05 - レベルとカードと僕のこと
「ラス、ちょっと手伝ってくれるかしら」
「はい」
お母さんに呼ばれ、僕はお母さんの声のした方へと向かう。
すると、お母さんは小ぶりの箱を抱えていて、それを僕に渡してきた。
「そんなに重くないわ。これ、カウンターまで運んでくれる?」
「わかった!」
受け取ると、たしかに重くはない。軽くも無いけど、ずっしりという感じはしなかった。
カウンターの上に置いて、と。
中身はなんだろう?
勝手に開けるのは良くないので、とりあえず待機しておくと、お母さんは五分ほどしてからやってきた。
「あら、待ってたの?」
「うん。中身なにかなって思って」
「ああ、それはレベルカードよ。箱のふた、開けてみなさい」
レベルカード?
なんだろうそれ。
言われるがままに箱のふたを開けてみると、そこには半透明のプレートが沢山入っていた。
「これは?」
「レベルカード。そうね、そういえばラスはまだ持ってなかったか。一枚あなたが持っておきなさい」
「…………?」
プレートを一枚取り出すと、プレートには勝手に文字が浮かび上がってきた。
どうやら魔法が掛かっているらしい。
えっと、『個人登録』?
「で、そのカードを持ったまま、『認証』、『更新』って言ってみて」
「うん。認証、更新」
言ってみると、カードの文字がふっと消える。
そして、プレートの一番上の方に、また何か文字が。
「ラス・ペル・ダナン……僕の名前?」
「そう。それはレベルカードと言ってね。『認証』した人の名前とクラス、レベルが表示されるのよ。主に冒険者向けのアイテムね」
へえ、そんな便利アイテムが有るんだ。
「名前、は解るけど。クラスとか、レベルって何?」
「クラスは、その人の職業みたいなものね。ほら、あなたは『商人見習い』になってるでしょう」
あ、本当だ。
ちなみにレベルの欄には4とかいてある。
「レベルは、その職業としてどの程度の力を持っているかってことになるわ。初期値は1で、高ければ高いほどその職業を極めているってことになるの」
「僕のレベル4は、じゃあ低い方か」
「そうね。まだお手伝いを始めたばかりだもの、そんなものよ」
「お母さんは?」
聞いてみると、お母さんは懐からレベルカードを取りだし、僕に見せてくれた。
ティア・ペル・ダナン。クラスは商人。レベル92。えっと?
ちなみにレベル92ってどんな感じなんだろう。
結構高い方だとは思うけど。
「そういえばラスはこの前、ミシェルに会ったのよね?」
「うん」
「彼女は今、魔法剣士で、レベルは40くらいよ。その状態でも冒険者としては並より少し強い程度でしょうね」
へえ。
便利だな、レベルカード。
でもなんか、色々とその人の情報が筒抜けになると思うと微妙なところかもしれない。
「そりゃそうよ。でも安心なさい、『消灯』って言えば表示は消せるし、『点灯』って言えばもう一度表示できるから。もちろん、自分のカードでしかそれは設定できないわ」
あ、自分でそのあたりはできるのか。
普通に便利なアイテムだ。
でも『前の僕』でさえこんなアイテムの存在知らなかったんだよね。
……やっぱり辺境だったのかな?
「それと例外として、その所有者が死んだ時は名前だけが表示された状態になるわ。だから冒険者にとっては必須アイテムなの。高額なんだけど、ギルドに所属すればギルドから配給されるわ。ギルドに所属してなかったり、配給されたものを無くしちゃったり破損しちゃったら冒険者向けの商会で買うしかないわね。だから、一般人にはほとんど使われてないというのも現状よ」
ちなみに一枚金貨五千枚だそう。
一般人でも買えない事はないだろうけど、そんなものを買うくらいなら生活費にしたい所なのだろう。
「レベルは、どうやれば上がるの?」
「クラス毎に変わるの。あなたの商人見習いとか私の商人は、普通に働いてるだけで勝手に上がるわ。それと、物を売ったり買ったりするとさらに上がりやすくなるわね。逆に戦闘系のクラスだと、戦わないと駄目。素振りとかでも一応上がらない事はないみたいだけど、すごい時間がかかるわ。実戦を積めば積むほど、レベルは上がるそうよ」
ふむ。
「最後にもう一つ。クラスは好きに変えられるのかな?」
「ええ。『クラス変更』を宣言して、自分がやりたいことを宣言すれば、自動でギルドが定めるクラスから最も近いものが設定されるわ」
なるほどね。
結構これは使い道が有りそうだ。
「ただし、よ。ラス、レベルカードには注意してほしい事があるの」
「何を?」
「レベルカードに表記される名前は、必ず本名か、冒険者ギルドに登録している字のどちらかなの。字は一度決めたら変更できないし、偽名を使う時は使えない。逆に言えばレベルカードの提示は、それが何よりの身分証明にできるわね。次にクラスは自由に変えられる都合上、必ずしもその人がそのクラスであるとは限らないわ。まあ当然、全く関係のないクラスを設定すればレベルがとても低くなるから、『他に何か本命のクラスが有る』と当たりは付けられるでしょうけど、例えば『戦士』が『剣士』を偽っているとか、そういう可能性を考慮しなければ駄目ってこと」
あー。なるほど。
結構面倒な事も多いんだな……。
ま。
「つまり、身分証明、名前を偽ってるかどうかの判断基準にはできるけど、その人が本当にその職業の人なのかは解らない。一定の定規にはできても、絶対のものにはならない。そう言う事だよね」
「その通り。ちゃんと理解できたようで何よりだわ。ちなみにこのレベルカード、冒険者の店では結構重要な役割を持ったりするの。何かわかるかしら?」
ふむ?
名前。クラス。レベル。
名前は確実、レベルも確実と言えない事はないけれど、クラスは自己申告。
あんまり難しく考える必要はないか。
「冒険者さんがそれを見せてくれれば、その人にあった武器や防具、道具とかを素早く出せる、とか?」
「大正解よ。ご褒美に今晩はあなたの好きなシチューを作ってあげるわ」
「やった! ……でもさ、レベルカード、もうちょっと機能増やしても良いのにね」
「え?」
「ほら。たとえばだけど、クラスを二つ以上表示できるとか、武器を指定できるとか」
「確かにそれができたら便利でしょうね……」
お母さんはうんうん、と何度も頷きながら言う。
けどこの場合、続く言葉は……。
「でも、無理ね」
やっぱりか。
一応聞いておこう。
「なんで?」
「レベルカードは既に、現代技術の限界点なの。これ以上の情報を持たせることは、できないらしいわ。少なくとも今のところは」
なるほど。
将来的にはどうにかなるのかもしれないなあ。
「ところで、ラス。折角だから、ちょっとクラス変更をやってみてもらってもいいかしら。魔法、格闘、剣術の三回よ」
「うん。『クラス変更』、『魔法』」
レベルカードが文字を変える。
クラスが魔術師見習いに、レベルは1になった。
お母さんは「そりゃそうよねえ」、とだけ言って、次を促してきた。
「『クラス変更』、『格闘』」
今度はクラスが格闘士に、レベルは2になった。
さっきの倍だし、見習いの文字も無い。
これは大進歩かもしれない。
「いえ、五十歩百歩って言うのよ、それ。最後、剣術、やってみて」
「……はーい。『クラス変更』、『剣術』」
クラスの欄には剣術士見習い、レベルは1に。
「うん。まあ、当然と言えば当然よね。あなた訓練してないんだもの」
「…………」
なんか釈然としない……。
戻しておくか。
「『クラス変更』、『商人』」
で、結局クラスは商人見習い、レベルは当然4に戻る。
「ああ、クラスの変更をしないで、レベルの変動だけを見たい時は、『更新』と宣言すればいいわ。覚えておきなさい」
「うん。わかった!」
こうして僕はレベルカードを手に入れたのだった。
もっとも、暫く自分が使う事はないだろう。
僕はそう思っていた。
おまけデータ。
ラス・ペル・ダナン…Lv4(商人見習い)。
ティア・ペル・ダナン…Lv92(商人)。
ミア…Lv42(剣士)。
セイナ…Lv48(魔術師)。
ラバル…Lv49(神官)。
ミシェル…Lv41(魔法剣士)、Lv××(×××)。
母は、強し。