67 - 区切りと歓待の異変のこと
「では、そろそろ帰ります。大体、知りたい事は知れましたから」
「そうか。もうちょっと滞在してくれても良かったんだけどな。俺、結構暇を持て余してるし」
なんて。
ケセドは、僕についての興味を隠さなかった。
「もしよければ、また来ても良いですか?」
「おう。お前なら歓迎するよ。なんかお前と話してると、妙に懐かしい気分になるんだよな……あっはは、でも俺が『イキカエリ』になる前の知りあいってわけでもなさそうだし気のせいか」
「そうかもしれませんね、ケセド」
僕は笑って、古殿を包む壁を出る。
ケセドは……壁の外には出なかった。
「俺はこの中にしか居られねえからな。残念だけど、見送りはここまでだ。絶対、また遊びに来いよ」
「はい。じゃあ、ケセド。最後に握手しましょうか」
「ん」
僕は手を差し伸べると、ケセドは手を伸ばしてくる。
なんだか奇妙な気分だ。自分自身と握手をしている、そんな感覚だし。
「じゃあな、オース。できればお前がイキカエリを求めないことを願ってるよ」
そう言って、ケセドの姿は消えた。
僕は暫く、余韻に浸って……『転』でアリト神殿の、自室に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
色々な事が解った。
色々な事が解らなくなった。
なんとも消化不良な感じだ。
それでも行くことを決めたのは僕だし、そこで知りたいと願ったのも僕だ。
だから誰かが悪いわけではない。
ただ……色々な事が解って、色々な事が解らなくなった今でも、僕は自分の気持ちが変わっていない事に、少し呆れていた。
まあ。
それでも千年前に大体何が起きたのかは解ったのだ。
ケビンがしたことも、そしてその結果として何が起きたのかも解った。
そのせいだろうか、少し気持ちが軽くなっている。
これからはどうやって生きようか、なんて方向に思考が向いている。
良くも悪くも生きる事に拘泥する。
良くも悪くも生きる事だけで満足する。
それが僕という命なのだろう……度し難いけれど。
ベッドの上でそんな韜晦をしながら目を閉じて、少し昼寝でもするか……なんて考えたその時だった。
「神官オース・エリ」
と、聞き覚えのある声、神殿長の声がしたのは。
「どうしましたか、神殿長」
「緊急事態です。申し訳ありませんが、最優先で手伝いをしてください。神官エドウィンには対処できそうにありません」
「…………?」
まあ、僕としてはすでにやりたい事は終えている。
神官として復職するのは問題ないけど……神官エドウィンに対処できそうにない、緊急事態?
「何があったんですか?」
「とりあえず、地下の会議室へ来てください。他の幹部も呼ばせていますから、十五分後くらいに。そこで説明をします」
「わかりまし……」
って、居なくなってるし。
やれやれ。休む暇も無いな。
ま。
これはこれで、生きることだ。
アリト神殿地下の会議室に急いで向かうと、神官エドウィンが顔を真っ青にして何枚もの資料を読みあさっていた。
僕はその横に歩いて行くと、散らばる資料の一枚を拾い上げて読んでみる。
そこに書かれていたのはカンタイに関する詳細な調査報告で、僕が見たことのない情報も書かれている。最新版らしい。
「カンタイの情報?」
「ああ、神官オース……来てくれたか。ごめんな、君が休暇中だというのは知っていたのだが」
「いえ、気にしないでください。こちらの要件は思ったより早く済んでしまったので。……で、何があったんですか?」
「すまないが、私もまだ状況を把握しきれていないんだ。神殿長が幹部一同に直接説明をするから、少し待ってくれ」
「わかりました」
僕は末席に座ると、杖を机にたてかけて、上半身を机の上でぐてっと伸ばす。
お行儀が悪いことは解っているのだけど、流石に『転』を使った直後のようなものだし、考えごともあったのだ。それにお昼寝しようとしてたまさにその時の呼び出しだから、なんだか眠い……。
まあ、切り替えよう。お仕事を優先しなければならない。
「ふう。お昼寝は我慢しないと」
『覚醒』の魔法で強制的に身体を目覚めさせつつ、僕は姿勢を糺すと、そんな僕を見ていたのか、突然視線をそらして口元を押さえたのが二人ほど。
…………。
まあいいか。
「お待たせしました。皆さんお揃いですね……では、緊急事態を大雑把にお知らせします」
神殿長は現れるなり、ここに揃うべきが揃っているのを確認して言った。
その表情には余裕が無いように見える。
「本日の午前九時半、カンタイが消滅したと、レーロ神殿から報告がありました」
「…………」
えっと……?
僕のみならず、他の幹部たちも反応に困って沈黙してしまっている。
「神殿長。もう少し具体的にお願いします」
「それもそうですね、神官オース。本日の午前九時半、カンタイの本部が物理的に消滅しました。原因は不明です」
「……はい?」
カンタイ。
歓待勇者機構とも記録される事がある。
冒険者ギルド、盗賊ギルド、神殿に次ぐ第四の集団にして、その別名称の方で思いっきり宣言している通り、特に勇者に関する様々な事を管理運用することを目的とした集団だ。
そして彼らには明確にギルドと異なっている部分がある。それこそがカンティタという国を根拠地として運用している点で、カンティタ自体は多少他の国家と比べれば小規模に纏まっていると言えるけど、その背後にカンタイがあるためか、事実上の大国として扱われる事も多い。
で……いまいち、他のギルドとの仲が悪いことでも、異質だと言えるかもしれない。
基本的に彼らは他のギルドと連携しないし、他のギルドも彼らと連携は基本的にしない。
それは勇者と言う存在をなによりも上に置くカンタイの正義が一般的な観点からズレているからだ。まあ、彼らには彼らの言い分があるのだろうけど。
「……カンティタの状況は?」
「残念ですが被害状況は不明です。ただ、かなりの広範囲にわたって異常な魔力場が観測されている事のみならず、現時点においても非常事態宣言を出すことができていない事からして、カンティタの首都、及びカンタイ本部は消滅、もしくはそれに近い状態にあるかと」
確かに緊急事態だった。
いくら滅多に連携をしないとはいえ、カンタイという勢力それ自体は世界に必要なのだ。
勇者と言う存在を正義たらしめるために。
「最近、カンタイが何かしてた……と言う話は、私の耳にも特には入っていません。レーロの勇者候補が着実に経験を積んでいた、くらいですか。ですからカンタイが何かを発見し、その結果そうなったのかもしれませんし、全く関係のない事かもしれません」
「神殿としてはどう動くつもりで?」
神官キールの問いかけに、神殿長は一瞬言葉を詰まらせた。
「……神殿としては、カンタイに対して警戒を続けなければなりませんが、万が一カンタイがこのまま壊滅しても困ります。ですから、救助班は必要だろうと、ルブムの神殿長は主張しています」
ルブムの神殿長は……か。
「レーロの神殿長は反対ですか」
「ええ。私もどちらかといえば反対ですね……、真実物理的に消滅するような何かが起きたのだとしたら、それは生半可な力量でどうにかできるものではありませんし、それが偽装だとしたら、それはそれで危険です」
神官キールの問いかけに神殿長はごもっともな答えを出す。
「つまり、神官として有能で、且つある程度無理が利いて、しかも信用できる者を送らないといけない、けどそんな都合のいい奴は居ない、そう言う事ですね」
と、神官エドウィンが補足した。
「それと可能なら、三神殿の間でバランスが取れる知識も欲しいな。レーロとルブム、アリトの関係を熟知まではいかずともそれなりに知っていて、かつ現実に即した形で報告ができるだけの応用力も欲しい」
「無理を言わないでよ……、私だってそれは無理よ。それこそ幹部としての実績甚だしい御三方くらいじゃないと」
「いやあ。我々でも無理ですよ。知識や応用においてはそれなりの自信がありますが、外回りは基本的に行いませんからな」
幹部たちが思い思いに責任を押し付け合う。
無理難題に近いことだし、誰も好き好んで燃え盛る泉に飛び込もうとはしないのだ。
今回の件はそれほどまでに危険だし、どんな答えが得られたとしても、きっと痛みを伴うことになる。
「…………」
だからこそ……か。
「どうしましたか、神官オース。何か言いたげですが」
「……僕が行きましょうか?」
神官としては並程度でも、この場合はある程度無理が利く、と言う部分のほうが重要だし、それは『神出鬼没』を持つ神殿長か、『転』ができる僕だけになる。
そして神殿長が直接動ける状況では無いのは言うまでも無い。神殿長には色々な処理をしてもらわなければならないからだ。
神殿長もその結論は出していたのだろう。神殿長は即答を避け、視線をそらした。
「いくつか問題もありますけど、表向き僕は『長期休暇』でお休み中ですから、動きやすいですし」
「……あまりあなたには無理をさせたくないのですが、確かに都合がいいのは神官オース、あなたしか居ませんね。今回の件、現地調査をお願いします」
「了解しました。神官エドウィン、僕が居ない間大変だとは思いますが」
「いや、こっちの事は気にしないでくれ。そっちのほうが大変だろうからな」
ありがとう、と僕は頭を下げた。
「他になければ、神殿長。ちょっと急ぎで僕はカンティタに向かいますが」
「馬車を用意しますか?」
「いえ、空を飛ぶので不要です。むしろ連絡の便、どうにかなりません?」
「なら、鳥を用意しておきます。最初の一度はこちらから飛ばします」
それなら良いか。
もちろん僕は毎晩帰ってくるので、実際の報告はそこで行うんだけど、建前と言うものはあって困るものではない。
「わかりました」
「神官オース。可能な限り急いでください。しかし、危険だと判断したら、即座に切り上げてくださいね。今回の件、かなりの大事件である事も緊急事態である事も、それは事実ですけれど、あなたと引き代えてまで終息させるものでもありませんから」
神殿長の念を押すような言葉に、僕は苦笑しながら答えた。
「ええ。その時はさっさと帰ります。僕も生きてたいですからね」
こぼれ話:
カンタイは元々冒険者ギルドの中の派閥のようなものでした。
が、力を付け過ぎた派閥は、いつしか独立してしまったと。こぼれ話に書くようなことでも無いなこれ……。




