悪い所、僕たちの思い通りに行かなかった事は?

「まず、冒険者ギルドと盗賊ギルドが『マドロス』政権に不信を表明。但し、撤退などはしないと通告がありました」

「へえ。通告してきた使者はどうしたの?」

「とりあえず捕えて牢獄に。皇帝陛下の『お目覚め』の後、沙汰を決めるということにしてあります」

「ヤッシュはどうするべきだと思う?」

「さて?」

 どうでも良い、そんな感じなんだよね。

 ヤッシュも特に考えてなかったようだ。

 殺される覚悟をもってその通達を持ってきたんだろうし、ギルドとしても最悪、使者が殺される可能性は考えているだろう。何せ僕たちは前皇帝も殺しているのだから。

「皇帝陛下のお好きに、としか」

「んー……」

 僕は食事をようやく終えて、満足した状態で考える。

「後で僕の前につれてきて。両方とも」

「どうなされますか」

「その時に決めるよ。で、他の想定外は?」

「国外の反応が思ったよりもありません」

 外交面か。

 反応が無い、というのはしかし予想外だ。

「どっかしらの国が逸りそうなもんだけど」

「まあ、『やりすぎた』のでしょうね」

 ううむ……。

「他にも細かい問題はありますけど、それらはこちらで処理します。皇帝陛下は御身を大切に」

「そうします。じゃあヤッシュ。早速だけど、使者を連れてきてもらって」

 かしこまりました、ヤッシュはそう言って、なにやら関係がおかしかったのだろう。

 噴き出すように笑い、僕もそれにつられたのだった。

 けど、こんな笑い方が出来るのはこれで最後か。

 ここから先は予め決めた通りの役割を、果たさなければならないのだ。

 既に事は、起こしたのだから。


 僕の前に連れてこられた二人はなんとも対象的な二人だった。

 一人はきちんとした身なりの女。もう一人は破けた服を着ている男。

 聞いた話によると、男の方が冒険者ギルド、女の方が盗賊ギルドの使者らしい。

 男の方は抵抗したので、多少手荒にとらえたそうだ。女の方は素直に従ったから手を出していない、と言っていた。何処まで本当かは解らないけど。

 そしてどちらも鎖や鉄の器具で拘束されている。

「皇帝陛下。お待たせしました。この二人が、例の使者です」

「ふうん……」

 玉座がわりの単なる豪華な椅子に座り、僕はそんな二人をきちんと観察する。

 女は若く、男は壮年。そう言う所でも奇妙な対象だな。

「とりあえず、僕はあなたたちの組織が僕に従わない、という話を聞きました。それは真ですか?」

「相違ない。冒険者ギルドは『マドロス』政権に不信を抱いている」

「盗賊ギルドも同じですわ。簒奪などという手段を取った以上、お覚悟しているとは思いますけれど」

 まあね。

「宰相。どうすればいいと思う?」

「皇帝陛下のご意思が何よりも尊重されます」

「んー……」

 よし。

「二人の拘束を解いてあげて」

「よろしいのですか?」

「まあ、一応は使者だしね。見せしめに殺すのも手段とはいえ、今回はそういう気分じゃない」

「畏まりました。拘束を解け」

 宰相、ことヤッシュの命令によって、二人の拘束が外されてゆく。

 二人は訝しげな表情で僕を見ていた。判断しかねているのだろう。

「三日くらいとはいえ、不当な拘束をしちゃってるからね。金貨百枚くらいずつ持たせて帰してあげて」

「……金貨ですか、それは」

「買収も兼ねてるけど微々たる金額。まあ、何ら影響は無いだろうね。ただ、その金貨を渡すんだから、今からするお土産話を、ちゃんとそれぞれの組織にしてほしいものだ」

 くすりと笑って僕は続けた。

「前魔法尚書はね、あろうことか天意兵装を使って僕たちと応戦したんだ。その結果が、この王宮の二階から上が無くなった、その惨状。もちろん、それを使わざるを得ない状況に追い込んだ僕たちにも責はあるけれど、それを隠し持ち、どころか実際に使ってくると言うのは、どうなんだろうねって子供が言っていたと、そう伝えておいて」

「……もし、それを伝えなければ?」

「別に?」

 どっちでも良いよと僕は促す。

 丁度金貨の入った袋が届き、それが二人にそれぞれ渡された。

「伝えようが、伝えまいが、それはそっちの自由だよ。たかが子供の戯言と聞き流すもよし、一応は報告するもよし。天意兵装なんて代物を君達のような使者では知らないかもしれないけれど、君達のボスは良く知ってるだろうからね……それを伝えないことで不利益をこうむるのは君達だから、僕は別にどうもしないし、どうもさせないよ。じゃ、さようなら。帰って良いよ。何なら出口まで案内しようか?」

「……それには及びません」

 女は踵を返すと、そのまま歩いて去ってゆく。

 遅れて、男も去っていった。

「『天意兵装とかいうよくわからないものを前政府がこそこそ使っていた』、って噂を市井に流しておいて。あとは、少し様子見かな。両ギルドがどう動くか……。監視は要らないよ、リアクションがあるならば、あっちから何かしらの接触を試みてくるだろうから」

「承知」

 てきぱきと指示を出しはじめるヤッシュに安心しながら、僕は少し思案を進める。

 周辺国は今のところ、ルナイに対して干渉しようとはしていない。たぶん暫定政権の立場を掴みかねているのだろう。突然の小集団による政府転覆だ、情報をある程度そろえるまでは動かないかもしれない。

 外交ルートはその情報収集に来るであろう者たちを起点に作り直す。

 内政面は貴族を使う、特に粛清はしていないから、さほど混乱は起きないだろう。

 後は何処で英雄が産まれるか。そしてその英雄をどの勢力が擁するか。そのあたりだな。

 今のところは順調極まる。

 どこかで致命的なミスをしていてもおかしくないような穴だらけの計画だったんだけどな……。

 皆が皆ベストを尽くした。

 そして前政権は、神器を一つずつぶつけると言う、よくわからない事をしてのけた。

 だいたいそのあたりがこの大成功の要因と言えるのだろう。

「見せしめと言えば、皇帝はもう処刑したんだよね。その血族は?」

「同時に」

 処刑済みか。

「但し、一人だけ処刑し損ねている者も居ますが」

「……どんな奴?」

「直系筋、十六歳の男子。外遊中でして。そのまま亡命するかと」

「…………」

 十六歳……か。微妙なところだな。

「どの国?」

「アギノです」

 遠いと言えば遠いし、近いと言えば近いな。

 中途半端な位置だ……。

 十六歳。

 皇帝の直系血族。

 男子。

 正当性はそっちのほうがある……よな、当然だけど。

 天意兵装に関する噂で、どこまで前皇帝を追い詰められるか次第だな……場合によっては暗殺しないと駄目かもしれない。

「アギノとの外交ルートは早めに作って、その男子の動向は可能な限り掴むこと。亡命するなら良し、旗を上げるならば暗殺。ま、こんなところか」

「では、そのように」

 なんだか、歯車が……少し、嫌な形で噛み合っているような。

 気のせいだと、良いんだけど。

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