77 - 反乱の覚悟と基礎のこと
事情を説明すると、ウィリスさんとマイクは大きく唸り、ああでもないこうでもないと二人で話し合いを始めていた。
どうやらこの二人、街長としての就任は『貧乏くじ』だと考えているらしい。
その理由としては、この国家の行く末がどうにも危険だから、なのだそうだ。
だからといってクーデターを起こす勢力の拠点にさせてください、などという申し出、はいわかりました、と安請負できるわけがない。
消極的な協力が限界じゃないか、二人の意見がそのあたりに終息しそうなのを見て、ヤッシュが口を挟もうとしたので、僕は手を掲げて抑止した。
「それが限界であるならば、僕たちは別の街を探す事にします。クーデターを起こすとなると、さすがに根拠地無しでは厳しいですからね。無理矢理奪った街とかは論外です、街として機能しません」
「だが、……シア。我々が君達を手伝うかどうかは別としても、宿を提供するくらいなら」
「そう言う話ではありません、マイク」
僕は『矢弾』を生成し、笑みを浮かべて答えた。
「クーデターを起こす、この情報は何よりも秘匿されなければなりません。消極的な協力など論外です。ですから、この街にとどまることはできません。街の住民悉くを殺して、あくまでも『ならず者集団の襲撃』と言う形で物取りを偽装しながら、事実物取りで資金を調達しながら、別の地に流れなければならないからです」
「……え?」
「ですから、あなたたちが選択するのは、僕たちに協力するかどうかではありませんし、協力の方法をどうするかというわけでもないのです。僕たちに従い根拠地となって反逆者の汚名を被り、成功した後の繁栄を夢見るか、僕たちに逆らい他の国民の見本となって功績者の栄光を受け、この場で永遠の夢を見るか。どちらがいいですか、と聞いているんです」
「…………!」
ウィリスさんもマイクも絶句して僕を見ている。
そんな僕に、背後から物言いたげな視線が。
無視。
「言っておきますが、僕が彼らに協力することを決定した以上、彼らは真の意味で『クルー』の後継者なんです。彼らが街を一つや二つ潰したところで、『あの集団の後継者、しかも血を引いてる奴までいるならやりかねないし、まあ運が無かったなあの街』、と囁かれるだけですよ。そこには同情はあっても理解はありません」
「あ……あんまりじゃないか! シア、君は、君の言う通りにすれば街の人たちを護ると、そうあそこで約束しただろう! 忘れたのか!」
「忘れていませんよ。というか、忘れているのはあなたではありませんか、マイク」
僕は。
「僕があの場で言った事を、改めて、一語一句変えずに言いますよ。『さらに言うなら僕が「マドロス」と結託してこの街を再拠点化する可能性だってあるわけですから、あなた方が僕を信用できないとしてもそれは当然です。なので、僕のお願いはあくまでお願いです。僕の言う通りに動かなくても、僕は特にどうとも思いません。但し。僕のお願いを聞いていただけない人が居たとしたら、僕としてはその人を特にどうこうしません。それは僕自身がその人に対して報復しないと言う意味も含みますが、その人を助けないという意味でもあります。そのあたりは努々忘れ無きよう』。僕はそう言いました」
「…………」
「僕は確かにあの時、既に『マドロス』と結託する可能性を示唆していました。その上でお願いをしたんですよ。お願いを聞いてくれている限りは命を護る、お願いを聞かないならばあとは知らないと。で、今も僕はお願いをしているわけです。それを聞いてくれるならば当然、あなた方は反逆者になりますけど、僕たちはあなた方を護るでしょう。お願いを聞かないならばあとは知りません。むしろ僕たちにとってあなた方の存在は邪魔になります。そこに排除を躊躇う要素は一つもありませんし、全て宣言通りですから、約束の不履行でもありません」
「……ただの子供じみた詭弁だろう! それは!」
「そうですね。けど僕は実際子供です。それに、詭弁と受け取られたとしても、大義名分は大義名分で代わりは無い」
背後からの物言いたげな視線が非難の視線になっている。
無視。
「今後の為にも、ここで宣言しておきます。僕は先程の言葉を翻すつもりはありません……お願いを聞いてくれている限りは助けますし、聞いてくれないなら見捨てます。もしあなたがたが僕のお願いを『聞いた振り』をしたとしたら……そうですね、例えば鳥文だとかで他の街や国に対して現状を報告しようとしたならば、その時はきちんと殺します。『聞いた振り』をした方も、その報告を受けた人も。それに加担した全ての人を。その覚悟で、僕は彼らのクーデターに参加しました」
「覚悟? 違うね。それは単に楽しんでいるだけだ! 目を覚ませ!」
「目を覚ますのはそちらですよ。僕たちクーデターを起こす側は己が悪であることを自覚した上で、それでも行動を起こしているのです。全てはこの国の為にね。あなた方が『態度を示さない』という形で『国を支持』するならば、あなた方はこの狂った国を更に狂わせる、この国が狂う元凶です。この瞬間も国は狂いつつある。この国の行く末が危険であることをあなた方は実感している。それでも見なかったことにして、玉虫色の解答に終始するならば……あなたがたは結局、この国が狂う事を望んでいるようなものではありませんか。未来の話をしているわけではありません。現在の話をしています。将来の子供の為の話をしているのではありません。現在の民の話をしています。あなたがたは国が狂う事を望み、あなた方は国と共に狂う事を望み、そうしてやがては自分が正しいのだと、そう信じたいだけなんでしょう。その結果別の街でどんな悲劇が起きようと、あなた方は知らんぷりをするんでしょう?」
「そ、そんなわけないだろう!」
「そうですかね? 僕たちがこの街を滅ぼして物取りをして悉く殺したとしても、他の街はあなた方と同様、『知らんぷり』をするでしょう。狂う事を望んでいるから。自分が正しいのだと信じたいから。だから偶然運の悪い街がならず者集団に滅ぼされただけだと、そう信じ込んでしまう。これは立場が違っても、僕たちが別の街を同じ方法で滅ぼした時、あなたたちはきっとそう思うでしょう? だってあなたたちは『クルー』を知っていて、国が狂う事を望んでいて、自分も狂いたいのですから」
「そんな、わけが……」
あとひと押しかな。
後ろからの視線はそろそろ殺意になりつつあるけど。
無視。
「さあ、選んでください。僕たちに従い反逆者となるか。僕たちに逆らい功績者となるか。僕はあなた方がどちらを選んでも、あなた方の意思を尊重しますよ」
「……ふん。気にくわないね」
と。
答えたのはウィリスさんだった。
「どうも『言わされている』感じがしない。本心からすらすらと言っている。シア。お前さんがそんな子供だとは知らなかったさ」
「僕自身も結構驚いてるんですよ、一応。血は争えない。そう言う事なんでしょうね」
「『クルー』か」
ウィリスさんは嘲笑するようにして、しかし次の瞬間には表情を引き締めて言った。
「協力をするかどうか、それを見極めさせてもらいたい。問おう。そっちのお兄さんじゃなく、シア、お前さんにね。お前さんたちはその行動、何を以って成功とする? 何を以って、この国の道を糺す?」
「現政権の打破と暫定政権の制定、そしてその後僕たちが大義名分を持った正道の人たちに裁かれることで、成功です」
「……お前さんたちは権力を一時的な物にすると?」
「少なくとも僕はそう考えてますよ。クーデター派が権力を握れば、とりあえず国内は安定するかもしれないけれど……対外的には問題しかありません。そのあたりも考えるなら、僕たちを裁く『英雄』が現れて、その『英雄』によって改めて国家とする。そこまでが必要な道程です」
「その保証は出来るかい」
保証か。
そりゃ、それを求めるよな。
うん……、ここは本当のことを話しておこう。
「期間を限定する保証は出来ます」
「何によって?」
「長くても、僕は十三歳までしか生きられないからです。もっとも、僕たちがクーデターに成功するかどうかは、また別の問題ですけどね……」
結局、ウィリスさんとマイクは、僕たちの提案に乗った。
街の人たちへの事情説明は二人から行われ、特に反対意見も出なかったのを見て、それほどまでに国が歪んでいるのかとさすがに深刻になる。
ので、ヤッシュにお願いし、その夜の間にこの国の情報と言う情報を叩きこんでもらった。それによれば。
人口は右肩下がり。
税金は右肩上がり。
物価は乱高下していて商人には生き難い。
農作は国からの援助金がなくなったりして壊滅寸前。
絶対君主制、国王が全てを決めるという制度によって成り立つこの国は、それ故に時の王によってその勢力を強くしたり弱くしたりしてしまう。
そんな国王を支えるのが元老院と呼ばれる組織であり、その組織とほぼ同列に監査官と呼ばれる者たちが居るけれど、元老院にせよ監査官にせよ、それらの決定は国王の一声で簡単に覆されてしまう。
だからそういった重役につく者たちは、ほとんどの場合、国の事を思って行動しない。己の権力の為の手段として、国王のために進言するのだ。
そりゃあ腐敗するだろう。それでもこの国が絶対君主制を敷いているのは、かつて議会共和制を敷いていた時期に、とても痛い目を見たからなのだと言う。
そんなこの国の名前は?
「……シア。お前、賢いんだか馬鹿なんだか解らんな。ていうか、賢い馬鹿だろう」
「酷い言われようですね。まあ僕も概ね同意しますけど、それ。で、この国の名前はなんでしたっけ?」
「国号はルナイ。絶対君主制……というか、帝政だから、ルナイ帝国とも言う」
ルナイ……。
「大神殿があった国でしたか……」
「なんでそんな、千五百年も昔の話は知ってて、今の国の名前を知らねえんだ」
「仕方ないじゃないですか。だってお母さんがお母さんですよ」
「…………」
あ、なんかすごい納得された。
お母さんはやっぱり凄い人だったのだ。悪い意味の方でだけど。
「千五百年前の話はさておいて、現代の神殿からの協力は絶望的ですね」
「そうだな。一番近い神殿はレーロになるが、それでも遠すぎる。大陸の端と端だ」
「それ以前の問題として、国政に関して神殿が動くわけがありませんよ。どちらの側でもね」
「……まあ、な。それが救いではある。俺達がクーデターを起こしても、どちらにも治癒の使い手が居ない以上、さほど大規模な戦いにはできないだろう」
うん?
ああ、そっか。ヤッシュは知らないんだっけ。
「ヤッシュ」
「何だ」
「ちょっと見ててください」
僕は『光刃』を右手の中に生成して、それを自分の左腕に突き刺した。
特に抵抗もなく刃は貫いたので、『光刃』を消すと、どばっと血が流れてくる。どうやら大きな血管を傷つけたようだ。
「ちょ……、シア! 何やってるんだ! おい、誰か包帯と縄もってこい、それと消毒薬!」
「必要ありません、そんなものは」
僕はそう言って、傷口をヤッシュに見せつける。
「……正直すっごい痛いんですけど」
「そりゃそうだろうよ! 何考えてるんだ!」
「いや。話を進めるので、ちょっと黙ってください」
というわけで治癒。
この程度の怪我だ、一秒と掛からず完治した。
「とまあ、こういうわけですよ。流石に本職の神官と比べる事はできませんけどね。治癒魔法、少しならば僕が使えます」
「ハァ!?」
そういえば今の僕って、神官じゃないけど誓い持てるのかな?
後で試してみよう。
「ただね、ヤッシュ。僕の魔力はだいたい、常人の三倍くらいに過ぎませんから、治癒できる絶対的な量はさほど多くありません。多少の流血を伴う作戦は構いませんけど、即死した者を戻せるわけでもありません。だから、可能な限りけが人は出さないでください」
「え? いや、待てよ。なんでお前が神官魔法を使えるんだ。おかしいだろ」
しかたない、お母さんに助けてもらおう。
「仕方ないじゃないですか。お母さんがお母さんなんですから」
「さすがにそれはねーよ!」
あ、今度は駄目だった。




