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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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48 - 神官と神殿の真実のこと

 神殿での生活を始めてから半年もたつと、流石に僕は神殿に慣れていたし、逆に神殿の人たちも僕に慣れていた。

 で、神殿における僕、オース・エリの立場は、極めて微妙なものになっている。

 これは神官というものがとても奇妙な、そして貴重な存在だからだ。

 生に対する強靭な執着によって、狂人からの祝着を得し探究者。

 命と身体が別たれても尚、命が身体に戻りし者。

 あの時、神殿長は僕にそう言った。

 その定義が真であるならば、神官は何を探求しているのだろう?

 そんな疑問に答えてくれる本が、神殿には合計三冊、存在していた。

 その三冊の本は、全て神殿長が保管していた本である。

 僕がその一冊目を見つけたのは三か月前……神殿長から呼び出された時のことだった。

 呼び出しの要件それ自体は、何と言う事は無い。神殿での生活には慣れたか、みたいな確認をしただけだったので、すぐに終わった。

『なるほど。わかりました、オース・エリ。本日はご苦労さまです。今後も修行を頑張ってくださいね。……もう戻っても良いですよ、なにか質問があるならば、お答えしましますが』

 そんないつも通りの会話の終わりに、僕はふいに目に入った本についてを質問したのだ。

『えっと、聞きたい事があります』

『なんでしょうか?』

『そこに置かれている本……は、何ですか?』

『ああ。この本ですか……歴代の神殿長が管理することになっている秘蔵書です。もっとも、私もそれを引き継いだ時に内容を聞かされてはいますが、実際に読んだ事はありませんね』

『そうなんですか。表題は……えっと、「神官模記」?』

『…………? オース・エリ。あなたは、この表紙が読めるのですか?』

『だって、書いてあるし……』

『著者は……読めますか?』

『ロード・オーシュト……かな? 発音が、違うかもしれないけれど』

 書いてある通りに読むならばそう発音するのだと思う。

 僕がそれを読みあげると、神殿長は笑みを浮かべて、僕にその本を渡してくれた。

『オース・エリ。その本を読む事を許しましょう。ただし、お願いが三つあるのです。一つ目は、読み終わったらその内容を私に教えるということ。二つ目は、その本の内容を私以外には教えないと言う事。三つ目は、その本をあなたが持っている事を、誰にも教えない事です』

『つまり、神殿長以外には内緒にしなさい、ってこと、ですよね?』

『ええ。約束を護っていただけますね?』

『はい。わかりました』

 その時はいまいち、その約束の理由が解らなかったのだけれども、自室に戻り本を読み進めるにつれて理解した。

 神官模記というタイトルの本には、神殿の成り立ちが克明に描かれていたからである。


 ――かつて、『神官』と呼ばれる存在が居た。

 その存在は治癒を含むあらゆる力を自在に行使し、また魔物に対しては特に無類の強さを持ち、その力は人々にとっての希望だった。

 しかし、そんな彼らがある時期を境に姿を消してしまう。

 そんな彼らがたどった道を解明し、研究し、そして新たな『神官』を産み出すために、人々は国や勢力の枠を超えて、魔物に対抗するためにその組織を産み出した。

 即ち、神殿である。

 神殿は『神官』の足跡を調べる中で、『神官』が何らかの誓いを建て、その誓いを護る限りにおいて力を行使できていた――誓いを破る形では力が行使できなかったという事実を突き止めた。

 これによって神殿は、神官魔法の基礎となるものを産み出すに至るが、治癒などの魔法は、実現どころか可能性さえ産まれなかったと言う。

 さらに時代が流れ、神官魔法の基礎から治癒などの魔法を産み出す研究を進める最中、神殿が置かれた街を丸ごと巻き込む形で魔法の暴走が起きてしまう――その街に居た三千人の内、生き残ったのはたったの三人だけだった。

 その三人は神殿とは関係のない生活をしていたにもかかわらず、この三人はこれ以降、なぜか神官魔法の基礎が使えるようになっていたのだという。

 神殿はこの現象から一つの仮説を編み出すと、別の地域の別の街で、似たような魔法の暴走を意図的に起こし、意図して街の一つを巻き込んだ。

 人口四千ほどだったその街で、生き残ったのはまたもや三人……一人は神殿の人間、残る二人はまたも関係のない二人だったが、この二人は神官魔法の基礎が使えるようになっていた。

 そして神殿の人間は、極初歩的かつ極小規模ながら、治癒の魔法を使えるようになっていたのである。

 この結果を受けて、神殿はその仮説が極めて有力である事を知り、治癒の魔法を使えるようになっていたその一人を徹底して研究することで、次の結論を得た。

 人間には二つの生がある。

 その二つは命と身体であり、この二つは通常、魔力と呼ばれるものによって繋がれている。

 魔力が完全に無くなると、命と身体は分離してしまう。ほとんどの場合で、その後、命は間もなく死を迎えるが、身体はしばらく生きている。

 しかしながらごく稀に、命と身体が分離した後、命が死ぬ前に身体に戻って助かる事があり、その時、『神官魔法』の神髄とも言うべきものを、無意識下において体得する。

 その神髄とは、『命と身体は別』であるという感覚にほかならず、そしてそれまで『神官魔法の基礎』とされていた所には、その部分に解釈の違いがある点が指摘された。

 それまでの常識は命と身体は切っても切れない間柄であって、治癒魔法とは命に働き掛けることで、身体を癒させる魔法であると考えられていたが、実際には命と身体は別である。治癒魔法とはあくまでも身体を癒すだけの魔法であって、命には何らの効果も与えない魔法であるべきだったのだ。

 この指摘がされてから、神殿の研究は命と身体の定義についての見直しも含めて改めて行われ、ついに現代における神官魔法とほぼ遜色ないものが完成し、神官魔法を使える者としての神官を産み出す方式が編み出された。

 それこそが『洗礼』と呼ばれる神官魔法で、対象から魔力をゆっくりと完全に奪い取り、全てを取り終えた後、同じだけの時間を掛けて魔力を再び対象に与えると言う魔法である。

 この神官魔法によって、対象から魔力をまず、奪い取る。完全に魔力が尽きた時、命と身体の関連付けが解除され、千人の内、九百九十九人は、ここで命が死んでしまう。

 逆に言えば千人に一人程度の頻度で、命が身体に戻る、あるいは命が身体にしがみつく特異な存在が居る。この時、魔力は徐々に与えられている状態になるので、関連付けが再び行われ、意識を取り戻す事が出来れば無事に神官魔法の神髄、命と身体が別である事を無意識下に体得した者としての神官が完成するという寸法だ。

 こうして作られた神官は、神官魔法についてを学ぶことで、かつての『神官』が使ったとされる魔法の殆どを扱えるようになるが、かつての『神官』を下敷きにしているが故に誓いを持たねば力は弱く、結局のところ本来の『神官』と比べれば劣化した、模倣品に過ぎない。

 だからこそ神殿は、たとえば誓いについての考察であったり、あるいは魔法のさらなる効率化を図ったりすることで、かつての『神官』により近づき、いずれは模倣品では無く本来の『神官』を産み出すことを目指さなければならない。いづれ顕れるであろう強大な魔物に対抗するために――


 簡単に纏めるならば、こんな感じか。

 つまり、ケビンやオドさんを含む僕が知っている神官だと思っていた人たちは、確かに神官魔法を扱う神官ではあったけれど、本来の『神官』は別であるということだ。

 ケビンの誓いは他の神官と比べて明らかに異質なものだったし、ケビン自身、それを理解して誓いとしていた。それはきっと、最後の部分、本来の『神官』を目指すための、誓いについての考察の一環……と言う事になるのかもしれない。

 ちなみにさっきの本、神官模記には誓いに関する細かい記述は無かったのだけれども、さっきの軽く纏めた内容を神殿長に話した時、神殿長は更に二冊の本を僕に渡してくれている。

 片方のタイトルは「宣誓術式」で、もう片方のタイトルは「破戒魔窶」。

 前者には誓いに関する神殿の認識などが細かく記述されていて、後者は神殿において産み出された神官でありながら、神官では無くなってしまった者たちの記憶が記述されていた。

 そしてそれの内容も、神殿長に伝えたところ、その場で『アリト神殿於右筆』という文章の読み書きを仕事とする役職に任命されてしまい、六歳児にしてこの神殿の事実上のナンバーツーとなった……というのが、つい先月の話である。

 『神殿におけるオース・エリの立場が極めて微妙』というのは、そう言う事だ。

 …………。

 現状を把握するために自分で思い返してみたけど、思いがけず長くなったなあ……。

 まあ、広い神殿の中を移動するのには丁度いいくらいか。

 というわけで、神殿長の部屋。

 ノックはテンポよく三回……じゃなくて、普通にノック。

 あぶないあぶない、テンポよく三回はノアが盗賊として活動するにあたって覚えた事だ。

「神殿長。オースです」

「ああ。入ってください」

「はい」

 扉を開けると、大きな鏡の前で神殿長は黒い布地に金色の縁取りがされた服をひらひらとしていた。

 身だしなみの確認をしている最中だったようだ。

「神官オース・エリ。今日はあなたにも黒衣装束を身につけてもらいます」

「僕にも、ですか? ていうか、僕、まだ見習いですけど」

「いえ。ついさっき正式な神官として登録をしました。神殿長権限です」

「…………」

 六歳児の神官ってどうなんだろう。

 いや、右筆なんて立場のほうが更にありえないから、今更か……?

「一応言っておきますが、オース・エリ。あなたが右筆という立場についた時点で、あなたの権力は既に並の神官は超えていますし、事実上、正式な神官として認められていたのです。それでもあなたが毎度毎度『まだ見習いです』とか『正式な神官じゃないんで』とか訂正していたせいで、私にそれとなく文句を言ってくる神官が多かったのですよ。ですからこの際、あなたを正式な神官として登録しました」

「それなら僕の立場を見直す所が先だと思いますけど」

「見直した結果、正式な神官になったのではありませんか」

 駄目だ、年季が違う。口では勝てない。

 いやでも、六歳児として考えるとアレだけど、僕って結構、命的にはそれなりの年齢なのかな?

 まあ、口調とか正確は割と、その時の身体に引っ張られるから何とも言い難いんだけど……。

「そこにあなたの黒衣装束はおいてあります。ここで着替えてしまってください」

「ここで……ですか?」

「何も恥ずかしがる事は無いでしょう?」

 一応神殿長は女性で、僕は男だから、多少の恥ずかしさはあるんだけど……。

 まあ、素っ裸になるわけでもないから良いか。

 僕はわかりましたとお辞儀して、譲られた姿見の前の空間で着替えを実施。

 サイズはぴったり。いつのまに作ったんだ、こんなサイズの正式な装束。

 着衣を終えて姿見で確認。茶色い髪に茶色い目、並程度に整った容姿と、驚くほど特徴のないはずの子供でも、ちゃんとした装束を着ていると、特別な子供って感じがした。

 いや、実際六歳で正式な神官、しかも神殿のナンバーツーなら、そりゃ特別な子供なんだけどね。

「うん。なかなか様になっていますね。あとは神官魔法さえ使えるようになれば完璧です」

「それは遠そうかなあ……。神殿長、今日の執務、僕もこれ着ると言う事は、僕にも参列しろ、ということですか?」

「察しが良くて助かりますね。その通りです、今日は『アリト神殿於右筆』の神官として出席して貰います。発言も許可しますよ」

「はい。可能な限り黙ってます」

 本当に察しが良くて助かりますね、と神殿長は繰り返した。


こぼれ話:

現時点(オース世代)において、神官の正式な装束は原則として、白衣装束、黒衣装束の二種のみです。

神殿勢力の最盛期においては、かつて存在した全ての神殿を取りまとめていた指導者のみ、黄丹装束と呼ばれる派手な装束を着用していたそうです。

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