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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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51 - 神授と神官の仮説のこと

 自室に戻り装束を仕舞った後、僕は神官というものについて改めて考えていた。

 というのも、『神授』という新たな概念を教えてもらったからであり、そのときになんとなく引っかかることがあったからだ。

 奇異な能力。

 僕の場合は、それが文字の読み書きに発現しているのだろう。

 神殿長はそう推理した。

 言われてみれば、僕はシニモドリになって以降、文字の読み書きで困ったことが無い。

 それは身体が教えてくれているからだろう……とか勝手に思ってたし、事実、シーグはそうなのだろうけど、確かにノア・ロンドやオース・エリは文字を本格的に習ったという記憶がまるで無いのだ。ノア・ロンドにせよオース・エリにせよ、ラス・ペル・ダナンやシーグとしての記憶があったからという可能性はもちろんある。

 でも、それについては、少し考えなければならない事があるわけだ。

 つまり、ラス・ペル・ダナン。

 そう、ラス・ペル・ダナンも、文字に関する教育は初歩的な物しか受けていなかった。僕が入るまではずっと寝てたし、起きた後は自然と読み書きしていたからか、特にお勉強と言う事はしていないのである。

 そして、ラス・ペル・ダナンが使っていた文字や言葉は、『最初の僕』が使っていたものとは、明らかに別の物だった。

 それは一体どんな意味を持つ?

 ベッドに全身をゆだね、天井を眺めながら考える。

 そもそも、神官が得るという特異な力を『神授』と呼んでいるらしい。

 オース・エリがそれを得たのは、オース・エリが事実神官になっているのだから、まあ、納得できる。

 けど、それ以前の僕は神官になった事が無い。

 なのに恐らく『神授』であると思われる『文字の読み書き』は、ラス・ペル・ダナンのころから、持っていた。

 これのヒントは、神官や『神官』という存在にありそうだ。

 命と身体を別った上で、それでも千人に一人、命が身体に残ることで、神官魔法の素養を得る。

 現代の神官は、本来の『神官』とは異なる存在であり、神官とは『神官』の模倣である。

 神官が出来ることの殆どは『神官』の劣化であって……僕が読んだあの三冊の本には記されていなかったけど、『神授』も恐らく、本来の『神官』も持っていた力の一つなのだと思う。

 うん。

 無意味に論を重ねてもしょうがない。

 先に仮定をしてしまおう。


 本来の『神官』とは、『シニモドリ』なのではないか。


 シニモドリは命の生き様だ。命が何らかの理由で死んでしまった身体に入ることで、何度も生きる事ができ、そしていづれは死に戻る。

 『命が死んでしまった身体』に、『命だけの存在』が入っている状態。

 それはつまり、『完全な意味で命と身体が別たれて』、その後改めて『身体に命が宿っている』状態。

 『命と身体を別った上で、それでも命が身体に残ること』、この要件を僅かにゆがめてはいるものの、満たしてるといえば、確かに満たしているのだ、シニモドリは。

 ゆがめると言うのは、命が違うと言う点。しかし定義上では『命が身体に残ること』が重要なのであって、『本来の命』とは何処にも書かれていない……いや、普通、別の命が入るとは思わないんだろうから、暗黙の諒解がそこにはあるんだろうけど……とはいえ。

 僕がラス・ペル・ダナンに初めてシニモドリした時、ラス・ペル・ダナンは神官の要件を、それと気付かずに自然と満たせていた、と考えることができる。

 だからラス・ペル・ダナンのころから、僕は文字に困らなかった。なぜなら、その時点で既に『神官』として成立し、『神授』を持っていたから。

 この説を補強するのは、あの声が漏らした次の言葉だ。

『君が「域」の魔法を覚えられたのも、もとはと言えば君の特質性に依存……』

 特質性。

 それが僕の文字の読み書きという『神授』である可能性はないか。

 僕にしか『域』が覚えられないというあれは、要するに魔法書が読めるかどうかという点なんだと思う。

 文字の読み書きに困らない『神授』があったから、魔法書の『解読』が自然に、普通の本を読むようにできていた……だから、『域』を覚えることが出来た。

 だから『喰』の魔法書も読めてしまった。魔力が全く足りなかったのに。

 もっと言ってしまえば、シーグのころから、僕は魔法書を普通の本と同じように読んでいる。それを見た者たちは、それに驚いていなかったか。

 本来魔法書とは時間を掛けて解読し、解釈しなければならないものなのだ――それを普通にさらりと読めている時点で、何らかの力が働いていたのではないか。

 魔法書だって文字で書かれているのだ。ただ、その文字が暗号化されていると言うだけで。僕の『神授』は、そういう暗号さえも、自然と読めてしまうのだろう。

 うん、『文字の読み書き』という『神授』があるならば、それらの説明はできるな……。

 現代の神官が本来の『神官』の模倣であり、もしも本来の『神官』が『シニモドリ』と同一であるならば、『神官』が消えた理由は……、『シニモドリ』にも限度が訪れることがある、から?

 あの声は常々言っていた。僕の命が丈夫だと。何があっても生きることを諦めないと。

 あの声はこうも言っていた。僕には前任者が居たと。そして二つ前の前任者は、特に魔法を頑張っていたと。

 その二つ前の前任者が、『神官』その人だったのではないか……いやでも、『神官』は一人では無い、と言うようなことが書かれていたし、流石に飛躍しすぎか?

 まあ、『神官』の全てが『シニモドリ』であったとは限らないけど、『シニモドリ』の一人が『神官』だった、という可能性は多いにありそうだ。

 だとしたら、あの声の言うところの、『都合が良い』は何を指すのだろう。

 神官にシニモドリすることで、あの声が得られる利益は何だろう。

 何の利益も無く僕をシニモドリさせているのだとしたら、『都合が良い』とは言わないような気がするし……そうでもないのか?

 あの声の正体がわからない以上、そのあたりを深く考えたところで答えは出てこない。

 なんかもやもやするし、思考が偏ってしまっているような気がする。こんな状況で出した答えは、きっと歪んだ答えになるだろう。

「本質を見誤ってはいけません……か」

 神殿長の言葉を思い出して、僕はぱん、と自分の頬を叩いた。

 そうだ、本質を見誤ってはいけない。

 あの声の主が何者であったとしても、本来の『神官』が『シニモドリ』だったのだとしても、それはそれであって、今の僕にとってはそこまで重要な事では無い。

 僕はただ、生きたいから生きるだけだ。そのための手段として、『シニモドリ』になった。ただそれだけなのだから……。

 そんな事を考えている間に、僕は眠りについていた。


 不意に目を覚まし、時計を見ると五時。朝の五時か夜の五時かはわからないけど、どちらにしても微妙な時間。

 幸い、神殿に設置されている食堂は、神官であれば時間に関係なく自由に無料で使えるので、お腹もすいているし食べに行こうかな。

 寝汗を流すべくお風呂が先だけど。

 ちなみに自室にはお風呂、お手洗い、それと簡単な料理ならばできる程度の台所も付いている。

 言ってしまえば一般的な民家一軒分が僕の自室になっているようなものなのだけど、これは決して、僕だけの厚遇では無い。

 神官は皆同じような部屋を持つのだ。

 そう、いわばこの厚遇は神官であれば必ず得られるもの、である。

 料理も洗濯も自分でやっても構わない。但し、料理をするならば食材は自分で用意しなければならないし、それならば食堂でちゃんとしたご飯を食べたほうが良い。

 洗濯も風呂場とかでできない事は無いけど、神官一人につき一人ずつ専門の人がいて、決まった時間に毎日してくれるから、その人に任せた方が楽をできる。

 跳ね返りは冒険者とかになるんだけど、こうした厚遇を自分から捨てるような者は少ないようだ。

 ちなみに衣食住の完備に加えてこの厚遇を神官に対して与えているのは、神殿が神官を手厚く保護することで、神官に他の生き方をさせないため……というのが、本音。

 建前は神官では無いものに職を与えると言うものであり、それによって身寄りのない子供を雇い、育てることも無いわけではない。大抵は神官を志し、そして千人のうちの一人になれずに死んでしまうので、その点には少し暗い部分があったりもするのだけど……。

 お風呂場で軽く汗を流し、タオルで体を拭きながら、遠くの窓の外を眺めて見る。暗いと言えば暗いけど、明るいと言えば明るい。本格的に朝なのか夕方なのかが解らない……。

 夕方だったら普段着で良いけど、朝だったら装束を着なければならないんだよね。

 装束の着用は割と面倒なのだけど、怒られるのは嫌なので、大人しく白衣装束を身にまとい、姿見で特におかしい所が無いかを確認。

 うん、おかしいのは年齢だけだから問題なしと。

 ご飯を食べに食堂へ。途中の通路では誰一人としてすれ違わなかったので、これはどうやら朝の五時らしい。

 いざ食堂についてみると、そこでは一人の神官が食事をしているだけだった。

「すみません。何か軽食をお願いします」

「はい、神官様。量はどうしますか」

「僕でも食べきれる程度の量で」

 畏まりました、と厨房から声がしたので、僕は適当な席に向かって少し待つ事に。

 食事をしていたもう一人の神官も、僕の声で僕に気づいたのだろう、席に向かっているところで、

「おはようございます、神官オース・エリ」

 と挨拶をしてきた。

「おはようございます、神官……えっと?」

「失礼。レーロ神殿於老中、イトラ・カルシアと申します」

「アリト神殿於右筆、オース・エリと申します」

 イトラと名乗った神官が纏う白衣装束には金の縁取りがされている。高位の神官と言う事だ。どうやらあちらは僕の事を知っているようだけど自己紹介。

 現在残っている三つの神殿は、神殿長をトップとした体制である点は同じだけど、各神殿で細かい制度は異なっている。

 役職名やその役職が持つ権限はその神殿次第で結構違うので、覚えるのが普通は大変だったりする。

 僕は一度見聞きするだけで覚えれられるけど。

 で、レーロ神殿の老中はどんな役職かというと、神殿長直属の最高幹部のはずだ。

 なんでそんな人が居るんだろう。この前の定例会絡みだろうか?

 いや、でもそれならそれこそ、定例会に参加してるはずだし……。

 そんな疑問に答えたのは。

「私が呼んだのですよ」

 と。

 こつん、こつん、と聞きなれた音を透明な杖で鳴らしながら、神殿長がやって来ていた。

 一体いつの間に来たのだろう……。

「今回は呼びかけに対応していただき感謝します。そしてお久しぶりですね、神官イトラ・カルシア」

「こちらこそお声を掛けていただきありがとうございます。お久しぶりです、アリト神殿長」

 口調は固いけど、神殿長の表情が普段よりも少し緩んでいる。珍しい事もあるものだと思っていると、くすり、と神殿長は笑い、僕に向かって言った。

「神官オース・エリ。今日から暫くの間、あなたの指導役として、神官イトラ・カルシアが着任します。彼は全神殿でも指折りの神官魔法の使い手です。少し大変とは思いますが、このような機会はそうそうありません。しっかりと学んでくださいね」

 いや。

 そういうことはもうちょっと早くに言っといて欲しいんだけど。

こぼれ話:

某鬼才(イセリア)は『(ショク)』の魔法書を十五分で解読しています。

その師匠(アレシア)は十七分掛かったそうです。

但し、彼女たちは主人公(ノア=オース)ほど正しく『喰』は発動できません。

かの二人は天才であるが故に、多少解釈が間違っていても、発動させることが出来ちゃうんですね。

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