58 - 今の力と手合わせのこと
「始めっ!」
合図はタスラにお願いした。
声が響くなり、トトラは存外素早い動きで僕へと突貫してくると、大剣を両手できちんと構え、上から叩きつけるかのように僕へと振りおろす。
「せーやっ!」
結構重い筈なんだけどなあ、あの剣。
その動作は緩慢ではなく鋭くて、また適当な動きでも無くきちんと型ができている。神官になる前から大剣は使いなれているようだ。
そんな事を思いながらすっと避けて、大きく空ぶった大剣を余所に杖でトトラの胸元を思いっきり突く。トトラはそれを避けようと努力はしていたけど、結局は命中。
ずっしりと重いし、鎧に当たっているから衝撃がもろに手首に掛かる。結構これはきついな……。それでも彼女を弾き飛ばす事には無事成功。
弾き飛ばされた彼女はバランスを崩し、それでもきちんと両足で着地すると、息もつかずに再び向かってきた。
その動きに迷いは見られない。何らかの戦闘訓練を受けた事があるとみた。
今度は左から右へと横に薙ぐように、彼女は大剣を振るう。けどそこは射程の外、大剣の攻撃は届かない……はずなんだけど、なんだか嫌な予感がして、僕は咄嗟に斜め後ろに回避行動。
彼女の剣は当然空ぶり、しかしその剣は振りきられたと思えば即座に切り返して、さらに彼女は踏み込むように斬りこんできた。最初からこの二段目が狙いだったのか。
更に後ろに下がりつつ、僕は彼女の手首を狙って杖を勢いよく振るう。杖は彼女の左手首に命中すると、鈍い音が周囲に響いた。
彼女は手甲もきちんと付けているから、骨折まではしていないだろう。
それでも痛みはあるだろうに、彼女は表情を少しゆがめただけでそのまま剣の自重や遠心力を使って重心を強引に移動させると、強引に右足で回し蹴り。
咄嗟に杖を引っ張り戻して、両手でできるかぎり両端に近い部分を握って構えた杖を縦に添えてガードをして、受け止めた衝撃をそのままに、左手だけを外して反発も利用し右手首でスナップ、彼女の軸足となっていた左足を払ってやると、当然彼女は横に倒れ込んだので、杖を彼女の顎元に突きつけて試合終了。
「……参りました」
ふう。
「なんとか勝てた……けど、やっぱり慣れない武器だと戦いにくいですね」
僕は手を差しのべながら言うと、彼女はきょとんとする。
「使いなれない武器……ですか? 随分手慣れているように見えましたが」
「武器として使うのは初めて、です。手慣れてることに否定はしません」
走ってる時も持ち歩いているし、三年だ。
それこそ三年も同じものを持ち歩いていれば、『なんとなく』でやりたいことができるようにはなる。
「神官トトラも、大剣にずいぶん慣れてましたね。鎧を着込んでも動きは軽かったし、何か、訓練でも受けてたんですか?」
「はい。私の父親はアリト国の国立騎士団の第三師団に所属していまして、そんな父に指導をしてもらっていました」
なるほど、道理か。
ていうかなんでそんな人の娘が神官になったんだろう。
「まあ、家出しちゃったんですけどね」
「家……出?」
「はい。で、せっかくなので神官になろうと思いまして」
ちょっとそこまで感覚でとんでもないところまで来てるぞこいつ。
僕が反応に困っていると、遠くで神殿長とタスラも頭を抱えていた。
どうやらそのあたりの事情は今知ったらしい。
「そうだ。手首とか足とか、痛むなら治癒して貰ってください」
「そうですね。そうして貰います。折れては無いんですけどねー」
言いつつ彼女はタスラの方へ。僕はやれやれと杖をつく。
大剣を使う重戦士タイプ、この上で神官魔法を使いこなすようになれば……、彼女はどこまで育つのやら。
治癒が終わったらしく、彼女が再び戻ってくると礼をして、再び構えを取った。
ので、僕も構えを取り直す。
「改めて、始めっ!」
合図がされて、今度も彼女が先に動いた。
一気に距離を詰めてくると大剣を下から斜め上に振り上げるようにしたので、それを杖で対……いや無理かな?
僕は大人しく後ろに下がり一撃を回避、すると思いがけない事に彼女の手から大剣がすっぽ抜ける。いや、わざと手放したのだろう。
剣は放物線を描き、僕の近くへと向かってくる。そしてそれを追いかけるように彼女は再び距離を詰めてくる。
逃げてばかりではしょうがないとは解っていても、肉弾戦じゃ敵いそうにないしな……さっきみたいなカウンターができれば理想なんだけど、かなり警戒されてしまっているから、あそこまで綺麗に決めるのは無理だろう。
どこかで虚をつかないと駄目、なんだけど……。
とか考えてる間に彼女は、投げた大剣の柄を左手でキャッチ、そのまま振りおろしてくる。なにそれ。
驚きながらも大剣の切っ先に杖を当てて重心をずらし、彼女の左手から弾き飛ばしてやる。当然だ。片手で振り回せるものでは無いし、空中でキャッチした状態じゃあ握りも甘い。
とはいえそれは彼女にしても織り込み済みだったようで、そのまま彼女は接近戦をしかけてきた。どうしようかな、と考えながらもふぉん、ふぉん、と杖を両手で振り回し、とりあえず棒のように叩きつけてみると、彼女はそれを半身だけずらして回避したので、そのまま杖を強引に彼女に向けて方針転換、地面に叩きつけた反動もあってそれは彼女の左大腿部に命中。それでも彼女は動きを止めず、僕に向けて殴りかかる。杖でガードは間に合わない、かといって真っ当な回避もちょっと無理、彼女も命中を確信したのだろう、ほんの少しだけ表情が緩んでいる。
やむを得ない。一撃を受ける覚悟を決めておくと、彼女は当然のように一撃を振り抜いた。思いっきり胸を殴ってくるとは容赦が無い。
意図せず息が漏れ、次いで全身が痛みに硬直するのみならず、その一撃で僕の身体は少しだけ宙をういたので、杖を無理矢理引き寄せて、特に意味もなく振りまわした。彼女はその杖に当たる事を嫌ってか追撃を諦め、弾き飛ばされている大剣を改めて握りしたころに僕は体勢を立て直す。
接近されると不利って感じが否めないな。魔法使えないだけでここまで戦いにくいものか。しかも中距離戦でも決して有利じゃあない。
残念ながら体術ではどうあがいても勝てないだろう。さっきの一勝は彼女が油断してくれていたから成立しただけなのだ。そう思う僕の胸元はずきずきと痛んでいる。肋骨が折れてるかもしれない。
「強いですね、神官オースは。不意をうっても決定打になりませんでした」
「強いのはそっちでしょうに……。近接戦じゃ敵わないですよ、やっぱり。参りました」
「そうですか」
彼女が構えを解いたので、僕も構えを解いて自信に治癒の魔法をかける。痛みがすっと引き、一安心。
「一つお願いがあるのですが」
「うん?」
「一度、あなたの本気を見てみたいんです。魔法を使う戦闘のことです」
「うーん……」
僕はちらり、と神殿長に視線を送ると、神殿長は笑みを浮かべてこちらを見ていた。
その横ではタスラが心配そうな表情だ。
「本気……。本気はちょっとアレかなあ」
まさか『域』を使うわけにも行くまい。
「でも、魔法を使う戦闘、少しだけ見せる分にはいいですよ」
「そうですか? じゃあ、それでお願いします」
「はい。神官タスラ、合図をお願いします」
「了解。それじゃあ……」
お互いに構えを取り直し。
「始め!」
合図と同時に僕は『矢弾』を六十三発生成し、杖で地面をとん、と叩いた。
「続けますか?」
「……遠慮します」
ふるふる、と首を横に振って、彼女は数歩下がっていた。
「賢明です」
僕は杖に『矢弾』を集中させる。
この杖、魔力の『集約』を助ける効果があるのだけど、自分が放った魔法ならば自分の魔力に戻す事ができるという機能がついていた。要するに余分な、余った魔法を魔力に還元できるのだ。還元率は完全ではなく、多少の損失はあるけど、それでも還元できるのとできないのでは大違いだしね。
「でも、意外でした。神官魔法って、そういう直接的なものもあるんですね」
「いいえ。今のは一般魔法、単なる『矢弾』の魔法です」
「あー……」
普通の魔法使いは神官魔法を習得することが恐らく困難だ。これは魔力移動の概念が普通の魔法使いには存在しないからで、存在したとしても魔法書の入手が出来ないからに過ぎず、天才が魔法書を入手した、などと偶然が重なれば、恐らくは困難なれど習得もできるのだろう。
一方で神官が普通の、つまり一般魔法と呼ばれるものを習得するのはとても簡単だ。魔法書は確かに高価だけど流通も多い。
それでも神官が一般魔法をあまり使わないのは、肝心な時に魔力が足りず神官魔法が使えない、という事態を防ぐためである。
そう言う意味でもこの杖は結構貴重だよね。魔力の還元はでかい。
見た目に反してとても丈夫だから武器はもちろん、防具にもなるし。
「……神官オース、あなたが一般魔法を使えるのは知っていましたが、それほどまで使いこなせていたのですね」
勝負あり、とりあえずの手合わせは終了したと読んだのだろう、神殿長とタスラは近づいてきていて、神殿長は感心したような呆れたような、そんな表情でこちらを見ていた。
「おかげさまで、練習をする時間は沢山取れましたから」
「そうですか。……まあ、正直なところ、神官オース、あなたと神官トトラは、お互いを高め合うような手合わせはできそうにありませんね」
「はい。僕もそう思います」
「そうですか? 私は、結構学ぶところがあったなあって思うんですけど……」
うーん。
どう説明したものか。
「神官トトラ。あなたの体術は、僕とは比べ物にならない程度には、既に完成しているんです。実際、最初はあなたが油断してくれたから、その隙をつくことはできましたけど、その時以外、僕には攻め手が無い。つまりあなたには防御の練習が出来ないんですよ。それじゃあ意味が無いでしょう」
「それは確かに……。でも、全く動かないのはもっと問題ですし」
「そう言う事なら神官トーラ・ファミリア、彼の出番でしょうね」
神官トーラ・ファミリア。
今年で二十七歳になる、この神殿に居る神官戦士。
神官としての力量も決して低くない上、戦士としては超一流だ。
適任ではあるんだけど、あの人、『幼い神官』にトラウマのようなものを持ってるんだよね。僕にもひどく怯えてたし。
「彼には彼の事情がありますが、その事情を乗り越えるには神官トトラを指導するのが丁度いいでしょう。もちろん神官タスラ、あなたも同席するように。折角ですから、神官トトラに神官魔法も教えてあげなさい。あなたならばできると思います」
「精一杯がんばります」
「ありがとうございます」
「それと、神官オース。少しお話があります。今日はここまでにして、執務室まで来てください」
「はい」
なんだろう?
僕はその後も二、三、トトラたちと話していると、ふっと神殿長の姿が消えた。
『神出鬼没』でどこかに行ったらしい。
「さてと。僕もこのあたりで」
久々に身体を戦闘形式で動かせてよかった。
思ったよりかは動けるけれど、一定以上の力量がある相手には手も足も出ないって教訓もできたし、魔法主体に頑張ろう。
僕はそう思いながら、訓練場を立ち去り、神殿長の部屋へと向かうのだった。




