81 - 決戦の前夜と切り札のこと
一年が経ち。
僕も八歳だ。まだまだ幼いけど、十三歳という時間制限を考えればそろそろ行動を起こさなければならなかった。
この一年で街を拠点化し、様々な国内の情報を集めたりして、僕たちは漸く一つの青写真を作り上げることに成功した。
もっとも、計画は計画。
途中で問題が起きないとも限らないけれど、大筋の流れは完成したわけだ。
「第一目標として、首都までの進軍。拠点から首都までは、通常の移動ならば三日かかる。これを一日で完了させ、かつそのまま第二目標である武力蜂起、政権転覆までを実行する。相手に対応の準備を与えない」
「ルナイの軍は戦力の結集が間に合わないと判断すれば『神器』を持ち出す可能性がある。その場合は僕が『譲渡術式』で『マドロス』のものに書き代えます。あちらにも同じ事が出来るものが居たとしても、書き代え合戦で発動の時間を与えません」
「首都において常に警備に当たる兵は多くて、五千。このところの斥候によれば、実際に仕える兵は三千程度で、新兵が千、残る千は休養などの状況。但し周辺に居る兵力を数えるならば、最大で二万を超える」
「結集されては、駄目。此方の数は八十にも満たない都合上、短期決戦が好ましい。万が一長期戦に持ち込まれれば、こちらは数で圧殺されるし、時間は敵にしかならない」
「その場合の選択肢は二つ。徹底抗戦か、一時退却か」
「徹底抗戦する場合、『マドロス』側の切り札を最大限に活用することで、あるいは政権転覆まで持ち込める可能性はある。但し、その後の国家を統治する能力は失われる」
「一時退却する場合、当然国家側は『マドロス』を公敵とする。そうなれば『マドロス』は手詰まりになる。その時点で蜂起は失敗という形で終了」
「よって長期戦になった場合は、その後が例え続かないとしても、徹底抗戦を行わざるを得ない」
「第二目標が無事に完了したら、第三目標、暫定政権の樹立。トップにはシアを立て、宰相の役に俺がつく」
「僕は政務全般を宰相、ヤッシュに投げる。但し、僕はトップになった後もしばしば『我儘』を発動する」
「それに対して、俺が一定の制御を行っている。そういう形で政権を外見上、不安定に固定する。俺はあくまでも宰相として、国を欲しいがままに改革してゆく」
こんなところか、とヤッシュが呟いた。
ここは作戦会議室。
あの街の地下に真っ先に設置された設備で、ここには『マドロス』のメンバー全員が入れるほどの広さとなっている。
さすがに全員が同時に入った事は一度も無いけど。見張りも必要だし。
で、今日は十人ほどがそこで地図を眺めていた。
今しがた僕とヤッシュが確認していたのが概ねの状況で、好材料らしい好材料は無い。
「もう少し条件的には有利に傾いて欲しかったんだが……」
無理か、とヤッシュは呟いた。
僕が加入してから一年間、その間のデータ的に、現状こそが比較的『隙』の多い状況だ。
ひどい時は正規兵が一万駐在していた。それと比べれば現状は四割弱なのだから。
「補給面の準備は?」
「万全だ。一応、すぐにでも動けるようにはしている。もともと小集団だからな、兵站もそこまで負担が無い」
確かに。
八十人。集団にしては度が過ぎていても、軍とは言えないような小さな集まり。
兵站の概念も無いわけではない、ただ、通常の軍と比べれば必要な物資は少ないし、計算もやはり少ないのだ。
「一つ問題があるとすれば、結局シア用の装備が手に入らなかったことだが」
「それは現地調達するので大丈夫です。防御系の『神器』あるみたいなので」
「…………。まあ、いいか」
ヤッシュはしばし目を瞑り、最後の確認に二、三問いを出し、それが即答された事をもって十分と判断したらしい。
「全軍に命令。明日の午前六時に実行だ」
決戦前夜。
ほとんど勝利は決まったようなものだ、不安材料は確かに多いし、数の面では不利というのも生ぬるい。
短期決戦で済めば僕たちの勝ち。
ほんの少しでも作戦が停滞したら僕たちの負け。
実に勝敗は解りやすい。
夜、特に意味も無く、作戦会議室の地図を眺めながらいろんなことを考える。
作戦に不備は……ある。
軽微なものは、まあ、良い。あまり良くはないけど、無理をすれば何とかなる範疇だ。
ただ一つ。
大きな不備というか、考慮していないことがあり、それを僕は言うべきか否かで悩んでいたのだった。
「どうした、シア。さすがに決戦前夜、緊張して寝れないか」
「ヤッシュ……」
緊張はしていない。
ただ……不安なだけで。
本来ならば指摘するべきなのだ。
けど、それを指摘した時、『マドロス』がどう動くか、それが読めない。
だから指摘が出来なかった。
情けのない、話だけども。
「他の連中は皆最後の休息に入った。何か心配なら言ってみろ。連携面か?」
「……連携面での不安はありません。人数も少ないけど、短期決戦を掛けなければならない都合上、あんまり大所帯でも意味が無い」
「じゃあ、何が不安だ」
「…………」
ヤッシュになら。
言っておくべきか。
「天意兵装。知ってますか?」
「テンイヘイソウ?」
やはり、知らないか……。
シアになってからも沢山の情報を見てきた僕だけど、そこには天意兵装の記載が一つも無かった。
恐らく、オースの時に起きた『青ツル戯』の暴走が原因だ。
あの声も、『天意兵装まで潰してくれるとは思わなかった』とか言っていた。
その時は単に、その勇者の天意兵装が消えただけかとも思ったんだけど……ここまで情報が一切ないとなると、カンティタでの事件以降、天意兵装は事実上の封印状態にあるのだと思う。
封印……捨てるには勿体ない、けれど持っていることをおおっぴらにはできない、だから、封印する。
必要な時にこっそりと使うだけで、公には所有していないことになっている。
治癒に関する何かと、水に関する何か。
ヤッシュは、『マドロス』が得た情報からして、それが所有を明らかにしてない神器であると結論付けていたけど……もしかしたら、天意兵装かもしれない。
万が一、それが真実、天意兵装だった時。
『譲渡術式』では、どうにもできない。
「聞いたこと無いな。儀礼済み兵装の仲間か?」
「……まあ、仲間と言えない事も無いかもしれません。知りたいですか?」
「ああ。シアが考え込んでるんだ、何かしらの特異な事があるんだろう」
「じゃ、他の皆には内緒ってことで」
僕は僕が知っている天意兵装の概要を伝える。
かつてカンティタを滅ぼした『青ツル戯』以外には、直接見たことがあるわけではないけれど……ただ、ほとんど『神器』と同等で、『譲渡術式』の対象に出来ない分、却って天意兵装のほうが厄介かもしれない事も含めて。
聞き終えたヤッシュは、なるほど、と深刻に頷いた。
「俺も初めて聞いたが……。だからこそ、それをルナイが保有しているとも思えんな」
「ええ。杞憂で済めばそれが一番。ただ万が一、それが表に出てくるようなことがあれば……」
手に負えません、と。
僕は両手を上げることで、答えにした。
「万が一それが出て来た時、俺達はどうすればいい」
「どうしようもありません。諦めてください」
「……そんな事命令できねえぞ。士気が一気に無くなる」
「だから僕は今の今まで言わなかったんですよ」
『神器』に対して『譲渡術式』という邪道、そもそも使わせないという手段を取らなければならないのは、真っ向からの勝負が不可能だからに他ならない。
一個人の魔法でどうこうできるもんじゃないし、まして魔法以外の手段で封じられるわけが……、
「…………」
ない。
そう、魔法以外ではどうしようもない。
一個人の魔法でもどうこうはできない。
逆に言えば……集団の魔法だったり、一個人の領域を超えた魔法でならば、たとえ『神器』であろうと対処は出来る。
できるけど。
今の僕では、シア・クルーでも……魔力が足りない。
「…………、」
僕は視線をヤッシュに向ける。
ヤッシュは僕を見て、訝しげに首を傾げた。
「ヤッシュ」
「どうした」
「すいませんが、一時間くらい付き合って下さい」
「……ん? どっか行くのか?」
僕は頷いた。
そう、それはここで使っていい魔法ではない。
そしてその魔法は、決して人前で使うべき魔法では無い。
それでもそれ以外に手段が無いならば、咄嗟に使えるようにしておかないと駄目だ。
会議室を出て街の通路へ、夜と言う事も会って人出はほとんどない。
まあ、人が居ようと居るまいと、この街の中では特に気にする必要は無いのだけど……とりあえず、僕はヤッシュに『分散』で対象を取りつつ、飛翔を使って空へ。
特に事前の説明もないのに、ヤッシュは落ち着いたものだ。この一年間で結構やってるからな、似たような事。
で、僕とヤッシュは街から十キロほど離れた森、を更に一キロほど進んだところで降りる。
これくらい離れていれば、まあ、大丈夫だろう。
たぶん。
「ヤッシュには、僕の切り札を先に教えてきます……但し、心して下さい。僕がこの切り札を切った時、それは『マドロス』が一歩でも間違えれば壊滅する可能性がある状態です」
「……何?」
「具体的には、天意兵装の対策です」
「対策、できるのか?」
「…………」
どうだろう、と少し考える。
「できるかどうかは、未知数ですね……」
とりあえず、正直に答える。
実際、使った事が無いから解らない……というのが解答だ。
「……あ」
「どうした」
「いえ。すみません。これ、駄目だ……」
「……駄目?」
しまった、忘れてた。
僕は大きくため息をついて、ヤッシュの片手を無理矢理取って、『転』で作戦会議室へと戻る。
突然風景が変わったことに気付いてか、ヤッシュは警戒態勢を取っている。
「ちぇ。試しに一度使っておいたほうが安心だって思ったのに、とんだ誤算です」
「……ここは……、作戦会議室? え?」
「すみません。今のは僕が言ってた切り札とは関係ないので、気にしないでください」
「いや気にする。なんだ今のは」
まあ、この段階だ。
『切り札』のほうも説明をしなければならない、それを考えれば今更隠す必要も無いか。
「『転』という単字魔法です。予め指定した場所、かつ僕が直接触れていない限り駄目ですが、空間転移を行える魔法ですよ」
「空間……、え?」
「ヤッシュたちと最初に遭った時も、実はこの魔法で一気に移動したんですよね。覚えてません?」
「いや、確かにあの時、お前は突然現れたが、闇夜に乗じて……とか、じゃなかったのか?」
「僕はそこまで隠密行動が得意ではありません」
全くできないわけじゃないけど。
「この程度で驚いてもらっては困ります。いいですか、ヤッシュ。僕の切り札はこれから、口頭で説明します。何故口頭なのか……何故実演できないのか、そこも説明しますから、それを踏まえて聞いてください。ちなみに」
事情をまだ整理できていないようだけど、気にせず僕は続ける。
「『転』を僕が使える事を知っているのはヤッシュ以外にも何人かいましたけど、今からヤッシュに教えるそれは、たぶんヤッシュ、あなたが最初の一人です。決して口外しないでくださいね……いざという時の切り札にならなくなる」




