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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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69 - 生還の手段と時間のこと

「神官オース……、無理はしないでくださいねと言い含めた筈ですが」

「無理はしてません。無茶はしましたけど」

「それは屁理屈と言うのです」

 うん、まあ、そうなんだけど。

「お叱りは後で受けます。とりあえずこの人たち、カンティタの民です。恐らくカンティタの生存者はこの十九人だけかと」

「……やはり、消滅は真実でしたか」

「消滅の方がまだマシだったかもしれません」

 どういうことですか、と神殿長は問いただしてくるので、僕は特に隠さずに答える。

「天意兵装が暴走したそうで、カンティタの首都付近は死の呪いが振り撒かれてますし、終息の見込みもありません。暫くは立ち入り禁止にするべきでしょうね」

「なるほど。……で、この十九名は、我々神殿に何をしてくれると言うのですか? あなたの秘密まで暴露して」

「天意兵装について、僕たちはあまりにも知らなさすぎる。そこを教えてもらいます。それに加え、カンタイを遺してもらおうかと。連携についてはともかくとして、カンタイが無くなって困るのは僕たちの方です」

「…………」

 神殿長は少し考えて、なるほど、と頷いた。

 彼女の中でも同じような結論が出たようだ。

「まあ、良いでしょう。但し、この十九人からの聞き取りの場にはレーロとルブムの神殿長を同席させます。……と、申し遅れました」

 神殿長は本当に遅ればせながら、呆然とする十九人の前に恭しく礼をする。

「私がこのアリト神殿を束ねる長です。以後、お見知りおきを……。神官オース。私は神官エドウィンを使って、この皆さんの受け容れ準備を行います。ですから、神官エドウィンにはあなたの秘密も知られますよ。構いませんね」

「ええ。そこまでは必要経費だと諦めます」

「ならばよろしい。準備が出来次第また来ますから、それまでにその十九人と口裏を合わせておいてくださいね」

 そう言って神殿長は姿を消す。

 それを見た十九人はそれぞれに驚愕していた。

「えっと……。最近の神官は、あれか。空間を自在に行き来できるのが標準なのか」

「まさか。そんなことができるのは神殿長と僕くらいですし、僕にせよ神殿長にせよある程度の誓約があります。……それと、僕の空間転移は基本的に『内緒』ですから、そのようにふるまってください。そうすると僕が楽です」

 おどけたように言うと、部屋の中の空気が少し緩んだ。

 まあ、良いだろう。変に緊張されるよりかは。

「私たちはこの神殿で、どのような扱いになるのかな?」

「そうですね……。とりあえず、二日でカンティタまでの往復ができる距離じゃありませんから、偶然にもあなた方十九名はとある事情でカンティタを離れていて、そんなあなた方を僕が発見、保護して連れて帰って来た。そんなシナリオが好ましいですね。とりあえずその方向で話を纏めてください。但し、僕か、あるいは神殿長が指定したタイミングでは、正直に話してください」

「それは構わないが、何故?」

「神官の中には嘘を一発で見抜いたりする人が居るんですよ。そういう人たち向けです」

「……『神授』か」

 おや、知ってるのか。

 僕の表情を見て、一人が代表するように補足した。

「存在そのものは知っている。どんなものなのかも。ただ、その発生に至るまでのプロセスとか、誰がどんな力を持つだとか、そういうのは流石にわからん」

「ああ……それは神殿でも似たようなものです。ま、いつかは解明されるのかもしれませんね」

 そういえば。

「皆さんの名前と年齢、それと職業も可能ならサインして貰っていいですか。これからもカンティタの民として生きるにせよ、あるいはアリトの民になるにせよ、色々不便ですから」

 十九人はそれぞれに頷いたので、僕は紙とペンを取り出して渡してゆく。

 丁度それを書き終わったあたりで、神殿長が僕の横に。

「神官オース。神官エドウィンが今回の一件、了解したとの事です。すぐに彼がここにきますから、暫くは彼に任せてください」

「はい。その後僕はどうすれば?」

「あなたはそもそも休暇中の身ですよ、神官オース。あなたは目指す場所があったのでしょう?」

「ああ。そこならもう到着して、一通り調べて来たのでもういいです。行き来も自由ですし」

「はい?」

 神殿長は思いっきり怪訝そうに首を傾げた。

「えっと……、その口ぶりだと、まるでもう入れた、のように聞こえるのですが」

「ええ。入れましたけど」

「強運ですね……。ならば、神官として、神殿に復職できるのですか?」

「はい。ただ、できれば今日一杯はお休みが欲しいですね。ちょっと魔力が限界ですから」

「わかりました。では明日のお昼ごろに、私の部屋にきてください。その場で復職を命じます」

 はい、と頷いたその時、とんとん、とドアがノックされる。

 ドアには『設視』が仕掛けてあるので、それがエドウィンであることはきっちり確認済み。

「どうぞ」

「失礼する。神官オース、……と神殿長はともかく、十九人か。結構多いな」

「少ないですよ。あの人口で十九人しか生き残れなかったんですから」

「それもそうか。すまない、配慮が足りなかった」

 エドウィンは謝りつつ、十九人にたいしてこれからの説明を始める。

 どうやら神殿としては、彼らをカンティタの民として受け入れる用意をするようだ。

 状況が状況だし、それ自体は問題ない。

「アリト神殿於右筆臨時代行、神官エドウィンと言う。名前と年齢、職業などを教えてほしいのだが」

「ああ。丁度そこの幼い神官殿に言われて、サインをしたところだ」

「そうか。助かる」

 エドウィンは苦笑してそれを受け取り、一人一人確認する。

 僕を案内してくれた彼女はイルという名前らしい。

 特に不備もないと判断したようだ。

「うん。じゃあ、これから皆さんの一時の宿となる場所に案内する……といっても、神殿内部の来賓用だが。衣服は神官見習い用のものでよければすぐに用意するし、食事は食堂でいつでも自由にとってもらって構わない」

 事実上の神官見習い扱いでの受け入れか……厚遇だな。

 僕のそんな心中を察してか、神殿長はゆっくりと頷いた。

 一方、僕たちのそんな考えを知るべくもない十九人は、エドウィン、ひいては神殿が用意した厚遇に対して驚いているようだった。

 僕でも驚くのだ、無理は無い。

「それでは、案内する。ついてきてくれ」

「じゃあ、皆さん、しばらくはごゆっくり。お話は明日にでも聞く事になると思いますので」

 僕が皆を見送りながら言うと、十九人はそれぞれありがとうだとかの感謝を述べつつ去ってゆく。

 皆が部屋を出て行って、随分と広くなった部屋に、神殿長と僕だけが残っていた。

「それで、神官オース。天意兵装の暴走と言っていましたが?」

「『青ツル戯』という天意兵装の暴走だそうですよ。次の勇者の為に作ってたんだとか。次の勇者は遅くとも来年には産まれるそうです」

「なるほど……完成を急いで失敗しましたか。では、なぜあの十九人は無事だったのですか?」

「無事と言える人は……まあ、三人くらいかな。腕がなくなってたり足がなくなってたりしてただけなんで」

「はい?」

「他の十六人は割と、もっと重傷だったり重態だったりしたんですよ。まあ、広域治癒であそこまで戻しましたけど」

「…………」

 呆れるような表情になる神殿長に、僕はああ、と弁明する。

「僕だけの魔力じゃ足りそうになかったのです」

「……まあ、結果的に命を繋いだのです、その点についてどうこうとは言いませんが。彼らが嘘をついている可能性は考えなかったのですか?」

「考慮しました。けど、嘘はついてないと思いますよ。断言はしませんけど。それほどまでに現場の状況は悪いです」

「そうですか。……わかりました、では私はレーロ、ルブムの両神殿長に話をつけてきます。今回の件も大義でした、神官オース。今日はゆっくりと休んでください」

「はい」

 神殿長は微笑むと、いつものように姿を消す。

 僕はそれに苦笑しつつ、お風呂に向かい、お風呂上がりはそのまま眠気が結構来たので、大人しくベッドに飛び込んだ。

 カンティタの壊滅、カンタイの減退、それでも勇者は現れる。

 勇者。か……。


「起きてください、神官オース」

 と。

 うつらうつらと眠り始めようとしていた僕を神殿長は文字通りに叩き起こし、僕は咄嗟に防御をしながらも「おはようございます……?」と言った。

 だめだ、眠い。『覚醒』使って……と。

 ふう。

「どうしましたか、神殿長。まだ約束の時間では無いですよ」

「申し訳ありません。あなたの力をお借りしたいのです」

「僕の……、魔法はちょっと無理ですよ? 魔力がほとんど空っぽですから」

「ええ。魔法では無いので、ご安心を。私の部屋にすぐに来てください。衣服はそのままで結構ですから」

 そして神殿長の姿が消える。まだ了承した覚えは無いんだけど……やれやれ。

 すぐに、そして衣服はこのままでいいと言う事は、正式な仕事では無いっぽいし、とりあえず杖だけ持って神殿長の部屋に急ぐ。

 ノックをして、「オースです」と言えば「どうぞ」と声がして、扉を開けるとそこには困り果てた様子のカンティタの民一同が。

「これは……まさか皆お揃いとは。ちゃんと服着て来た方がよかったですか?」

「いえ、気にしないでください」

「すまない、少年。君の力がどうやら我々には必要のようだ」

 僕の力……?

「どういうことですか?」

 僕はとりあえず神殿長に聞くと、神殿長は大きく肩をすくめて言う。

「言葉が、どうもちぐはぐなのです。意図が曲がってしまったり、混ざってしまったり……話し合いどころではありません」

「そんなこと無かったと思うけど……。ですよね、イルさん」

「ああ。少年との会話は、特に問題ないんだ。少年の言葉は我々も理解できるし……だが、彼女たちの言葉はどうも、意味が不明瞭でな」

 …………?

 つまり、言語の違い……だよね。

「神官オース。あなたの『神授』、あるいは言葉にも対応しているのではありませんか」

「どうだろう……あまり意識した事は無いんですけど」

「できる範囲で構いません。翻訳をお手伝いして下さい」

「解りました。会話で解らないところが有ったら、僕に言ってください。僕が聞き取った事をそのまま言いなおします」

 それでいいですよね、と神殿長に視線を向けると、神殿長は小さく頷いた。

 だがカンタイとの交渉の翻訳を始めるべく、神殿長の部屋についたまさに時である。

 全身に急に嫌な寒気が来たかと思うと、全身から力が抜けたのだ。

 神殿長は倒れ込む僕を見るなり、咄嗟に僕の横に『神出鬼没』で移動すると、地面に倒れそうな所を支えてくれた。

「  し し  」

 言葉が欠けて聞こえる……、いや、これは聴覚がいかれてる……?

 魔力欠乏か?

 いや、そんなわけは無い。確かに今日、魔力はかなりの量を使ってるけど、欠乏に陥るほどは使っていないし、自分に魔力がまだ残っているのは感じられる。

「  ス! し   し さ !」

 …………。

 なんだ、この感覚。

 魔力欠乏とよく似てるけど、なんか根本的なところが違う……ような。

 解っているのは、この状況が致命的ということくらいだ。

 原因がまるで解らない。

 あの青、天意兵装のせいか?

 僕はあれに触れてはいない。けど近づいては居る。それがこの事態を招いた……とか。

 他に思い当たる節が無い。

 遅れて、強烈な眠気が……、単に眠いだけか、それともヤバい方なのか。わからない。

 気が付けば、手から杖が落ちていた。床に落した音が聞こえていなかったし、手に何かを持っているのか持っていないのかさえも解っていなかった。

 となるとこれはヤバい方か……?

「オ  ……オース・エリ!」

 叫ぶように僕の名前を呼ぶ神殿長に。

 僕は絞り出すように、ごめんなさいと答えて……全ての感覚が、途絶えた。

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