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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの簒奪
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71 - 産まれの謂われと交渉のこと

 息苦しさに目を覚ます。

 真っ暗、というほどではないけど暗がりで、え、なんでこんなに苦しいんだろう、目を開いて現状の把握にいそしむ。

「すまない。すまない、シア。だがもう、もう他に……」

 誰かが謝っていた。

 誰かが泣いていた。

 感覚が、まだ遠い。完全ではない。けど……。

 今、僕は殺されかけているようだ。

 目の前の男は、僕の首を絞めている。

「他に取れる手が無いんだ……。すまない、許してくれとも言わない……」

 記憶が徐々に流れ込んでくる。

 どうやらこの男、母親の再婚相手、義父らしい。

 とりあえず、このまま殺されたら何のためにシニモドリしてるんだかって話になるので、少し感覚がズレている身体を無理矢理動かして、僕の首を絞めている義父の腕に手を伸ばす。

 抵抗されるとは思っていなかったのか、義父はびくっと身体を震わせて、より強く僕の首を絞めて来た。

「なん……で……、おと……さ……」

「ああ……ああああああ!!」

 叫ぶように。

 そして更に力を込めて。

 うん、駄目だ。これは話が通じないやつだ。

 僕は義父の両腕をそれぞれに掴んだ両手の掌、その内側に『光刃』を発生させる。

 当然……『光刃』は腕を断つ。

 急に首を抑える力が弱くなり、遅れて噴き出した血が降りかかってきた。

 ともあれ、首にまとわりつく腕を引き剥がすと、僕はなんとか転がるように、その場を離脱する。

 何が起きたのか解らない。そんな表情で、義父は呆然とたたずんでいた。

「なに……、なにが起きた……んだ?」

「…………」

 どうしよう。

 殺すだけならたぶん今のままでもできるけど、殺しちゃっていいんだろうか?

 何か理由があるなら殺さない方が良いしな。あの程度の怪我ならすぐに治せるし。

 とはいえきちんと身体に定着するためには、僅かとはいえ時間がかかる。その僅かな時間に殺されてしまったらやっぱり意味が無い。

 動きを止める……にも限度はあるし。

 仕方ない。先に手を出してきたのはあっちなのだ。

 僕はそう割り切って、『矢弾』を義父に叩きこむ。

 叫び声をあげることもできずに義父は倒れ、そのまま事切れる……さらに返り血が、僕に降り注いだ。

 やれやれだ。

 大体想像はつくけど、一体今回の僕はなぜ、命が死んだのだろう……。

 記憶の箱、その蓋を、僕は取り払った。


 ――シア。『クルー』と名乗る一団の女首魁の実子であり、この身体の名前はシア・クルーと名乗ることが許されているらしい。

 クルーという一団は言うなれば極めて小規模なギルド、のようなもので、その活動方針は首魁次第。

 少なくともシアの母親は温厚とは無縁の人で、割とならず者集団という状態だったようだ。

 ところが、団員の一部がそんな母親の方針に真っ向から対立。当然母親はそれの排除を実施しようとしたのだけど、ここで偶然がいくつか重なり、万全の準備で迎え撃った母親は、確かに反乱を起こした団員を仕留めることには成功したのだけど、母親自身も死んでしまったようだ。

 それを期に、『クルー』という集団は離散。シアは義父に引き取られると、国郊外の街に流れ者としてではあるが、家を買い、そこで慎ましく生活をし始めたのが、シアが六歳になった頃。

 今のシアは七歳と少しで、つまり一年間くらいは何事も無く……いや、もしかしたら何かはあったのかもしれないけど、少なくともシアの主観では何事も無く生活は出来た。

 シア自身は母親が失敗したこと、そして母親がなぜそんな失敗をしたのかについてもある程度の大枠では理解していて、子供心ながらに『悪い事をしたから殺されたんだ、自業自得だ』という気持ちと、『それでもお母さんとは一緒に暮らしたかった』という悲しい気持ちを抱きつつ、自分を引き取ってくれた義父に感謝しながら生きていた。

 生きていたのだが、ついに事件が発生する。

 『クルー』の元メンバーが集い、新たに一つの組織を作りだした。

 その組織の結成において、義父にも声は掛かったのだけど、義父はこれを拒否。

 同時にシアを関わらせないという宣言をしたんだけど、これがまずかった。

 『クルー』の元メンバーは、シアという個人はともかくとして、前首魁の実子という名ばかりの権威、象徴を求めていたに過ぎなかったのだ。

 だからそれが使えない個まであると判断した『クルー』の元メンバーたちは、去り際に街の面々にシアたちもまた『元クルー』の者であること、どころか僕に至っては『クルー』の首魁の実子である事を触れて回ったのである。

 ならず者集団であった『クルー』、その悪名は轟いていて、どころかこの街はその直接的な被害を受けたことすらあった。街の人々はシアたちが『クルー』と直接的なつながりを持ち、どころか血のつながりさえもつシアの存在を知って冷静ではいられず、引きずり出して私刑にしよう、そしてそのまま殺してしまおうという事をあれよあれよと決めてしまった。

 それに気付いた義父はまず逃亡を試みたけど、逃亡はどうも無理そうだ。だからといってこのまま座していれば、殺されるよりももっとひどい目に遭うことは間違いないし、その上で殺される事もまた間違いない。

 だから義父は、せめてシアが受けるであろう苦痛を減らそうと、シアを安心させて眠らせると、その首を絞めた。

 シアはどこかでそれらに気付いていて、実際に首を絞められたことで、ああ、もう誰も助けてくれないのだ、あるいはこの苦痛こそが助けなのかもしれない、もういいや、と思った。

 命が死んだのだ。

 そしてほぼそれと同時に『僕』が入った……と。


 身体の感覚が鮮明になる。命と身体の祖語が消える。

 ……子供が命を諦める瞬間と言うのは、どうもあっさりとしているようだなあと思いつつ、僕は全身の状態を確認する。

 こうなってみると、ラス・ペル・ダナンとか、かなり頑丈な部類だったのかもしれない。

 息が一時的にとはいえ出来なかったからだろうか、少し足に引き攣るような感覚がした。それと腕に切り傷が。黙って治癒。うん、治癒魔法って便利。

 魔力は……どうだろう、結構多め……かな?

 オースの倍、はないけど、オースよりも五割以上は多いだろう。普通の三倍くらいってところか。才能はそこそこあるようだ。

 身体的な特徴としては、目と髪の毛が金色ってところか。これまで地味めな外見が多かっただけに、新鮮だなあ、と近くに落ちているガラスの破片に映る自分の姿を見て思う。

 そして義父の姿を見る。殺されかけたのだ、というか実際に本来のシアは彼に殺されているのだ、だから正当防衛といえば正当防衛だけど、流石にやり過ぎかもしれない。『矢弾』は三発だけど、ばっさり腕も切れてるし、流石に不審に思われ……、

「って、それどころじゃ無いじゃん……」

 僕は頭を抱えてそうだった、と考え直す。

 そうだ、殺しちゃってどうしようとかそれ以前の問題として、この街が死地なんだった。どうやって逃げよう。

 『転』の魔法は残念だけど、シニモドリするたびに印が無効化されるというか、あれは自分の魔力で刻んだものしかマーカーに出来ない。身体が違えば当然魔力も変わっている、そのため死に戻りは『転』のマーカー流用は出来ない。できるならケセドに逃げたんだけど。

 出来ないものは出来ないので、直接的に逃げるしかないな……あんまり目立つのは嫌なんだけど。時計は……ないので外を見る、夜と言う事しかわからなかった。

 夜ならば闇にまぎれて『飛翔』でなんとか……と、考えていると、がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃんと音がする。

 金属がぶつかり合うような、そんな音だ。

 そしてずどん、と大きく重い音と、ばきばき、と木材がひしゃげる音が、近くで響いた。

 どうやら家に何かが打ちこまれたようだ。魔法じゃあ無いらしい、鉄の玉……?

 ということは、対竜武器のカノンかなにかか。

 そんなものを民家に打ちこむとは、なかなかにエキセントリックな街の人たちだ。

「おいおい、そんなものを打ちこんじまっていいのかよ。それで死んじまってたらお楽しみが減るぜ」

「大丈夫だろうよ。最悪首から上だけが残ってれば、どうせ残りの部位は好き放題だしな。首から上だって、何も傷をつけるななんて命令は無い」

「そりゃそうだけどさー。俺はできれば生きてる奴を嬲りたいわけよ。死体を切り刻んでもあんまり面白くねえだろ」

「まあな。あのおっさんのほうはどうでも良いにせよ、子供の方は他にも楽しみ方はある」

「そうだな。性別関係なく上玉は上玉、いくらでも方法はあるだろうさ」

 うわあ下衆い……。

 聞こえてないと思っているのか、聞かれても良いと思っているのか。

 後者かな、相手が子供の『シア』ならば何を言っているのかわからないだろうとか、そんな打算かもしれない。

「一応反撃に備えろよ。嬲れる相手とはいえ、窮鼠猫を噛むし、慢心は竜を滅ぼすぞ」

「ああ」

 足音は……三人分か。

 とはいえそんな会話以外にもなにやらざわつく声がする、街の住民が勢ぞろいしていると考えたほうが良いか。流石に子供は居ないだろうけど……。

 足音が部屋の扉の前で止まった。

 ……うーん。

 僕は『物操』を使い、義父の死体を少し動かして起き、さらに近くの布団で身をくるむ。

 べったりと血がついていたので少し回転させて、可能な限り血を隠しておいた。

 丁度その時、扉が蹴破られる。

 視界に入って来たのは、やはり三人の男だ。

 鎧は来ていないけど、その手にはそれぞれ、ナイフ、槍、剣が有る。

「うん? 坊主だけか。都合が良いと言えば都合も良い。お前の親父はどうしたよ」

「おい、待て。なんか変だぞ……血の匂いが」

「良いだろそんな事。坊主、立てよ。俺達がお前の母親にどれほど苦しめられたのか……お前の身体に教えてやるからさ」

 やっぱり下衆い……。

 僕は『物操』で、義父の死体を三人にぶつける。

 突然、何もない所からそんなものが出てきたのみならず、ぶつかってくる方としてはたまらない。

 ぎょっとして、しかしそれを避けながらも、それが何なのかを確認している。

 死体である事が解ったからだろう。

 三人に警戒の色が差した。

「なんだ……こいつぁ」

 槍をもった男が、槍を構えて僕のほうへと向かってくる。

 僕は床に手を当てて、『光刃』を少し離れた床から発生させ、槍の穂先を斬り落とすと、そのまま男の方に刃を倒す。男はそれをなんとか避けようとするけれど、中途半端に構えに力が入っていたせいだろう、避けきれずに左腕が宙を舞った。

「なっ」

 不意打ちはこれが限界かな。

 僕はすくっと立ち上がり、布団をひらりと風に揺らす。

「お義父さんは……僕を殺そうとしたんだ。首を絞めてね」

 肩をすくめて僕は言う。

「あなたたちも、僕を『良いようにしよう』としている。僕を『殺そうと』している。……僕は生きていたいから」

 『矢弾』を三つ、生成。

 それぞれの『矢弾』に『光刃』を発生させつつ、それぞれを対象に矢弾を放った。

 咄嗟に、剣を持った男がそれを回避し、残る二人は身体に光刃矢弾を受け、そのまま倒れ込む。

 まずい、という表情できちんと構えを取る残った一人に、僕は指を差した。

「交渉しましょう。まだそのお二人は助かります。ですから、提案です。その二人を連れて、外の皆と一緒に大人しく帰ってください」

「……そのような!」

「じゃあ、殺しますよ?」

 とん、とん、と。

 先程の光刃矢弾が、床に倒れ込んだ二人の首のすぐ横に突き刺さる。

「交渉をしてあげているだけでも寛大だと思いますけど……。返答は?」

「馬鹿なことを言うんじゃない、ガキが!」

 返事は剣で。

 男は素早く剣を振り上げ、僕に斬りかかってきたので、『物操』で彼の剣を固定しておく。

 急に剣が動かなくなったことで、彼の体勢が少し揺らいだので、僕は『矢弾』を新たに作って彼へと放つ。

 とさり、と床に男が転がった。

「さて」

 僕は宙に浮いたままの剣を当然のように持って、蹴破られた扉から外へと出る。

 玄関は見事に吹き飛んでいて、その奥にはカノン砲。どっから持ち出したんだか……危ないので『物操』で空中へ、そして街の外へと吹き飛ばしておく。

 突如として起きたカノン砲の異変に、周囲を取り巻いていた住民たちがしん、と黙りこむ。

「それじゃあ皆さん。お話しができるなら、交渉しましょうか」

第五章、開幕。

そして強くてニューゲームになりつつある主人公。

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