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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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40 - 修行の成果と命令のこと

 一日ゆっくり休養を取ったおかげか、その翌日、僕の調子はすこぶる良かった。

 あれから一ヵ月ほどの時間を掛けて、僕はイセリアさんから魔法の技術的な事や応用を教わったり魔法書を読ませてもらったりして着実にレベルアップ。

 もちろん、その間も盗賊ギルドのお仕事はしている。

 盗賊としての技術も、大分マシになってきたんだけど、いざという時に魔法に頼ってしまう癖があって、そこについてはギルマスもどうしたものかと悩んでいるようだった。

 酒場のスタッフとしては、もはやベテランに遜色ないと自負している。お皿も滅多に割らなくなった。忘れた頃に割るけど……。

 まあ。

 そんな平穏といえば平穏な日々を過ごして、今日も酒場のお仕事が始まる、その直前だった。

「ノア、ちょっと倉庫手伝ってくれ」

「はい」

 ギルマスが外出から戻ってくるなり、少し硬い表情で倉庫に向かう。

 そして呼ばれた以上、僕もそれについて行く……もちろん、倉庫と言うのは盗賊ギルドの符丁なので、執務室へ。

 ノックするまでもなく、ギルマスは扉を開けて待っていた。

「入ります」

「ああ」

 僕が部屋の中に入ると、ギルマスは机に腰を掛けつつ言った。

「ノア。今日はお前に『依頼』がある」

「依頼……ですか? 命令じゃなく」

「ああ」

 また測定だろうか?

 いや、それにしては表情が硬すぎるな。

「発行元は冒険者ギルド。というか、イセリアだよ。盗賊ギルドから盗賊を一人寄こしてほしいんだと。で、可能ならノアが良いとご指名だ。報酬はでかいぞ」

「イセリアさんから、ですか。どんな依頼なんですか?」

「うん。とある遺跡の探索を行うんで、パーティを編成しているそうだ。現在のメンバーは騎士、格闘士、神官。遺跡探索で使える程度の『盗賊』は前提として、可能ならばある程度の魔法が使える、ローグ、もしくはそれに準じる者をご所望らしい。その点、お前は魔法使いとしてはイセリアの弟子だし、盗賊としても概ね一人前だからな。真っ先にイセリアが思いついたのがお前なんだと」

 なるほど。

 遺跡探索か……。

「僕、遺跡は行った事ありませんよ。足手まといになりません?」

「誰だって最初の一度は初体験だからな。それに、あちらの希望に添えるであろう人員は、現状だとうちにはお前とコーマくらいしか居ない」

「そのコーマさんはどうしたんですか。最近見ませんけど。屋敷行っても居ないし」

「ああ。あいつは今、長期任務中。だからもし、お前がこっちの依頼を蹴るなら、その代わりにコーマを呼び戻して、コーマがやってる仕事をお前に改めて命令する感じになる」

「……一応、教えていただけるなら、コーマさんの現在の任務って?」

「王族暗殺」

「遺跡に行きます」

「それが無難だな」

 ていうか王族の暗殺って。

 コーマさんなら人形で証拠を誤魔化せるだろうけど、僕はどうしようもないぞ。

「詳細はイセリアから聞いてもらう事になる。装備はどうする? 何か貸し出しが必要なら言ってくれ」

「そうですね……」

 僕は少し考える。

 今僕が持っているもの。一ヵ月前に貰った装備一式と、この前もらった短弓……。

 遺跡は通路状になっている所が多く、たまに広間があるらしいけど、さっき聞いたメンバーからして、僕が前衛に出る事は無いだろう。

「外套、あります?」

「外套……マントか?」

「はい」

「あるにはあるが。こう言うのでいいか」

 ギルマスは棚の引き出しから当然のように外套を取り出す。

 なんでそんな所に入ってるのだろう……。

「それ、借りてもいいですか?」

「うん。というか俺のだから、これでいいならお前にやるよ。サイズ合わねえだろ」

「いえ、サイズは大丈夫です。大事に使いますね」

「ああ。他は?」

 他は……特にないかな。

「これで大丈夫です。装備を整えて冒険者ギルドに行くのはいつがいいんですか?」

「今すぐにかな。他のメンバーは既に集結させてるそうだし、早いに越したことは無いだろ。それと、一応これをお前に」

 と、渡されたのは短剣だ。

 四本目。流石に装備する場所に困るんだけど。

「これは?」

「刃を抜いてみろ」

 言われて鞘から抜いてみると、刃には紋章が刻み込まれていた。

 その紋章は、多くのギルド員から忘れられているであろう、盗賊ギルドの紋章だ。

「それが外向きの、お前の盗賊ギルドのメンバーとしての身分証だな。知ってる奴はその紋章が盗賊ギルドのそれだと知ってるし、今回のパーティならそれで行けると思う。ただし、その短剣、あんまり切れ味はよくねえから工夫してくれ」

 なるほど。

 確かにコインじゃ見向きもされないか。

「わかりました。他に無ければ、早速準備して行きますけど」

「うん。それじゃ、最後にこれを」

 これ、といって、ギルマスは袋を渡してくる。

 じゃらりと音がした。

「これは?」

「支度金。いちいち経費を請求するのも面倒だろ。時間もかかるし。だから先にある程度渡しておく。お前なら無駄遣いはしないだろうしな」

「……、ありがとうございます」

 信頼されている。

 けれどそれを裏返せば、この依頼、かなり危険ということか。

「ノア。生き残れよ」

「はい。もちろんです」

 僕はお辞儀をして部屋を出て、自室へ向かい、装備を整える。

 服装は身軽なものを選んで、ポイントアーマーをきちんと身につけ、四本の短剣は結局、両足に二本ずつ。きちんと固定してあるので転んでも大丈夫。

 盗賊用の道具一式も全てが揃っている事を確認して、ちゃんとベルトに括りつけて……最後に、もらった外套を身につける。

 うん。

 でかい。

 半分以上地面に引きずる形になってしまう。さすがにこれは、みっともないとかだらしないとか、それ以前の問題だ。

 かるく折り畳んで長さを調整。限界まで短くしたけど、やっぱりちょっとでかいかな。

 まあ、今回の場合ならば……前衛に出ないならばむしろ好都合か。

 最後に忘れ物が無いかを確認して……と。

「よし」

 テーブルの上に置いたメモにさらさらとペンを走らせる。

 ちらり、とその横を本を見て笑みを漏らした。

 念の為だ。たぶん必要ないだろうけど、置き書きを。

 さて、行こう。


 冒険者ギルドに、今日はお忍びでは無いので、表玄関から普通に入る。

 すると、当然のように視線が集まった。やはり子供が入るような場所では無いのだろう。

 物怖じしても仕方が無いので、そのままカウンターへと向かう。

 暫くの間はあったけど、

「あら」

 と、カウンターの向こうから声がした。

「誰かと思ったら。いつもと格好が違うから解らなかったわ」

「あはは。まあ、今日すぐにとは限りませんけど、一応装備はしておこうかと思って」

「有難いわ。あっちは何か言ってた?」

「特には。詳しくはイセリアさんに聞けと言われています」

「そ。じゃあ、ちょっとついて来て頂戴」

「はい」

 イセリアさんはカウンターを出ると、客席側に来た。

 あれ、こっち?

 と思ったら階段へ。どうやら二階で待ち合わせらしい。

 後ろをついて行き、二階のフロア。実はここを見るのは初めてなんだけど、概ねシーグが知っているようなそれと同じで、あるいは二階に冒険者ギルドの受付を作るのは世界的な標準なのかもしれない。

「今回はあなたに来てもらえて幸いだわ。あの人形師と比べて、あなたのほうが信頼できるし」

「あはは……。でも、僕には経験がありません。足を引っ張るかも」

「それはないわ」

 僕の懸念を、イセリアさんは鼻で笑い飛ばした。

「確かに経験は薄いけど、それを補って余りある成長力があなたにはある。それに、魔法もね」

「…………」

 あんまり過大評価されるのも困るんだけどなあ。

 イセリアさんは当然のように奥へ奥へと進む。そしてイセリアさんを見たスタッフたちは当然のように道を開ける。

 考えて見ればイセリアさんはこのギルドで一番偉いのだ、当然の光景なんだけど、なんだかこの一ヵ月と少し指導を受け続けてたせいで、印象が違って見えてしまっているようだ。

「ここよ。呼んだら入ってきてね」

 二階の、一番奥の部屋。

 イセリアさんは扉をノックする事も無く普通に開けて、中へと入る。

「待たせたわね。四人目のメンバーが到着したわ」

「ああ……もう来たのか。早かったじゃん。下手したら数日かかるかもーとか言ってたのにさ」

 若い男の声。

「こら、リーフ。言葉遣いが荒いわよ」

 若い女の声。

「うちのリーフがとんだ失礼を」

 渋い男の声。

「それで、四人目のメンバーてのは誰だ?」

「紹介するわ。ノアくん」

 僕は意を決して扉をくぐる。

 視界に入ったのは、軽装の若い男、鎧を纏った若い女、そしてローブ姿の壮年の男性だった。

 彼らは僕に視線を向けると、少しの間、動きを止める。

 まあ、子供が突然入ってきたら間違いじゃないかと思うよね……。

「初めまして。ノア・ロンドと言います。イセリアさんに呼ばれてきました」

「ノアくんはみての通りの子供だけど、『盗賊ギルド』の正式メンバーよ。そして魔法使いとしても一流でね。この街で言えば間違いなく最上位、この国と言う単位で見ても、この子よりも優れた魔法を使える盗賊は居ないと、あえて断言するわ」

「……イセリアさん。できればハードル上げないでください。僕そんなに大したこと無いんですから」

「あら、私は嘘偽りを一切言っていないわ。全て本音よ。というか、あなたが自分を過小評価し過ぎているだけで、実際あなたは盗賊ギルド内部でも、かなり評価されてるでしょうに」

「僕は『やっと一人前』くらいですよ、盗賊としても。期待値をあげないでください」

「ふふ。やっと一人前ねえ。まあ、確かにそれは事実だけど……。まあ良いわ。三人共、この子の力量は私が保証するわ。でも、それだけだと不安でしょう? 私がどんなに保証したところで、私の眼が曇ってるかもしれないものね」

 うんうん。

 実際曇ってる気がする。

「ノアくん。レベルカードを提示して、三人に見せてやりなさい」

「はい」

 僕はレベルカードをテーブルの上に置く。

 レベルカードの更新はしておいた。

 だからそこには、こう書かれている。

 ノア・ロンド。

 魔賊。

 レベル94、と。

こぼれ話:

『魔法職のレベルは前衛職と比べて倍近く上がりやすい』……というのは、単純に魔法を覚えた数がレベルにそのまま反映されてしまうからです。

前衛職でも、たとえば剣だけで頑張る人より、剣+槍などの複数を訓練することで、レベルそれ自体は上がりやすくなることが広く知られています。

ただし、この常識はレベル90まで。90以降はそれまでのような修行ではレベルが上がりません。主人公(ノア・ロンド)でも、レベルカードという枠組みを使う限りに於いて、この条件は同じです。

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