62 - 神殿と彼女の過去のこと
騎士団の目的。それはクーデターからの騎士団主導による国家の統制。
反逆者の目的。それはクーデターを起こした騎士団を排除し、正当な血統を建てることによる実質的な国家の乗っ取り。
神殿の目的。それは反逆者の始末……。
神殿長は小さくそんな事を言う。
確かに、概ねのところはそんな感じだろう。
共存できるとすれば騎士団と反逆者、あるいは騎士団と神殿の二通りか。
五分の休憩が終わり、神殿長は改めて凛と言う。
「さて。それでは今後の方針について、私の考えを述べます。『反逆者』は確実にこれを排除します。彼らの勢力を許してしまえば、これまで続いてきた神殿という体勢そのものが崩壊しかねません。ですからそこは譲れない。一方で、国家騎士団については、そのやり口には当然相応の代償は戴くことになると思いますが、代償さえ支払っていただけるならば、とりあえずの政権を認めてもよいと思います……積極的に補助はしませんが、一応彼らが得た大義名分に付き合うくらいのことはしても良いでしょう」
「すると神殿長は、騎士団と手を組んで『反逆者』を排除すると?」
「それが理想ではあります。が、『反逆者』としても騎士団の動向には注意しているでしょうから、我々神殿と繋がったと判断すれば、『我々が仕込みをした』と喧伝するでしょう。そして困ったことに『反逆者』はそれをしていた時、確かに神殿においてはまだ『反逆者』ではなかった……神殿の神官だったのです、否定や無罪の立証が極めて難しくなる」
たしかに、その可能性もあるのか……。
「今『反逆者』がそれをしないのは、それをした時点で騎士団の思惑を外してしまうからにすぎません。そのあたりの調整が済めば、彼らはそれをするでしょうし、調整自体はさほど時間がかからない。現存するアリト神殿の背信をでっちあげ、『反逆者』一同こそが正当な神殿の後継者である、そんな感じに纏めることは十分に可能です。騎士団側としても、我々アリト神殿を丸々説得するよりかは数が少ない『反逆者』のほうが良いと思うかもしれない。もっとも、正当性を如何に確保するか、そのあたりは苦心しそうですけどね……」
正当性を認めさせるためにはレーロ、ルブムの両神殿から宣言を貰うことになるだろう。
要するに無理と言う事だ。
だからこその神殿国家化、新しい形としての神殿の構築、それを目指すしかない。もっとも、最初から政治的権力を求めての行動であるならば、そのあたりはむしろ目的を絞ることで意思の統一を図っていると考えられない事も無いが。
「ですから、その交渉がまとまるよりも早く、『反逆者』を悉く処理します」
「言うは易し、ですな。盗賊ギルドも受けないような依頼ですぞ。まして相手には騎士団が付いている可能性が高い」
「ですが、できなければこちらの立場がまずくなります」
「…………」
「まずいなりに、こちらに正当性はありますからね。時間をかければなんとかできない事も無いとは思いますが……相手がそれを許してくれるとも限りません。それに、『洗礼』をむやみやたらにされても困るのですよ」
言うは易し……か。
本当にその通りだ。
「とりあえず、ここで話し合ってもすぐにどうこうはできません。神官ガティスと神官ニーヤは騎士団に対して複数の連絡手段を確保して下さい。神官オースは私と一緒に、確認を手伝ってください。残りの八名は神殿内部の管理をお願いします。これ以上の離脱者が出ると、単純な神殿運用に問題が出かねません。異論は……無さそうですね、では一度解散します」
そう言って神殿長が立ちあがる。皆もそれに習い立ち上がり例をとった。
「そういうわけです。神官オース、ついてきて下さい」
「かしこまりました」
確認って、何を確認するんだろう。
神殿長に連れて行かれた先は資料室、の奥、神殿長の許可が無ければ入れない場所だった。
僕もここに入るのは随分と久しぶりだ。たまについでに見ていってもいいですよ、と言われた時にちらっと見た位なので、本格的に入るの初めてかもしれない。
「さて、たしかこの棚に……ああ、ありましたね」
と、神殿長は小ビンを棚から取り出すと、机の上に置く。
小ビンのラベルには……サタナ・ビナ?
「神殿長の名前?」
「ええ。私が神殿長になる前に作ったものです」
神殿長になる前の神殿長……、そりゃまあ、この人だって産まれたときから神殿長と言うわけではないのだ、それはおかしくないけれど。
「開けちゃだめですよ、神官オース。下手をすると死にますから」
「……へ?」
死……って、え?
小ビンだよね、ただの。
「ですから、その中には私が神殿長になる前に作った特製の毒薬が入っているんですよ」
「……何故そんなものを神官が作ってるんですか」
「簡単な話です。私の『神授』、『神出鬼没』ってどこにでも飛べますけど、私しか移動は出来ないじゃないですか。誰かを連れていくことは出来ないのです」
全然話がつながらない。
いや一つ繋がったんだけどその発想はいかなるものかと理性が押しとどめている、そんな感じだ。
「そして相手が神官であるならば、生半可な毒はあっさり解毒されてしまいます。一般の神官ならともかく幹部級になれば、解毒の魔法もかなり効果が強くなりますからね……そこで、そういった解毒の魔法をどうやってかいくぐって相手を殺せるか、その一点に着眼して作った毒。私の『神出鬼没』を使った一撃離脱の暗殺で、あるいは使う場面があるかもしれないと作ったわけです」
なんて物騒な……。
「その毒を使って、今回は四十二名を始末します。……そこで神官オース、あなたにお願いしたい事があるのですよ」
「僕にできる事ならば、何なりと」
「あなたにならばできると思いますし、あなたにできないならば誰にもできないと私は考えています」
過大評価されてる気がする……。
「神官オース。正直に答えてくださいね。あなたは一般魔法の『接視』や『設聴』を複数同時に使えますか?」
それか……。
四十二人、かける、見ると聞くの二つだから、八十四個。
数的には余裕だから、問題は効果範囲だな。
「どちらも行使は出来ます。数は……試したこと無いんでなんとも言えないですけど、消費魔力から逆算する限り、万くらいなら」
「そうですか。……え? 万?」
「はい。あの手の魔法って情報属性を持っているんですけど、情報系の魔法って五個以上を同時に使うと、逆に楽になるんですよね。複数の本を同時に眺めているみたいな気分になるので、当然数を増やせばその分だけせわしない感じになるんですよ」
「それは初耳ですね。ですがそれなら、数的には問題ないということですか」
「ええ、数的には……ただ、範囲は僕も試したことが無いんですよ。どこまで離れても大丈夫なのかとか」
魔法書にそのあたりの記述は無かった。
使った魔力にある程度依存する、みたいな感じの説明を受けた事はあるけど、僕がこれまで使ってきた感じにおいて、ほとんど実感できなかったしな……。
「少し試してみますか。神官オース、適当な私のどこかに『設視』を」
「わかりました」
とりあえず、神殿長がかぶっている帽子に行使。
視界が増える感覚……うん。
「その帽子に『設視』を置きました。大丈夫です」
「当然のように詠唱破棄するんですね……。まあ、いいでしょう。少し待っていてください」
はい、と頷く前に神殿長の姿はかき消えていた。
『設視』は、それを空間ではなく物に使った場合、その物が移動すればそれに合わせて視界も移動する。これは五感を設置するタイプの魔法共通で、しかも魔力を通さないような仕組みになっているところの中も、実は設置さえできているならば感覚を得ることができる。
そのあたりあんまり深く考えたこと無かったけど、その気になれば盗聴とかは出来ちゃうわけだ。だからこそ、設置系の魔法を解除する一般魔法があったり。
話がそれた。
『設視』で作った視界を見ている限り、神殿長はレーロ神殿に行ったようだ、レーロの神殿長が居る。と思ったらルブムの神殿長に切り替わった。あちこちに『神出鬼没』を使っているらしい。
そして最後に、誰も居ない部屋……殺風景というか、かなり寂れたところだな。はて、神殿長の『神出鬼没』って、たしか神殿長を認識してる人の傍にしか行けないとか、そんな感じの誓約なかったっけ?
考えていると、神殿長が目の前に戻ってくる。
「戻りました。神官オース、あなたが見た風景はどんな風景で、途切れたりはしましたか?」
「途切れては居ません。えっと、この部屋の直後からレーロ、ルブム、知らない場所……です」
「そうですか。『最後の場所』にも到達できているならば、距離的な問題は気にしないで良さそうですね。安心しました」
「それ、何処だったんですか?」
「私の実家ですよ。今は廃墟になってしまいましたが」
……そりゃ、神殿長だって産まれたときから神官だったわけじゃないのだ、実家があってもおかしくは無い、か。
なんだか今更になって、神殿長の意外な一面を知り直してる気がする。
「アギノ国にありましてね。少なくともあなたの『設視』は、アギノまで届くと言うわけです」
「…………」
えっと……アリトからアギノまでは、最短距離でも国を七つくらい挟むから……。
事実上距離に制限は無しか。
覚えておこう。
「毒を使うならば、あえて『設視』をしなくても良いんじゃないですか? その毒、結構な猛毒なんですよね」
「ええ。とはいえ、まさか事が終わるまで見ているわけにもいきませんから、その代わりです」
それもそうか。
「さて、じゃあ……、『設視』、『設聴』を、四十二個の適当な物に掛けてもらう感じですね。風で飛ばない程度には重くて、かつ誰も気にとめないようなものですか。そんな都合のいいものありますかね?」
「石で良いんじゃ?」
「…………」
その発想は無かった、というような表情になる神殿長。
何も言うまい。
神殿長は一瞬姿を消したと思うと、拳大の大きさの石を一つ持って戻ってきた。
「このくらいの大きさなら、四十二個に割っても大丈夫でしょう」
「そうですね。一度僕に下さい」
「どうぞ」
えーと、四十二個だから、縦横高さ全部四等分にすればいいか。
光刃を三本、人差し指から小指までの指の間にそれぞれ発生させて、さくさくさくと切ってやる。
「む。でもこれ、すごい違和感あるかも」
「確かに、真四角な石はあからさまにすぎますね」
仕方が無いので『風化』の魔法を使って適当に崩してやる。
二秒ほどでそれっぽい小石になった。
「これでよし」
「……いえ、たしかに良いんですが、今は何の魔法を使いましたか、神官オース」
「『風化』って魔法ですけど」
「そうですか……。そんな魔法初めて聞きました」
「便利系の魔法って、いまいち無名な物が多いんですよね。ほら、洗濯物を乾かすための『熱風』って魔法もあるじゃないですか」
「たしかに『熱風』の魔法は私も何度か見たことが、って、え? それって洗濯物を乾かすための魔法だったんですか? 大規模な攻撃魔法じゃなく?」
「え? そうなんですか?」
シーグは洗濯物を乾かす魔法として習得してるんだけど……。
言われてみれば確かに攻撃魔法としても使えるのか。
色々と魔法はあるけど、結局は使い様だなあ。
「まあ、いいや。えっと、とりあえず『設視』と『設聴』は全部の石に掛けてあるので、あとは適当にその場に置くか、本人の服の中にでも入れてやってください」
「ええ。そうします。それでは、すぐに始めます。監視はお願いしますね」
「わかりました」
神殿長が姿を消したのを見て、僕はやれやれ、と頭を振った。
「羨ましいなあ、あの転移の乱用」
なんとか再現してみたいけど、『神授』はどうしようもないか……。




