79 - 黎明への備えとの明魔のこと
色々とあって、翌朝。
『マドロス』の面々の殆どは、監査官の目についても困るので、一時的に近くの森に再度設営し待機することに。
監査官の到着は明日らしく、その日のうちに帰る、というかすぐ帰るそうだ。なんでも大きな宴が首都で近く行われるので、それに遅れるわけにはいかないと言う事なんだとか。
で、ウィリスさんと、信頼のできる他二人がそれに同行し、国王に神器を献上する運びとなっている。
そのあたりは既に監査官への根回しが終わっていて、僕たちの予想通り、一年間の免税は確定で、予想外の部分では期間中、街内部での完全な自治が認められることになる運びらしい。
都合が良すぎるという気もしたけど、相談した結果、『罠にしては中途半端すぎるし、政府は特に何も考えてないのだろう』と皆で結論が揃った。
なので、明日監査官がこの街に来て後に去り次第、本格的に『マドロス』として街の地下などにいくつかの設備を作ることにになるだろう。
この設備作成の手配はマイクにも手伝ってもらうことにした。彼の処理能力は決して低くないからだ。
「シア。ちょっと来い」
「はい?」
と、ヤッシュに呼ばれて僕は街の酒場へ。
そこには数名の『マドロス』の者たちが街の人たちと歓談中。今のところ関係は良好だ。まあ、面従腹背かもしれないけど、その時は始末するしかないなあ、とか考えていれば、僕にはプレートが差しだされた。
プレート。
久々に見るな。レベルカードか。
「お前の分だ。一応、お前は正式にメンバーとする都合、配布対象だからな」
「なるほど」
僕はレベルカードを受け取る。
しかしこれ、随分昔の品だけど、よくもまあ現役だな。その分便利ってことなんだろうけど。
「『認証』、『更新』、『クラス変更』、『自動判定』……っと」
さて、今回は何と出るかな。またちょっと時間がかかりそうだ。
「そういえば、ヤッシュのクラスって?」
「宿将って特殊クラスだよ。戦闘系だな。レベルは見ての通り」
と、見せられたカードにはヤッシュ・ベル、宿将、レベルは98となっていた。
戦士系でレベル98……大概化物だなこの人も。
「そうでもなきゃこんな集団の将にはなれんよ」
「それもそうか。でもそうなると、ヤッシュを敵とする『正義の味方』は、かなり苦戦しそうですね。ヤッシュも手加減するつもりは無いでしょうし」
「まあな。本気で叩きのめすさ。その俺らを倒せないくらいじゃないと、国を正しく戻す事は出来ん」
案外誰も倒せなかったりして。
僕が冗談ぽく言うと、ヤッシュは苦笑する。
「まあ大丈夫だろう。英雄と言う者はいつの時代も表れるものさ。世界の敵より僅かに上回った力でな」
確かに。
折角酒場に来たので、軽食を注文して席に座ると、ヤッシュも食事を注文して席に座った。まあ、注文もしないで座るのは失礼だからね。
ちょっとした雑談で、『クルー』が解散した後、ヤッシュは何をしてたのかとかを聞いたり、逆に聞かれたり。
義父は家庭でどんな親だったのか、そういう点はよく聞かれた。そういえばヤッシュって義父と何かしらの因縁があるっぽいけど、何なんだろう。
聞いてみようかな?
「シア、プレートは?」
「まだ判別中みたいです」
「そうか。……長えな」
確かに……。
ノアの時と同じで、特殊クラスってことなんだろうけど。
レベルカードといえば、オースは結局レベルいくつくらいになってたのかな。今となっては確かめる術が無いけど。
「……ん、名前が出た」
シア・クルー。
それが僕の本名として認識されたようだ。これで僕が、そして僕が属する組織こそが『クルー』の正当な後継者として名乗れるわけだ。
けど、クラス名とレベルは未だ判別中。
特殊クラスにしてもちょっと掛かり過ぎている。
「そうだ、ヤッシュ。今度、できるだけ早い段階で、仲間たちに挨拶したいんだけど」
「挨拶? そりゃどうして」
「名前と顔とクラスとレベルを一応、頭に入れておきたいんですよ」
「ふうん……。ま、覚えられるかどうかはともかく、殊勝な心がけだな」
うん。普通はそう考える。
でも僕はシニモドリ、記憶力は負ける要素が無いのだ。残念だけど。
「レベル……とえば、結局ヤッシュたちの中で一番レベルが低いのと、一番高いのはいくつですか?」
「一番高いのは俺で98だな。一番低いのだと、二か月前で68。経験は積ませてるから、もう70にはなってるだろうけどな」
レベル70以上が七十七人、に加えて僕か。
集団としては度が過ぎてる程度には強いけど、やっぱり軍を相手にするのは厳しいな。
一国の軍隊をこの人数でどうにかしようとすると、全員90は欲しい。
「そう言う意味で、シアのレベル次第って所はあるな……。お前のレベルが極端に低いようなら、原則後ろで黙っててもらう事になる」
「その時はそうしますよ、言われなくても。逆に高かったらどうします?」
「作戦指揮はともかく、作戦の構築には手伝ってもらう。レベルが全てとは言わないが、レベルが一定の基準になるのは事実だ」
妥当なところか。
結局、注文していた軽食が届いたので僕はそれを食べ始める。暫くしてヤッシュが注文したものも到着、二人して雑談を交えつつ美味しく頂き、ごちそうさまでした、という丁度そのタイミングでだった。
レベルカードの表示が変わったのだ。
「あ、判別できたそうです」
「ほんっとうに時間掛かったな。特殊クラス、それもかなりのレアな奴なんだろうけど、なんて書いてある?」
僕はレベルカードをヤッシュに渡すと、ヤッシュは一度さっと目を通し、うん? と首を傾げてもう一度目を通し、目を瞑ってとんとんとこめかみを掌で叩いてからさらに目を通し、動作をぴたっと止めた。
なんだろう。動揺してるのがすごい伝わってくる。
うん。まあ僕も動揺してる。だから答えを言葉じゃ無く、物を渡すことでそれとしたのだ。
「それ、故障してるんじゃないですか」
「そうであってほしいが、レベルカードが故障したって話は聞かねえな……。壊れて表示ができなくなるのはあるけど、表示がおかしくなるって事象は世界で見ても一度もないはずだ」
やたらに信頼性が高い道具、ということのようだ。
実際ラスの時代からあったものとして考えると、神器は言い過ぎでも、天意兵装くらいの領域には達してるのかもしれない。兵装じゃないから天意道具か。
レベルカードを僕につき返して、ヤッシュは腕を組み考え込む。
「どうするよ。お前、指揮官になってみるか?」
「お断りします。僕は子供ですから。レベルは一定の基準ではあるけれど、レベルが全てでは無いのもまた事実でしょう。それに、僕は軍やこの国の兵法を知りません」
「……まあ、言ってる事は解るんだけどよ。でも冷静に考えて見ると、お前、まだ七歳だろ。七歳児ってそんなに考えるもんだったか?」
「さあ。少なくとも僕は考えるもんだったみたいですよ。こればっかりは個性の問題でしょう」
「個性ねえ……。なんかもう、そういう枠組みで捕えるのが間違ってる気がする……」
でも指揮官は絶対にやらない。
クーデターを起こす組織には、それ相応の顔が必要。そして、その顔に子供はどう考えてもあり得ない。
ヤッシュくらいがちょうどいいのだ。
「ま……明日、監査官が街を出た後に、機材の搬入をまず行う事になるだろう。その時に挨拶させる。それでいいか」
「はい。異論ありません」
僕は片手でレベルカードを弄びながら言う。
「しかし、お前のそのクラス、初めて見たな。特殊クラスも大概は見てきたつもりなんだが」
「僕も始めて見ましたよ。こんなクラス、あったんですね」
「縁起が良いんだか、悪いんだか。読みは、アクマ……か?」
「だと思います」
明魔。
それが僕の、今のクラスの名前らしい。
ただし同じ発音で、それこそ致命的なほどに、意味が違ってしまう名前でもあった。
「何とも反応に困るな。縁起が良いんだか悪いんだか」
ヤッシュはそう言って難しい表情になった。
同じ発音……それはつまり、悪魔のことだ。
伝説上の存在。お伽噺ですらなく、伝説や神話といった範疇にしか存在しないはずの何か。
そんな彼らを形容するフレーズが、神話には多く登場するし、伝説にも刻まれている。
曰く。
悪魔は甘言を駆使して人を励まし。
悪魔は契約を行使して人を助ける。
悪魔は選択を提示して人を悟らせ。
悪魔は叡智を教示して人を律する。
彼らは決して悪意を持たない。
彼らは決して害意を持たない。
彼らは決して本意を持たない。
彼らは決して作意を持たない。
しかし彼らは、万理を騙す。
そして彼らは、人間を堕す。
だから彼らは、自然を乱す。
やがて彼らは、世界を化す。
「へえ。シア、そのフレーズ、どこで読んだんだ」
「さて、どこでしたか。ただ、随分と古い本だったと思いますよ」
オースが読んだ本にも書いてあった。ノアが読んだ本にも、シーグが読んだ本にも、ラスが読んだ本にも書いてあった。
シアが読んだ本にも、多少の言葉の違いはあっても、大体似たような事が書かれている。
千年や二千年という長い時間を経ても解釈が変わらないということは、やはりそれが神話や伝説の時代、歴史とは程遠い何かを示しているからなのだろう。
「俺も似たような本は読んでるな……。神と悪魔のお話。ただ、俺が読んだやつだと、神も悪魔も似たようなものだと言う感じで締めくくられていた」
「似たようなもの?」
「ようするに人間じゃないってことさ。立場が逆ってだけで、性質が逆ってだけで、その本質的な……根源的なところは同じ、俺達人間とは相互に干渉することが出来ない、そういう何かって話だな」
「へえ……今度その本読んでみたいですね。ヤッシュはどこで読んだんですか?」
「王宮。写本は無かったと思う。四代前の王様の手記だよ」
少なくとも暫定政権の設置が無事終了するまでは読めなさそうだ。
「その本を読むためにも、頑張りますか……やれやれ」
「ん……」
僕は懐からお金を出してお会計。
席を立つと、ヤッシュが「この後予定はあるのか」と聞いてきた。
「特にないです。なので、ちょっと体力作りを兼ねて、走ってきます」
「良い心がけだな。体力が足りずに泣く事は多いが、あって困るもんでもない」
「ヤッシュも一緒に走りますか?」
「んー。折角だ。少しお前の体力も見ておくか……戦力として計算できるかどうかも判断したいところだしな」
確かに、それもあるな。
僕はちらりとレベルカードに視線を落とす。
何度見てもそこに書いてあることは変わらない。
シア・クルー。明魔。レベル、133。
ノアと比べても尚高いその数字は、はたしてどこまで現実に即しているのだろう。
僕は疑問を解消するためにも、レベル98という伝説の域に達している宿将、ヤッシュを物差しにすることにした。
こぼれ話:
記憶の全てが経験値になる以上の必然。
但し、商人としてクラスカードを表示すれば、まだ主人公のレベルは20程度です。全然商売してないからね、仕方が無い。




