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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
74/100

73 - 三人と不問の範囲のこと

 朝。

 とくに『覚醒』を仕掛けたりもしなかったので思う存分惰眠を貪り、僕は久々に良く寝たなあとか思いながら、部屋を出……あれ?

 杖が無い?

 っていや、杖があったらそれはそれで怖いな。もうオースじゃないし。今の僕はシアだ。

 とはいえ手持無沙汰は困ると言う事で、昨日うば……、借りた剣を手に取り、扉を潜って部屋を出る。

 すると、内装はすでに綺麗になっていて、壁もある程度修復の目処が立っているようだった。

 とりあえず工事している人に挨拶しないと。

「おはようございます」

「おはようございます、シア殿」

「殿なんてつけなくていいですよ。僕年下だし。えっと、ビスさんでしたよね」

「はい。昨晩は大変申し訳ありませんでした」

 なんだか怯えられてる……?

 ちょっとやりすぎたか。

「あんまり畏まらないでください。僕がやりにくい」

「はい……じゃない、わかった」

 うーん。

 ま、いっか。

「工事はどのくらい掛かりそうですか」

「んー。材料はあるし、二日くらいで形になるはずだ。完全に終わるのは三日後だな」

「そうですか。無理に急がないで構いませんから、よろしくお願いしますね」

「おう」

 ビスさんに後は任せよう。

 僕は街へと繰り出すことに。

 広場の方に見知った顔が並んでいたので、そちらに足を運んでみると、街長さんがロープでぐるぐると巻かれていた。

 街長さんに意識は無いようだけど、怪我もそれほどひどくは無い。単に寝ているだけのようだ。

 で、そんな街長さんを複雑そうな表情で眺めているあの三人組が。

「どうしました、みなさん」

「うおっシア……いや、えっと。その。昨日はごめんなさい」

 うおっシア、って。

 まあ良いけど。割とごめんなさいに感情もこもってるし。

「俺も、すまん。確かに街長にお前を『どうこうしてこい』とは言われたが、結構、乗り気だった」

「俺もだ」

「正直な事はいい事ですが……」

 やれやれ、と僕は首を横に振って、手に持っていた剣を返却する。

 いつまでも借りているわけにも行くまいし。

「今回だけですよ、不問にするのは。次に同じような事が有れば、三日三晩苦しんでも尚死ねない状態にしてあげます。その時は目の前にあなた方の家族とかを定期的に食事代わりに『仕入れ』ることになるでしょうね。まあ僕はお母さんと違って優しいですから、その家族の方は楽に死なせてあげますが……」

「……残忍というか、なんというか。俺が知ってるシアって子供とお前が同一人物には見えねえんだけど」

「ずっと我慢してましたしね……それにお義父さんが少しでもまともになるようにと努力してくれてたんですよ。そのお義父さんが居なくなった以上、本来の僕に、お母さんに憧れを抱いて、お母さんのような強い人になりたいと言う僕に戻ったわけです」

「それについてなんだが……。その。シアの父親、彼は……」

 別に隠す事でも無いか。

「お義父さんはあなた方が僕を『どうこうしようとしている』事に気付いて、逃げる事も出来ず、仕方が無いからと僕を殺して、楽に死なせようと思ってくれたみたいです。ありがた迷惑ですよ。だから僕はそれを拒否した……お義父さんは僕が殺しました。そのせいかな、なんか割と、割り切りがよくなったんですよね」

「…………。前街長は確かに俺達に命じたし、街のやつらにも声をかけて集合させた。けど、実行しようとしたのは、俺達三人が居たからだ。俺達も裁いてくれ。それで俺達の家族を助けてくれるならば」

 剣を持っていた男、ぼくが剣を返した男はそんな事を言う。

 うーん。正直下衆いだけかとも思ってたんだけど、結構潔い部分もあるんだね。

 ていうかさらっと前街長になってる。解任されたのか。

「さっきも言いましたが、今回は不問です。次に似たようなことが有ったら……も、さっき言いました。けど、あなた方三人がいなくなればこの街を護れる人が居ませんよ。僕は無条件に街を護るほど優しくは無いです。街の人々も、あなた方のそうした働きを通じて、色々と感謝を覚えるでしょうし、昨日のことならば誰も恨んでいない筈です。結果的には一人あたり、金貨二百枚以上手に入れたわけですから」

 ちなみに一年あたりの税金は一人、金貨十枚ほど。

 全てを税金に充てれば二十年間は事実上の無税だ。

 もちろん、普通にお金として使っても良い。もっとも、この街の中で使うのはもったいない気もするし、行商人とかを相手にするべきだろうけど。

「でも、そうですね。じゃあ、昨日の対価として一つだけ要求しますか。皆さん、改めて名乗ってください。僕は意外と、この街の人たちの名前を知らないようです」

「そんな事でいいのか?」

「ええ」

 僕が頷くと三人は顔を見合わせ、一番左、昨日は槍を持っていた青年が名乗った。

「ルドリー・オーバ。使える武器は槍くらいだ」

 次に剣を持った青年。

「クォロン・ナリタ。一通り、なんでも武器は使える」

 最後に、昨日はナイフを持っていた青年。

「エート・リシス。特に何が得意ってわけでもない」

 ルドリー、クォロン、エートか。

「シアです。じゃ、今後は街の警護、頑張ってくださいね」

 僕は立ち去ろうとすると、「待て」、とエートが呼びとめた。

 はて?

「いや。街長をどうするつもりかと思ってな」

「ああ……。まあ、どうでも良いんじゃないですか。放っておいて。生きるにせよ死ぬにせよ、それは彼の自由です」

「……昨日、シアが寝た後に一通りの事情は聞いたんだが。お前はまだ、街長から何も対価を得ていないのだろう?」

 ああ、そこか。

「いえ。彼は既に、この街における名声を、そして権力を失いました。命の対価としては不十分ですが、制裁としては十分です」

 他に何かありますか、と聞けば、三人は顔を見合わせた。

 どうやら要件は終わりらしい。

「そういえば、僕のお義父さんの葬儀の手配はどうなってるか、知っていますか?」

「ああ。衣服を売っている店のウィリスって女性を知ってるよな。彼女が今、手配してくれてる。一両日中には整うだろう」

「そうですか。ありがとうございます」

 じゃあね、と僕は手を振って、その場を後にする。

 ウィリスさん。たしか……ああ、優しいお婆さんか。あの人、よく飴くれたんだよなあ。

 昨晩も結局、来て無かったみたいだし、人が良いのかもしれない。

 と、適当に街を歩いていると、ちらちらと視線が。

 あんなことをしたのだから当然と言えば当然だけど……。

 というわけで、ウィリスさんのお店の前に。

 お店の中ではウィリスさんが色々な作業をしていた。夜通しでやってくれているようだ。ありがたい。

 邪魔をするのも悪いので、道をさらに進んで奥へ、奥へ。

 と思ったら街の出入り口についてしまったので、そのまま道を戻る。

 お腹すいたな……。

 近場にあったパン屋さんに入り、適当なパンを選んで購入、お行儀は悪いけど食べ歩き。焼きたてだった。とても美味しい。

「にしても、時間をただ潰すと言うのも難儀な話だなあ……」

 僕はそんな事を呟きながらも街を散策。

 とりあえず、シアが通ったことのない道とかも全制覇しておいて、地図は完成。

 思った通りに狭い街だ、すぐに終わってしまった。やることが無い。

 僕は手持無沙汰に街長さんがぐるぐる巻きにされているであろう広場へ戻ると、街長さんは目を覚ましていた。

 その表情にははっきりと怯えが浮かんでいる。

「き、貴様……」

 それでも威勢は良いようだ。まあ、そうでもなければ街の長なんてやって無いだろうし、まして横領なんて出来やしないか。

「このような事をして、貴様、許されると思っているのか!」

「その原因はあなたです」

「だとしてもだ! 私が死ねば、この街は、お前は、襲撃されるぞ!」

 襲撃?

 どういう事だろう。

 口から出まかせってわけでもなさそうだし……。

「誰に襲撃されると言うのですか」

「貴様を知ってる奴に決まっている!」

 つまり元『クルー』のメンバーか。

 僕を擁立できないと知って、……なるほど、確かにその場合、僕が邪魔になるな。

 『クルー』の正当な血を引く後継者。実権はさておき、権威付けにはこの上ない。

 たとえ『クルー』に関わる気が無かったとしても、元『クルー』の新組織は、常に僕の存在を念頭に置かなければならない。

 もし万が一にでも僕が起つようなことが有れば、新組織の一部、『クルー』という組織に忠誠を誓っていた者が僕の方に流れかねないからだ。

 だからこそこの街長を使って、僕を始末させようともくろんだ……かな。

 直接僕を殺すようなことをしてしまえば、それこそ『クルー』に忠誠を誓っていた者は離反しかねない。

「確かに可能性はありますけど……。街長さん。それって、あなたの生死ではなく、僕の生死で決まるんじゃないですか?」

「それは……」

 街長さんは視線をそらした。

 納得したというわけではない、何かを隠してる感じか……?

「正直に答えてくれれば……そうですね、街長の命を助けてあげます」

「……私は、ヤッシュと取引したんだ。お前もあっただろう、あの赤髪の男だ。『クルー』の元メンバーを集って、新しい集団の首魁となっている」

「取引の内容は?」

「シア、貴様を害すること。それが出来ないならば、監視すること。監視するならば、定期的に連絡をする事……。見返りとして、ヤッシュの集団はこの街を襲わない。連絡の方法は鳥文を使う事になってる」

 いや、教えてくれるのはありがたいけど、それ教えちゃうと街長さんの立場弱くなるよね。

 なんだかなあ。そんな視線に気付いたようで、街長さんは補足した。

「新しく作った暗号らしいからな、シア、貴様にはわからんだろうよ」

「暗号ですか……」

 たぶん何一つ問題ないだろうなあ……。新しく作ったんだとしても、それが意味のある文字列であるならば、暗号だろうが問答無用で読み書きできることは実証済みだ。

 まあ、それはオースの時のことだから、少し勝手が違う可能性もあるかもしれないんだけど、ラス、シーグ、ノアの例を見ても、そして今適当に看板を読んだ限りでも、『神授』っぽいものは発動している。

「正直に答えたぞ。これで私の命は助けてくれるんだろう? 早く縄を外してくれ」

「え、何でですか?」

「…………?」

「僕は街長の命を助けるとは約束しましたけど、縄を外すとは約束していません」

「このまま俺を放っておくつもりか! そうしたら結局、俺は死ぬぞ!」

「それはあなたの勝手ですよ。大体、僕が命を助けるのは街長です。前街長のあなたではありません」

「前……だと? 俺が解任されたと言うのか!」

「そうみたいですよ。僕もよく知りませんけどね、そのあたりの手続きは」

 僕は一応、『設視』と『設聴』を彼の近くの空間に置いておく。何かが有ったらすぐにわかるように。

「かといって、僕はあなたを積極的に殺したいわけでもない。だから何もしない。これが最大限の譲歩ラインです……嬲れなさそうだからという理由で不意打ちしてまで殺そうとした相手にこの程度で済ましてあげているのですから、感謝してほしいほどですよ。じゃ」

「ま、街が襲撃をされるんだぞ! 貴様には暗号が解けん! わ、私なら」

「とりあえず、その暗号とやらを僕が試しに読んでみます。それでどうしても僕じゃダメならばあなたを解放することも検討しますが、やってもないのに諦める必要はありません」

「…………!」

 じゃあね、と手を振って僕はその場を後にする。

 街長さんの家は……あそこか。とりあえずそこに向かいつつ、根性が無いなあ、と思った。

 『大火炎上』を使えるのだから、縄なんて燃やしてしまえばいいのだ。

 それをしないのは、やけどをしたくないからだろう。

「やけどと言えば、あの青年はどうなったかな……」

 治癒が足りてないようなら追加で癒すか。

 丁度目的地の途中にその人の家はある。

 僕は道を急ぐことにした。

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