46 - それでも結局シニモドリ
今回は概ね予想できたけど、やっぱり、白い空間にいた。
この空虚な空間は訪れる度に奇妙な気分になるものだけど、今日は一段と白く見える。
いや、いつもこんな感じだったか……。
とりあえず座って、と。
「いや。とりあえず座って、じゃないよね。君、なんていうか死に戻りに慣れすぎてない?」
慣れたくて慣れたわけじゃないんだけど、もう四回目だし。
びっくりするのは一度で十分というか、二度目で学習、三度目で余裕が出てきて、四度目になると特に感想らしい感想もないっていうか。
「やれやれ。君をシニモドリにしたのは正解でしかないとは思うけど、なんだか落とし穴があるような気がするよ。まあいいや。無事に死に戻りしたね、お疲れ様。他の死んできたかい?」
まあまあ楽しかったかな。
いっぱい魔法覚えたし、条件はついたけど空間転移もできるようになったし、盗賊の技能も覚えたし。
なによりレベルが解りやすい形で上がったのもでかいね。なんか達成感がある。
「ふうん。達成感ねえ。死に戻るまでの成長によって達成感を得ると言うのも、また奇妙な話だけど。普通ここは、空虚感とか挫折感を覚える命が多いんだよ」
そうなんだ。
「そうなんだ、って。あんまり興味ないね?」
だって僕は僕、よそはよそでしょ。
「ああ……うん。確かにそうだね。もういいや。えっと、じゃあ、今回君がノア・ロンドとして死んだ後のことはどうする? 聞いておくかい?」
というか、その時の事が知りたい。
魔力が完全に尽きたからノア・ロンドが終わった……と僕は解釈してるんだけど、あってる?
「あってると言えばあってる。もうちょっと複雑なんだけどね、そのあたりは。まあ、気になるなら自分で調べて見てくれたまえ。で、他には?」
うーん。
「あ、また悩んでる。いいね。何が気になる?」
いや、ノア・ロンドとしては、正直メモと本を遺してあるしね。
「ああ。そういえば書き置きしてたね。本の内容は『クレイヤー』をモチーフにした、人間に憧れる何かのお伽噺と、それに対するノア・ロンドの感想だったっけ」
そう。
ほら、僕があの依頼を受けた時点で、僕が生きて帰れれば当然それは問題ないんだけど、でも割と危険性も大きかったじゃない。
だから保険の意味を込めて、あのメモを残しておいたんだよ。
クレイヤーの皆とは歴史に名前を遺すって約束もあったからね。
幸い、ノア・ロンドは幼いながらに高レベルで、盗賊ギルドと冒険者ギルドの二つに名前を遺せている。
あのメモが発見されれば、盗賊ギルドの方ではそのお伽噺が、そしてノア・ロンドの感想が何を意味しているのか、真剣に考えることになるだろう。
で、答えが出ない。だから冒険者ギルドの関係者にもその内容の一部が伝えられて、多少考察されるんじゃないかな。
「ふむ。一応考えはあったんだね。で、それって何か意味があるのかい?」
ないよ。
「え?」
そのお伽噺自体に意味は無い。特に暗号とかも意図してないし、単にお伽噺を創作して、その創作物のその感想を書いただけだ。
でも、それをノア・ロンドが生前に書いたと言うこと自体が、ありもしない謎を作る。
ありもしない謎は、ありもしない答えを探していろんな人が考える。
それはつまり、ノア・ロンドとクレイヤーの名前が、自然と広まると言うことでしょう?
どこまで上手くいくかはわからないけどね。
「…………。君、あれだね。結構、歴史的な印象操作とか、すました顔でできるんだね」
はっはっは。
物事はやってみないと解らないじゃないか。
「それはそうだけど……。で、その後の話は聞きたい?」
そうだなあ。
じゃあ、今回僕が改めて死に戻る原因となったあの存在のその後を聞いても良いかな。
答えられるならで良いから。
「あー。あの神殿ぽい場所のアレのことね。うーん。答えられる範囲がちょっとせまいんだよね。だからどうしても断片的な説明になるけど、それでもいい?」
それでいいよ。
「解った。結論から言うと、ノア・ロンドの死亡が確認されてから三か月後にあの存在は滅ぼされたよ。四人組のパーティによってね。そのパーティのメンバーは……うん、教えられるか。知りたい?」
そうだなあ。一応聞いておこうかな。
「うん。コーマ、レティス、イソド、オドの四人だよ」
ん……あれ?
リーフは?
「うーん。知りたい?」
いや、単に気になっただけ。
レティスとオドさんがいるなら、リーフがそこに居ないのはおかしいし。
居ない以上、死んだんでしょ?
でもリーフの穴埋めにイソド、つまりギルマスってのはどうなんだろうね。
「…………。君、本格的に他人の死を何とも思わないその性質、どうにかしたほうが良いんじゃないかな?」
無理無理。
「ほんっとうにシニモドリ向きの性格してるよね、君。ちなみにイソドはリーフの代わりといっても、さすがに格闘士としては戦っていなかった。ノアの遺品となってた四つの短剣を使った、短剣士って感じかな。結構面白かったよ、見てて」
ふうん。
「うわあ、超びっくりだよその反応の薄さ。え、もうちょっと気になったりしないの?」
いやだって、もう僕には基本関係ないし。
「ドライだね……。やれやれ。ところでイソドといえば、なんで彼に外套をねだったんだい?」
ああ。外套に纏うタイプの魔法があって、それをもしかしたら使うかも? と思ったんだよね。
結論から言うと使わなかったんだけど。
「ふうん。でも、外套に纏うタイプ……なんてあったっけ? 君が覚えた魔法に」
『喰』だよ。
ノアだと『域』を張ってからじゃないと使えないからね、あれ。
「なるほど。確かにあの魔法、一人じゃないと使いにくいよね。定義にもよるけど、基本的に無差別だし」
そうなんだよね。
あの時、魔法の対象にされる前に『域』から『喰』に繋いで居れば、結末は変わったかも。
それならノアだけが生き残ったと思う。
「でも君はそうしなかった。それは周りのためかい?」
それは買いかぶり過ぎ。
僕だって今にして思えばそういう選択肢もあるなあ、ってなっただけ。
あの場では、あの相手の魔法がどんな魔法か、まるで想像もつかなかったしね。
単純な攻撃魔法なら、見てから『抗魔』とか『遷象』とかでどうにでもなったんだけど、まさか魔力を直接削ってくるとは思わなかったんだよ。
ていうか魔力を削る魔法ってあったっけ?
「普通の魔法使いは覚えられないよ。あれ、神官魔法だから」
あー。
「『誄』って名前でね。神官魔法でありながら、魔法に匹敵しうる効果を。それをコンセプトとして作ったんだって」
その前にももう一つ魔法使ってたよね。
あっちは『域』の追記形かなーって思ってたんだけど、そっちはあってる?
「大正解。正式名称は『自己領域臨界設置型魔力増幅術式改修』っていうんだ」
なにその頭の悪そうな魔法……。
いや、たしかに『域』の字は入ってるけど、なにも十六字も追記しなくても発動できるんじゃなの?
「無理言うんじゃないよ。人間にはどうやってもムリムリ。君が『域』の魔法を覚えられたのも、もとはと言えば君の特質性に依存……」
へえ。
「ねえ。相談があるんだけど」
言っておくけど、僕、一度聞いたり見たりしたものは忘れられないんだよね。
シニモドリだから。
「お願いだから、聞かなかったことにしてくれないかな。いやほらね、前回もちょっと協定違反しちゃってるからさ。こっちの立場もすごい危ういんだよね」
正直な話さ。それ、そっちの都合だよね。
「うっ」
勝手に自爆しといてなかったことにーって、かなり都合がいい事だと思わない?
「な、何が望みだ! 金か! 金なのか!」
いや僕シニモドリだし。お金をここで貰ったところで何に使えと。
「それもそうか。で、何が望みだい。がんばるから。がんばるから、だからさっきのは聞かなかったことにしてほしいんだよね」
そこまで必死になられると、なんだかやっぱり可哀そうになってくるよね……。
うーん。
でも望みってのも無いんだよね、いまいち。
「何かアドバンテージが欲しいとか、そういうのもないのかい?」
あばどんてーじ?
「なんだいそれは。なんか怖いよ。アドバンテージ」
ああ、有利のことか。
そうだね、大体、シニモドリとしての絶対の記憶ってのが既にアドバンテージだと僕は思ってる。
「まあ、それは否定しないよ。君の前任者もそう言ってたし」
魔法も覚える一方だしね。
身体技能は記憶してても身体が付いてこないけど、魔法は使えちゃうからさあ。
魔力次第だけど、並程度にあれば十分いけるってノアで解ったし。
「むう。じゃあ、次のシニモドリ先、いくつかこっちで選んだものから、君自身で選ぶってのはどうだろう?」
ふむ?
それは……ちょっと良いかもしれない。
でもいいの?
「本当は良くないんだけどね。でもそろそろ、君も変化が欲しいだろう? 一応こっちとしてもシニモドリ先は出来る限り楽しめるシニモドリを心がけているつもりだけど、こっちの選択にはどうしても偏りがあるからね」
まあ、確かに。
「どんなのにシニモドリしたいか、言ってみなよ。可能ならそれにしてあげるから」
じゃあ神官になれそうなのが良いかな。
そろそろ神官魔法についても本格的に覚えたいし。
「ふむ。それはこちらにとっても都合が良いね。けど都合のいいシニモドリ候補はいるかなー。ちょっとまってね、今探してるから」
…………。
「なに?」
いや。探してるって、意外とこう、地道な事してるのかなって思って。
「いやあ。流石に一人ずつ確認してるわけじゃないけどね。でも簡単な情報とかは予め調べておかないと、それこそイキカエリ事故が起きかねないし」
ふうん……イキカエリね。
たしか一度きりの外法とか言ってたっけ。
「そう。それが事故でとはいえ起きてしまうと、面倒な事がすごい多いからね。流石にそんな事をしちゃえば、こっちも無事じゃ済まないし……っと、あったあった。うん。神官になれそうな身体、いくつかあるね。タイミング的に……、うん、この子かな」
ありがとう。
というのもなんか違う気がするけど。
「確かにね。まあ、今度も頑張って、他の死んでおいでよ」
四度目の契約は、取引も兼ねて為された。
……しかしあの声の主が言ってた事、ちょっと気になるな。
僕の特質性ってなんだろう?
まあいいや。
またシニモドリを他の死むとしよう。
第三部終。
第四部はちょっとずつ種明かし編、になるはず。




