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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
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74 - 来る調整と備えのこと

 青年の家に立ち寄ると、扉を開けて僕を視認するやぎょっとして、青年は三歩ほど後ろに後ずさった。

 見た感じ火傷の跡は無い。まあ、燃えた髪の毛はどうしようもないのだが。

「こんにちは。昨晩の火傷の具合を確認しに来たんですけど、調子はどうですか、お兄さん」

「お……おかげさまで、見ての通り、きれいさっぱり」

「そうですか。まだ痛むならば言ってください、追加で治癒しますよ」

「…………」

 青年は何かを考えるようなそぶりを見せて、言う。

「……君は、俺を、その、殺しに来たとか?」

「殺す相手をわざわざ癒す必要は無いです」

「じゃあ、何かこの、罠にかけようとか」

「罠に掛けるにせよ、わざわざ癒す必要は無いです」

「何を考えて、君は俺を……、俺を癒そうと?」

「何って……決まってるじゃないですか」

 僕はえっへんと胸を張って答える。

「痛いの嫌でしょ」

「…………」

 妙に納得した、というような表情になり、青年はようやく全身から力を抜いた。

 警戒を漸く解いてくれたようだ。

「……昨晩は、済まなかった。もともとそういう立場だったとはいえ、前街長に加担してしまったのは事実だ」

「あの三人も似たような事を言っていましたよ。ま、あの三人だって同じですけど、基本的に悪いのはあの街長さんだけってことにしましょう。そのほうが平和です」

「だが……」

 この人もか。

 面倒な。

「わかりました、じゃあ対価を一つもらいます。お兄さん、名前を教えてください」

「……それでいいのか?」

「はい」

「マイク。マイク・ロードだ。戦う事は出来ないが、国の役所との調整役を任されていた……といっても、名ばかりだが」

「名ばかり?」

 どういうことだろう。

「俺は殆ど仕事らしい仕事をしてねえんだ。ほとんど前街長がやったことを、俺がやったってことにしてたってわけ。……ちょっと、理解が難しいかもしれないが」

 なるほど、傀儡か。

 税金の横領に気付かれては困る、だからといって補佐役を置かないわけにもいかない、そういう妥協の産物としての名ばかり調整役、ってことらしい。

 となると実際に行政をどうこうしてたのも街長だな。あの人、基本的には有能だったのかもしれない。横領してただけで。

「ま、俺は大丈夫だ。君のおかげで、助かった。今更だが、感謝する」

 火傷をしたのは僕のせいのような……? まあ、いいか。

「いえ。じゃあ、このあたりで失礼します」

「ああ」

 僕はお辞儀をしてマイクさんの家を辞すると、そのまま街長の家へ。

 街長の家では数人の男女が片付けをしていて、僕の接近に気付いた女性がやや焦った様子で僕に話しかけてきた。

「こん、にちは、シアくん」

「こんにちは。……どうかしましたか?」

「いえ。ちょっと、前街長の手続き的な後始末をしていて」

 なるほど。

「新い街長さんは決まったんですか?」

「任命権は国にあるから……私たちは推薦することしかできないのよ。ウィリスさんかマイクさんか、どっちかになるとは思うわ」

「前者ならばより実質的、後者は単純に地位の繰り上げってことですか。ま、どっちが街長になったとしても、お互いに補助する体制は必要でしょうね……横領していたとはいえ、前街長さんの手腕は本物だったようですから」

「そうね……。というか、シアくん。難しい事知ってるのね……」

「知らざるを得ない状況になったんですよ」

 オースがだけど。

「そうだ。鳥文とか、残ってませんか?」

「鳥文……、ああ、確かつい最近届いたのが一枚あるわ」

「読んでも良いですか?」

「ええ。それは構わないけど、なんだか暗号みたいなのよね。さっぱり理解できなかったの」

 彼女はそう言いつつも、若い男性に事情を話すと、男性が彼女に一つの、筒に収まるように丸められた手紙、鳥文を渡す。

 そして彼女は僕にそれを渡してくれた。

「公文書であることを示す印もないし、あなたが持って行っちゃってもいいわよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 僕は手紙を広げて中身を確認。

 差し出し人はヤッシュ本人じゃなくて、首魁代行となっていた。

 右筆みたいな席でも用意したのかもしれないな。お母さんも置いてたし、それに習ったか。

 そして一応暗号らしいけど、やっぱり普通に読めるな……。書き方もわかるし、問題はなさそうだ。

 内容はシアの様子を探れと言うようなもの。可能ならば穏便に『退場』させろとも書いてある。

 よっぽどヤッシュたちにとって僕の存在は好ましくないらしい。どうしたものか……。

 暫くは鳥文のやり取りで誤魔化せるだろうけど、街長が代わった事を知れば当然偵察に来るだろうし、そうなると一発でバレる。

 街長さんに何らかの役割を与えて飼っておけばもうちょっとスマートに誤魔化せるけど、未だに誰も街長さんを助けようとしていないあたり、あの人には人望が致命的に欠けている。

 そんな彼に役割を与えることを街の人たちが了承するか……。僕がお願いと言う名の命令をすれば了承はしてくれるだろうけど、後の調整とかが限りなく面倒だな。

 となると取れる手段はそう多くない。

 僕がこの街を出るか、あるいはヤッシュたちをどうにかするか……。

 街を出たところで行く当てもない。ヤッシュたちをどうにかするにせよ、取れる選択肢はそう多くない。壊滅させるか懐柔するか協力するかだ。

 協力は論外だろう、こっちがその気でも、あっちにとって僕は扱いにくい駒だ。敵が持てば脅威だけど、味方に置けば混乱を起こす。

 となると懐柔か壊滅か。

 懐柔ならば一種の契約のようなものを結ぶ感じになるけど、あっちが応じるかな? 協力に近いし。成立の目が無いとも思えないけど、僕一人ではどこかで手順を間違えそうだ。一人か、できれば二人くらい、補佐してくれる人が欲しい。一人はマイクさんでいいけど、もう一人は……街長さん? うーん。

 壊滅させるならば話は早い。僕自身が決起するだけで大きな餌になるから、それでヤッシュたちを引っ張り出して、出てきたところを叩けばいい。あるいは仲間内である程度勢力をそいでくれるかもな。ただ、中途半端に相討ちされると、『待つ』と言う選択をさせてしまうかもしれない。それは避けたい。叩くなら立て直す暇も無いうちに壊滅まで持って行かないと……難しいな。

「紙とペン、借りていいですか」

「ええ。そこに置いてあるので良ければ、そのまま使っていいわよ。どうせ前街長のだし」

「じゃあ遠慮なく」

 鳥文の返事として、シアは監視している、しかしこちらの動向に気付かれたので一度私は身を引くが、裏で監視は続けているから安心してほしい……みたいなことを書いて、『設視』と『設聴』、ついでに『転』のマーキングもして、くるくると丸めて筒に入れておく。

「すいませんが、これを鳥で出してください」

「…………? いいけど、誰から来たのかわからないわ。誰に届くかもわからないけど、いいの?」

「ええ、構いません。お願いしますね」

 彼女はわかったわ、と受け取って、それを鳥の元へと持って行くと、鳥の足元に括られた器具にそれを装着、窓を開ければ鳥は飛び立った。

「はい、飛ばしたわ」

「ありがとうございます。じゃ、僕は帰りますか……」

「あ。その前に一つ、いいかしら」

「どうしましたか?」

「いえ。実は地下の金庫で、こんなものも見つかったの」

 こんなもの?

 僕が彼女が指差した方向に視線を向けると、一本の短剣が無造作に置かれていた。

 鞘は無いのに、その刀身は手入れが行き届いているように見える。

 短剣全体に適度な装飾が施されていて、魔力も感じる。

 これ、へたすると『神器』なんじゃ……?

「私たちはこれがどんなものか解らないんだけど、金庫の中にあったくらいだし、それなりに価値のあるものだと思うわ。どうしたら良いと思う? あなたの決定ならば、それに従うと思うし」

「そうですね……。触っても良いですか?」

「ええ。特に何の変哲もない短剣よ」

 そうかなあ。とりあえず短剣を手に取ってみると、重さは殆ど無い。けど、やっぱり魔力が籠ってる……いや、籠ってると言うか、魔力があふれるような感じだ。

 少なくとも儀礼済み兵装ではない。魔法道具にしては度が過ぎている。天衣兵装か『神器』か……とりあえず正体を確認するか、と『譲渡術式』を使ってみると、対象に取れてしまったので、『神器』で確定。所有者は僕に書き代えてみて……と。

 どう使うのかなこれ。

 記憶をあさってみるけど、これと似たような特徴の『神器』は多すぎる。

「話を少し戻しますけど、お姉さん。新しい街長を推薦する時、国の政府側から人が来たりするんですか?」

「ええ。事が事だから、一等監査官が来るはずよ。それがどうかした?」

「なら、その人にこの短剣を献上してご機嫌を窺うのが良いと思います。そういう役職の人ならば、これの事も知ってるかもしれませんし、その人は喜んで受け取るでしょう。だから、それを受け取ったところで、推薦の件に念を押してやってください。すぐにその推薦通りに事が運ぶと思います」

「…………?」

「じゃ、あとはお任せしますね」

「え、ええ。あなたはどうするの?」

「他に用事もありませんから、家に帰ってゴロゴロしてますよ。それとも何か用事が有りますか?」

「いえ……そう言うわけじゃないけど」

「なら、失礼しますね」

 僕はそう言ってその場を辞し、家に帰る。

 するとビスさんが「おかえり」と言ってくれた。ちょっと嬉しい。

「ただ今戻りました。工事は随分進んでますね」

「おう。丁寧に急いでるから、安心してくれ」

「助かります。じゃ、僕は奥の部屋に居るので、何かあったら言ってください」

「ああ」

 奥の部屋、寝室への扉を潜り、扉を閉めてベッドに座る。

 さすがにまだ鳥は空を飛んでいるけど、何かを探るような感じで進み始めているし、案外近いのかもしれないな。

 それと、街長さんは相変わらず通行人からガン無視されていた。そんな街長さんをみて不気味そうな表情をする子供と、その子供に「みてはいけません」とたしなめる親の図もあった。なんだか可哀そうになっていたけど、自業自得は自業自得だ。そろそろ『大火炎上』使うかも。

 僕はベッドの上で大きく伸びをして、そのまま横たわる。

 シア。シア・クルー。僕はどうやって生きようか。

 当面のお金は準備した。居場所も無いわけじゃない。けど、ここに居るためにはヤッシュたちをどうにかしないといけないし、それが終わっても街の人々との間に溝は残る。

 それを考えると街を出たほうが良いのかも……けどなあ、街を出るにも行く当てがなあ。

 冒険者ギルドや盗賊ギルドに頼ると言う手もある。魔法が使えるのだ、神官魔法は奥の手とするにしても、冒険者として一定の働きは出来るだろう。盗賊としてならば知識も申し分は無い。

 問題は体力だけど、最低限の体力さえあるならば、疲労を治癒する神官魔法で誤魔化せない事は無い。オースの時はちょっと魔力的に厳しかったとはいえ、シアの魔力ならばそれで戦っても、まあまあ良い線は行けると思う。

 けど、なんか気が向かない。冒険者はシーグでやった、盗賊はノアがやった、神官はオースがやった。それならばいっそ別の方向で生きて見たい、そんな思いがちらりと横切る。

 僕は十三歳くらいまで生きられる。今が七歳とすこしだから六年弱。短いといえば短い、けど六年あれば色々な事ができるではないか。

 シアは、どうあって生きようか。

 なんだか、ワクワクするな。

 そう思った時だった。

 鳥がり先に到着し、急降下をはじめたのは。

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