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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
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76 - 事情の推理と将来図のこと

 百六十発の『矢弾』の内、ほぼ全段が着弾。

 しかし、効果はいまいち。補助魔法……とは違いそうだけど、なにかの魔法が掛かっているか、あるいは対魔法性能のある装備をしているか。

 全員が全員そんな装備をしているとは考えたくないな。どんな財力だ。それだけで城がいくつも建てられるぞ。

 ……と思ったのだけど、お母さんが頑張ってた時代の『クルー』が持っていた財産とかを思い出すと、案外その可能性も否定できないことに気付いてしまった。

 結構お母さんも好き放題やってたからな……。

 ともあれ、『矢弾』の数発程度では致命傷にするのが難しそうだ。

 それでも射程とかを考えると『矢弾』以外に丁度いい魔法が無い。

 周囲への二次被害を考えないで良いなら『落雷』とかがあるけど。

「まあ、却下。だよね……」

 やれやれ。

 この時点で僕に取れる選択肢はいくつかある。

 特に有力なのはこのまま攻撃を続行する、何らかの方法で相手の攻撃を中止させる、この二つ。

 攻撃を続行するなら、いつぞやのように『矢弾』を連発すればいい。魔力が尽きるよりかは先に削りきれるだろう。後腐れも無いし。

 何らかの方法で相手の攻撃を、つまり襲撃を中止させる。これは最善に近いけど、一度中止させても、またいつ来るとも限らないのでは面倒だ。

 どうするのか、最終的な決定は相手の反応を待つことに。

 『設視』と『設聴』から得られた情報によると、彼らは『攻撃されたらしい』こと、そしてそれが『空中の誰か』が元凶である事などを報告し合い、対策を考えているようだ。実際、彼らは襲撃するための移動を一時止めている。結構慎重だ。

 いや、慎重というよりもこれは……。

 単なるヤッシュの人となりか?

 それとも、別の理由があるのか。

 僕が知っている、シアが知っているヤッシュと言う人はどんな人だったか。

 確か剣術に関する才能をお母さんに買われてクルーに入団した、比較的古参の部類で、僕が産まれる前からのメンバーだ。

 彼は基本的にお母さんの傍に居て、お母さんの護衛を勤めていた。だから彼が『クルー』の再興を狙うのは、そこまでおかしな話ではないと、思っていたのだけど……。

 考えて見れば、彼の素性は明らかではない。

 もっとも、『クルー』においては素性が明らかな者の方が少なかったし、彼のそれが特別であるとは言えない。

 だから突っ込んで考えた事は無かったし、たぶんそれはお母さんも同じだろう。

 敢えてそこを突っ込んで考えて見ると、どうだろうか。

 彼のその剣術は、どこかの誰かに似ているとか、そういう話を聞いたことが無い。

 完全に独自の流派という事ではなく、それは画一的な意味での剣術の終着点、というものだったのだ。

 …………。

 考え過ぎ、……かな?

 被害の確認を終えたらしく、ヤッシュたちは再び進み始める。

 しかし、大声は出さずに、ゆっくりと。その動きには明らかに警戒が見て取れる。

 これは不意を打つのが大変そうだな……。それにあの動き、どう考えても統率が取れ過ぎだ。

 あれではならず者集団とは言えない。傭兵だったらもっとバラばらける。常備軍でも難しいだろう。

 それこそ軍の精鋭なら別だけど……陣形を維持しながら、全方位に警戒を張り巡らせたうえで進んでいるのだから、その統率は、明らかに訓練の賜物だ。

 魔法に耐性を持つ装備を全員分。これも見ようによっては……。

「だとしたら、どうなんだろう」

 僕は空中で胡坐をかくように、座るような仕種で考える。

 椅子は無いけど、気分の問題だ。

 仮定しよう。

 ヤッシュたちが、もし僕の想像通り、『軍の精鋭集団』であるならば、何故その集団は『クルー』の継承者を名乗ろうとしているのか。

 『クルー』は、少なくともお母さんが首魁であった時期は、ならず者の集団にすぎなかった。

 それこそ、そのメンバーであったことを告げ口すれば、街の内部で私刑を勝手にやってくれるほどの嫌われ者なのだ。

 そんな嫌われ者の集団を継承することで得られるメリットは何処にある?

 神器の継承絡みか?

 いや、それは無い。確かに『クルー』は神器を二つ所有した時期もあったけど、すぐに手放している。

 大体、国の精鋭クラスであるならば、それこそ『譲渡術式』で書き代えてしまえばいいだけだ。

 ならば……『クルー』という名前が必要なのか?

 それも微妙だ。もしそうならば今も『クルー』と名乗っているはずだ。なのに、今の彼らは『マドロス』と名前を変えている。

 ただ、彼らは『クルー』という組織の後釜に収まりたいだけ……?

 解らないな。それによって得られるメリットなんてなさそうだけど。

 デメリットなら列挙できる。

 …………。

 本人に聞くか。

 僕は鳥文にしかけたマーカーを頼りに彼らの真正面へと『転』を行い、こんばんは、と挨拶をする。

「おひさしぶりです、ヤッシュ」

「な……」

 突如としてその場に現れた僕に、ヤッシュ以外の面々が戦闘態勢を取る。

 しかし、ヤッシュは僕がシアであることを認識した途端に、待て、と周りを制した。

「シア……、いつの間にそこに」

「答える必要を認めません、ヤッシュ。ところで聞きたいんですけど。なんで『マドロス』なんて組織を作ったんですか?」

「貴様!」

「待てと言った! この子供が確保対象の『シア』だ、何故剣を構えるか!」

 この言い分……。

 やっぱり正規兵、か……?

「『クルー』の後継者を名乗ることにメリットがどうしても思いつかなかったんですよ、僕としては。なんか納得がいかない。理由、聞かせてくれます?」

「…………」

 ヤッシュは黙ったまま。

 十秒ほどして、僕はため息をつく。

「……その問いに答える前に、確認をさせてくれ、シア。先程の『矢弾』。あれは君がやったのか?」

「そうですよ」

 『矢弾』を産み出しながら僕は答える。

「もっとも、皆さんの装備が装備でしたからね。矢弾では殆どダメージらしいダメージにはならなかったようですけど」

「……おかしいな。俺が知っているシアは、魔法を使えなかった」

「一年近く時間は開いていますよ。一年たてば人も変わります」

 僕の場合は変わるというよりかは代わるだけど、まあ、嘘では無い。

「見たところ、ヤッシュ、あなたは正規軍からの間者だったわけですね……。まあ、お母さんのことだから、それとなく気付いたとしても放っておいたんだと思いますけど。で、なんでその正規軍が『クルー』の後継者になろうとしているんですか」

「……正規軍じゃあないさ。今はな」

 揶揄するような言い方に、ニュアンスの違いを感じとる。

 今は違う。

 今じゃない時はそうだった。

 元正規兵で、現ならず者……、だとしても、この人数で集団抜けしたら一大事だろう。

 国側の策略か?

 だとしても、街を一つ潰す覚悟の策略とは思い難いな。万が一民にそれが露見すれば、国の信頼は……まさか、それが狙いか?

「ヤッシュ。それで、この武力蜂起……クーデターは、どの程度成功する見込みがあるのですか」

「!」

 ヤッシュの横に居た男が、剣を僕に向けて突き刺してくる。危ないな。

 『光盾』を張ってガード、ついでに『物操』で剣をがっちりと固定して、先程生成した『矢弾』をうちこんでおく。

 男は剣が動かないとみるや即座に手を放すと、『矢弾』を振り払うように全身を回転させつつ後退した。装備の効果か、『矢弾』は殆ど無効化されていて、傷一つ負っていない。

 戦い慣れしてる感じだ。なんかいらっとするくらいに動きに無駄が無い。

「驚いた。まあ、僕の『矢弾』なんて、威力はたかが知れてますからね……虚仮脅しにしかなりませんか」

 そう言いつつも、僕は『光刃』を僕の右手の中に生成し、地面に刀身を突き刺す。

「でも、いきなり斬りかかるのはどうかと思いますよ、まして僕みたいな子供が相手なのですから」

 開いている左手では空中に残っている『光盾』を掴み、盾を構える。先程の男はそんな僕の一挙一動に注意深く観察し……そして、「ちっ」、と、いきなり横に飛びのいた。

 そんな直後、彼がさきほどまで立っていた場所に光の刃が地面から生えてくる。

 地面を通しての『光刃』、ばればれか。まあ、『光刃』の使い方としてはオーソドックスだしな。

「仕方ないですね。あまり接近戦は、したくないんですけど……」

 一通りの補助魔法をかけて、最後に『光鎧』で全身を覆う。

 うーむ。オースの時も魔力にそこまで余裕があるわけじゃなかったから全部同時に使った事は無かったのだけど、結構便利かもな、『光の武具』系魔法。

 今度日を改めて他の属性も試してみよう。

 僕はそんなことをどこかで思いながら、『光刃』を一度消し、再び行使をやりなおして、新たな剣を産み出して構えをとった。

 多分、隙だらけだ。

「ハース、そこまでだ。シア。済まない。部下の非礼を詫びよう。だが、……繰り返し聞かせてもらいたい。お前は本当にシアか?」

「そうですよ。一年あれば、人は結構成長するものです。子供ならば尚の事……ね。こっちが答えたんです。そっちも答えてください」

「……現状では三割だ」

 三割?

 ああ、成功率か。

「いくらなんでも博打すぎませんか、その数字。それでもクーデターを画策して、これほどまでに部下を集めることもできている所を見るに、それほど国の状態は悪いと?」

「悪い」

 即答された。

 ふうん……。

「我々には腕利きの魔法使いが居ないからな。どうしても成功率は落ちる。それでも一石を投じねば、この国の民は過酷な状況に置かれるだろう。だからこそ、我々は起ったのだ……『クルー』の側面を利用する形でな」

「そのために、僕が邪魔だと?」

「…………。万が一。そう、万が一、『クルー』の元構成員が、お前を擁立したら。その時、我々は『クルー』の正当な後継者ではなくなってしまう。『クルー』の側面を利用できなくなってしまう。だから可能であれば、お前を、あの男と共に引き込みたかった。だがあの男はそれを拒絶した……。だからこその処置だ。今でもその判断が間違いだったとは思わないし、今回の行動もそれに起因している。ただでさえ低い我々の成功率を、さらに下げる必要は無い」

 それはそうだ。

 …………。

 クーデター、か。

 商人。

 冒険者。

 盗賊。

 神官。

 反逆者、やってみるかな?

 どうもシアという身体は、そういう生き方に憧れているようだし……。

 ただ、この生き方。

 多くの人を殺す事になるだろう。

 それをどのように折り合い付けるか。

「そうですか」

 僕は全ての魔法を解除して踵を返す。

「ついてきて下さい。むやみに街の人たちに乱暴をされては困りますが、街を拠点にしたいと言う件、僕からも説得してみます。交渉が決裂したら、その時は別の街に行ってみましょう。奪い取った街は使いにくいですし……」

「……何?」

「僕はシア。現時点では魔法使い、になるのかな……、まあそのあたりはさておき。シア・クルーという人物を手元に置いて、かつその子供が単なる神輿だというフェイクの上に、僕の魔法が有れば……戦略図は多少なりとも有利になると思いませんか?」

 僕はそう囁いて、歩みを進める。

 数歩離れたところで、整然とした足音が後ろから聞こえてくると、上空には赤い光が打ち上げられていた。

 とりあえず、交渉は成立かな。

こぼれ話:

何故シア・クルーが反逆者の道を選んだのか?

その理由は、シア・クルーという身体の親が『そう言う親』で、それに引っ張られたから。

シニモドリの性格は、根底的なところは変わりませんが、意思決定のあたりだと身体に引っ張られるわけですね。


……まあ、もっと切実な理由もあるのですが、それについては『最終話』の後に投稿するあとがきにて。

※最終章は一括で投稿するため、完結見込みは5月中旬です。

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