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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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39 - 突如の不調と発熱のこと

 ゆさゆさ、と身体を揺られるような感覚で、僕はいやいや目を覚ます。

 なんだか身体に激しい倦怠感、強烈にだるいという感じと、目の奥がじわじわと痛んで、そして妙に寒い。

 なにが起きたのだろう……。とりあえず目を開けて、僕は頭を動かし、天井から視線を部屋に移した。

 そこには、ギルマスが立っていた。

 その表情には焦りのようなものが見える。

「……あ、聞  るか、お 。ノア、  事し 」

 ギルマスは何かを喋っている。

 上手く言葉が聞き取れない。

 僕の名前が呼ばれた気がする。

 なにかをしろと言われた気もする。

 とりあえず、起きないと……。

 身体を起こそうとして……まるで力が入らない。

「無 をす  。すご 熱 ぞ、 前」

 熱……?

 そうか、僕は熱を出しているのか。

 だから寒いんだ、なるほどなあと納得して、なんとか額に自分の腕を載せる。

「ぎるます……ごめんなさい、なんだか、よく、ことばがききとれません」

 声は……出てるかな?

 ギルマスは僕の腕を取って、布団の中へと戻してくれる。

 これは病気だろうか。

 僕にはわからない。

 ラスも、シーグも、こんな経験はした事が無い。

 二人とも大きな病気とは無縁だったし……。

 なんだか思考力も落ちているような気がする、上手く考える事が出来ない。

 何か。

 何かが引っかかる。

「……あ、」

 思い出した。

 そうだ、この現象……これに良く似た『現象』を、シーグは身を持って味わった事がある。

 僕は布団の中に潜り込んでいたあの魔法書を、ギルマスが居る方へと布団の中から外へと落し出す。

「たぶん、これのせいです。こーまさんか、いせりあさんか……まほうをつかえるひとならば、げんいんが、わかるかもしれません」

 言葉に力が入らない。

 ギルマスは少し考えるようなそぶりを見せて、本を拾うと頷く。

「 ぐに れ 来る。すこ の い 、しん うして れ」

 そして、僕の額を軽く撫でてから、ギルマスは部屋を出ていった。

 よく聞き取れなかったけど、たぶん、通じたのだろう。

 さむい、なあ……。


 ふと気が付いたら、また寝てしまっていたらしい。

 誰かと誰かの声がして、僕はそれで目を覚ます。

 目を開けると、視界には二人の大人……一人はギルマス、もう一人は……、イセリアさん?

「ああ、良かった。起きてくれたか。どうかしら、言葉はちゃんと聞き取れてる?」

 さっきは半分くらいが聞き取れなかったのに、今はそうでもない。

 イセリアさんの左手は僕の胸元に置かれていて、そこから暖かいものを感じた。

 たぶん、彼女が処置をしてくれたのだろう。

「よく、きこえます」

「そう。まあ頭はぼーっとするでしょうけど、少し我慢なさい。それと、イソドから本を渡されたわ。その本が原因だとノアくん、あなたが言ったと彼は言ってたけど、それは本当?」

「はい」

 確かに言った。

「きのうのよる……、よなかですが、それをよみました」

「そう……。この本はイソド、あなたがこの子にあげたの?」

「ああ。イセリアに修行付けてもらえるお祝いにってな。ローグが持ってたから、魔法書だと思ったんだが」

「……なるほどね」

 イセリアさんは大きく頭を振って、殆ど睨みつけるかのようにギルマスを見て、ギルマスは一瞬、それにたじろいだ。

「ノアくんが今陥ってる状況は『魔力枯渇』よ。おもな症状は高熱を伴う身体機能の低下、一部感覚の欠落ね。嗅覚、味覚、聴覚、視覚、触覚とか。ノアくんの場合は、それが聴覚だったわけ」

「対処法は?」

「病気じゃないから薬は意味が無いわ。時間経過でも治るけど、ひどい時は数日続くから、ノアくんみたいな子供とか、あるいは老人だったりすると、これが原因で衰弱死なんて話も無いわけじゃないし、可能な限り能動的に治すべきよ。治し方は単純、魔力を補充すればいい。私とかコーマみたいなある程度の魔法使いとして知識を持っているなら、魔力を他人に融通することができるしね……それができないなら神官に頼っても良いかもしれないわ。居るかどうかは別として、神官魔法の原理的に、治せるはず。試したこと無いけど」

「……ならば、ノアがこうなった原因は?」

「この魔法書のせいよ」

 イセリアさんは本をギルマスに突き出して言う。

「こんな難易度の高い本、並程度にしか魔力を持って無いなら、普通は解読できないはずなんだけどね……。まあ、ノアくんは私が認めるくらいだもの、何かの紛れで魔力の要件が外れたか、解読出来ちゃったんでしょう。その反動ってわけ」

 反動……。

「へえ。魔法書の解読には魔力も関わるのか」

「ええ。魔力が多ければ多いほど解読は容易になる、と考えられているの。ま、そのあたりが才能の差になりやすいのよね。けど、ノアくんは魔力が並程度にしかない珍しいタイプの天才だから、こう言う事態にもなったんだと思うわ」

 魔法書はこれまでもそれなりに読んだつもりだけど、こうなるのは初めてだ。

 よっぽどあの魔法、燃費が悪いのかな。

「というか、イセリアはその魔法を知ってるのか?」

「ええ。私も使えるわ。だけど私以外だと、それこそ師匠くらいしか使えた魔法使いは居ないわね。難易度もそこそこ高いけど、なにより魔力の消費がえげつないし……効果も極めて限定的で、敢えてその魔法を使う必要も無いから。ただ、魔法書が世界単位で見ても十冊すらみつかってないはずだし、高級品になってるわ」

「ふうん……。そんな魔法書、あのローグが持ってたのか。無駄だな。ちなみにノアにその魔法、使えそうなか?」

「千人居れば使えるかもしれないわね。三千人居れば一定の発動もできると思うわ」

 遠回しに無理だと言われた。

 たしかに、あの魔法、たぶん僕じゃ発動には至らないだろう。

 『域』を張ればいけそうだけど……って、ああ、そうか。そのせいで解読出来ちゃったのかもしれない。

「ノアくん。今日の授業は、お休みよ。出来れば他の仕事も休んで、ゆっくり一日を過ごしなさい。あなたには私が魔力を融通したとはいえ、『他人の魔力』を『自分の魔力』として使うのはかなり無理があるのよ、神官でも無い限りね。それでも一日休んで沢山寝れば多分回復するでしょうから、そう言う日だと思って休む事。いいわね?」

「はい。わかりました、イセリアさん。ありがとうございます」

「それとイソド。あなたにもお願いがあるの。今後ノアくんに魔法書を渡すなら、私に事前に確認を取るか、私もしくはあの人形師の前で読ませなさい。単独で無理して読もうとして、読めてしまった時、毎回私やあの人形師が助けに来れるとも限らないわ」

「ああ。ノアもそれでいいか?」

 はい、と頷く。

 苦しいのはやっぱり嫌なのだ。

「世話を掛けた、イセリア。この恩はいずれ」

「別に良いわ、このくらい。なにせこの子にはどんなに尽くしても、それ以上の利益を私が得られるって確信があるの。情けは人のためならず、よ」

 妖艶な笑みを浮かべてイセリアさんは手を振った。

「それじゃ、容態も安定したし、そろそろ戻るわ。ギルドを長時間放っておくわけにもいかないし」

「ありがとうございます、イセリアさん」

「ふふ、気にしないで。情けは人のためならず……あなたに何かをするのは、私の為でもあるのだから」

 じゃあね、と彼女は言うと、その姿がかき消える。

 …………。

 え?

「さすがは、イセリアだな。空間転移系の魔法なんてものも覚えていたのか……」

 いや……え?

 それって実在するんだっけ?

 と疑問に思い、でも僕が覚えてしまった『域』も大概か、と一人納得する。

 僕も使えるようになったら便利そうだ。

「まあ、そう言うわけだ。今日はゆっくり休めよ、ノア」

「はい。ギルマスも、ありがとうございます。ごめんなさい」

「気にするな。もとはと言えば確認を怠った俺が悪い。……俺こそ、すまん」

 じゃあな、と言ってギルマスは部屋を徒歩で出て行く。

 僕はそれを見送って、久々の休暇をベッドの上で送ることにしたのだった。

 寒気は幸い消えているので、退屈だけど、それだけだ。

 ゆっくりじっくり、今は休もう。

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