75 - 三つの策と決断のこと
鳥文を飛ばすための伝書鷹が急降下した先は森で、そこには陣屋があった。
どうやら仮の拠点をそこに置いているようだ。鷹はこんこん、と扉を嘴で叩くと、見覚えのない男が扉を開けて、鷹を腕に誘導し、そのまま陣屋の奥へと連れて行く。
途中、数人とすれ違う……知ってる顔もあるな。
簡単に作られた敷居をいくつか超えると、綺麗な絨毯のしかれた部分へと。そこには一つだけ豪勢な椅子が有り、その椅子の上にはヤッシュが偉そうに座っていた。
『頭、鳥文です』
『おう。誰からだ』
『例の、シアの住んでる街のようで』
『ああ……なるほど』
頭、ヤッシュは鳥の足から機器を外し、筒を開けて中の暗号文を読み始める。
少し時間を掛けて解読したようで、彼はふっ、と笑った。
『あの男め、シアを「どうにか」できなかったと見える。失敗が露見して身を隠すらしい』
『監視が果たされるか、疑問ですな。人を送りますか?』
『さて……』
ヤッシュは試すような笑みを浮かべて、男に言う。
『俺達が取れる手段はいくつある』
『上策は一つ。中策が一つ。下策が一つ』
『下策は?』
『人を送ること。奴らに監視を勘付かせる可能性はあるものの、確実に状況を整えることができましょう』
そうだな、とヤッシュは頷いた。
『中策は、放置すること。監視が果たされているかどうかの確認ができませぬが、こちらが動かない以上、奴らも動けますまい』
『確かに安全な策ではあるな』
取るかどうかは別として。
ヤッシュはそう言い、片手を上げる。
『最後の選択肢、上策を取るとしよう。全軍に襲撃の準備をさせろ。シアのいる街を攻め落とす。シアは可能な限り無傷で保護しろ。抵抗されたら多少怪我をさせても良いが、絶対に殺すな。あくまでも保護するんだ。シアには我々、「マドロス」が「クルー」の後継者である事を証明する省庁になってもらう。それ以外の連中は好きにしろ。ついでだ、あの街を拠点化する。家屋も街長の家以外はどうしても構わん。伴い、全軍を動かす』
『は。そのように命じましょう。して、襲撃はいつ行いますか?』
『迷う意味はないだろう。天気も良いしな……今晩仕掛けるぞ』
『畏まりました』
くくく、今に見ていろとヤッシュは笑う。
『大人しく従っていればよかった……などと、命乞いをしそうだが。たとえお前が俺の友でも、俺はお前を許さんぞ、シアを我々から奪ったお前をな、ウェイク』
ウェイク……義父の本名のほうか。
すでに義父は死んでいるんだけど、正式な葬儀はまだ行われていない。
それに義父は偽名を使っていたから、葬儀も偽名の方で手配されているはずだ。
恐らくそのせいもあって、ヤッシュはそれに気付いていない。
しかし、『マドロス』……結構人数は居るな。
殆ど迷わずに街を襲う事を決断したあたり、シアのお母さんと大分似ている。
戦力的に十分だと判断したならば、既に『マドロス』である程度使えるのが五十人くらいは居ると言う事か。
そいつらが今晩、街の襲撃に来る……ね。
僕は少しだけベッドの上でごろごろとして、考えがまとまったので起き上がり、部屋を出る。
「ビスさん」
「ん、どうした?」
「申し訳ありませんが、街の大人で、ある程度分別のできる人、秘密を護れそうなちゃんとした大人をここに呼んでください。分別が出来ないとしても、ルドリー、クォロン、エート、マイク、ウィリスさんの五名は必ず来るようにと。その五人を含めて二十人程度が好ましいですね」
「えっと……?」
「急いでください。そうですね、一時間くらいは待ちますが、最優先で来てもらってください。理由は来てくれたら話します。お願いできますか?」
「……解った。ほかならぬシアの『お願い』だからな。すぐに行ってくる。マイクにも人集めは手伝わせるが、構わないな?」
「はい」
ビスさんが少し小走りで走って行ったのを見て、僕は部屋を見渡す。家具は無い。それは当然だ、全部壊れてたから入れ変える予定なのだ。
そのせいもあって少し広めの空間となっている。
比較的が大きいところを選んで、僕はそこに布を簡単に設置。
ついでに窓も、雨戸とカーテンを閉めておく。
音は……まあ、小さな声で話すしかないな。
ま。
僕がどんなつもりでも、あちらは既にやる気なのだ。
街を護りたいわけじゃないけど、居場所を護りたい気持ちに嘘は無い。
いまいち気は乗らないけど、『どうにか』するしかない。
布に光図を使って地図を表示しながら、いくつかの想定をしておく。
途中、人が入ってきたりもしたけど、ちょっと後にしてください、と保留した。
うーん。
まあ、なんとかなるだろうしどうにかなるだろう。
けど、念の為の保険はかけたほうが良いかな……あっちには数が有る。
ああでもない、こうでもないと考えてきっちり一時間後。
僕が色々と準備を終えると、最後の一人が部屋に入ってきて、全部で十九人となった。
概ね要求通りだ。
僕はその十九人に、殆ど一方的にただ、次のようにお願いを行った。
「今晩あたりに『マドロス』、『クルー』の残党がこの街を襲撃するかもしれない。念のため、子供たちは中央付近の家に退避させておいてください。そしてその子供たちを、ルドリー、クォロン、エート、あなたたち三人で守ってもらます。残る十六人は、万が一襲撃が実際に起きた時、住民を素早く街の中央に避難させるようお願いします」
もちろん、
「……襲撃? それが事実だとしたら、もっとこう、対処したほうが良いんじゃないか」
という真っ当な指摘もされたけど、僕はそれを却下した。
「申し訳ありませんが、今回は僕の『始末』ですからね、良くも悪くも。『マドロス』の目的は僕の確保が第一で、そのついでにこの街を拠点化しようとか、そんな感じだと思います。ですから、『僕』が彼らに従う事を条件とかにして、この街を護れる可能性もある。そこに街の人たちが絡んでくると、却ってその人たちが人質にされかねません。交渉面で不利になります」
「……『マドロス』、というその連中が、お前を確保した後、それでもこの街を襲撃する可能性があるだろう」
「そうですね。それの否定はできません。ですが、そこは僕を信じてもらうしかないかな……。さらに言うなら僕が『マドロス』と結託してこの街を再拠点化する可能性だってあるわけですから、あなた方が僕を信用できないとしてもそれは当然です。なので、僕のお願いはあくまでお願いです。僕の言う通りに動かなくても、僕は特にどうとも思いません。但し」
一度そこで言葉を区切り、全員と視線を合わせてから続きを言う。
「僕のお願いを聞いていただけない人が居たとしたら、僕としてはその人を特にどうこうしません。それは僕自身がその人に対して報復しないと言う意味も含みますが、その人を助けないという意味でもあります。そのあたりは努々忘れ無きよう」
「ならば、シア、君のお願いを受け容れるためにも、一つだけ聞かせてくれ。君ならばその集団を御せると、そう確信があるのかね? 軍に頼らずとも、我々街の住民に頼らずともどうにかできると言う、そういう確証が」
「あります」
僕は自信を持って頷く。
「もっとも、皆さんが考えているような者と比べれば、多少形は違うかもしれませんけど」
その晩。
結局街の皆は僕の『お願い』を聞いてくれたようで、子供たちは街の中央付近の大きな宿に、一晩限り、親と一緒に移動。
子供たちを護るために、ルドリー、クォロン、エートの三人はその宿の周辺に張りこんでいた。一応『設視』と『設聴』はそっちにもかけてある。
僕は、街の上空、一キロほどの夜空に移動済み。
だいたいの方角は予想できるけど、戦力を分けて複数の方向から襲撃してくるっぽいことが解っていたからだ。
そして僕は、『マドロス』を捕捉する。
実際に『マドロス』は戦力を三つに分けているようだ、と僕は夜の空の闇にまぎれながら、大雑把に『マドロス』の戦力を分析。
街の正面にあたる街道方面に本隊、三十人前後。そして両側面には二十人ずつくらい、合計して七十人か。
手紙に仕掛けた『設視』や『設聴』で概ねの状況は判っていたけど、そのままこの街を拠点化できるようにだろう、本隊は色々な荷物を抱えている。
『マドロス』の三部隊は一応の連携を試みているようで、襲撃開始の合図だろう、本隊にいた魔法使いが空中に青い光の玉を打ちあげると、三方向で大声が上がり、三部隊全ての動きが機敏になる。
流石にそんな大声を出しているのだから、ルドリーたちも実際に襲撃されつつあるようだと判断したらしい、三人は三人で構えを取っている。
僕の敗北条件は、街に明確な被害が出る事……かな。
勝利条件らしきものがないのが困りものだけど。
「ま、そんな事言ってても仕方が無いんだよね……」
僕は『人間探知』を行使。
数と正確な位置を把握……いくつか『反魔』っぽい反応があったので、続けざまにもう一度『人間探知』。
一度目のそれと比べて、魔法を使えるっぽい人間をピックアップしながら、改めて状況を確認する。
正面、南方向に展開している本隊は三十三人。内、『反魔』っぽい反応をしたのが五人。
東方向の部隊は二十一人。内、『反魔』っぽい反応をしたのが一人。
西方向の部隊は二十三人。内、『反魔』っぽい反応をしたのが六人。
敵兵力の合計は七十七人、内魔法使いっぽいのが十二人。魔法使いを偏らせて分散させてるのは何も考えずに適当に配置したから……という説も否定は出来ないけど、そこまで馬鹿だとも思えない。
裏付けとしては、西方向の出入り口が、僕が住んでいる家が一番近い門だ。
僕を最優先で確保するために、あえて西方向に戦力を偏らせたと言うところか。
実に正しい判断だ、とか考えていると、ぞわり、という感覚。
どうやら相手側も『人間探知』をしてきたらしい。
「ここが範囲内か。それなりに腕の利く魔法使いが居るな……」
上空を対象に取る魔法使いはあまり多くない。
多くの場合でそれは魔力の無駄になり、また効果時間を極端に減らしてしまうからだ。
それでも街の空、一キロの高さまで探知の範囲に入っているということは、そういう効果時間の短さに目を瞑ってでも安全策を取ったのか、あるいはよほど魔力量に自信があって、ここを対象に取るほどの大範囲でも最低限の効果時間が確保できるのか。
どちらにせよ警戒は必要だ。
油断してやられたら目も当てられない。
相手が感覚タイプの魔法使いである可能性も考慮すると……大規模な魔法は危ない。『遷象』されたら一大事だ。
となると、小規模な魔法で探るか。あんまり効果はなさそうだけど……。
僕は百六十発の『矢弾』を生成し、一人につき二発ずつ、対象として取った七十七人に向けて同時に放つ。余りには『設視』と『設聴』を仕込んでおいた。もちろん、効果を確認するために。
さて、敵さんはどう出るかな?




