64 - 国家の変革の結果のこと
クーデターの直前、神官の関係者を人質にとるというアリト国の行動から国家騎士団によるクーデターが発生し、それに乗じる形で神殿の方針に背反し権力を求めた『反逆者』四十二名の謎の死と、それを引鉄としたかのような暫定政権内部での抗争の挙句、全師団長が相対する最悪の形で内乱が発生、その内乱は首都を戦場として三日三晩続き、遂に決着がついた時、生き残っている師団長は一人も居なかった。
かくたる事態において、アリト国の『暫定政権』を担うはずだった師団長にさらに暫定師団長が誕生し、『暫定連立政権於暫定首席』などという、極めて解りにくい地位についたフェルナンド・イートはクーデターの事実上の失敗を認め、しかしこのまま政権を放棄すればアリト国それ自体が霧散しかねない事を国民に周知し説得を試みたが、その説得の場において暴動が発生、フェルナンドはその場において殺害されてしまう。
こうして『暫定暫定連立政権於暫定首席』という、なんとも頭の悪い肩書が産まれるのではないかという危惧とは裏腹に、先のクーデターにおいて処刑されてしまった王族の血を引いた当時十四歳の少女、ペルセフィア・アルジーの存在が発見されると、その少女が女王として擁立されるまで時間は掛からず、ア・リティックの名を復活させ、ペルセフィア・アルジー・ア・リティック女王が正式に即位した。彼女の発見には冒険者ギルド、盗賊ギルド、そして神殿が協力して行い、彼女が事実として王家の血を引いている事は、即位式においてアリト国が所有していた神器の継承の成功をしたことによって証明されている。
特に王族としての教育を受けているわけがないペルセフィア・アルジー・ア・リティック女王によるアリト国の再建、これは難航を極めることが予測されていたが、女王は即位式典の閉会の折に最初の勅令として期限付きで議会の設置を宣言、期限は三十年とする一方で解散や罷免などの権限は女王が持つ事とした。また、議会への参加は各種国家の長官級と、人口が五千人を超える街から一人を代表とすること、街からの代表は街ごとに自由に決定して良いとすると同時に、一つの指針としてその街の長か、それに類するもの、あるいは街の成人の過半数の推薦を得た者が好ましいとしている。
で、議会が実際に動き始めたのは、色々あってペルセフィア女王即位から半年後。議会における最初の決議において国家騎士団の解散と、それの代替として国家軍の設置が決定され、国家軍は議会の承認を得た決議、もしくは女王の勅令によって活動し、それ以外の活動は原則禁止とされ、権力は極めて縮小された。尚、二番目の決議において国内の魔物討伐が下っており、アリト国の国家軍は主に魔物討伐隊として用いられている。
この軍に所属する者の大半は騎士団の元騎士であり、この決定に不服は大いにあったようだけど、彼ら騎士団がクーデターを起こし当時の国王や王族を弑逆した事、そしてその後内部での権力争いによって首都を戦場にし死傷者を多大に出した事実は重く、『服従か死か、好きな方を選びなさい』というペルセフィア女王の言葉によって、ほぼ全ての者が服従を選び、僅かな者は世界から退場している。
また、騎士団であった頃、彼らは民からの依頼で魔物を討伐したりして資金を作っていたのだが、今回の軍への変更によりそれが禁止された一方で、活動資金は原則国家が全額支払う事になっている。そのため、魔物の討伐は国に対して依頼を行うことになり、その信用の裏付けとはなったのだけど、国民の軍に対する不信は根強く残り、冒険者ギルドが繁盛しているそうだ。
「ふう」
僕は一通りの出来事を本に書き終えて、一息つく。
この本は写本も作られて、各神殿と、冒険者ギルドや盗賊ギルドにも渡されて、一つの歴史として残されるそうだ。
そう考えるとちょっとした偉業をしたようなきがして満足感。でもなあ……。
というのもクーデター関連の一連の出来事は、総合して『アリト国騎士反乱』と呼ばれるようになっている。
既にあの事件から一年が経過し、僕たち神殿側も、漸く機能を元通りとは行かないけれど、それでもなんとか本来の活動ができるようになっていた。
幹部六人を含めて合計四十二人の集団離脱は、神殿の運用的に大ダメージだったのだ。
新たな神官は十八人ほど誕生しているとはいえ、新米神官と幹部を比べられるわけもない。
ちなみに一年で十八人、とは言っても、レーロの場合とはちがってアリトでは母数が単純に多いので、異常事態と言うわけではない。
で、この一年そこそこで、神殿一つの運用はともかく、国家の存亡を賭けた一大事がこうもすんなり解決すると言うのには、当然裏があった。
神殿は冒険者ギルド、盗賊ギルドのトップと会談を行い、その場でこの一件の真相、『反逆者』たちの動向やその始末をしたのが自分たちであることを伝えると同時に、アリト国の混乱を収束させるための協力をお願いした。
この時、神殿は一切の政治的権力を不要として、ただ国家が安定すればそれでいいというスタンスをとり、名は冒険者ギルドが、実は盗賊ギルドがそれぞれ取る方向性で調整が行われたわけである。
つまり新女王、ペルセフィア・アルジー、彼女は神殿・冒険者ギルド・盗賊ギルドが用意した『丁度いい、適当な人物』だ。標準以上の素養を持ち、自分が傀儡であることに耐えることが出来、それでもちゃんと最終的には自立できるような、そういう人物として選出された。故に血統面で言えば純粋な平民であり、まるで王族の血は引いていなかったりする。
それでも彼女は、王族である証として彼女はアリト国の神器を継承することに成功し、それによって王家の血を引いていることを証明している。
神器というものは持ち主を選ぶ。その持ち主が死んだ時は、その持ち主以上の適正を持つ者を見つけるまでは持ち主の子供とかを『とりあえず』で選ぶ性質があるので、それを血統の証とするのはあながち間違いではない。
けどまあ、逆に言えば『その持ち主以上の適正を持つ者』ならば上書き出来るし、『譲渡術式』という大規模な魔法がある。これは所有者を選ぶ神器を譲渡や交換したい時に使う魔法で、これを使えば何の適正も無いものさえも持ち主として認めさせることが可能だ。
もっともこの魔法にも問題はあって、具体的には行使の難易度と習得難易度、特に習得難易度が非常に高いらしく、『譲渡術式』の魔法書はかなりお安い値段で購入できるんだけど、習得できる人間はそれこそ国に一人居ればラッキー程度らしい。
流石に神殿、冒険者ギルド、盗賊ギルドの三勢力が集まれば一人くらいは使える人が居るだろうと言う事でこの魔法を使った神器の譲渡により継承と見せかける……と方針は決まったんだけど、困ったことにこの魔法を使える人が居なかった。
で。
『神官オース。あなたにならば読めたりしますか、これ』
『はい? 「譲渡術式」……? 結構大規模な魔法なんですね。へえ、神器の移動ができるんだ。でもこれ、神器に触れられるくらい近くにいないと使えないんですね。で、この本がどうしましたか?』
『えっと……。もしかして、解読できますか?』
『え? ……まあ、読めてるし大丈夫だと思いますけど。魔法書ですよね』
『ええ。心底あなたが身内で助かりました……。近々それを使ってもらうことになります、可能な限り急いで覚えてください。練習用の神器が必要なら用意します』
という次第だった。
いや、僕の『神授』、魔法書だろうが問答無用で解読しちゃうので、魔法書が存在するのであれば、習得難易度というのは無視してどんな魔法でも覚えられるわけだ。
もっとも、僕は魔力が精々並の倍しかないから、あんまり大規模な魔法は読んだら大変な事になるのは『喰』で懲りていたし、『譲渡術式』も大規模な部類だしやばいかもしれないと思ったのだけど、そのあたりは場所が神殿だ。魔力の融通どころか魔力を移動することが必修である以上特に問題も無く、また僕が想像していたよりかははるかに魔力の消費も少ないようで、特に問題なく扱える事が解った。考えて見れば四字の魔法だ、そこまで魔力の消費はひどくないと言う事なのだろう。抽出したら『譲』かな? 今度試してみても良いかもしれない。
これ関連だと、練習用の神器として用意して貰ったものは僕にくれると言っていたので、丁重にお断りしておいた。重鎧なんて貰ってもサイズ合わないしそもそも戦闘スタイルに合わないと説得したら、それもそうですね、と神殿長は納得したようだったので、『譲渡術式』で神殿長に送りつけておいた。『いえ、私もこれサイズ合いませんし……』とか言ってたけど無視。そもそも神器だから、いずれちゃんとした持ち主を選ぶだろう。たぶん。
話がそれた。
ともあれ、『譲渡術式』を利用してペルセフィアの血を偽り、その功績は冒険者ギルドのものとなった。また、騎士団の解体に伴い、それまで騎士団が行っていたような業務が一部冒険者ギルドに移管され、それなりに冒険者ギルドも儲かっているようだ。
こう言うと盗賊ギルドにいまいち『実』としてのうま味が無いようにも見えるのだけど、どさくさにまぎれて投獄されていた盗賊ギルドのメンバーに恩赦を出させたり、それまではアリト国が独占管理していた情報をほとんど入手したりと、盗賊ギルド的な利益は計り知れないほどに大きいのだった。
で、神殿は特に何も得ていない。いや、全く何も得ていないわけではなく、多少の金銭は戴いたけど、それも即位の式典だとかを手伝った報酬として、ということになっている。額が結構大きいのもいわば世話代という次第なので、割と裏金に近い気がするんだけど、神殿的にも立て直すためにはお金が必要だったので、結構そのあたりは貪欲に貰っている。
そう言う本当の意味での『真相』は歴史にすると非常に面倒だ。ペルセフィアには今後ずっと正当な王として居座ってもらうわけで、またいわば新生したアリト国を導く一族の長になるわけだから、歴史にはこういった裏事情は残せない。とはいえ口裏を合わせようにも結構その作業が大変だ。だからこそ、『共通認識』としての、『表向きの歴史』としての製本である。
確かに歴史的な偉業をしたのだけど、真相が知られたらすごい悪く言われるんだろうなあとか。まあいいや。
僕は書き終えた本といつもの杖を持って、神殿長の部屋へと向かう。途中新入りの神官、厳密には見習いだけど、の三人組とすれ違い、お互いに挨拶。
最近は僕の見た目でも新人にちゃんと神官として認識して貰えるようになってきていて、さすが十一歳か、とちょっと自信を持ってみたりしながら神殿長の部屋に到着。ノックをするとすぐにどうぞと招かれて部屋に入ると、神殿長は床に座っていた。
机に座ってたり机の上に立ってたりすることもあるから、それと比べれば幾許かマシだけど、もうちょっとどうにかならないのかなこの人。
「お待たせしました。『本』、できましたよ」
「そうですか。感謝します、神官オース」
本を渡すと彼女は数枚めくり、中身を確認して笑みを浮かべる。
「そういえば、さっき見習いの三人組とすれ違いましたけど、神殿長が呼んでたんですか?」
「逆です。彼らが私と話したいということでした」
なるほど。
「なにやら嬉しそうですね、神官オース。何かありましたか」
「いえ。すれ違っただけでも、ちゃんと神官と認識してくれてたから嬉しくて」
「…………」
あれ、なにその、ものすごく言い難そうな表情は。
「まあ、何と言いますか。その三人組が私に聞きたいことって、あなたのことだったんですよ」
「と言うと?」
「組織図によると右筆なる立場があって、そこには子供の神官が居るらしいけど、どんな人ですか、そんな内容の質問でした」
「……なんて答えたんですか?」
「透明な杖を持って歩いてる子がそれですよと」
僕は左手に持っていた杖を見る。
つまり、あれか。あの三人は僕の身長がそれなりに伸びてきたから素直に神官として認識したんじゃなくて、この杖を持ってたから神官だと判断したと。
「そういうことです」
「聞かなければ良かった……」




