61 - 現実の整理とこれからのこと
『今は情報が必要です。より正しい情報が、一つでも多く。緊急事態につき会議は一時中断、それぞれ情報を集めてください。明日の同じ時間に報告を行う場を設けます、可能な限り急ぎ、必ず出席してください――』
と、昨日届いたその急報に対して神殿長は即座に決断し、僕も含めたそれぞれが情報収集のために様々な手を尽くして、いざ翌日。
ある程度の状況は見えて来たような、それでもまだまだ良くわからない事があるんだよなあ……と悩みながら会議室に入ると、そこには既に十人が集合していた。
まだ十五分前、時間に余裕は持ったつもりなんだけど。
「すみません。遅れました」
「いや、私たちが早すぎただけだよ、神官オース」
苦笑しつつも緊張した面持ちで、神官エドウィンがフォローしてくれる。
うん、良い人だ。
「神殿長はどうされてますか」
「時間丁度に来るそうです。それまでは色々と調べたいことがあると」
「なるほど」
神殿長の場合、集合地点に別な誰かがいて、その誰かが神殿長を知っているならば、時間ぴったりだろうとなんだろうと『神出鬼没』で移動できるんだよね……結構ズルいけど、折角与えられた力なのだから、それを最大限使うというのは間違いでもない。
その後適当な話をしながら、僕たちは時間を待つ。
十分前、五分前……一分前になっても、僕よりも後には誰も入ってこない。
…………。
そして、時間になり、神殿長が現れる。
「お待たせしました、みなさん。それでは、報告会を始めましょう。それと、既にここに居る皆さんは『調べ』が付いているとは思いますが……」
そこで一旦言葉を区切り、神殿長は大きくため息をついてから続けた。
「本来ここに居るべき六名……、アルベルト、リッツェル、パトリス、モリガナード、サクラウ、ルティアの神官職、ならびに幹部としての全権限を現時点で剥奪。彼ら六名を含む離脱者全員を『反逆者』として認定します。反対する方はいらっしゃいますか?」
誰もが息を漏らしている。
やっぱりか、そんな感じだ。
「全会一致……ですね。できれば反論が欲しかった所ですが」
「反論して事実を変えられるのであればまだしも、現実は変わりません」
「ふむ。神官エドウィンの言う事も尤もです。……まずは皆さん、情報を集約しましょう。より正しい現実を知るために」
僕たち神官一同は、神殿長に礼をして答えた。
「要するに、リッツェルを筆頭とした幹部六名を含む神官たちが騎士団と結託し簒奪をたくらみ、それが現在進行形で成功しつつある、そういうことですか」
神殿長が超大雑把に現状を纏める。
色々と裏事情とかもあるんだけど、とりあえず実際に起きている事を簡単に纏めるならば次の通り。
アリト国には政治勢力が二つあり、長らく政権を保持していた王政派に対し、いまいち指導者に恵まれなかった共和派がこの数十年間は後れを取っていた。
そんな中、期待の新星が王族に現れた。それこそがスロース・ア・リティック王女で、彼女は王位の継承権を第一位で持つ王族にして共和制への移行を求めていた。
王位継承権を持つ者はもう一人いて、それがハースト・ア・リティック王子。第二位の継承権を持ち、この王子はこの王子で、国家騎士団を国庫の無駄遣いとして縮小させようとしていたのだけど、比較的その考えは王政派に近く、王政派はハースト王子を、共和派はスロース王女をそれぞれ持ちあげていたわけだ。
この政治的な問題に対し、困ったのが国家騎士団の一同である。というのも、ハースト王子が王位を継承したら、『国庫の無駄遣い』と言われている国家騎士団は間違いなく縮小されるだろう。騎士団にとってはこのところ大きな戦いもなくただでさえ上の席が埋まっているのに、これ以上減らされたらたまったものではない。
だからといってスロース王女が王位を継承したら、その時は政治形態が絶対王政から共和制に段階的にとはいえ切り替えが行われる筈だ。さらに言えばスロース王女が目指している制度は、まさに共和制の代表国と言えるアギノ国であり、その国では常備軍について、文民統制という概念を敷いている。
文民統制、つまり実質的な武力を持つ者は政治家によって制御されるわけで、これは従来の国家騎士団のスタンス、『勅命や国家の方針に逆らわなければ、ある程度は自由』というものを崩すだろう。彼らにとってはこれまでのある程度の自由が当然の権利だったのだ、それを奪われるとなれば流石に困る。
よって、国家騎士団としてはどちらが王位についても困るのだ。かといって王位は誰かが継がねばならないし、スロース王女もハースト王子も、それぞれ国家騎士団に対して一定の配慮を行う事で支持を求めた。
こういった政争に対し、国王は『我関せず』のスタンスを維持し続けた。それはその方が国の為になるという彼なりの意思の表れではあったのかもしれないけど、認識が甘かったと言わざるを得ない。
国王からの助け船も無い、これによって追い詰められた国家騎士団は内々に、以前から取引を行うなどして友好関係を築いていた神官の一部と接触、密約を交わし、何らかの利益を神官側に与えることで、神官側は国家騎士団に対して援助を行い、軍事的革命、クーデターの動きを取った。
じゃあなぜ、国は神殿の関係者を『人質』にする形で脅迫をしてきたのか。
恐らく理由は二つあって、一つは『クーデターの動きを察知した』から。つまりこのクーデターこそがアリト国が想定していた『大きな戦い』だ。
その段階ではまだ神殿に対して通常の要請を考えていたのだろう。しかしアリト国はどうも、その『クーデターの動きに神官の支援があるらしい』と判断する。これが二つ目の理由だ。
つまり神殿をどこまで信用できるかという問題になったわけだ。神殿長が直接関与してないという証拠が無い。
そこに神官リッツェルが神官の名簿を漏らし、こう囁いた。
『その名簿を使って上手い事巻き込んでしまえばいいのですよ……ええ、もちろん一時的には神殿から激怒を買うでしょう。しかし、状況が状況です、神殿長にも管理者としての責任があり、管理できていなかった、と言う事でもあります。私はアリト国と友好な関係を続けたいと本心から思っておりますし、神殿長には強く口添えすることを誓いましょう』
神官リッツェルは実務的な面で言えば、神殿の幹部の中でも序列は上だったし、それまでアリト国と神殿の間で窓口をしていた人物でもある。
アリト国としてはそんな彼を無条件に信じることは出来なくても、彼を信じなければ物事が始まらない。
そして『人質』作戦は実行された。その作戦は騎士団を使わなかった。当然だ、騎士団がクーデターを起こそうとしているのだから、その騎士団には知られないように細心の注意を払いながら行ったのだろう。
で、一通り『人質』が集まった後に、脅迫にも近い手紙を神殿に出した。アリト国としては予め神官リッツェルが口利きをしてくれている前提なので、多少強めの口調で書いたのかもしれない。
神殿に詰めていたリッツェルはその手紙を受け取ることでアリト国側の作戦が始まった事を知り、それを神殿の幹部が集まる三日間の時間を利用して騎士団側にリーク。
クーデターが実行に移され、発表が急報として届いた時、神殿としては当然正しい情報を得ようとするだろう。
一日か半日かは解らないが、その程度の時間的余裕はある……その時間的余裕において、騎士団と結託していた一部の神官が集団離脱した。
それが真相のようだ。
……神殿長の纏めが短くて良いな、うん。
「さて。どう対処するべきでしょうか?」
そして、神殿長の問いかけを切っ掛けに、活発に言葉が交わされ始める。
「神殿は国家に干渉されず、国家は神殿に干渉されない。それを基本としている以上、今回のリッツェルら六名の動きは認められません。国家に無用な混乱をもたらしている」
「とはいえ、実際問題として脅迫を行ったのは国家側。たとえ策略だったとしても、それを見抜けなかったのは間抜けと言わざるを得ない。何故リッツェルを信用したのか」
「さあ、そこまでは解らんよ。だが状況が悪いと解れば、実行に移さざるを得ない状況に追い込むくらい、奴にならできるだろうさ」
「神殿としてはその六名のしでかした事を正直に発表するべきでしょうね。下手をすると四つ目の、第二勢力としての神殿が作られかねません」
「だがその六名のしでかした事を言えば、神殿に対する信頼の失墜は免れない。アリトのみならばともかく、他の二神殿にもそれは飛び火するぞ」
「飛び火で済むなら上等なのでは? 放置していれば焼失しかねませんよ」
「例え背信行為をしたとしても、あの六人だって高位の神官。神官としての最低限の能力はある、それをむざむざ捨てるのはもったいない」
「最低限の能力が無いから国政に口出しをするような馬鹿な真似をした、その事を忘れておるまいな」
「神官としての能力は惜しくても、その力を神殿の為に使わないのであればただの反乱者だろう。その六人が新たな神殿を開き、我々と対立をしたらどうする。少なくとも共存は不可能だぞ」
「結局アリト国内では収まらない。各神殿の実力者が『なら、俺も』と動きだしかねないですね」
「真実を発表した上で反乱者を始末する、あるいは逆でも良いが、それが最良だな。盗賊ギルドに持ちかけるか?」
「依頼を受けてもらえるとは限らんよ。相手もこっちがそうする事くらいは読んでいる。騎士団が全力で護っているだろうさ。盗賊ギルドとしても、政権を握った騎士団を敵にはできない」
「内々で処理するにも限度はある。戦闘面で優れた者に心当たりが無いわけではないが、どこかで必ずつまずくぞ」
「方法を問わないと言うのであれば、それこそレーロの神殿に依頼するか? あの神殿が抱えている僧兵を借りれば……」
「それは無理だろう。あの神殿はあの神殿で問題が近い。このタイミングで僧兵を他神殿に貸し出せる余裕があるとも思えん」
「ともかくだ、六人を含む『反逆者』は全員何らかの形で排除しなければならない。その上でどう世界的に発表するか」
「変に偽るのも危険でしょう。多少脚色はすることになると思いますが、可能な限りの真相は明らかにするべきかと。一時的には痛みがありますが、後の活動に最も影響が少ない」
「いや、そうではない。発表内容については真相で良いが、どうそれを発信するか、その手段の問題だ。六人の排除に成功したとして、簒奪した騎士団はどう動くか? それを考えた上で行動せねばならない」
「そもそも、騎士団は何故と『反逆者』と、ここまで明示的に手をくんだんだ。黙っていれば気付くのは遅れたはずだ、そうなれば政権の既成事実化することは十分に可能だったし、それが建前であったとしても、前政権の全命を以て和解の証とする、とでもされれば神殿は動けなかったぞ」
「それは……、主導権を持っていたのが『反逆者』の側、だったから? クーデターを起こさせ、それを許すために騎士団の傍に行き、そこで実際にクーデターを起こした騎士団を排除、王家の血筋を引いた正当な後継者をでっちあげて、自分たちに都合のいい政権を作ろうとした……とか」
「神殿国家の設立か……。確かに可能性はあるが、そんな都合のいい血筋があるか?」
「根拠が無くとも言い張れば十分に『できる』と踏んだのでは。神殿の名を使えば民衆はある程度納得するだろう。そしてこの場合、簒奪者から国を取り戻した英雄として君臨させることができる。新政権の手が汚れないし、民衆が英雄として認識させることに成功したら、神殿が定義する所の『反逆者』が政権に居たとしても、神殿はそれに干渉できない。政権への干渉になってしまう」
「…………」
一通り意見が出尽くし、少し沈黙が訪れる。
神殿長は大きくため息をついて、
「つまり、神殿、反逆者、騎士団の三勢力による、今後の主導権争いですか……五分ほど休憩にしましょう。少し考えを纏めたいのです」
と、軽く頭を振って言った。
反対意見は出なかった。




