70 - やっぱり愈々シニモドリ
気付けば、いつもの白い空間で、ああ、やっぱりヤバい方だったんだなあと思う。
うーん。何で死んだんだろう。わかんないや。
「やあ。無事に死に戻りできたようだね。他の死んできたかい……なんて聞くまでもなさそうだね。なんだか嬉しそうだ」
念願の治癒魔法を覚えたし、神官魔法全般の理論も頭に入ったからね。
そのあたりかも。
あと、シーグと言うかケビンと言うか、あのイキカエリにも会えたし。
「そうかい。まあ君がそれで良かったと言うなら、こちらとしても嬉しいけれど。それで、今回は何か聞きたい事はあるかな」
二つある。
「答えられる範囲ならば答えてあげよう。何だい?」
一つ目、天意兵装について。
あれってもしかして神殿長の毒と同じ?
「君が言うところの神殿長、つまりサタナ・ビナが産み出したあの呪いを抽象化した毒というのは、確かに一般で言う天意兵装、あれと概念的には同じだよ。もっとも規模が段違いだし、天意兵装の作成には結構、後ろめたいところも多いけどね。カンティタがああなったのは、半分は自業自得じゃないかな」
もう半分は?
「それは内緒。けどまあ、あの事故、暴走は偶然じゃ無かったんだよね。状況的に……まあ、そこから先は教えられないんだけど」
ふうん……つまりこの声の主の味方側が何かをしたってことか。
「次の質問は何かな?」
よほど都合が悪いとみた。何も聞かなかったことにしてやがる。
無理に聞こうとも思わないから良いけど。
えっと、じゃあ次の質問。
なんでオースは死んだの?
魔力欠乏ってわけでもないし、病気もして無かったはず。
『青ツル戯』にも触れてないし。
「そうだね。『青ツル戯』は関係ないよ。そして先に結論を言うと、それが君の寿命なんだよ」
寿命?
「そう。シニモドリは、『シニモドリになる前』の時間分しか、世界に存在できないんだ……つまり最初の君が死んだ時点を、君がシニモドリとして入った身体が迎えた時点で、シニモドリは終わりに向かう。で、その限界が訪れたって事だね」
えっと……?
「ふむ。解りにくかったかな。最初の君は四千七百七十三日生きて、そこで死んでいる。だから、安定して君がシニモドリとして宿れる身体は、その身体が産まれてから四千七百七十二日までの間なんだ。それを超えると、ちょっとしたことで命と身体が揺らぐ。よほど運に恵まれればそれでも三百日くらいは余分に生きられるけど、オース・エリは産まれてから四千七百八十日を超えていた。つまり、君は時間制限に引っ掛かったのさ」
そういう重要な事は契約の最初に言っといて欲しいんだけど。
そうすればまだやりようはあったのに。
あのタイミングでオースが死んだら、たぶん天意兵装が誤解されるよ。
「それはそれ、これはこれだよ」
…………。
むしろそれが目的だった、オース・エリにシニモドリさせたのは、そこが目的だったって所か。
「その通り! と言ってあげたいんだけど……ま、そっちは偶然なんだよね。偶然にしてはいい方向に転がったから、一粒で二度おいしいみたいな感じだけど」
へえ。
と、いうことは……ふむ。
「どうしたんだい?」
いやほら。
イキカエリに遭った時にも思ったんだけど、イキカエリにはやるべきことがあった。
僕にはそれが明示されていないだけで、僕にもあるんだよね、そういう『やるべき事』が。
「うーん。それは解釈にもよるけど、半分だけ正解かな」
半分?
「やるべきこと、と言うのは、別に無い。ただ、君をシニモドリさせることで、多かれ少なかれ世界に影響が与えられるんだ。君がシニモドリしていなければ起きなかったことが起きたり、逆に起きるはずだったことが起きなくなったり。そういう『不確定な何かをする』というのが、君をシニモドリさせる理由だよ。その結果、こっち側は得をするかもしれないし、損をするかもしれない。結構リスクはでかいんだけど、その分だけ結果も大きいんだ」
なるほど……。
でもそうなると、イキカエリよりもよっぽどシニモドリのほうが外法っぽいけど。
「いやあ。やっぱりイキカエリのほうが外法だよ。シニモドリは確かに人間としては異常な域になるけれど、それでも人間でしょ。でもイキカエリは、人間だけど、人間じゃなくなる」
人間じゃなくなる……?
「君が遭ったケセドもそうだけどね。つまり、『こっちと同質』になっちゃうんだよ。いや、『こっちそのもの』になるって言ったほうが良いかな……だから、干渉もほとんどできなくなっちゃうし、世界から『外』れる『法』、外法なんだ。そう考えると、君のようなシニモドリは、あくまでも『人間』だから、法は外れないし、世界に干渉できるってことだね」
人間に干渉……か。
ひょっとしてだけどさ、シニモドリって勇者と何か関係してるの?
「突然だね。なんでそう思ったんだい?」
いや、五百年に一度くらいの周期でシニモドリがされているなら……っ仮定の延長だよ。
勇者も大体同じくらいの頻度で出てくる事を考えると、関連してるんじゃないかなって。
天衣兵装を誤解させることが好ましい、みたいな言い方も含めてね。
「……なるほどね。うーん。教えても良いんだけどさ。君、それを知ったとしたら、もしかしたらシニモドリである事を後悔するかもしれないよ。それでもいい?」
どうせいつか知ることになるんでしょ。
今回の死因みたいな、そういう核心的なところは早めに教えてほしい。
「そう。じゃあ教えてあげる。こっち側はね、君達が言うところの勇者と敵対しているんだ。ていうか、勇者ってのはこっち側を滅ぼそうとする存在の事なんだよ。それで世界を変えることを目的にね」
へえ。
「へえ、って……。え、リアクションそれだけ?」
うん。
「…………。えっと、もうちょっと補足すると、君がシニモドリするのは、大体勇者が産まれる直前くらいなんだ。そこで君が不確定な何かをすることで、その時代の勇者に何らかの影響を与えることを目的としている。解りやすい例が今回のオース・エリだけど、彼が居なければきっと、勇者はもう少し強かっただろうね。天意兵装まで潰してくれるとは思わなかったけど、それを抜きにしても見事に君は勇者を弱体化させてくれている。だからみんなでありがたいね、って話をしてたんだ」
弱体化……。
まあ、敵対してるならそれは望ましいか。
「えっと……本当にリアクションはそれだけかい? もうちょっとこう、勇者に悪いことしたなあとか、そういう気持ちはないのかな?」
別に無いけど。
だって僕はシニモドリであって、そっち側の力で生きることができるんだ。
僕にとっては世界を変える勇者より、世界を維持してシニモドリさせてくれるそっちのほうが正義だよ。
「あー……。なるほど。そういう発想になるんだ」
そりゃあね。
もし万が一勇者が勝つようなことがあったら、シニモドリ出来なくなるんでしょ?
それは困る。
「いっそ清々しい断言だね。実際清々しいけど」
まあね。
僕がええと、身体が十三歳くらいになるまでしかシニモドリとして生きられないことも考えると、なおさらだよ。
一回一回がもっと長いなら、僕もちょっとは態度変わるかもしれないけど。
「そっか。……じゃあ、今後もシニモドリとして生きていく感じでいいいのかな?」
うん。
「十三歳くらいで、勝手に死ぬけど。それでも?」
普通ならばシニモドリとしてのその生も無いんだ。
それと比べれば大分いいって。
「そうかい。じゃ、次のシニモドリ先を探すけど……、少しでも長く生きたいなら、いっそオースよりも幼い子にシニモドリしてみる?」
どうなんだろうね。
幼いのに色々できるってのはやっぱり浮くっていうか、色々警戒されて生き難そうだ。
「かといって十一歳とか十二歳にシニモドリしたら、すぐに死んじゃうよ」
そう、そこが問題なんだよね。
だから七歳か八歳くらいが良いのかな。
そこそこ長く生きられて、多少自分の時間も持てる。
「ふむ。他になにか注文はあるかい?」
特にないかな。
ていうか、僕に聞かないでも良いんじゃないのそれ。
そっちの都合で選べばいいじゃない。
「それもそうか……。じゃ、適当に選んじゃうよ」
選んでるついでに聞き流す程度で良いから、もう一つ聞いても良いかな。
「良いよ。答えられるかどうかは別だけど」
今、僕が以外にシニモドリって居るの?
「ああ、今は君しか居ないよ。そもそもシニモドリを作れるのが、今のこっちには二人しか居ないんだ」
へえ……。
意外と人手が足りてないようだ。
「まあね。そのあたりも大体勇者のせいなんだよ。あいつらに三人、シニモドリを作れる同胞が殺されちゃってさ」
勇者って悪いやつだね。
「いや一般的にはいい奴なんだけどね?」
でも僕とかそっちにとっては敵でしょ?
「そうなんだけど。一般的な常識はちゃんと持っておきなよ。そのほうがシニモドリとして生きるにも楽だから」
まあね。
「うん、じゃあこの子にしよう。シニモドリ先は決まったよ。他に質問が無いなら、早速させるけど、どうかな?」
やっちゃって良いよ。
「了解。じゃあ、今回も他の死んでおいで」
五度目の契約は、かくして為される。
それにしても、あの声が勇者と対立してるとはね……。
余裕が有ったら、勇者について調べてみよう。そうすればあの声の主もある程度特定できるかも。
僕はそんな事を思いつつ、次のシニモドリを他の死みにするのだった。




