72 - 意図した悪意と取引のこと
街の皆さんの中でも数名は会話ができるようで、一応交渉した所、街長さんを含む大人たちが僕の目の前で土下座をしていた。
どうやらあの三人組、この街で唯一戦える三人だったようだ。
で、その三人があっさり死に掛けてるし、切り札のカノン砲もどっかに飛んで行ってしまったと言う事で、これは無理、と判断したらしい。
「それなら最初から喧嘩売らなきゃいいのに」
「まさかあなた様がこれほどお強いとは思いもしなかったので……」
なんだか奇妙な口調で街長は言う。
確かに五分前くらいまでは弱かったと思う。魔法も使えなかったし。
でもまあ、『僕』が入ってしまった時点で話は変わる。
「強かろうと弱かろうと関係ないと思うけども……。まあ、いいか」
僕は剣を適当に地面に突き刺し、周りの大人たちに言う。
「それで、僕はあなたたちから、何がもらえるのかな」
「……はい?」
「交渉しましょうか、と言ったんですよ、僕は。あなたたちは、自分の命の対価として、僕に何をささげるのかと聞いているのです」
「命の対価……ですか?」
うん、と頷く。
「だってあなたたち、僕たちを殺すつもりで集まったんでしょう。実際に殺すのがさっきの三人だったとしても、死んだか、死に掛けている僕の身体を殴ったり石を投げたり、あるいはもっとひどい事をするつもりで来たんですよね?」
「お、俺は違う! 俺は手を出すつもりなかったぞ! ただ、『クルー』の連中の子供を嬲るから、憂さ晴らしに見に来いって言われただけで」
青年が叫んだ。
なんだろうこの語るに落ちるって感じ……。
流石にまずいと思ったのだろう、街長さんは土下座したまま固まっている。
「ふうん。お兄さん、今の言葉は本当?」
「あ、ああ! 誓ってそうだと断言する!」
「本当に? 絶対に? 撤回しない?」
「しない!」
ふるふる、と街長さんは震えていた。そりゃあそうだろう、僕がその立場だったら有無を言わさず黙らせてる所だ。
「ここに居る大半がそうだ! お、俺達はただ……」
「……まあ、そこまで言い張るならそう信じてあげますけど。で、街長さん。彼が言うところによると、街の大半はそういう目的で集まったそうですね。さっきの質問を繰り返しますよ。あなたたちは自分の命の対価として、僕に何を捧げますか?」
「そ、それは……」
「何故! 納得したんだろう!?」
うん、したけど……。
土下座の体勢から頭をずらし、街長さんは青年を睨みつけた。何も言葉には出してないけど、黙れ、という感じがひしひしと伝わる。
「……まあ、一応説明しておきますけど。お兄さん。あなたはお義父さんについてはともかくとして、別の誰かが僕を嬲る場を見ることで、憂さ晴らしをしにきたんでしょう。それって僕、嬲られてるんですけど……ていうか、たぶんそれ、僕を殺そうとしてますけど、お兄さんはそれを見て憂さ晴らしをするんですよね。それを止めるんじゃなくて、いいぞもっとやれって感じに。つまり、僕を殺したかったってことじゃないですか」
「え?」
「誓ってそうだと断言して、本当に絶対に撤回しないと約束しましたよね?」
「…………」
ああ、顔色がみるみる青く……。
でもまあ自業自得というか。
うーん、なんかシアになってから思考が危険な方向にむきやすいな。
シアは自分の母親に一種の憧れを覚えていた。多分そのあたりがこの性格の根底になっている。
どうも身体側に引っ張られるんだよね、感情とかって。
「しかもここに居る大半がそうなんですから、それはもう、皆がそろって僕を殺したかったってことですよ。さて、僕はあなた方の命の対価に、何がいただけるんですか?」
「そ、……それは」
「ああ。払う物が無いなら、そう言ってくれれば結構ですよ。当然、命の対価に何も居ただけない以上、命を戴きますけど。あなた方は僕を殺そうとしていて、それはこの街においては公然と正当化されているのですから、僕があなた方を殺したところで誰も文句は言わないに違いが有りません」
「それは暴論だろう! 現にお前はまだ生きている!」
「僕のお義父さんは死にましたよ。あなたたちのせいで。事はもう起こってしまっているのです」
「…………!」
手を掛けたのは僕だけど、そうなった原因を作ったのはこの人たちだ。
この人たちが僕を嬲ろうとしなければ、義父はそんなことをしなかったし……そうすれば、こんなことにもならなかった。
「お……俺には家族が居る! 子供もだ!」
「そうですか。僕にはお義父しか居ませんでしたけど、そのお義父さんはあなたたちが殺したようなものですし、ならば家族が居ようと子供が居ようと関係は無いでしょう」
「お前には情けが無いのか!」
「子供を殺そうとしておいて、その子供に反撃されそうになったから子供の情けに期待するって、大人としてどうなんですかね?」
もっとも、それを言うなら僕が人としてどうかという話になるのだけど。
なんていうか、これくらい好き勝手してるのに、まだ僕は記憶にある『お母さん』と比べればすごい情け深いんだよね。
そりゃ反乱されるよ、お母さん。
「何度も繰り返してもあまり意味は無いですからね。これで最後にしましょう。『僕はあなた方の命の対価に、何が戴けるんですか?』」
「お……恐れながら……。我々には、財産などと言えるものは……」
「じゃあ、命?」
「…………」
街長さんが震えながら答えてくれたので聞き返すと、ふるふる、と震えてしまった。
やれやれだ。
とはいえ、本当に心の底から命が欲しいわけじゃあない。それならまだ飴玉の一つでも貰ったほうが嬉しいし。
どうしようかなあ、と悩んでいる時だった。
「馬鹿め! 油断したな! 『大火炎上』!」
と。
勝ち誇るように、街長さんが此方に向けて魔法の火を放ってきたのである。
震えてたんじゃなくて詠唱してたのか。そしてあの青年も仕込み、つまり陽動だったわけだ。で、黙れというあのプレッシャーでひそかに会話をしていたと。見事な連係プレーだ。
『大火炎上』というと、『火炎』の追記形で、火以外の属性に変更することが極めて難しくなる代わりに、火としてつかうならばその威力は『火炎』に引けを取らないという使い勝手のいい魔法だったな。僕も使えない事は無いけど、基本的には抽出系の『火炎』でいい。
迫りくる火は、しかし僕に向かってきたかと思うと突如その方向を逸らし、陽動を勤めていた青年の方へと一直線。そして、青年の身体を火が包んだ。
叫び声。
それは青年のものであり、その周囲の人たちのものだ。まあ、即死はしないだろう。いっそ即死したほうが楽かもしれないけど。
「そんな、馬鹿な……」
一方で呆然として、ふと思い出したかのように火を消すための水の魔法を詠唱する街長さん。『清涼水玉』か。水玉を産み出すと言う魔法で、これも『大火炎上』と同じ感じで、属性変更を難しくする代わりに画一化された効果を得る魔法である。
産み出された水は、青年に降り注ぐ……寸前にまた方向を変えて、近くの民家の屋根を濡らした。
「な……何故!」
当然僕が『遷象』したからだ。
『遷象』とは、魔法の対象を変更する魔法……本来は自分にかけられようとしている魔法を他人に遷し替えたりするのに使う。『大火炎上』を逸らしたそれこそがまさに本来の使い方。
そして『清涼水玉』の魔法の対象も変更し、消化を防いだのは応用系、他人にかけられようとしている魔法の対象を遷すのはちょっと難しいのだ。その魔法を知っていれば出来ない事も無い程度。
尚、『遷象』の習得難易度はかなり高めらしい。但し、感覚タイプの魔法使いはこれを得意とすることが多いとも、イセリアさんは言っていた。
「街長さん。もちろん納得のできる説明を、してくれるんですよね?」
僕はとん、と地面に突き刺した剣を指でつついて聞いてみる。
其れに合わせて、四発の『矢弾』を生成。街長さんを取り囲んでおいた。
「…………! その魔法で私を……私を殺す気か!」
「まあ、最終的にはそうなるかもしれませんけど。でも、今のところこの『矢弾』はあなたを対象にするつもりが有りません」
「な……なに?」
「……この街には、僕以外に四人の子供が居るんですよね」
あとは、わかるよね。
そう言い聞かせると、街長さんは表情を青くしてよろめいた。
「ち、ちがう……私は……、私は……」
「皆さんは見ましたよね。交渉しようとしている僕を、卑怯にも不意打ちしてまで殺そうとしてる街長さんを。その街長さんは、自分の命惜しさに街の子供たちの命をささげると言っています。僕としてはそれもまた取引なので、折角だし応じてあげようかなあと慈悲の心から思うわけです。けどまあ、一応聞いておきましょうか。皆さんは街長さんと子供たちの命、どっちを僕に捧げますか?」
青年の叫び声だけが響いている。
そして視線は、街長さんに集まっていた。
人望ないな、この人。一人くらいは庇うかと思ったのだけど。
「か……、かね、金が、私の家の地下にある。金貨十万は下らん! それ、それを貴様にやろう! だから……」
「金貨十万枚……?」
僕は首を傾げる。
この街の規模からして、それはいくらなんでも多すぎる。
それこそ、この街全体に課されている税金を二十年分くらい払えそう……ああ、そう言う事か。
「なるほど。街長さんは税金を横領してたわけですか」
「ひ、人聞きの悪いことを。私は、ただ、正当な手数料を……」
「手数料ねえ。まあ、僕はそれで納得しておきますけど、街の皆さんはそう思ってくれないと思いますよ」
僕は『矢弾』を操作して、三発は僕の背後に、一発は空高く展開させる。
「でもまあ、金貨十万枚。あって困るお金じゃありませんし、確かにそれで良いとしましょうか。持ってきてください。他の皆さんはどうしますか? ちなみに僕はまだこの人からお金を貰ってませんから、皆さんがもしどこかで金貨を大量に『拾って』、それを僕に渡したのであれば、僕は皆さんから支払いをしてもらったことになりますね。その結果なぜか街長さんが持っている筈のお金がくなってたとしても、それは別の問題ですし……」
僕の言わんとしてるところを理解したらしい街の住民の数人が、街長さんを抑えつけに掛かる。
それをみて他の人たちも気付いたのだろう、「街長の家」「地下の金庫」「誰か代表に」「信頼できる奴」とか口々に言うと、数人がこの場を離れた。街長さんは「何をする、私を誰だと……!」とか叫んでるけど、今の彼はただの横領した悪い人だ。いや、子供を殺そうとした悪い人か。
そしてどさくさにまぎれて青年の火を消しているおばさんが。実に偉い人だ。そのまま放置されてたらどうしようかと真剣に悩んでいた所だし。
それから十分もしないうちに、金貨を積んだ箱が荷駄に載せて運ばれてきた。どうやら本当に十万枚くらいはありそうだ。
「これで、どうにか子供たちの安全は……ここに来てしまった我々は、罰せられても良いのです。しかし、何も知らない子供たちは、どうか」
荷駄を運んできたおじさんはそう言って頭を下げる。まあ、この辺にしておくか。そろそろ死にそうだし。
「良いですよ。しかし金貨十万枚か……」
この街の人口は五百人弱だから……、僕は金貨を二百枚ほど適当に手に取り、それを懐のお財布へ。
「じゃ、一人二百枚くらいずつで。残りは子供がいる家庭を優先して分配としましょ」
「え?」
「いやあ。十万枚も金貨渡されても使い道ないし、悪いのは大体この人でしょ?」
僕はそう言って街長さんを指差す。
「だから、とりあえず家を綺麗に掃除と修繕。あと、僕のお義父さんの葬儀をしてくれるなら、他はどうでも良いです」
待機させていた『矢弾』を、予め対象としていた四人にあててやる。
もちろんその四人とは、背後、家の中で倒れている三人と、さっきまで燃やされていた青年一人だ。
「その『治癒』はおまけだとでも思ってください。僕は奥の部屋で寝てますから、手配はお願いしますね」
『矢弾』には、『治癒』の性質を与えておいた。まあ、結果的にはここに来る前よりさらに健康になっただろうな、とか勝手に思いながら、僕は家の中へと戻る。
途中で三人とすれ違うと、三人は申し訳なさそうに頭を下げた。
これからのことは明日考えよう。




