42 - 神殿の事情と冒険者のこと
およそ二十分ほどの空中移動で、僕たちは森の上空に到着した。
露払い、という意味では、森の入口から掃討をするべきなのだろうか。
「とりあえず、森と街道の接触点がこのあたりですね。どうします?」
「降りよう。道を作るのも露払いだ」
それもそうか。
僕は皆をゆっくりとおろす。
大分陽は傾いてきているので、急ぎ過ぎるのも問題だけど、多少は急がないと面倒な事になりそうだ。
「空を飛んだのは初めてだったわ。なかなか快適なのね」
「そういえばおれも始めてかもな」
「俺は前に一度だけあったなあ。物理的にだけど」
物理的に空を飛ぶって、それ、猛烈な勢いで吹き飛ばされたやつなのでは?
良い思い出なら別にそれはそれでいいけど……。
「それじゃあノア、とりあえず森に魔物居ないかどうかを確認したいんだけど。探知してもらってもいいかしら?」
「はい。範囲はどうしますか?」
「森を覆える程度でいいわよ」
ふむ。
「わかりました……」
『魔探』で探知……魔物は、
「二体、居ますね。反応は微弱なので、大分弱めかと。方角は、あっちと、あっち。距離はそれぞれ二千三百メートル、三千百メートルです。地図にある遺跡の入り口との直線状からは結構はなれます」
言葉だけの説明では限度があるので、『光図』で地図を表示しておく。
「遺跡の入口が記されていたあの地図を再現したものです。赤い点が魔物、緑の点が僕たちの現在位置、青の点は目的地って感じですね」
「へえ。『光図』の応用か。……んー。これなら、とりあえず魔物は無視できそうだな」
リーフがしきりにうなずいて言う。
「あとは、道をある程度確保しながら進む感じだと思うが、レティス、どうするよ」
「そうねえ。邪魔な木は全部斬っちゃっても、環境はこの際気にしないで良いって言質は取ってるから、そのようにしましょう。ただ、思ったより木の密度は低いし、変に斬り倒す必要も無いでしょうね」
それはそうだ。
とりあえず、隊列は先頭をレティス、次にリーフ、オドさんと続いて、最後に僕という、遺跡内部で取る予定の隊列で進むことに。
警戒の意味も兼ねて、『魔探』は切れる度にかけ直す。
少し進んだところで、オドさんが僕の光図を見て眉をひそめた。
「どうかしました?」
「いや。点が動いてるような気がしてな」
「ああ。『連動』と『更新』の魔法を併用しているからです。地図そのものは単純に覚えたものを表示していて、そこに『魔探』で得られた魔物の位置と僕が認識している自分の位置を『連動』で『光図』に反映、『更新』の効果で変更がある度に、『光図』が修正される感じの仕組みです」
「つまり、現在進行形での状況が見て取れると」
「はい。便利でしょ?」
「便利は便利だが、そんな魔法の使い方、一体誰に習ったんだい、ノアは」
「イセリアさんです」
むやみに隠す必要も無いだろう。
僕が言うと、オドさんはものすごく納得したような表情で何度も頷いた。
「彼女の教え子でもあるのか、君は。なるほど、納得だ」
「あはは。……そういえば、オドさんは神官さんですよね。どこの神殿の出身ですか?」
「おれはレーロの神殿」
レーロ?
は、たしか、三つくらい隣の遠い国だったと思うけど……。
「レーロって、また随分遠い国ですね……」
「これでも近い方だぞ。現時点で神殿は世界に三つしかないしな」
……え? 三つ?
もっと沢山あるんじゃなかったっけ?
「結構前にちょっとした『問題』が起きてね。その結果、各地の神殿が次々閉鎖せざるを得なくなったんだ。それ以降、神殿はレーロ、アリト、ルブムの三つの国に一つずつになったわけだ」
「へえ……。なるほど、それで最近、神官さんが減ったのか」
シーグが生きていた頃は、神官ってそれなりに居たんだけど、ノアになってからまともな神官に会うのはオドさんで三人目。
なんでこんなに少ないんだろう、この国の国柄なのかなと思ってたんだけど、世界的な問題だったらしい。
「最近ってわけでもないけどな。イセリア氏が現役の冒険者だった頃には、既に神官は少なくなっていたはずだ」
「おかげで私たちも苦労したのよ。オドが仲間になってくれたのは幸いだったわね」
笑みを浮かべた声でレティスが言った。
「神官魔法の有無はやっぱり、大きいわ」
「そうだよなあ。俺達がトップチーム扱いされてるのも、ほとんどオドのおかげだし」
神官が貴重ならば、高レベルの神官はそれだけで大切なのだろう。
トップチームについては逆の可能性もあるけど……つまり、神官さえ居ればトップチームになりうる二人にオドさんが合流した可能性もあるけど……とか考えている、その時だった。
すっ、とレティスが手を挙げて立ち止まる。警戒のハンドサインだ。
魔物は探知できていないから、魔物では無い。動物、猛獣の類だろうか?
「人間の気配。相当の手練ね……人数は解らないわ。距離は六百、一時の方向よ」
「こっちを観察してる気配か?」
「探ってる感じはするわね。今のところ害意は感じられないし、同業者かしら」
「ふうん……」
六百メートルも離れた場所の、しかも木で視界は殆ど無いのに、なんで気付けたんだろう……。
いや、冒険者、それもレベル90オーバーだ。そのくらいはおかしくないのか。
「ノア、お前さ、人間の探知はできねえのか?」
「出来ない事はありませんけど、『魔探』と違って、一瞬『ぞわっ』てするので、気付かれますよ?」
「どのみちこっちを探ってきてるんだ。こっちがあっちに気付いたと知らせることになるとは思うが、何かしらのリアクションもあるかもしれないだろ」
なるほど。
「じゃあ、やりますね。……反応を『光図』に関連付けました」
たしかに一時の方向。
距離は六百五十メートルほどの位置に、緑色の点が三つ増えた。
「三人だけですね」
「探知範囲は?」
「一応余裕を見て、半径三千。上空も対象に取ってますから、それで全部のはずです……で、こっちの探知に気付いたのか、動いてますね」
動きは一時の方向から三時方面へ。
その動きは、背後を取ろうとしているようにも見えるけど……むしろ。
「どうやら『私たちに気付かれた』ことに気付いて、逃げてるみたいね」
レティスは結論を言う。
「何者だろうな。遺跡を目指した同業者、だとしたら、逃げる意味が無い」
「遺跡を目指していない同業者」
リーフの疑問にオドさんが答える。
「そう言う事だろう」
「なるほど……。で、俺達が来たのに気付いて、警戒してたら気付かれ返して、さっさと逃げの態勢に入ったと」
「僕たちが気付けないほどの距離から、捕捉されていたとは考えたくないんですけど。どうして一方的に気付かれたのかな?」
「よほど良い眼を持ってるか言い耳を持っているか、あるいは俺達が気付かなかった何らかの罠があったか。そのあたりが真っ先に浮かぶが、今回は別だろうな」
どうやらリーフには心当たりがあるようだ。
「俺達、ほら、空から降りてきただろ。多分そこを見られた。結構高い所飛んでたしな」
「あー……」
つまり僕のせいか。
「ごめんなさい、僕の不注意でした」
「いいのよ、気にしないで。確かに一方的に捕捉されていたとはいえ、私たちは一切疲労せずに到着できたんだもの」
レティスは僕にフォローを飛ばしてくれる。
やっぱり優しい人たちだ。
「問題があるとすれば、その三人組がこのままだと魔物に突っ込みそうってことか」
「大丈夫じゃないかしら。そんなに強い魔物でもなさそうだし、なんだかんだであの連中もレベル70は超えてると思うわ。本格的にヤバい相手なら、それこそ逃げを選択するでしょうしね」
「それもそうか」
レティスさんのハンドサインが取り下げられる。
進行再開、だ。
「そうだ、ノア。後学のためだ。今、人を探知した魔法は何と言う魔法か教えてもらっても良いかな」
「ずばり『人間探知』という魔法ですよ。人間だけを探知する仕組みなので、間違いが起きないのが特徴ですね」
「というと、人間に化けている魔物とかはどうなる?」
「『人間探知』をすると、そこにいるのに反応が無い。そして『魔探』に引っ掛かります。人間に化けるタイプの魔物がさほど脅威とされていないのは、これらの魔法の存在のせいでしょうね」
もちろん、抜け道も無いわけじゃない。
たとえば人間を『取り込み』で人間に対して反応する状態にしておく方法。この場合でも『魔探』には引っかかるけど、『人間探知』については誤魔化せる。
「ちなみに、このままだと数十秒ほどで、さっきの冒険者たちが魔物と接敵しそうですね」
「精々健闘してくれることを祈りましょう。その分だけ掃除が楽になるわ」
確かに。
しかしその後数分ほど移動を続行したところで、レティスは「見つけた」と呟いた。
「ほら、そこの木に探索者の標が刻んである」
「で、入口がこれ、と」
これ。
そう言ってリーフは、巨木に触れる。
それは確かに巨木なのだけど、その一部分がへこんでいて、どうも奇妙な印象がある。
おそらくそこが扉なのだろう。
「それじゃあ、この周囲の空間を軽く広げましょうか。木はある程度斬り倒すわよ」
「そうだな。オドとノアは、今晩の休憩の支度を頼む」
「ああ、解った」
「了解」




