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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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65 - 当面の安寧と目標のこと

 十二歳になって少しした頃だった。

 一時期は混乱していたアリト神殿もかなり持ち直し、またアリト国それ自体もなかなかいいムードになってきていて、僕もそろそろ覚悟を決めないとなあと思いながら透明な杖を眺めていた。

 ケセド古殿。そろそろ挑戦してみてもいいかもしれない……もちろん、危なくなったら即逃げるけど。

 既に神殿の僕の自室はポイントとして指定済み、『転』で咄嗟に逃げることは可能だ。

 身体的にもかなり丈夫になったかな……まだまだ力はそんなにないけど、体力とかは結構付いている。一撃で殺されない限り治癒があるから、大体治せるし。あの頃のケビンから近接戦闘能力を取り払って、その分一般魔法が使えるようになった感じだ。それでもノア・ロンドよりかは着実に体力が付いているし、体格的にも恵まれているから、近接戦闘が全くできないわけじゃない。シーグの記憶を使って格闘術とかも試してみたのだけど、残念ながらシーグほどには動けなかった。補助魔法使えば余裕だけど。

 丈夫さは良いとして、ならば疲労面は? と言う話になりそうだけど、これは治癒魔法のバリエーションというか、正式な神官魔法にはなっていない神官魔法には疲労を消し去る便利魔法があるから、持久力は魔力である程度補える。そして今回は単体で行動するつもりなので、『転』も比較的自由に使えるし、あまり気にしないでいいと思う。夜に野営をする必要も無い。『転』で自室に帰ったほうが安全だ。

 万全……とは言えずとも、状況は良好だろう。

 様子見をしていても、ケセド古殿がこっちに来てくれるわけでもない。

 そろそろ、目指すか……。

「おはようございます、神官オース。今朝は珍しくお寝坊ですね」

「おはようございます、神殿長。いやあ。朝はいつも通りに起きたんですけど、ちょっとお洗濯してたら思いのほか時間がかかってしまいまして」

「洗濯……ですか? 普段通り預ければいいじゃないですか」

「まあ……そうなんですけど」

「……ん、ああ。そういうことですか。すみません、配慮が足りませんでした」

「いえ……」

 ちなみにここは食堂。少し閑散とし始めた、朝食の場だ。

 察しが良くて助かると言うか、いっそ気付かないで適当に流してほしかったと言うか。

 まあ、聞き耳を建てるような数寄物は居ないだろう。たぶん。

 ともあれ、僕の前に朝食が届く。いつもの分量のサンドイッチとサラダにスープ。具材は適当でお願いしているので、なかなか丁度いい周期で切りかわってくれて嬉しかったり。今日はハムサンドとポテトサンド、どちらも好物だ。サラダは普段通りとして、スープはクリーム系。クリーム系のスープって滅多に出ないから、ちょっと特別感があって嬉しい……と普段ならば想うんだけど、なんだろう、この意味深な感じは。いや僕の勝手な思い込みでしかないんだけど。

 神殿長は目の前の席に座ったので、とりあえず彼女の食事が届くまで待つことに。二分ほどして無事到着、神殿長の朝食は大盛りなサラダと、ほんの僅かな量のローストビーフ。

 いただきますと食べ始めたので、僕もいただきますと食べ始める。

「おや。待っていてくれたのですね」

 僕は軽く頷いて、サンドイッチを一つ手に取る。

「親しき仲にも礼儀あり……ですよ、神殿長」

「良い心がけです。そういえば、先程何か考えていましたが、そちらは聞いても大丈夫な方ですか?」

「ええ。そっちは大丈夫です」

 はむっ、とハムサンドを食べる。うん、美味しい。マスタードがぴりっと、しかし空すぎない程度に主張していて、ハムの塩っけをより引き立たせている。

 そういえば誰が作ったんだろう、サンドイッチ。こんな革新的な食べ物、そうそう思いつく……、思いつきそうだな。

「なんだか興奮したかと思ったらしょげていますが、大丈夫ですか、神官オース」

「はい。今のは何か、どうでもいい事に期待して、どうでもいい事に気付いて素に戻っただけです」

「そうですか。大方サンドイッチを最初に作ったのは誰かとか考えて別に誰でも良いと気付いたとか、そんなところでしょうけど」

 大体あってる。

 最近想ったのだけど、この神殿長、レーロの神殿長ほどじゃあないにせよ、心を読めるんじゃなかろうか。

 それか僕の表情がやたらと心境を語っているのか。どっちもありそうだな。

 一つ目のサンドイッチを食べ終えて、僕はとりあえず話を戻す。

「悩んでた事なんですけど。ほら、えっと、五年前くらいになりますか。この杖を戴いた時の事、覚えてますよね」

「ええ。……なるほど、そちらですか」

「はい。アリトも複数の意味で落ち着いてきましたし……それに」

 僕はスープの入ったカップに手を伸ばして、続けた。

 ちょっと熱い。

「神官エドウィン。彼ならば、僕の後任も務まると思います」

「それは無理があると思いますけど……、でも、確かにそうですうね。あなたの『代わり』を、かなり劣化するとはいえこなせるのは、現状では神官エドウィンくらいでしょう」

「ま、僕も生きるために行くわけですから、当然帰ってきますし。その間の代役として見るなら、十分かと。僕が暫くここを離れるとなれば、却って彼の方がいいかもしれません」

「ふむ」

 神殿長は少し考え込み、サラダの野菜にフォークを突き刺してひょい、と指先で回転させる。とてつもなくお行儀が悪い。

「ですから……、神殿長のお許しがもらえるなら、少し長めのお休みを貰おうかと」

「そうですね。今は丁度落ちついた頃ですから、今を逃すとまた事件が起きて先送りになりかねませんし、良いですよ。これまであなたはよく我慢しつづけていた、それは誰だって知っています。誰も文句は言わないでしょう」

「ありがとうございます」

 僕は礼をしてから、スープを一口。甘いポタージュだった。結構おいしい。

「期間はどのくらいになると、神官オース、あなたは推測していますか?」

「そうですね……。ここからそこまで、僕なりの普通で移動をすれば、片道は二週間ってところですか。国をいくつか跨がなきゃいけませんし」

「それでも二週間で済むと踏んでるんですね。一般魔法でも使うんですか」

「もちろんです。馬車なんて使ってたらお金がいくらあっても足りない」

「ごもっとも。とはいえ路銀はあって困らないでしょう」

「最低限は持ちあわせがありますよ。神殿で働いてたわけですから。それに、旅の先々で治癒をして、その対価にお金を貰っても良いですから」

 それこそ冒険者ギルドに行けば引く手はあるだろう。

 依頼を受けるつもりは無いけど、その場に居る冒険者を癒してお金を貰うくらいはするつもりだ。

「まさか行って帰ってくるだけ、なんてわけでもないでしょう。現地での調査にもどの程度時間がかかるのか、目安は難しいですが、とりあえず休暇という括りです。神官エドウィンに作業をさせるにせよ、終わりが見えないと彼が逃げだしかねませんし、一定の区切りをしてもらいたいのです」

「なら、実際にそこにつくまでの二週間、とりあえずお休みは貰います。もうちょっと早く着けるかも。その後、その場所を見てどのくらいかかるか……って連絡じゃだめですか?」

「だめですか……って、まさか二往復するつもりですか?」

「まさか」

「手紙……と言うわけでもなさそうですね。ああ、もしかして私の『神出鬼没』をつかって、二週間後くらいに訪問しろ、みたいな感じですか」

「確かに、その手もありますね……。でもさすがに、そんな手間は掛けさせませんよ」

 二つ目のサンドイッチを手に取って僕は言う。

「ご飯食べ終わったら、神殿長にだけはその方法をお知らせします」

「秘密にしたいのですね」

「そう言うわけです」

「まあ、良いでしょう」

 その後も世間話をかわしつつ、ほぼ同時に食事が終わる。

 周囲を見渡すとほとんど人が居なくなっている。もうそろそろ神殿としての業務が始まる、その移動をしているのだろう。

「神殿長。とりあえず、三秒後に僕の横に来ていただけますか」

「三秒後、ですか? わかりました」

「じゃあ、お願いします」

 僕は神殿長が頷いたのを確認して、『転』で自室へ戻る。

 二秒ほど遅れて、神殿長は僕の横に現れた。

 その表情は驚きに染まっている。

「……驚きました。神官オース、あなた、まさか『神出鬼没』が使えるようになったのですか?」

「いえ、空間転移をする一般魔法です。単字魔法なので習得は大変でしたが」

「大変でしたが、って……。転移に誓約はあるのですか?」

「はい。予め指定したポイントにしか飛べないし……今の僕の魔力だと、四つくらいしか指定できません」

「四つですか」

 少ないですね、と神殿長は眉をひそめる。

 『神出鬼没』と比べればそれは当然だ。

「ただ、ポイントは必ずしも空間を指定する必要はありません。短剣とかに指定しておいて、それを設置・回収するとかで移動させるのが良いと思ってます」

「なるほど。……そういうことか、ならば神官オース、あなたはそこに向かうと言っても、夜は帰ってくるわけですね」

「そうです。魔力に余裕がなくなったら早めに帰るつもりなので」

「指定するポイントに限界距離はあるのですか?」

「『設視』とかと原理的には同じはずなので、恐らくあったとしても無視できる範囲かなって」

「ふむ……」

 神殿長は少し考えるそぶりを見せると、僕の頭に手を乗せた。

 はて?

「神官オース」

「はい?」

「あまり無理はしないでくださいね。あの場は、あの聖域は……、いえ。具体的な説明は控えましょう。どうせあなたは行くのでしょう?」

「……はい」

「だから」

 神殿長は僕に視点を合わせて。

「だから、餞別がわりに、一つの伝承をあなたに教えてあげましょう。私が幼かった頃、神殿に入ったばかりの頃に聞いた、お伽噺のような伝承です」

 伝承……?

「『死者と語らい祈りが通じれば死者は生者と入れ替わる。彼岸としての聖域にして命無き王の王座であり、此岸としては命ある者の墓標である。その地を侵すことなかれ、その水に触れることなかれ、汝が生者であるならば』。たったこれだけの、短い伝承。ですが、その場に行けば、それの意味はすぐにわかると……そうとも聞きました」

 …………、もし、もしもだ。

 この伝承をケビンが知っていたならば。ケビンの目的は、恐らく……。

 行けば解る。

 か。

「ありがとうございます、神殿長」

「ええ。神官オース。本当に気を付けて行って下さいね……現時点を持って、神官オース、復帰を前提に、アリト神殿於右筆の任を解きます。暫定的に二週間の休暇を与えますから、その間は自由に行動して下さい。後任には神官エドウィンを充てますが、場合によってはあなたにフォローをお願いすることもあるかもしれません。その点はご了承を」

「はい。僕が神殿に居る間ならば、それは問題ありません」

「ありがとう、神官オース。それで、出発はいつしますか?」

「そうですね。とりあえず、今日は行ける所まで行ってきます」

 頑張ってくださいね、と神殿長は言う。

 僕は大きく頷いて、頑張ります、と答えた。


 こうして、僕はようやく本格的にケセド古殿を目指すことになる。

 これからも、生きるために。

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