04 - お店の店主と目録のこと
お店のお手伝いをするようになってから一ヵ月。
既に僕の存在は広く知られるようになっていて、僕としても常連客の顔と名前がようやく一致し始めた。
お店はお父さんかお母さんのどちらか片方がかならず一緒なので、そんなに不安もなく、いつも通りに今日も営業開始。
そのお客さんは、お昼過ぎに訪れた。
「すいません、買い取りをお願いしたいんですけど」
「何を?」
「この魔法書を、です」
今日、お店に居るのは僕とお父さんの二人。
お父さんは魔法書を受け取ると中身を確認しようとして、しかしどうやら開かなかったらしく、本を机の上に置いた。
魔法書の一部には、それを読める人間を制限する目的で封印されている事がある、んだとか。
あの本もその類だろう。
「ラス、魔法書目録を取って来てくれるか」
「はい」
お父さんにお願いされたので、僕はお店の奥へと進み、別室の目録から魔法書目録を探しだして、再びお店のスペースへと戻る。
お父さんはお客さんと談笑していた。
「お待たせしちゃったかな」
「いや、そうでもない。で、ミシェル。この本、確かに遺跡で発見したんだな?」
「ええ。最下層にあったので、それなりに良いものだとは思うのですが。ギルド支部でも鑑定に失敗しまして」
「ギルド支部で鑑定できないものが、この店の目録にあるかねえ……?」
お父さんが思いっきり表情をゆがめて言った。
あ、ちなみに冒険者って、『前の僕』的にはお伽噺の中に出てくるようなレアな人たちだったんだけど、どうやらそうでもないらしい。
この街にもその支部が有ることからわかるように、一定以上の規模の街には必ずギルドの支部があるそうだ。
『前の僕』が産まれた街、ずいぶんな辺境だったんだろうなあ……。
なんて思いつつ、目録と交互に魔法書を眺めるお父さん。
どうやら苦戦しているようだ。
「ところで、その坊やは?」
「ああ。私の息子ですよ。挨拶しなさい、ラス」
「はい。ラス・ペル・ダナンです。よろしくお願いします」
「ああ、あなたが。噂はかねがね……私はミシェル。この街のギルドでは、ナンバースリーの地位についています」
なんばーすりー?
僕がお父さんに視線を向けると、お父さんは「すごく偉い人ってことだ」と答えてくれた。
なるほど。
「ミシェルさんは、魔法使いさんなんですか?」
「いえ、私は冒険者としては魔法剣士というクラスについています。前衛で戦える魔法使い、みたいな感じですね」
かっこいい!
「…………。なんだかこの、かっこいい! みたいな表情を裏切るようでとても申し訳ありません。確かに私はそういうクラスなのですが、戦闘は苦手な部類でして。あんまり私、かっこよくはないんです」
なんだ、そうなのか……。
「おい、ラス。あんまり失礼のないようにな。この人、口ではこう言ってるが結局強いから」
「あはは。私は弱い部類ですよ」
結局強いんだか弱いんだかよくわからないなあ……。
お父さんが嘘言うとも思えないし、たぶん強いんだろうけど。
でもこの人が嘘を言ってるとも思えない。うーん?
「もしかして、魔法剣士としては弱いだけで、別の戦い方だと強い、とか?」
「…………」
思いついた事を口走ったら、ミシェルさんは驚きの表情を見せる。
どうやら当たったらしい。
「ふふ、ラスくんは鋭いですね。その通りです。けど、今の私が魔法剣士だというのも、事実ですよ。ですからそのように扱ってくださいね」
「わかりました!」
本当の戦い方はあとでお父さんに聞いてみよう。
「しかしミシェル、この魔法書、下手すると目録外かもしれんぞ」
「そうですか。ギルドに記録が無くても、商業的には記録があるかもしれないと思ったのですが」
少し残念そうにするミシェルさん。
ちょっと魔法書の表紙を覗きこんでみる。
『ラヴァグ円陣応用・上巻』か。
下巻もありそうだ。
「どうですかね。値段は付きますか?」
「未知の魔法書だ。普通ならば買い取りは難しいし、二束三文といったところなんだが……。まあ、ミシェルが持ち込むようなものだ。贋作と言う事もあるまい」
お父さんはミシェルさんをかなり信頼しているようだ。
「ラス。その目録に『喰の魔法書』というものがあるはずだ。それの価格は幾らになっている?」
「えっと……」
喰の魔法書。あるかな。
あった。
「金貨二万五千枚だって」
「ふむ。ミシェル、それで良いか?」
「そうですね。では、金貨一万枚で買い取りをお願いします」
「残りの一万五千はどうする」
「その魔法書、おそらくですが、精密鑑定を行うのですよね。その結果を知らせてほしいのです。情報料として、金貨一万五千枚を支払いという形を取りたいのですが」
ミシェルさんの提案に、お父さんは即答を避ける。
けれど、結局は頷いた。
「解った。今後ともごひいきに……ラス、証文用紙を取ってくれ」
「はい」
証文用紙は一番奥の棚、の上から三番目の引き出し。
お父さんは言わなかったけど、たぶんペンも必要だよね。
一式を持ってお父さんの前に置くと、お父さんは満足そうにうなずき、さらさらと、ダナン商会と書きこむ。
「金貨一万枚の証文だ。精密鑑定には三十日かかる。三十日後に来店したら、結果を知らせよう」
「ええ、お願いします。さて……それじゃあ、今日のところはこのあたりで」
「ああ。毎度どうも。ラスも挨拶」
「ありがとうございました!」
こちらこそ、とミシェルさんは言うと、去ってゆく。
何となく身のこなしが軽そうに見えたのは、大金を手にしたからかもしれない。
「で、ラス。お前、さっきこの本の表紙を見てたが、見覚えがあるのか?」
「ううん。お父さんが知らないようなものを、僕が知ってるわけも無いし」
「それもそうか」
「ねえ、お父さん。遺跡って、そういう本とか、見つかるものなの?」
「ん……まあ、それなりにはな。この本みたいな完全に未知のものが見つかる事は滅多に無いんだが、魔法書とか武器防具が見つかる事は多い」
へえ。
「僕も遺跡、行けるのかな?」
「…………」
呆れたかのような表情でお父さんは僕を見てくる。
どうやらダメらしい。
「行けるかどうか……って意味なら、まあ、行ける。原則、遺跡に入場規制はない。一般人だろうが子供だろうが、行くだけなら自由だ。帰ってこれないと思うがな」
「…………? 危険ってこと?」
「そうだ。遺跡と言う場所はな、ラス。とてもとても危ない所なんだ。冒険者の中でも特に優れた者が共同して、始めてようやく生きて帰られる程に。俺達商人は、そんな場所に行くまでも無く、物を得ることはできる。金は掛かるが、初期投資にさえ成功すれば、利益も大きく出すことができる。どうしてもお前が遺跡に憧れていると言うならば、最低限戦えるようになって、その上で護衛を雇って行くことになるんだろうが……。俺は、できればラスにはそんな事はしてほしくない」
懇々と言うお父さんの言葉は、だからこそとても優しかった。
僕の事を思ってくれているのだと、心が安らぐ気持ちだ。
けれど、『僕』は。
ちょっと、罪悪感。
「……まあ、遺跡についてはともかくとして。お前が望むなら、少し戦闘の訓練、してみるか?」
「うーん……」
少しだけ考えてみる。
戦闘かあ。
戦う必要あるかなあ……。
というか、戦わなければならない状況に陥ること自体がダメな気がする。
「いいや。僕、そこまで遺跡に行きたいわけじゃないし。興味が無いと言えば、嘘になっちゃうけど」
「そうか」
お父さんは少しほっとしたような表情で、何度も頷いた。
「ならば、ラス。今度面白いものを見せてやるから、それで手をうってくれ」