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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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59 - 手紙と神殿の事情のこと

 神殿長の部屋に到着し、いつも通りにノックをして入ると、神殿長は机の上に座って何かの書状を読んでいた。

 書状……というか手紙だろうか?

 お行儀が悪い、というのはもはや指摘する意味もないので無視。座ってるだけまだマシだ。

「あなたたちが『手合わせ』をしている最中に届いたのですよ。神官オース。あなたにも手紙が届いています。読んでください」

「僕にも……ですか?」

 何だろう。

 指差された先には封筒が、その封筒には確かに僕の名前が書いてある。

 差出人はアリト国で、封筒には特殊な印がされており、それが真実、この国から送られたものであることを伝えている。

 中には紙が数枚。

「国からの親書ですから、検閲も行われていません。読み終わったらで良いので、こちらにも回してください」

「はい。わかりました」

 アリト神殿に於いて高名である神官オース・エリ殿へ、そう始まったその手紙には、色々な御託が並べられてはいたけれど、簡単に要点だけを掻い摘めば次の通り。

 近くアリト国内で大規模な戦いが起きる可能性がある。

 現有する国家騎士団の戦力的に、その戦いは厳しいものである。

 ついては、神殿の協力を求めたい。それにあたり、オース・エリ、つまり僕の口添えを頼みたい。

 その見返りと言うわけではないが、『ディリ・エリ』、『シーナ・エリ』……つまり僕の父親と母親を、国が責任を持って保護することを決定した。

 神官オース・エリに慈悲と加護のあらんことを。

 こんな感じか。

 僕はやれやれ、と首を振りながら手紙を神殿長に渡すと、神殿長は先程まで読んでいた手紙を代わりに僕に手渡してきた。

「それも読んでおいてください。右筆のあなたには読む資格と権利、そして責任があります」

 そう言う事なら、と僕は頷いて目を通す。

 例によって御託が並んでいたので、要点を抑えるてみる。

 世界三神殿に数えられる正当な神殿の一つ、アリト神殿を治める稀代の神官、サタナ・ビナ殿へ。

 近くアリト国内で大規模な戦いが起きる可能性が極めて高まった。これは兆候と看過できる規模のものではなく、一つの確信を持つものである。

 現有する国家騎士団の総力を挙げてこの戦闘は短期終結は目指すが、どうしても一定の犠牲が発生するであろう。

 ついては、神殿の協力を求めたい。

 協力を得られない場合でも、国家騎士団は協力者とともに総力を尽くして戦うであろう。

 こんな感じ。

「いっそ清々しいほどの脅しですね……」

 僕の呟きに、神殿長は頷いて答えた。

「ええ。この二通の書き方からして、アリト神殿に所属する神官の関係者は概ね人質にされていると考えるべきでしょう」

 まあ、そうだろう。

 国が責任を持って保護する……と言えば聞こえはいいが、それって要するに監視下に置かれていると言う意味だし、そして発生した戦いでアリト国が大敗北をするような事態になれば、その国に保護されている家族に累が及ぶ。

 とはいえ……。

「珍しいですね。国がここまで直接的な脅しをしてくるなんて」

「そうですね。それほどまでに切迫した戦いが迫っている、と言う事なのでしょう」

 僕の疑問混じりの発言に、神殿長は淡々と答える。

 神殿長にしては珍しく、その言葉には少し投げやりな感情が見受けられた。

「国が神殿に対して圧力をかけてきた、これだけでも既に、次の定例会で報告しなければならない案件です。神官オース、議題に入れておいてください」

「はい。手配します」

「さて……それはそうとして、問題はもう一つあります。神官の関係者を人質にした……簡単に言ってくれますが、神官の名簿なんて、神殿の中でも一定の地位が無いと見れませんよね?」

「そうですね。現状、名簿を見れるのは、神殿長と僕を含めても十八人しかいません。名簿が漏れてると神殿長はお考えですか?」

「全て、では無いにしても、一部は漏れている、と考えざるを得ないでしょうね……。私の名前が漏れている時点で」

「…………」

 サタナ・ビナ。

 アリト神殿於神殿長、その本名。

 たしかにこの人のフルネームを知っているのって、その名簿を見れる十八人くらいなのだ。

 どうしても神殿長が名乗らざるを得ない場合、神殿長は『サタナ=アリト』と名乗っている。

 ちなみにフルネームを隠すのは神殿長のならわし、と言うわけではなく、この神殿長のお茶目だということはレーロの神殿長に聞いた。

 もっとも、意味のないお茶目をするような人では無いので、何かしらの意味があるのだろうとは思うけど。

「神官オース。あなたならば誰が怪しいとみますか?」

「そうですね……。心当たりは無い、と普段なら答えたと思いますけど、今は不思議と候補者がいます」

「奇遇ですね。私もです。せーので言ってみましょうか」

「はい」

 せーの、と声を合わせて、

「トトラ・ワグナー」

 当然、同じ名前が重なった。

「ですよね」

 神殿長がため息をついて言う。

 気持ちはわからないでも無い。トトラの才能は確かなものだし、神官戦士として大成することは間違いないだろう。そう思わせるほどに体術は完成している。

 だけど、国家騎士団の第三師団に所属する『第三師団長クグラ・ワグナー』の娘という直接な関係者であること、そして彼女が神官になってから多少時間を置いたこの時期になってこの手紙が届いたと言う事を考えると、名簿を漏らしたのは彼女の犯行として見たほうが自然である。

 彼女の完成した体術……神官としてはまだまだ駆け出しでも、戦士としては一線級というその戦闘力、天性の素質というには無理がある。

 ならば当然、それを裏付けるだけの修行があるわけで、その修行において名簿を探し、それを親元に送る、くらいの訓練は受けて……うん?

 いや、ちょっと待て。

 例えば僕ならばちらりと見ただけでも全部思い出せるけど、それはシニモドリが持つ絶対的な記憶があってこそだ。

 ちらりと見た程度で覚えられる量には限度があるはず。

「……トトラ・ワグナー、彼女にも『神授』があるんでしょうか?」

「あるとしたら記憶に関するものでしょうね。既に亡くなっていますが、かつてこの神殿に『視覚的絶対記憶』という『神授』を得た神官がいましたし、その類かもしれません」

 視覚的絶対記憶……、見たものは忘れない、か。なんだかシニモドリ的には劣化版って感じだけど、一般的に考えれば十分強力だ。

「ただまあ、もしそう言う『神授』を持っているならば、まだ救いがあると思いませんか、神官オース」

「……そうですね」

 もし記憶に関する力を得ていないならば……それこそ人より記憶力が良いだけ、という線も無いわけじゃあないけど、事態は悪く考えておくべきだろう。

 最悪な可能性は、トトラ・ワグナーではない別の神官、それも幹部が、こっそりと既に繋がっている、という可能性。

 この場合、トトラ・ワグナーという丁度いい『目くらまし』を手に入れたから行動に移れた、そんなところだろう。

「何らかの形で幹部から漏れたのは間違いないと思いますが、直接的に情報を流したとは考えにくいですよ、神官オース。幹部ともなれば『神授』のことは当然知っているでしょう。名簿の流出なんて問題が起きたら、真っ先に疑われるのは幹部ですし……それが定例会の議題に上がる可能性も高い。そうなればレーロ、ルブムの両神殿長います。あの二人の前に隠し事は不可能です」

「それは、確かに。となると、間接的に情報を流した……?」

「それも無意識のうちに、でしょうね……」

 無意識のうちに情報を流す……なんてこと可能だろうか。

 寝てる間に忍びこまれたとか?

 それこそ盗賊ギルドの、レベル90くらいの盗賊ならばできるかもしれないけど、それをトトラにできるとは思えない。

 …………。

 いやむしろ……うわあ。

 僕が思いついたのに気付いたらしい、神殿長も苦い表情で言う。

「気付きましたか、神官オース」

「あんまり気付きたくなかったですけど……。神官トトラにならば、まあ、僕と違って可能でしょうね……」

 ここでポイントになるのは、トトラがまだ正式な神官ではなく、神官見習いであると言う点と、トトラ・ワグナーという人物のプロフィールだ。

 正式な神官は外泊する際、それを報告する義務がある。しかし、神官見習いにはそれがない。他人の部屋で寝てもよいと言う事だ。

 これは神官として、神殿に慣れるまでの間の特例措置で、この期間中に神殿においてどのように生活をするのか、これを学ぶ為でもある。

 で……トトラ・ワグナーは十三歳の女性で、この神殿の神官において幹部と呼ばれるような、名簿を見ることができるメンバーは十八人。

 その十八人のうち僕と神殿長を除いた十六人の内訳は、男性十二名、女性四名。平均年齢は三十二歳だ。

「神官オース。神官トトラと接触しうる幹部の男性で、神官トトラがその人物の部屋に泊った、というような記録はありますか?」

「……記録はありませんが、記憶はあります。五十三日前です。僕は朝の日課として毎日外を走ってるのはご存知だと思いますけど、その時に神官トトラ・ワグナーが神官モントハブ・シーヴィルの部屋から出て来ているのを見ています」

「そうですか……。よく覚えていてくれました、神官オース」

 モントハブ・シーヴィル。

 アリト神殿於奉公衆という幹部の一人で、男性、年齢は四十一歳。

 実力はまあまあ。神官としては極めて堅実な能力を持ち、良くも悪くもその堅実さが評価されての幹部となっている。

 いや、純神官でありながら一定の体術ができる珍しいタイプ……ではあるか。

「神官モントハブにもお灸をすえる必要はありそうですね。全く、娘ほどの年齢の子を相手に夜伽とは、良い身分です」

「…………。一応、僕はまだ十歳なので、そういう直接的な表現は避けていただけるとありがたいんですけど」

「今更にもほどがありますよ、神官オース」

 ごもっとも。

「それに、状況は限りなく黒に近いとはいえ、まだ彼女が原因であるとは限りませんし、神官モントハブが必ずしも何かしらをしたとも限りませんからね。……本来ならば状況証拠を集めて追い詰めるべきなのでしょうが、この手紙の手前、そんな事をしている時間的猶予はありませんか」

「まことに」

 返事をしろ、と手紙には書いていない。

 だがそれは、返事をしないで良いと言う意味では無い。返事を出すまでもなく答えは判っている、行動で示せ、そう言う事だろう。

「幹部を即日呼び寄せます。その場で今回の一件に対する対処の方向をアリトとして決定することにしましょう」

 僕は大きく礼をして答える。

 忙しくなりそうだ。

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