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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
83/100

82 - 神器の無力化と尚書のこと

 作戦当日。

 移動を開始した七十八人の詳細な内訳は、結局次の通り。

 魔法使い七名。内、神官魔法が使えるのは一名。

 前衛四十九名。武器種は剣盾が最も多く三十一名。次いで槍が十一名、残る七名は短剣などの特殊武器。

 弓持ちの後衛は十四名。十四名全員が棒火矢も装備済み。

 残る八人のうちの五人が物見。最後に残った三人が、後方での管理担当だ。

 集団としては度が過ぎた戦力を抱えている反面、軍としては到底見ることが出来ないこの戦力を、如何に上手くぶつけるか。

 というより、相手にいかに対応させないか。そういう面で僕たちは行動を起こしている。

 拠点としている街から首都まで、本来は休憩込みで三日かかる道程は、予め休憩ポイントとして指定した場所で疲労治癒を行う事で休憩は全て省略。

 結果、計画どおりに一日で首都に到着。

 先に出した物見の報告により、首都に駐屯している兵力の大雑把な数字が判明。概ねの想定通り、熟練兵三千、新兵千、非番の休息中が千。

 首都の人口は五万を超える、それを考えれば少ないと言えば少ないし、多いと言えば多い。人口比で言えば明らかに多いけど、首都の守りとしては心もとない感じだ。

 そしてもう一つ、重要な点。

「正門の見張り兵は六名で間違いありません。魔法使いも居ないようです」

「そうか」

 ちらり、とヤッシュが僕に視線を向けて来た。

 いや、僕に振られても。作戦指揮はヤッシュの仕事だ。

「予定通り正面から、堂々と突入する。民間人には一切手を出すな。攻撃をしてきたのならば可能な限り無力化で済ませろ。殺しは可能な限り避けることだ。軍の兵は気にせず排除して良い」

 ヤッシュの指示は静かに、それでも全員に行きわたる。

「目標は、王宮」

 ちらりと時計を見る。午後二時、丁度いい時間帯か。

「王宮を制圧し、国王一族は確実に生かして捕えろ。それ以外の要職も可能な限り生かして捕えろ。軍人は殺せ。軍が本格的に行動する前に、全てを終わらせる。『神器』らしき反応があったら即座に声を上げること。怪我をしたものは予め指定した通りに行動せよ。以上、健闘を祈る……」

 はっ、と兵の声が揃う。

「進撃せよ!」

 こうして、『マドロス』はルナイ帝国の首都へと侵攻を開始した。


 集団的な抵抗はなく、散発的なものがほとんどだった事もあり、怪我人らしい怪我人も特になく、僕たちは王宮へと突入した。

 もっとも、ここまでは一つの想定通りだ。

 小規模な集団が王宮に攻め込み、またそのタイミングで結集が間に合わないと判断したら、王宮はどのような手をとるか。

 当然結集はかけるとして、軍は王宮を包囲することでその集団を包囲し、逃げ場をなくす。

 その上で、王宮に居る者たちで対処する……小規模な集団を大軍で殲滅するのは、却って非効率的な事も多い。

 だからこその精鋭による守備、もちろんそれは『神器』があるからこそ取れる手段ではある。

「反乱か。このご時世、解らんでも無いが、しかし数が少なすぎるな……八十ほどか。貴様らなど、私一人で十分だろう」

 王宮の大階段の上で、その男は腕を組んでいた。

 男は赤い鎧を身にまとっている。その鎧からはなにやら、奇妙な感覚を受けた。

 魔力を発している……とは、何かが違うな。まあ、『神器』なんだろうけど。

「皇帝を守護する我らが一族が代々継承せし『神器』、『真赤天鎧』の前にひれ伏すが良い!」

「やだ」

 『譲渡術式』。譲渡先はヤッシュにすると、結局名乗ることも無く、男はその場に崩れ落ち、『神器』の鎧は弾け飛ぶようにヤッシュのもとへと移動した。

 どうやら所有者が変更されたから、己を所有するでも無いのに勝手に装備するとはなにごとだ、と『神器』が怒ったらしい。血だらけだ。

「なんだろうな。普通なら脅威のはずなのに、『やだ』の一言で突破できる障害ってのは悲しいものがある。進軍せよ」

 というわけで行軍再開。

 男が破れたことに気付いたようで、その階段の奥の通路から一人の女が躍り出ると、此方に向けて杖を構えていた。

 その杖は緑色の宝石が先端にはめ込まれていて、その宝石の周りには風の渦が産まれている。

「おやおやおやおや。一体何がどうなって、まるで役立たずになったんでしょうね? まあ良いです、私がしりぬぐいをして差し上げましょう。我が『神器』、『風呼びの杖』の前に刻まれなさい!」

「やだ」

 『譲渡術式』。譲渡先は一番レベルの低い魔法使いにして、『物操』で移動させていおいた。

 突如として手の中から『神器』が消えて、しかも所有権を失ったことにも気付いたのか、女は慌てて何かの詠唱を行う。

 そんな所に、棒火矢が撃ち込まれ、女はその場に崩れ落ちた。

 可哀そうだ。

「おい、シア。なんか身も蓋も無いぞ」

「いいですか、ヤッシュ。『神器』なんてものは相手にしちゃいけないんです」

「まあ、そうなんだが」

 ちなみに女は戦闘の集団によって無力化されていた。

 可哀そうと思わない事も無いけど、まあ基本的にはやむを得ない犠牲だ。

 暫く進むと、『マドロス』の全員を包み込むようにまっ黒な布が突如として顕れる。

「驚いた。まさか二人までもが無力化されるとは……だがここから先には進めん。我が鉄壁の守り、『思暗の幕』の中で闇に絶望するがいい!」

「やだ」

 『譲渡術式』。譲渡先は近くに居た弓矢持ちに。

 当然、僕たちを包む真っ黒な布は即座に消え去り、その先で呆然とする男が一人。

 あ、矢が胸に刺さった。

「役に立ちませんね、あの三人は口先だけですか。全く、あんな役立たずと同列にされると思うと虫唾が走ります」

 今度は横からそんな声がした。

 その男は棒のようなものを構えている。

「しかし、そのような小細工、我が『破壊者の伸棒』の前では無力! ここで倒れるがいいのです!」

「やだ」

 『譲渡術式』。前衛の一人に渡しておいた。あとなんかむかついたから『矢弾』をうちこんでおく。

「おい。なんかだんだんとぞんざいになってきてるぞ、扱いが」

「良いんですよ。『神器』を持ってるだけの雑魚なんて放っておいて」

「一応、『神器』が一つあるだけで戦争ってできる筈なんだが……」

「使い方が悪いんじゃないですか。もっと遠距離から使うか、いっそ近距離で使うしかないんです」

「例えばこんなふうに?」

 と、その女の声は僕の耳元で聞こえた。

 ふと気がつくと僕の頬に短剣が突き刺さっている。痛い。

「ふふ、口が痛くて詠唱が出来ないでしょう。どうやらあなたがオイタしているようだし、これで大丈夫よね?」

 とりあえず僕の頬を突き刺した女の全方位を取り囲むように三十六本の『光刃』を発生、そのまま女に集束するようにするように。

 もっとも、女は短剣を僕の頬から引き抜くと、『光刃』を当然のように切り砕いた。

 なるほど、その短剣はそうやって使うのか。あの街に置かれていた短剣だ。たぶん魔法破りか何かの効果があるのだろう。

「驚いたわ、しれっと反撃してくるなんて。でも魔法は無意味よ。物理もね」

 女は意味深な笑みを浮かべる。

「だからここで、あなたたちは暗殺させてもらうわ」

「やだ。ていうか、そんな堂々とした殺し、暗殺じゃないし……」

 『譲渡術式』で短剣を僕の物にしつつ、代わりに『矢弾』を六発プレゼント。

 女は血を吐いてその場に崩れ落ちた。

「全く、痛いったらありゃしない」

「もう無傷じゃねえか」

「ちょっと切られただけです。治癒には一秒もかかりません」

「なんだろう。俺、だんだん相手側が可哀そうになってきたぞ」

「そうですか。でもそろそろ警戒して下さい」

「というと?」

「なんだか通路の奥、魔力場が変です」

 僕がそう言った途端にだった。

 先頭を固めていた六人の前衛が、文字通りに吹き飛ぶ。

 風圧だろうか?

 そして通路の奥には、大きな筒が一つ。

「本来は王宮の中で使っていい品ではないのだがな……。『ウィンドブラスター』、この『神器』によって貴様ら反逆者を血祭りに上げてやろうぞ」

「やだ。使っちゃだめなものは使わないでください」

 『譲渡術式』。後方支援担当の一人に渡しておく。

 そして反撃と言わんばかりに、前衛に出張っていた魔法使いが『魔法の矢弾』で『神器』の横に居た者を貫いた。

 僕は吹き飛ばされた六人を治癒して、と。

「今のところ此方側に犠牲者は無し。順調ですね」

「だいたいお前のおかげだけどな……ていうか、これ、俺達要らねえんじゃねえの?」

 それはまあ、御愛嬌と言う事で。

「それにもう六本目だぞ、『神器』」

「どうやら『譲渡術式』を考慮してないみたいですね。不勉強って感じです。魔法尚書は何してるんだか」

 僕たちがそんな軽口に似せた懸念を口にした時だった。

 ぞっ、とする。

 この感覚は……、いや、探知系の魔法とは何かが違う。

 気のせいか?

「ヤッシュ。今なにか感じましたか?」

「なんにも?」

「……気のせいか」

 探知系の魔法だったならば、ヤッシュも対象になっているだろうし。

 それこそ僕だけをピンポイントに探知……、『特定探知』か……?

 『譲渡術式』の『術者』、って形で対象を取れれば、それは僕だけになる。

 けどそれ、かなり難しいはずだ。第三者から第三者への魔法、それに干渉するのは、それこそイセリアさんとか、そういうレベルじゃないと駄目だろう。

 逆に言えばそう言うレベルならば可能で、魔法尚書とかいう立場ならば十分に可能かもしれない。

 だとしたら、そんな魔法尚書の目的は?

 当然僕の魔法を封じることだろう。じゃないと『神器』を奪い返しても、また奪われる。

 ……まあ、気のせいだったら気のせいだったで良いのだ。

 『剛力』『加速』『即応』『耐久』といった一通りの補助魔法に加えて、『反魔』『霧散』も自分に掛けておく。

「まさか六人までもがしてやられるとは……前代未聞の大失態ではないか」

 と。

 荘厳な男の声がする。

 声は正面。みれば奇妙な形の剣を手にしていた。

 奇妙な形……刀身が歪んでいて、その歪んだ刀身からは枝のように無数の刀身が生えている。

 はたしてあれ、武器としての性能はどうなんだろう。少なくとも剣としては使えない気がする。

「見境なく全てを喰らえ、『暴君の食指』」

 刀身から生えている枝が蠢いた。

「やだ」

 『譲渡術式』。対象は……ヤッシュでいいか。

 蠢くのを止めたその剣は、持ち主として不適合と判断したのだろう、それを持っている男に無数の刀身を突き刺し、男が崩れ落ちた。

 結構可哀そうだ。

「おい。あれ、怖いぞ。ていうか、いらないぞ、あんな剣」

「そう言わないでください。『神器』ですから」

 とはいえ、これでもう七本。

 戦闘向きの『神器』はほとんど全部出てきてしまっている。もう一個あるはずだけど、全くの無対策で突っ込んでくるとは。

 大体連携もなしというのは逆に怪しい。何かの罠ではないか。

 それでも進軍はスムーズに進み、通路を念入りに制圧し、途中の部屋も全て制圧し、そして僕たちは、さほど苦労せずに王が居る筈の部屋の前へとたどり着く。

 一応護衛の兵は置かれていたけど、あっさり前衛が倒していた。こちらにも怪我人は出たけど、治癒したので実質怪我人は無し。

 万全の状態、だからこそ僕たちは警戒を密に、最後の扉を開ける。

「なっ」

 声をあげたのは、扉を開けた仲間だった。

 扉の向こうには水が充満していた。

 その水は当然のように、通路へと一気になだれ込んでくる……水、水を操る魔法か、神器か、それとも……。

 前の方にいた魔法使いが『水流制御』で水の停止を試みたのが見える、しかし効果は出ていない。魔法だったら効果は出るはずだ。

 となると『神器』か?

 目の前の水を対象に『特定探知』して、それの制御権を持ってる人を探知……いた、意外と近い、この壁の向こう側十二メートル。

 その周囲に『譲渡術式』を撃ってみる、反応なし。対象にそもそも取れない。

 前衛の数人が水に足を取られている、そこに『矢弾』が飛び込んでいた。咄嗟にそれを隣の前衛が盾を使って防御しようとする。

 まずい。

 咄嗟に飛んできた『矢弾』に『遷象』を使って天井へ逸らして、と。

「ヤッシュ。最悪の事態です」

「そうか。どうする」

「一度兵を下げて、王宮の全出入り口の封鎖を」

「良いだろう。シア、任せる」

「はい」

 『域』。

 発動。

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