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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリな神官
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47 - 失敗と成功の境界のこと

 全身に奇妙な刺激を感じて、僕ははっと目を覚ます。

 刺激。痛いとかくすぐったいとか、そういう言語化できるものではなく、何かを感じている、けれどそれが何なのかがまるで解らない。

 とりあえず呼吸をしていることを確認してから、僕は全身にまとわりつく『何か』を振り払うように身体を動かそうとする。けれど、身体は上手く動かない。まだ定着していないからか、それとも……。

 身体の記憶を受け取るために、僕は色々な事を思い出す。

 そして箱に包まれた記憶が……あれ?

 ない?

「…………?」

 じゃあなんでこの身体の本来の持ち主たる命は死んだのだろう?

 とりあえず、思い出せる範囲で思い出す。

 この身体の名前はオース・エリ。辺境と言えば辺境の、しかし比較的都市部に近い、中途半端な位置の街の普通の家庭に産まれた。

 茶色い髪に茶色い目。特に整っているわけでもない、しかし平均的な男の子、といった感じの容姿。

 そんなオースは特に誰から大きな期待をされる事も無く、しかし大きな失望をされる事も無く、人並程度に怒られて、人並み程度に褒められて、人並程度に普通に育った。

 で……、神殿からの使者が街に来た。曰く、神官になりたいと思う子供がいるならば、受け入れの用意があると。それに対して街の皆は話し合い、その日の内に答えは出なかった。

 翌日、オースは両親に提案される。神官という仕事がある事、その仕事は大変だけど、将来を生きるにあたっては、この街で暮らすよりかは安全かもしれないし、危険かもしれない。それは両親にもわからない。だからオースが神官になるかどうかは、オースが決めればいいと。

 オースはほんの少しさえも他人よりも特別な点が無かった。だからその提案は魅力的だった。他の皆と違う道に進めるかもしれない。退屈な毎日が終わるかもしれない。だからオースは少しだけ考えて、ついにその提案を受け入れた。

 そして、神殿からの使者に付いて行くことになったのが、オースともう一人、オースより三歳年上の子供だった。

 その子供とオースは、辛うじて顔を知っている程度で、名前はすっかり忘れていたようだ。一緒に行くということで、改めて自己紹介をする。オース・エリ、シリス・ウェロ。僕たちは神殿からの使者が用意した馬車に乗り込むと、故郷に別れを告げ、いずれ神官になって帰ってくるかもしれないねと、そんな話をしながら神殿へ。

 連れて行かれた神殿は、子供心に豪華な印象を受けたのに、不思議とどこか寂しく見えた。オースは子供であることを自覚していたから、さっそく親が恋しくなったのかもしれないと思ったようだ。

 実際のところ、その神殿は僕にも寂しく見える。その理由はたぶん色だろう。白と灰色と黒、それ以外の色が殆ど使われていない。だからどこか、寂しく見える。

 神殿の中を歩き、大聖堂へ。なるほど、ノアが見たあの場所に確かに良く似ている。違いは祭壇の中央に御像があるかどうか……くらいか。

 この部屋には赤に金色の装飾が施された絨毯が敷かれていて、その祭壇の上で祈りをささげていた人が振りかえると、オースとシリスに微笑みかけた。

『ようこそ、神殿へ。まずはあなた方に洗礼を……名前を呼びますから、一歩前に出てくださいね』

 言いつつその人は祭壇を降りると、シリスの前にまずは立ち、手をかざす。

 手の先にはふわりとした光る玉。オースは当然、そして『僕』も知らないいけれど、それは神官魔法……だったと思う。

『シリス・ウェロ』

 はい、とシリスは答えて一歩前に出る。

 光る玉がシリスに溶け込むと、もう片方の手に光る玉を作り直して、その人はオースの前に移動した。

『オース・エリ』

 はい、とオースも答えて一歩前に出る。

 光る玉がオースに溶け込む。ふしぎと身体が温まる、そんな感覚だった。

『良いですか、シリス・ウェロ、オース・エリ。神官というものになるためには、とある素養が必要です……但し、その素養は産まれ持つことは出来ません。誰もが神殿で得るものなのです。但し、神殿で学んだからと言って、確実にそれを得られるとも限りません』

 シリスはともかくとして。

 オースは、その人が何を言っているのか、その半分ほどが理解できていなかった。

『神官になれるかどうかは、あなた方次第です。洗礼を乗り越えることができれば……その時は、神官見習いとして、いずれ神官になる者として、真実を教えましょう』

 オースとシリスは顔を見合わせる。

 言っている意味がいまいちわからない。そう思ったからだ。

 そんな時だった。

 身体の温かい感じが、だんだんと強くなってきたのは。

 それはまるで、身体の芯から温められるような。

『  ス?  う  の?』

 シリスの声が途切れて聞こえる。

 それに答える事も出来ず、オースは急激な眠気に身をゆだねてしまった。

 そして記憶はそこで終わっている……。


 身体の感覚が鮮明になる。命と身体の祖語が消える。

 『まとわりつく』ような感覚はまだ残っている。何だろうこれ。魔力っぽいかな?

 けどまあ、この身体の本来の持ち主たる命が死んだ理由は解った。

 洗礼だ。

 あの人が洗礼と称して使ったあの神官魔法から少しして起きた聴覚の欠落。あれは『魔力枯渇』に違いない。

 あの神官魔法は『魔力を消費させる』か『魔力を奪う』か、詳細な所までは判断しかねるけれど、そんな魔法だったのだろう。

 ともあれ魔力が無くなったオースは、聴覚の欠落が起き、その直後に強烈な眠気に襲われた。

 魔力を失ったことで意識が保てなくなった……そしてその後に僕がシニモドリしている以上、それが原因で命が死んだ可能性が高い。

 可能性は高いけど、だからこそ、もう一つの疑問が産まれる。

 なぜ、そんな事をしなければならない?

 神官になるために必要な『素養』……ということだろうか?

 うーん。

 まあ、洗礼を乗り越える事が出来れば真実を教えるともあの人は言っていた。

 オースは……、そう言う意味ではどうなのだろう。

 身体は確かに乗り越えたけど、命は脱落してしまい、代わりに僕が途中参加って感じだしな。

 流石にイレギュラーに過ぎる気がする。なんかズルをした気分だ。いや、シニモドリってそもそもズルで生きてるようなものだから、今更か……。

 この感覚もいまいち不快だし、早いところ何とかしたいな。

 僕は身体を起こして周囲を確認する。真っ暗な部屋だ。唯一の灯りは、扉の隙間から差し込む光だけ。

 部屋の広さも判りやしないな……。恐る恐る立ち上がり、転ばないように気をつけながら歩いて扉に手を掛け、押してみる。開かない。引いてみる。やっぱり開かない。あれ?

 鍵が掛かってるのかな? 『解錠』しちゃってもいいけど……。

 あ、違うや。これ横にずらすタイプの扉だ。紛らわしいな、全く。

 ともあれ、その扉を開けると、明るい光に満たされた部屋だった。

 そこには八人の大人がいて、その八人のうちの一人が扉が開いたことに気付いてか、僕を見る。

 その人の表情は、自分が今目にしているものが信じられない、といった感じの表情だった。

「おい、どうしたんだ、ラトラ。まだ儀式は終わって無い。手を抜くことは許されないのだぞ」

 儀式?

 しかし、ラトラと呼ばれた僕を見た人は、

「そ、そっちを……」

 なんて、僕の方を指差して言う。

 他の七人の視線も、こちらに向かってきた。

 そんな彼らの表情は、暫く固まり、ついで驚きに色を変えて行く。

「えっと……?」

 とりあえず、声を出してみる。

「なんか、寝ちゃってたみたい。起きたら、違う場所で……」

「……自分の名前と、何歳か、言えるかい?」

「オース・エリ、六歳です」

 八人の内の一人が、殆ど走るようにして部屋を去る。

 他の七人はそれを咎めない。おそらく元々そういう役割があったのだろう。

「少し、質問をさせてくれ。目は、物は見えるかい?」

「うん」

「肌は、触るとわかるかい?」

「うん」

「耳は、音は聞こえるかい?」

「うん」

 いや、そうじゃないと答えられないし。

「鼻は、匂いは嗅げるかい?」

「うん」

 なんだかお香の匂いがする。

「口は、味は感じるかい?」

「食べて見ないと解らない……」

「それもそうだね。変な味とか、しないかな?」

「変な味……? は、しないよ?」

 そうか、とその人は言って頷く。

 その人の衣装だけ、他の七人と比べて少し豪勢だ。偉い人なのかもしれない。

 少しの質問とやらは五感のチェックだったようだ。

 いよいよオース・エリを襲ったのが魔力枯渇である可能性が高まったなあ、なんて内心で考えていると、こつ、こつ、こつ、こつ、と音がした。

 足音というより、杖を突くような音だった。

「待たせてしまいましたね、オース・エリ」

 遠くから響くその声は、凛とした女の声だった。

 あの時、大聖堂にいた……あの人か。

「あなたは、神官の素養を獲得したようです。あなたほど幼いのにもかかわらず、素養を得られる者は少ないのですが……それもまた、天の導きかもしれませんね」

 姿が見えた。

 やはりあの人で……しかし、衣装が変わっている。

 黒を基調にした、なにか不吉さを感じさせる衣装に。

「改めまして、ようこそ、オース・エリ。ここはアリトの神殿。アリトの神殿は、あなたを同胞として容れましょう。あなたは神官になるために、これからいくつかの事を学ばなければなりません。それを終えるまでは『神官見習い』として、あなたにはこの神殿で生活をしていただきます」

 こつ、こつ、こつ、こつと。

 音をたてていたのは、やはり杖だった。

 材質は判らないけれど、奇妙なまでに透き通った、心を奪われるほどに美しい、芸術品としての杖。

 ひどく脆そうだけど。

「その手始めに……、オース・エリ。あなたには神官の真実を教えておきましょう」

「…………?」

「神官トーラ。扉を開けなさい」

「お言葉ですが神殿長。この子は、まだ六歳の……」

「私は扉を開けなさいと言いました」

 すっ、と、透明な杖を七人のうちの一人、口答えをした者、トーラと言うらしいけれど、その人に突きつける。

 杖の筈なのに、それは奇妙な印象を……刃物のような印象を受ける。

 トーラは、全身を震わせていた。

「三度言わせるつもりですか?」

「……いえ。いいえ、申し訳ありません、神殿長」

 そして、トーラは大きく礼をしてから、僕が今さっき出てきた扉とは違う場所の扉に手を掛けると、意を決して開いた。

 その先もやはり、暗闇に包まれている。

 ただ、この明るい部屋から光が差し込んで……その中が少しだけ、見える。

「オース・エリ。あなたは神官になれます。おめでとうございます。ですが……あなたと一緒に洗礼を受けたもう一人、シリス・ウェロは、素養を得ることができませんでした」

 素養。

 少しだけ見える部屋の奥には、見知った顔。

 シリス・ウェロの姿がある。

 いや……、姿は、あるんだけど。

 確かに、あるんだけれど、生気が無い。

 まるで、死んでしまっているかのように。

「シリス……? え……?」

「神官とは、命と身体が別たれても尚、命が身体に戻りし者のこと。生に対する強靭な執着によって、狂人からの祝着を得し探究者。それが出来ないのであれば、それには死が待つのみです」


 そして、シリスは遂に、二度と目覚めることはなかった。

 千人に一人。

 僕がその数字を知ったのは、これから半年後の事である。

神官編。

プロット通りに進めば20話前後、のはず。

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