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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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60 - 過去の事例と今回のこと

 全幹部を招集し、無事に揃ったのが、それを揃えようとしてから三日後の事である。

 これでも大分早く済んだのだけど、この三日間、神殿長が考えごとを続けていたせいで、その間の執務全般は僕が大分やることに……。

 まあ、本の書きなおしという大きな仕事は終えていたので、そこまで苦じゃなかったけれど。

 ともかく、全員、つまり十八名が揃い、神殿の地下に設けられた特殊な会議室に揃ったのを確認して、その場で神殿長は会議の開始を宣言した。

 議題はいくつかあったけど、国からの脅迫としか受け取れない干渉についてがやはり主題だ。

 何も三日間待ち続けていたわけでもなく、何人かの神官で裏付けの調査自体は行っていたので、まずはその報告……つまり、神官の関係者が事実として国に確保されているのかどうか、そこが確認された。

「結論から述べます。こちらで確認を取った範囲内、まだ神官の三割程ですが、少なくともその肉親は全員、形式的には国賓として首都に招かれているようです。確認できたのはリストにしてあります、ご確認を」

 神官リッツェルの報告に皆が唸る。全体の三割しか確認ができていないとはいえ、その肉親全員がアリト国に確保されているならば、もはや前提として全員が確保されていると考えたほうが自然である。

 名簿はそれこそ、ほぼ完全に漏れているようだ。

 その後、それの調査方法などが報告されたりして、皆が考えを纏めようとしている間に、神殿長は容赦なく次へと話題を進めた。

「ご存知の通り……ここに居る十八人は、神殿に所属する神官の名簿を見ることができる十八人です。極めて残念ですが、情報が漏れていると考えざるを得ないでしょう」

「聊か飛躍しすぎでは? それこそ、神官の数名を取り込むことに成功していれば、神官のある程度の名前くらいは判るでしょう」

「確かに神官アルベルト、あなたの言う通りです。ですが、そういった地道な行動で解るのは神官の名前だけです。出身地や家族構成は解らないのですよ。時間をかければそれも可能でしょうが、何年、下手をすれば十何年という月日が掛かります。その時間をかけて使う手として、今回の神殿に対する脅迫、『人質』を取るという手は、いくらなんでも悪手にすぎます。今のアリト国がそこまで政治的に物事を考えられない、とも思えません」

「…………」

 そう、何年がかりに亘る策謀であるならば、それと気付かれないように要請できるはずだ。

 気付かれないようにというのが無理でも、もう少しうまくできる、はずだ。

 今回のこれはまるで形振りを構わない一手、いわば急場をしのぐための一手でしかない。

 神殿側の事情を考えず、問答無用に巻き込むことができるけど……今回の一件で、全ての神殿は今後、アリト国に対して強い不信を抱くことになる。

 その不信は表面にも顕れるだろう。今後暫くの行事には、国葬などの弔事はもちろん王族の婚姻の宴などの慶事においても神殿からの神官派遣は行わない、その方向で既に調整が始まっている。

 神殿を国内に持つ国家が、しかしそういった弔事や慶事に神官を呼ぶことが出来ない。それは対外的にも体内的にも致命傷になり得る失態だ。

 もちろん、そんな表面上に現れるような抗議は序の口にすぎない。

 それは態度による抗議であって、報復や制裁とは別なのだ。

 ならば報復や制裁とは何になるのか。

「アリト国の諜報機関がどの程度掴んでいるかは解りませんが、現在、他の神殿も極めて微妙な情勢にあります。レーロ、ルブムと合わせる形で、ここ、アリトにおいてもその微妙な情勢が訪れてしまっている。……正式な提案がなされるのはひと段落してからだとは思いますが、場合によっては神殿の移転もあり得ます」

 室内がざわつく。

 神殿長は右手を掲げてそれを治めようとしたけど、そう簡単に収まるようなざわつきでは無いらしい。

 仕方が無いので僕は強く、透明な杖で床を叩きつける。

「静粛に。神殿長のお話は続いています」

 一応、室内が落ちついた。

 神殿長は僕に視線を向けると軽く頷くことで僕に謝意を示す。別にそんな事はしなくても良いのだけど、根の部分から人が良いんだよね、神殿長って。

「まだ可能性の段階です。しかし、その可能性が挙がってしまった。アリト国のせいで……ね」

 可能性とはいえ、それは十分に国に対する圧力となり得る。場合によっては政権が吹き飛ぶだろう。国内も荒れるかもしれない。

「我々の存在意義は『探求』であって『慈悲』ではない。本質を見誤ってはならないのです。取引の為に式典を手伝う、それはこれまでもそうでしたし、これからもそうです……取引の為に式典への出席を拒否します。その上で国外への移転も可能性としては捨てません。ここまでは決定事項です」

 相変わらず神殿長の割り切り、決断は早い。

 それでもこの三日間考えての結論であって、それについて幹部たちは皆があっさりと受け容れた。

 実際問題として、神殿長がそうと決めれば、それを覆す事は困難だ。

 困難なりに不可能ではないだろうが、その方針は神殿のあり方そのものだし、覆す意味が無い。

「ですから、ここではそれに至った原因について、少し考えたいと私は思っています。少なくともこれまで、アリト国は堅実な関係を神殿と結んでいました……何故アリト国が、こんな暴挙に出たのか。そこを読み取りたいのです」

「…………」

 そこを読み誤ると痛い目を見ますから……と、神殿長は補足した。

 既に痛い目は見ているような気がするけど、だからといって更に痛みを求めたいわけではない。

「それこそ、神殿を戦いに参加させる対価を支払えないと判断したから……では?」

 幹部の中では最も若い神官、エドウィンが恐る恐ると言ったふうに意見を述べる。

 すると、別の幹部、神官パトリスが首を振って反論した。

「何も金銭的な対価が払えないだけならば、別の形でそれを埋めればいい。この国には豊かな資源もあるし、土地も広い。それを神殿に割譲するとかな」

「国民感情を考えれば難しいでしょう、それは」

 指摘をしたのは神官ソフィア、女性でありながら幹部において三番目の地位を持つその才覚は本物である。

「国家が組織に対して頭を垂れるのみならず、貢物まで出したとあっては民心が離れかねない」

「なにも恒久的に割譲する必要はない。神殿としてもいきなり土地を貰ったとしても、何に使えるわけでもないからな。だがその土地を、時間をかけて買い戻させればいい。前例もある」

「ヒシャ割譲ですか。あの時もアリト国の政権は窮地に立ったのですよ。あえて二度目を侵そうと思うとは思いませんが」

「それを嫌ってこの『脅迫』かね。結果神殿は移転さえ考え始めている。政権が窮地に立つどころか吹き飛んで、それでも尚収まらんよ」

 ヒシャ割譲。四百四十八年前にアリト神殿とアリト国の間で行われた取引で、当時『世界の敵』とまで呼ばれた災厄のような魔物を討伐するにあたって、神殿の全面的な援助を要求する代償として、アリト国の首都から近いヒシャ平原の所有権をアリト神殿に譲渡した、というものだ。その後五十二年かけて国は少しずつ神殿に金銭を支払い、それが予め定められた金額に達成した時点でヒシャ平原は国に返却されたのだけど、この五十二年間のせいでその部分だけ土地の開発、開拓が遅れた面は否めず、当時の政権は極めて難しいかじ取りを迫られた。そんな顛末の『前例』だ。

 確かに、政権は民衆を抑えるのが大変だとは思うけど、即座に吹き飛ぶよりかはマシな気がする。

 五十二年前は『前例が無かった』から大変だったのであって、今回も似たような事をすれば、前例としてそれを持ちだせる分、国民を説得しやすそうではある。

「土地の割譲が無理でも、物品での支払い、そしてそれを買い戻すという手がある。相応の担保が必要にはなるが、アリト国には神器も多い」

「土地よりもさらに反発を買いそうですけどね、神器の譲渡などと言う事をしたら」

 神官エドウィンが指摘すると、それもそうだ、と神官パトリスが頷いた。

 神器。強烈な効果を持つ様々な道具……その名が示すように、神が作ったとされるもので、それ故に神器の所有数は殆どイコールで国力と言える。

 それの所有者というのは、ただそれだけで一定の地位があるのだ。

 裏を返せば神器を失うと、それだけで地位を失うと言う事でもある。

 もっとも、こちらも前例が無いわけではない。

 悪しき前例だけど。

「方法は確かに困難だが、調整の目処は十分に付く。真にそれが脅威であるならば神殿側としても今後の為に『恩』を売るためにも多少の譲歩はするだろうからな。にもかかわらず、アリト国は交渉をしようともしなかった……か」

「交渉をするだけの時間的余裕が無かった……という可能性は?」

 神官エドウィンに聞き返したのは、神官モリガナード。

 所有している『神授』がなかなか強烈で無意味という珍しいタイプの神官で、事務作業がとても得意だ。

 ちなみに彼が持っている『神授』の名称は『瞬間追憶』。一瞬『前』の光景が見れるという力である。

 一瞬『先』ならまだ使い道があったんだろうけど……。

「交渉する時間が無いならば、そのことを素直に神殿に言ってもらえれば、こちらとしても融通できるさ。それすら行う時間が無かったとは思えん。『神官の関係者を人質にする』、そしてその前に『神官の名簿を入手する』、この二つは少なくとも行えているのだぞ」

「それもそうですね……。何故でしょう?」

 そう、時間が無かったならばそもそも人質を取る時間すらないはずである。

 つまり無かったのは、時間ではなく……、

「信用が無かった……?」

 僕がぽつりと漏らすと、視線が集まった。

 交渉をする『時間的な余裕』はあったけど、それ以外の部分の余裕が無かった。たとえば、交渉を成立させる信用の余裕が。

 つまり、その戦いが発生するかどうかの確証がつかめない……いや、確証がつかめないならばそれを踏まえて交渉のテーブルに載せればいいだけだ。

 もっと別の部分での信用……交渉相手が違う……本当は交渉したいけど、交渉できない……?

 何か。もう一つ情報があれば、答えが出そうなんだけど。

 そんな時だった。

『神殿長!』

 という叫び声と同時に、扉が大きくノックされたのは。

 基本的に幹部を揃えた会議の場合、会議中は原則、外部と完全に遮断される。

 この遮断状態において、それでも何かが発生した時に知らせる事ができる人材は、この神殿には三人だけ。

 その三人は神殿長からの信が厚く、それを許されているのである。

 さっきの叫び声は、その三人のうちの一人、神官ハバードに違いない。

 皆が訝しげにして困っていたので、とりあえず僕が代表して扉へと移動し、それを開けると、そこには顔面蒼白とした神官、ハバードが居た。

「急報! 神殿長にお伝えします! アリト国首都において、つい先刻、国家騎士団によるクーデターが発生。国家騎士団の第一から第四までの全師団長四名の連名による、暫定政権の発足が宣言されています! それに伴い、『アリト国の現政権は神殿を激怒させる迫を実行し、神殿に対する義理を欠くこと甚だしい。これによって神殿は国からの移転をも考えるに違いない。そうなればアリト国の崩壊は必至であり、それを防ぐため、現政権の全命を以てこれを償い、アリト国は暫定的に我々が政権運営を行う事で、アリト神殿の許しを得る』と発表が」

「…………」

 僕は僕の頬が引きつるのを自覚する。

 クーデター……軍事的革命、軍による政権転覆……?

 話が繋がるどころか、なんだかわかんなくなってきたんだけど……。

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