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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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63 - 責任と目的の所在のこと

 神殿長の手並みは鮮やかだった。

 まず毒をどうやって投与するんだろう、と僕は疑問に思っていたのだけど、彼女は自分の髪の毛を一本だけ抜くとそれの先端を小ビンの中に入れ、『神出鬼没』で標的の背後に移動、ちくりと首や足などの適当な場所にその髪の毛を突き刺したかと思うとそこに石を落して即座に『神出鬼没』で離脱。

 現場に存在している時間は10分の1秒にも満たないし、与える刺激は一瞬で、石が地面に落ちるよりも先にその姿が消えているせいだろう、四十二人のなかで『何か物音がした』ことに気付いたのは十六人、そして石を発見できたのはさらにそのなかの二人だけ。残りの二十六人はそもそも神殿長がそこに来た事すら気付いていなかったらしい。

 つくづく神殿長が味方で良かった……。

 結局、神殿長はたった二分もかけずに四十二人全員に毒を仕込んで帰って来たのである。

「ちなみにこの毒、どんな毒なんですか?」

「ああ。この毒自体には、特にこれといった毒素がありません」

 え?

「じゃないと、毒物を探知するような魔法に引っ掛かります。それで昔痛い目を見たんですよ。そこからは努力に努力を重ねて、『毒』として認識されないほど毒素を抑えたんです。神官オース、あなたは冒険者が使う『薬草』を知っていますよね」

「はい。神官魔法の治癒とは違う仕組みだけど、ある程度までならばいろんな怪我を結構すぐに治せる、不思議アイテム」

「関係のない話ですけど、あれには製造基地があるそうですよ。どの国の何処にあるのかまでは知りませんが、先代の神殿長が漏らした言葉ですから、多分本当でしょう」

 え、それものすごい関係ないけどとんでもない情報なんじゃ?

「ともかく、この毒はその薬草と似たような感じなんです。それ自体はむしろ『癒し』の効果を持ちますし、身体をどうこうするわけでもありませんから、毒としては認識されない。そういう寸法ですね」

「…………、でも、それを下手に触れると死にかねないんですよね?」

「ええ。これが体内に入ると、その人の魔力がごく微量、増えます。ただし『揺らぎ』程度の量です。それが個人差はありますが一分から、遅くても三分ほどで、その人の魔力と結合します」

 魔力……を、与える?

 つまり神官魔法の概念、魔力移動の概念を薬品に落し込んだって事か。

 それは魔法の道具化とほとんど同じくらい難しいはずだ、神器には劣るとはいえ、そこから二段階ほど劣化させればそのあたりになるはず……。

 となるともう一つの可能性。

「『呪い』……ですか?」

 にたり、と神殿長は笑みを浮かべる。

「あの本の全てを読んだあなたならば、当然気付くとは思いました。その通り、呪いと言うものの本質は神官魔法なのですよ。他人の魔力で魔法を発動させる。そして対象とされた者は、対象とされたことにすら気付けない。そういう神官魔法の分類名こそが、呪いなのです。私が作ったその毒薬は、いわば『呪い』をより確実に発動するための小道具というわけですね」

「…………」

 触媒による魔法の補助……か。

 っと。

「一人目、たぶん死にました」

「そうですか。四十二人が全員死ぬのは、五分後といったところですかね」

「……なんか、ぷつん、と倒れているように見えたんですけど、その毒で発動する呪い、どんな魔法なんですか?」

「『自分の思考能力を数秒完全に停止させ、その間に心臓を止める魔法』です。」

 殺意しかない魔法だなそれ……。

 思考能力を奪う事で身体の異変に気付かせない。その上で心臓を止める、念入りな殺し方だ。

 この人、そこらの暗殺者よりもよっぽど暗殺者に適正があるんじゃないだろうか。

 万が一罠とかに引っ掛かっても『神出鬼没』で瞬間的に逃げるだろうし……。

「今のところ、他の皆さんはどうですか? 解呪を試みている者がいたりはしませんよね」

「ええ。誰も居ません」

「それはよかった……」

 神殿長はそう言って、小瓶を棚に戻す。

 そんな間にも、ぱたりぱたりと人は倒れる。

 そして最後の一人が倒れて。

「今、全員の始末がついたかと」

「ありがとうございます、神官オース。あなたのおかげで確認に手間を取らないで済みました」

「でも、倒れただけかもしれませんよ」

「それもそうですね。ちょっと確認してみますか」

 神殿長はそう言って目をとじる。

 五秒ほどしてからだろう、彼女は笑みを浮かべて僕の肩に手を乗せた。

「大丈夫。全員きっちり始末は出来たようです。『神出鬼没』で飛べませんでしたから、死んでます」

「……そうですか」

 生死確認にも使えるのか、それ。

 さすがにいよいよ出鱈目だ。

「これで『反逆者』が全滅しているなら、騎士団と交渉ですか」

「神官ガディスと神官ニーヤに、そのあたりはある程度任せて問題は無いと思います。あの二人は交渉と言うものを知っていますから。私たちは、不測の事態に備えるべきでしょうね」

「不測の事態、ですか」

「ええ。不測の事態……まあ、予測は出来ますが」

「…………?」

 どういうことだろう。

「騎士団による政権が極めて不安定、ということです。そもそも四師団の師団長による連立政権、それぞれを同格とするというのは大分無理がある」

「……内紛ですか?」

「そうですね。恐らく最初に脱落するのは第三師団の師団長……」

 第三師団長、クグラ・ワグナー……か。

「トトラ・ワグナーは家出をした、と言っていましたけれど、そしてそれは事実なんでしょうけど、連絡を取るくらいはしているでしょう」

 神官……という冠詞が付かなかったのはもちろん、彼女も『反逆者』の側だった、と、そういうことだ。

 これは神殿長と僕の間で、この始末を終える前に得た回答ではあったのだけど、彼女は二重三重の間者だった。

 最初、彼女は騎士団の間者として神殿へ。

 神殿において彼女の経歴を知った『反逆者』は、彼女を利用して騎士団に間者を食い込ませた。

 最終的な、究極的な彼女の目的が何処にあったのか、これは断言はできないけれど、クグラ・ワグナーの覇権を確立しようとしていたのではないか。

 つまり、彼女の存在を利用して国側に情報を流し悪手を打つように誘導した『反逆者』ではあったけど、トトラは自分の存在感を利用することで、『反逆者』がそう動くように誘導していたのかもしれない。

 そして『反逆者』側に加担しておけば、彼女は当然、騎士団と『反逆者』の交渉ラインとして使われる。

 『反逆者』の目的は譲歩と彼女を使って騎士団をある程度制御しつつ、首脳部を集めた会談の場を設けて、その場で騎士団を断罪し、正義の側として政権を『取り戻す』ことだった。

 トトラの目的はその場を使って他の師団長を排除し、それを口実に『反逆者』を国家の敵と位置付け、クグラ・ワグナーを唯一の指導者としたうえで、神殿との間を取り次ぐ事だったのではないか。

 だが、神殿は『反逆者』を許さなかった。

 恐らく、彼女も、そして他の『反逆者』たちもそうだったんだろうけれど……神殿がここまで瞬間的に、『反逆者』を説得ではなく殺害の方面に決心するとは思わなかったのだろう。

「……今にして思えば」

「はい?」

「いえ。今にして思えば、『反逆者』はなんで、神殿を出て行っちゃったんでしょうね。出て行かなければ、もう少しやりようはあったと思うのに」

「……ふむ。神官オース。それは考えが違います。事実として、やりようが無かったのですよ、彼らには」

 やりようが無かった……か。

「彼らはですね。いわば権力を求めてしまったのです。神官という立場は、それ自体が既に特別な地位ですから、権力欲は増す一方。なのに神殿に居る限り、権力を握る事は出来ない。だからこそ……だからこそ、今でも一部の神官は神殿を出て、冒険者になるのです。政治的な権力を握ることは許しませんが、影響力を得るだけならば、そこまで問題視もされませんから」

 なるほど……か。

「神殿は政治と切り離さなければなりません。それは神殿の全ての歴史が、ずっとこれまで護り続けてきた事です。そしてそれには意味もあるのですよ。あなたが読んだ本の中にも書いてあったとは思いますけど……それは、『責任』の問題です」

 確かに書いてあった。

 責任。それは神殿にとっては人間に対する責任であり、国にとっては民に対する責任だ。

 『洗礼』を行わなければ神官は生まれない。だから神殿はそれによって多数の人が死ぬ事を知っていても、それでも『洗礼』を続けなければならない。

 いずれ『神官』を産み出すために、『神官』を取り戻すために。

 一方で国は民を護らなければならない。だから国にとって神殿と言うのは、見方によっては自国民を大量にしかも定期的に殺戮している機関なのだ。

 それでも国は神殿を許さなければならない。神官を産み出すためにそれが必要なのは事実だし、神官と言う存在が完全に居なくなれば、困るのは自分たちだから。

 なにせ治癒も浄化も、それらの魔法全ては、魔物の脅威に対して不可欠だ。

 人間同士の争いだって、治癒の有無で戦況が変わる。事実神殿を擁する国は、他国から己を護るという行為においてであれば、神殿によるバックアップを得られる、これがデカイ。

 逆に攻め込む時には一切の補助を行わない、それが神殿だったりするけど、それでも『守りがある程度疎かでも問題ない』、『国内が多少混乱しても持ちこたえられる』、これは政権に大きな追い風となる。

 ……まあ、あんまりやりすぎると今回みたいなクーデターや民衆による一揆が起きて、当然神殿はそれに対して基本的には関与しないから、政権は吹き飛ぶし、一定の国家運営は必要だけども。

 それでも国にある程度手助けを行うのは、一重に民を殺戮しているという自覚があるからだ。

「……神殿が国を作れば、その国は国民の命を糧にすることでしか、国体を維持することすらもできない。国があるから人があるのではなく、人が居るから国がある……。神殿は人を亡くして神官を産むのであって、神官では国が成立しない。そんなことも、書いてありましたっけ」

 僕が読んだ本の内容を呟くと、神殿長は悲しげな笑みを浮かべて頷いた。

「アギノ大神殿長、シーリン=アギノの著書ですね。あのお方が存命ならば、今回のような『反逆者』は生まれなかったのでしょうが……。どうにも私は、他人に優しすぎるのかもしれません」

 いや、それはそうでもない。結構神殿長は厳しい。

「口に出さなかった事は評価しますが、思考するにも注意することです」

「はい……」

 なんでバレたんだろう……。

「さて、一度部屋に戻りましょうか。ここだと報告を受けることも大変です……神官オース、少し休憩してきても構いませんよ。魔法を複数使っていますから、疲れているでしょう?」

「いえ、この程度なら疲労はありません……ところで、魔法はいつ解除しますか?」

「そうですね。申し訳ないのですが、もう暫くは維持しておいてください。死体がどのような形で発見されたのかとか、可能な限りで構いませんから、覚えておいていただけると後で助かります」

「わかりました」

 覚えることは得意事項だ。

 僕は大きく頷いて、神殿長と一緒に執務室へと戻るのだった。

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