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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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38 - いつか見た魔法書のこと

 イセリアさんから本格的な修行を付けてもらう事が決まった事をギルマスに報告すると、ギルマスは複雑そうな表情で、しかし最終的には喜んでくれた。

 そしてそれに至るまでの概ねの敬意を説明したところ、難しそうな表情になり、やれやれと首を横に振る。

「あいつの師匠はあまりにも偉大すぎたんだ。『絶対』と呼ばれた魔法使い。『絶対』ってのは、本当の意味での『絶対』でね……彼女にできない事は無い、そう思わせるほどに彼女は完成されていた。コーマの完璧主義も、元を辿ればそこに行きつくのだろうな。しかし、イセリアがそこまでノア、お前の事を買うとはね。正直、お前が望むなら、あっちのギルドに移籍しても構わないぞ」

「僕が盗賊ギルドに取って邪魔だというならば、そうしますけど……」

「いや、そう言う意味じゃない。むしろお前にはずっといてほしいくらいだ。だが、お前のその才能、恐らく、盗賊ギルドでは生かしきれないぞ。それでも良いのか?」

「あいにくと、僕は生きる事が出来ればそれで満足しちゃう性格なんです。冒険者としての名声は、確かにあれば便利なのかもしれませんけど、でもそれ自体が生きることに関係あるかと言えば別でしょう?」

「ふうん……野心が無いというか、覇気が無いというか、欲が無いというか、夢が無いというか。でもまあ、ノアらしい解答といえばノアらしい解答か……」

 呆れるような言い方に、僕は笑みを漏らす。

「まあ、良いだろう。そう言う選択肢もあるってことだけは頭に入れておいてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「うん。それと、本格的に指導を受けられるとなったらお前にやろうと思っていたものが二つある。受け取ってくれ」

 ギルマスは床に置かれたいくつかの箱の内、もっとも小さなものを手に取ると、僕に渡してきた。

「開けても?」

「ああ」

 許可ももらったので開封。

 そこには緩衝材に包まれた一つの指輪と、一冊の本が入っている。

「指輪と……魔法書?」

「ああ。魔法書のほうは以前この盗賊ギルドに所属していた『ローグ』のものだ」

 所属していた……過去形ということは、本来の持ち主は既に居ないということか。

「その『ローグ』はその魔法書を手に入れたんだが、ほんの少しさえも解読できなかったそうだ。だからどんな魔法が書いてあるのかは俺にも解らん。お前に読めるかどうかはさておいて、イセリアなら、あるいは読めるかもしれないし……まあ、選別だ。受け取ってくれ」

「ありがとうございます。それで、指輪の方は……?」

「それは俺の私物」

 ギルマスの?

「俺には魔法が使えないからな、その指輪の本来の効果はついに解らなかったんだが。魔法武具、マジックアイテムの一種だ。たぶんな。気が向いたら付けてくれ」

「折角のもらいものなので、もちろん装備させてもらいますよ。ありがとうございます、ギルマス」

「うん」

 指の太さと指輪のサイズの兼ね合いもあるので、とりあえず左の人差し指につけることに。

 右手でも別にいいし、お風呂入る時に外すだろうから、毎回入れ変えても良いかもしれない。

「よし、じゃあ報告はそれくらいか? お疲れさんの所悪いけど、あと一時間で酒場が開くから、その準備を頼む」

「はい。とりあえずお風呂済ませてきますね」

「ああ」

 僕はお辞儀をしてから部屋を出て、自室に入り、荷物を置く。

 ちらり、と改めてもらった二つのものを見て見る。

 指輪は……どんな効果だろう。シーグの記憶にも無いけど、明らかに魔力を帯びているからから、安物のマジックアイテムと言うわけでは無いのだろう。むしろ高級品か。

 で、魔法書には奇妙な感覚が。どこかでこれと同じか、これに良く似たものを見た事があるような気がする……。

 お風呂に入る前に魔法書を手に取り、表紙を確認。

 書いてあるのは唯一文字、『喰』だった。

 なるほど、僕はこれを知っている。

 『喰の魔法書』。

 ラス・ペル・ダナンが目録で見た事があるやつで、金貨二万五千……枚、だったよね、たしか。

 これ一冊で城、は無理でも屋敷くらいなら建ちそうだ。

 大切に読もう、なんて考えながら、僕はとりあえずお風呂を済ませてくることにした。

 今日も元気に、接客業だ。


 夜中の三時、酒場での仕事を終えると、今日は特に、盗賊としての仕事も無いと言うことだったので、自室に戻って鏡を覗く。

 午後の三時から夜中の三時まで、十二時間。

 途中休憩は何度かあるけど、流石に汗も汚れもあったりする。

 ので、もう一度お風呂に。

 この店にあるお風呂には朝の十時から翌朝の六時まで入る事ができるので、実はこの時間帯は結構お風呂場は混みあうのだけど、それなりに広いので特に気にもならない。

 着替えを持ってお風呂場がある離れへ向かい、とりあえず『ノア』と僕の名前が刻まれたプレートのある棚の前へ移動、籠を三つ置いてあるのは脱いだものを入れる奴と着替えを入れる奴、最後はタオルとかを入れる用として使っている。

 今日はどのくらいこんでるかな、とちらりと風呂場の方に視線を向けると、人影は二人くらいだろうか?

 空いている部類だ。あるいは僕に対しては命令が無かったと言うだけで、他のメンバーには命令が出ているのかもしれない。

 タオルを持ってお風呂場に、戸をくぐった向こうには、酒場で一緒に働く人が二人いた。まあ、部外者が居ても困るか……。

「お、ノア坊だ。おつかれさん」

「おつかれさまです、ロッシュさん。それと、ヤンタさんも」

「ん、お疲れ様、ノア坊」

 で、酒場で働く仲間たちは、ギルマスを除いて僕の事をノア坊と呼んでいる。

 解りやすい子供扱いだけど、そう呼ばれる分には心地いいので特に気にしていない。

 軽く湯で全身を流してから、まずは髪の毛を洗うと、ついで石鹸を泡立てて身体を洗い始める。

 ふと気になったので、聞いてみるか。

「そういえば、ディリーさん、今日はお休みでしたね」

 ディリーさんはロッシュさんの同期らしく、よくロッシュさんと一緒に仕事をしている。

 今日はそのディリーさんが病欠したのだ。おかげでちょっとホールは大変だった。

 僕が居る間は注文ミスも無かったけど、例によってお皿を割っていたり……。

 いや、一週間に一枚くらいし変わって無いけど。それでも多いか。

「ディリーの奴、どうも最近調子崩しててな。前の仕事でちょっと怪我してたから、それが原因かもしれん」

 僕の質問にロッシュさんが答えてくれる。その声には心配が多分に含まれていた。

「怪我……ですか。すぐ善くなるといいんですけどね」

「そーだな。けどディリーのやつ、ノア坊に心配されたって聞いたら喜ぶだろうし、そのために仮病つかうかもな」

 ヤンタさんが茶化して場を和ませる。僕とロッシュさんは自然と笑みを漏らしていた。

 茶化してはいても、その内面に心配があるのがよくわかる。

「あ、ノア坊、石鹸よこしてくれ」

「どうぞ」

 ヤンタさんに石鹸の入ったケースを渡して、僕は身体の泡をお湯で流す。

 ふう、さっぱりした。

 大きな湯船に向かい、僕はそこで全身を温める。

 うーん。温泉もいいけど、こういう普通のお湯もいいなあ……。

「そんじゃお先に。ノア坊、のぼせるなよ」

「はい。おやすみなさい、ロッシュさん」

「おう」

 暫くお湯であったまるとロッシュさんが去り、それと入れ替わるようにヤンタさんが湯船に入った。

 のほほん。

「あれ……、ヤンタさんも怪我してますね」

「ん……ああ、ちょっとぶつけただけだ。痛みもないし、すぐに治るだろ」

「ならよかった」

 怪我をしているのは右腕。

 僕だったら困りそうだけど、ヤンタさんは左利きだから、さほど気にならないのかもしれない。

「ふぁあ」

 温まってたら眠気が……。大きなあくびをしているところを見られてしまった。

「おいおい、湯船の中で寝てくれるなよ。溺れるぞ」

「はーい。……もうちょっと温まりたかったけど」

 溺れたらそれこそ一大事。

 我慢我慢と。

「それじゃ、僕もお先に失礼します。おやすみなさい、ヤンタさん」

「ああ。お休み、ノア坊」

 湯船から出て風呂場を後に、脱衣所でタオルを使って身体を拭いて、着替えを着てから脱いだ物を持ち、忘れ物が無いか、念の為に確認してからいざ自室へ戻る。

 自室の入り口すぐ近くに置いてある洗濯ものを入れるための籠に、脱いだ衣服は全部突っ込んでおく。洗濯は起きてからだ。

 僕はベッドにいつも通り飛び込もうとして、もらった魔法書の事を思い出し、その魔法書を手に取ってからベッドに飛び込む。

 改めて表紙を確認、『喰』とだけ書かれた魔法書。

 これを読みながら寝ることにしよう。

 僕はそう考えて表紙をめくった。


 結局その日、僕がやっと寝たのは日が昇り始めた五時頃だった。

 本って、一度読み始まると止まらないんだよね……。

こぼれ話:

プロット段階では、主人公(ノア・ロンド)が見た名簿や記録には、アレシアはアリジア・アリーシャ、イセリアはイザレア・イサリアなどの名前の表記揺れがある、という設定がありました。

これは言語の問題で、綴りは冒険者ギルドに登録した際のALLESIA、ISALLEAで固定されているんだとか。

本編でこのあたり回収してると冗長になるな、と言う事でばっさりカット。

これに巻き込まれたSIEG、KEVIN、LEJA、WORL、SOHN、Gu-IN、CHESEDの表記もついでなのでここに出しておきます(本編からは抹消されるので)。

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