78 - 大事な要素の確認のこと
治癒魔法、ひいては神官魔法をなぜ僕が使えるのか、その点について僕はついに説明を拒否し通した。
使えるものは使えるんだから仕方が無いし、あって困るものでもない。
大体、国に弓を引く決意をしたとはいえ、失敗した時は家族どころか親族にも及ぶ大罪を犯そうとしているわけで、これの成功率に置いて、治癒魔法の有無というのは少なくとも二番目に重要な要素となる。
よって、
「どうしても納得がいかないなら、別にいいですよ。それならば僕、自分にしか使わないだけだから」
との僕の宣言に、ヤッシュはしかめっつらで、それでもこう答えるしかなかったのだ。
「解ったよ。追求しない。だからお前のその力、使わせてもらうぞ、シア」
さて、二番目に重要な要素が治癒魔法の存在であるならば、三番目に重要な要素はその他の魔法だ。
弓などの遠隔攻撃もそうだけど、基本的に戦闘というのは射程の長さがそのまま有利に直結する。
代わりに、魔法にせよ弓にせよ、そういった長距離での戦闘を前提にした戦い方は、万が一にでも懐に潜り込まれると一気に崩れるので、通常の軍では砲台としての魔法使いの周りを近接戦闘が行える兵で囲い、守ることが一般だ。
尚、魔法が無い時には砲台と言う意味で、カノン砲などの竜に対して有効な兵器や、攻城兵器を転用することも十分に視野に入れては良いのだけど……。
「カノン砲なら、二つほどは抑えてあるが……」
「そんなもの持ち歩く余裕ないでしょ」
「ごもっとも」
と言うわけである。
『マドロス』は七十七人。
魔法使いと言えるのは六人で、残りの六人は最低限、魔法が扱える程度だそうだ。
心もとないと言わざるを得ない。
それでもほぼ全員が戦闘可能であるから、集団としてはかなり強い。しかしそれはあくまで集団規模の話だ。
規模が軍隊になると、まず数が圧倒的に足りない。数が足りないということは前線を維持できないと言う事であり、前線を維持できないと言う事は砲台を機能させることが出来ないという事でもある。
「真正面からの戦闘は原則、逃げの一手になるか。もっとも、集団としての『マドロス』ならともかく、反乱軍として『マドロス』が認識されたら、相手が逃がしてくれるとも思えないけど……」
「『マドロス』としての行動は可能な限り水面下で済ませる。戦闘も可能な限り避け、ゲリラ戦を前提とする。それでも不利は揺るがないが」
確かにゲリラ戦を行う八十人弱の精鋭集団、と考えれば、それこそ一軍を『足止め』することくらいはできそうだけど、僕たちが目指しているのは足止めではなく転覆だ。
どこかで真正面から戦闘を行う必要も出てくるだろう。
「魔法使いは六人って話ですけど、それぞれの力量は?」
「『マドロス』は全員にレベルカードを持たせてある。その数字で言うならば、下から順に73、79、80、82、85、90だ」
正直、かなり心もとないな。
いや、70を超えてれば冒険者としては既にベテラン、上級者と言われるようなものだし、80を超えれば国単位で有名な英雄だ。
90を超えれば国でも有数の、世界規模で見ても珍しいのだから、それを踏まえれば高い事は高い。
けど、冒険者にだってレベル90を超えるものが少ないなりに存在しているように、国家の軍にだってそういう者は存在している。
それが目立たないのは、それがあまり話に出ないのは、冒険者と違ってその人が積極的に冒険を、依頼を受けるわけではないからに過ぎない。
「ちなみに、国の正規軍にいる魔法使いで最高級なのはどんな人で、レベルの推測値は? そのくらいは抑えてますよね」
「俺達の分析の範囲では、恐らく宮廷に仕える魔法尚書が最高だろうな。レベルの推測値は90代後半。一昨年の段階で96だったから、98くらいにはなっているかもしれない。雷系統の魔法に特化していて、他の魔法も苦手とはしないタイプの魔法使い。『落雷』の魔法も使えたはずだ」
一点特化型でありながら汎用性も決してないわけじゃない、と。厄介だな。
しかも雷系統か……無効化が難しいんだよな、あの属性。
とはいえ、『落雷』は二次被害を考えると使い勝手のいい魔法とは言えないし、分散すればある程度被害は抑えられる。
それに無効化は無理でも軽減は出来る、軽減しておけば即死は無い。
光とか音とか火とかで即死させられるよりかはマシか。
「魔法尚書ってことは、あまり前線には出てこないでしょうけど。それでも、警戒は必須ですね」
「そうだな」
で……四番目に重要な要素。
「意思の統一はどの程度できてるんですか」
「家族を己で切り殺せる程度には」
「なら十分か」
「お前はどうなんだ、シア」
「僕もお義父さんを殺してます」
「ウェイクの姿が無いとは、思っていたが……お前が殺しただと?」
はい、と僕は頷く。
「あなた方の差し金でこの街の長が僕たちを『どうにか』……、まあ、濁す必要はありませんか。僕のお義父さんを殺して、僕を街ぐるみで嬲ろうとしてたんですよ。で、そのことに気付いたお義父さんが、せめて楽に死ねるようにと僕を殺そうとした。だから僕がお義父さんを殺して、そのまま街を制圧しました」
「それで街の連中がお前を恐れてたのか。色々と得心はいったが、そうか……ウェイクは死んでいたか……」
一瞬だけ感傷に浸るようにそう言って、しかしヤッシュはすぐに立て直すと、首を軽く振った。
「だがシア、嬲ると言う表現はどうなんだ」
「事実に即していますよ。僕を街ぐるみで嬲って、それで『クルー』に対して憂さ晴らし……だそうです。全く嫌になりますよね」
「子供の言う事じゃねえよ。まあ、それこそお前の母親がアレだからな……」
ああ、そこは納得されるところか……。
「話を戻すか。ここまでお前が確認した成功率に関する第二、第三、第四、第五に重要な要素だと、お前自身も言ったし、俺もそれは同じ考えだ。だからこそお前に問おう。もっとも重要な……第一に重要な要素を、お前は何だと捕えている?」
「民衆からの支持は『得られない』前提で考えてます。そこは良いですか?」
「ああ。俺もお前の考え、『討たれることで国を戻す』、それは良い策だと考えている。そう行動するとなれば、民衆からの支持は『得られない』。むしろ、『得てはいけない』。そう言う事だろう」
「そうです」
「ではその上で、何よりも重要な要素は?」
端的に、僕は答える。
「『神器』」
『神器』。圧倒的な力を持つ、あらゆる魔法道具を鼻で笑えるほどに強力な道具たち。
武器や防具から日常雑貨まで、様々なものがあるけれど、たとえ日常雑貨のものだったとしても、戦争に転用出来ない事は無い。
そして戦争において『神器』はしばしば振るわれていて、その出鱈目な効果は、魔法では太刀打ちできない事も多いし、まして戦闘系の『神器』だったら、治癒の暇も無く集団規模で蒸発しかねない。
「だからこそ、『神器』を使わせない。ゲリラ戦、それも機動力を重視したもので、損害は殆ど与えない。与えてはならない。相手に『神器』という切り札を使わせないために。それが俺達『マドロス』の見解だ」
「ルナイにはいくつの『神器』があるのか、解ってるんですか」
「俺達が確認できた範囲では、十一個。内七つが戦闘向きのものだな」
うわあ。多いな。
「それと、確認がいまいち取れていない範囲で、もう二つ」
「どういう意味ですか?」
「その『神器』を所有している可能性が高い、けど公には一度もされていない、そう言う事だ。一つは限定的な治癒、もう一つは水に関するものらしいな」
個人単位において、隠す事は結構ある。何せ『神器』はそれ自体に価値が途方も無く高い。
たとえどんなに強力な『神器』でも、それを所有しているのが個人であるならば、隙はある。その隙に盗まれる可能性はどうしてもある。
けど、国家単位だと隠す理由は基本的に無い。国家が所有している事を明らかにしていれば、それを盗んだところで買い手が付かないので、物としての価値は高いけど、金銭的な価値は皆無に近い。
そして国家単位で所有していれば、当然その管理は徹底される。徹底される以上、隙らしい隙も無い。盗むことは非常に難しく、しかも売れないとなれば、当然だけど誰も盗まない。
では、国家単位で所有していて、その所有を隠していた場合は?
管理は行われていたとしても、監視が行われていたとしても、それは所有者不明の『神器』である以上、売値がつく。しかも恐ろしく高額な。
だから国が所有する場合に置いて、国では無くとも一定の水準を超えた団体が所有する場合に置いて、『神器』の所有は権威づけにもなるし、隠す意味は無い。
普通なら、だけど。
「敢えて隠しているとなると、盗品か、共有品か、大規模代償型か。そのあたりですか」
「盗品である可能性も否定は出来ないが、百年近く前から時々使われていることが目撃されているらしいからな。それならば共有品という可能性がまだ高い」
共有品。つまり複数の国家で共有する神器だ。
その存在は公表することもあるし、公表しない事もある。どちらにもリスクがあるから、どちらが正しいとは一概には言えない。
「もっとも、他の国で似たようなものが使われた、とは聞いたことも無いからな。大規模代償型である可能性も否定は出来ない」
「厄介ですね」
大規模代償型。
『神器』の中には所有者を選ぶのみならず、その所有者に対して何らかの対価を要求するものがある。
それを代償型の『神器』と呼び、例えば触媒として何らかの薬品を必要としたり、血を消費して効果を顕したり様々だけど、代償を要求しないタイプの『神器』と比べるとその効果は更に高い。
中でも代償が大きな物を大規模代償型と敢えて分類することがあって、それは多くの場合で、その存在自体が秘匿される。
なぜならば、その代償として要求されるのが、例えば一万人の人間の命だったり、そういう規模だからだ。そんな危険なもの、持っているだけで批判される。
この国、ルナイが持っている神器は、となると十三個ほどか。
「ちなみにこっちの陣営に『神器』は?」
「あるわけねえだろ」
「まあ、そうですよね。この街には一つ、短剣の『神器』がありますけど……。それはできれば今度来る監査官への餌に使いたいというのが僕の考えです」
「餌?」
僕は頷く。
「それを見返りに、ウィリスさんを新しい街長として認めさせます。それに『神器』の献上となれば恩賞として、一年くらいは免税されるかもしれません」
「なるほど。納税の確認のための人員派遣がなくなるか。一年あれば設備は作れるな。だが、それを合わせれば十四個の『神器』だぞ。国側も適当に札を叩きつけてくるかもしれない」
多いにあり得る。潤沢に『神器』を持っているのだから、戦場にとりあえず持ってくる位の事はするだろう。そして場合によっては使うかもしれない。
「こっちの人数は少ないしな。あっちがその気になれば、『神器』を投入して一挙制圧を狙う可能性もある。それをどうするかだ」
「まあ、それについては問題ないと思います」
「何故」
呆れるような顔でヤッシュは僕に問うてきたので、僕はまた笑顔で答えることにした。
「僕、『譲渡術式』使えますから。戦場に『神器』を持ち出されたら、片っ端から所有者を僕たちに書き代えます」
「ハァ!?」
なんだかよく怒られるな……。




