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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
38/100

37 - 鬼才の女と限界のこと

「魔法使いは概ね二つの種類に分けることができるわ。解る?」

「いえ全く。とりあえず、おはようございます。今日はビンテージ物のワインを持ってきました。イセリアさんにどうぞってイソドが」

「あら、ありがたいわ。私、お酒大好きなの」

 ワインの入った瓶を受けとるなりその瓶に頬ずりをするという行為は、控えめに言っても奇行なのだけど、そこはイセリアさんの美貌のせいで特に違和感が無いのが怖い。

 ともあれ。

 僕がこの場所に通い始めてから、当初の予定である一週間。

 その最終日を迎えていた。

「話を戻すけど、魔法使いは『基礎タイプ』と『感覚タイプ』があるの。殆どの魔法使いは前者ね。でもあなたや私は、後者。『感覚タイプ』はその名が表す通り、『感覚で魔法を使えてしまう』タイプというわけ。ただ、そんな中でも、私とあなたの間には違いはあるわ。こっちは何か、解るんじゃないかしら」

「魔力の量、ですよね」

「大正解よ」

 当然のようにイセリアさんも『光図』の魔法を詠唱破棄で使い、図で説明を補ってくれる。

 今現在の図は魔力量を示す箱で、僕のそれはイセリアさんのそれと比べて、十分の一すらあるかどうか。

「感覚で魔法が使える人はね、大概の場合で、規格外な魔力を持って産まれてるのよ。私も、私の師匠、アレシアもそうだった。私は普通の冒険者と比べれば百倍ちょっとの魔力があったし、師匠は私よりも少しだけ多かったかしら。まあ、これは論の順番が逆ね……感覚で魔法を使えるから魔力が多いんじゃなくて、魔力が多いから感覚で魔法を使えちゃうのよ」

 確かに同じ事を言っているようで、全く別の事になっている。

「魔力が人より多いから、多少強引な発動が出来てしまう。魔力を上乗せしたりすることでね。本来魔力を10だけ使う魔法があるとして、私とかの感覚派は1000とかを使ったとしても、割合で見れば大差が無い。だから『感覚タイプ』の魔法使いは『基礎タイプ』の魔法使いから、羨望されつつも軽蔑される傾向があるわ。『もっと基礎をちゃんとすれば、その百倍もの魔法が使えるのに、基礎を蔑ろにして無駄遣いをしている』ってね。良くあの人形師にもどやされたわ、懐かしいわね」

 そういえば、イセリアさんとコーマさんは、ギルマスことイセドも含めて幼馴染なんだそうだ。

 イセリアさんは当時冒険者としての活動から引退を考え始めていた『絶対』の魔法使い、アレシアさんに弟子入りして魔法使いの冒険者に、イセドとコーマさんはほぼ同時期に盗賊ギルドに加入して、イセドさんが『普通の盗賊』として着実に実績を重ねる一方で、コーマさんは『特殊な盗賊』としての訓練を受け、その間に人形師としての才能に目覚めたんだとか。

「でもね。私がこの一週間、あなたに魔法を教えた限りにおいて……そして、あなたの魔法を見る限りにおいて、あなたはどうもおかしいのよ」

「おかしい、ですか?」

「ええ、おかしいわ。分類で言えば『感覚タイプ』、それは間違いないの。でもあなたの根底にあるのは、むしろ『基礎タイプ』なのよ。実際、あなたの魔力は『並の魔法使い程度』しかないし、発動にも魔力の上乗せはしていない。それこそ基礎をきちんとした魔法使いの『理想的な最低限の消費』で、感覚タイプであるかのように行使できている。私がその域に達したのは、私がレベル90になった頃かなあ。それまでは私も、魔力を上乗せして詠唱破棄とかやってたし」

 それは多分、『僕』の性質なのだと思う。

 シーグは間違いなく『基礎タイプ』の魔法使いだったのだ。

 けど、シーグに『僕』がなったことで、シニモドリとしての性質を得た……完全な記憶と言う力を得た。

 だから記憶を頼りに『魔力』を成形し、発動することが出来るようになってしまった。

「あなたにちゃんと修行を付けるかどうか、それを決めるために、この一週間色々とやって来たけれど……だからこそ、この一週間であえて教えていないことが一つあるわ。その一つについて、ノアくん、あなたの『感覚』を教えて頂戴。それで決めるから。あなたは魔法を使う時、魔力を『どう使っている』のかしら?」

 ふむ。

「えっと……最初に、魔法書を読みますよね。で、その後一度試しに使ってみます。その時は当然ですけど、詠唱をしています」

「うん……?」

「で、詠唱をすると勝手に魔力の形が、大きさとかも含めて整えられますよね。詠唱ってたぶん、その『成形』を行うための行為なのだと、僕は考えました。で、逆に言えば、『成形』ができるならば、詠唱は必要ありません。だから、僕は魔法を使う時、毎回『試しに使った時の魔力の形』を、『記憶を頼りに成形』して、発動させています。こんな説明で大丈夫ですか?」

「…………」

 イセリアさんは笑みを浮かべる。

 その笑みはいつもの微笑とは全くの別物だった。

 ぞくり、とするような。

 まるで『獲物』をみつけた、獰猛な獣のような表情だ。

「そう。そう。そう。そう。そういうことか。そういうことなのね。ええ、解ったわ。その説明で大丈夫よ。この上なく十分で、それこそ完璧な解答よ」

 まくしたてるように。

 彼女は言う。

「久しぶりね、本当に久しぶりだわ、久しぶりと言うよりも初めましてかもしれないわね。師匠以外で『本物』に、『本当の意味での感覚タイプ』に出会えたのは。ふふ、これはイセドに何かお礼をしなきゃいけないわね……もちろんノアくん、あなたにも。修行はして上げるわ、私が知っている魔法の全てをあなたに託して上げる。だからあなたは、それを学んで、それを覚えて、そして実践して頂戴。それが修行の対価よ」

「え……? お金とかは、良いんですか?」

「いらないわ。というかこっちが払ってでも修行してもらいたいくらいよ」

 ……どういうことだろう?

「いい、ノアくん。魔法の発動にあたって、魔力の形成をする。それは真実よ。それは真相よ。それは真理よ。でもね、でもねノアくん、そんな表現が出来るのは、そんな表現を自然と言えるのは、『本当の意味で魔力をコントロールできるから』に他ならないわ」

 いやでも、魔力がコントロールできなきゃ魔法って発動しないような。

「いいかしら、ノアくん。あなたはね、間違いなく天才よ。魔力の量は確かに並程度しかない。これはいわゆる『魔法使いの天才』たちと比べれば途方も無く少ないわ。でもね……でもね、ノアくん。あなたは『魔力を完全に掌握している』」

 魔力の掌握。

 その単語をキーワードとして、イセリアさんは語る。 

 魔力の形を整える。つまり、成形することで、魔法は発動できる。それは事実だ。

 しかし、そもそも普通は『魔力の形』などという概念を持てない。魔力とは消費するものであって、それ自体をどうこうするものでは無いと、普通は考えてしまうから。

 自分の中に魔力と言うものがある事は知っていても、その魔力と言うものの形を変えようとは思わないし、そもそも変えられるとも思わないし、実際に変えることができないから、そんな発想を一瞬抱いたとしても、『できない』と勘違いするらしい。

 それはたとえ『天才』と言われる、それこそレベルが90を超えるような魔法使いでさえも。

 実際のところは、確かに『魔力の形は変えられる』。じゃあ何故普通はできないのかといえば、簡単だ。

 『魔力の形の変え方を知らない』から。

 人間に突然鳥の翼が生えても、翼の動かし方が解らないから空を飛ぶ事はできないだろう。

 人間に突然尻尾が生えても、尻尾の動かし方が解らないから犬や猫のように動かす事はできないだろう。

 魔力もそれと同じようなもので、人間は基本的に、『魔力の動かし方が解らない』のだ。

 目に見えない、形はあるはずなのに感覚でしか把握することが出来ないそれに、いったいどう干渉できると言うのだろう。

 たとえばその人が天才で、偶然がいくつか重なったとしても、できるのは精々『干渉できる状態にした魔力の形を変える事』……いつかケビンが結界を破る時にしたように、魔力を塊としてそのまま扱い、行使して、その行使中に形を変化させる事ができるかどうか。

 けれど。

 僕は潜在している状態の、目に見えない、物に干渉しない状態の魔力の動かし方を知っている。

 魔力の形の変え方を、僕ははっきりと知っている。

 それはシーグも知らなかった事であって、シーグの身体が『僕』に教えてくれた事だ。

 普通の人間には……シニモドリでない人間の不完全な記憶では、不完全な認識では、それを習得することが不可能に近い。

「私の師匠、かつて『絶対』と呼ばれた魔法使い、アレシアはね。あなたと同じように、『魔力を完全に掌握していた』の。だからこそ、師匠は『絶対』と呼ばれた。師匠は師匠が知る魔法の全てを使えていたし、元々沢山の魔法を知っていた師匠は、さらに『追記』や『抽出』、『属性変化』によって、およそこの世に存在する全ての魔法を使えたんじゃないかって言われてるほどにね。私はそんな師匠に教えを請って……魔力というものに干渉できる事を知ったわ。でも、私には精々、その『方向性』を変える事しかできなかった」

 けれどあなたは違う。

 彼女は興奮を隠さずに言う。

「あなたは師匠と同じ。魔力を掌握できている。あなたが持つ魔力は、師匠と比べればとてつもなく少ないけれど、それでもあなたならば、師匠が遺し、私も解せなかった魔法が、習得できるかもしれない。私はそれを手伝うわ。全身全霊を込めて、あなたが次代の『完全』になれるように、全ての技術を教えましょう。そうすることで私は、もう一度『完全』を目にすることができる。そうすれば行き詰ってしまった私でもきっと、また進む事ができると思うから」

 だから、だから、と繰り返し、彼女は僕の手を強引に取って言った。

「私の元で、あなたは魔法を、あなたにとっての完全にして。そして私を導いてほしいの」

 それは切実な叫びだった。

 普通の人間の限界を迎え、もはやこれ以上の成長が見込めない、そう思っていたのかもしれない。

 けれどそこに僕が来た。

 普通の人間では無い僕が。

 そして、彼女の前には道が出来たのだろう。

 いや、まだその道は見えただけだ。きっとこれから僕を指導することで、その道を確かに進んで行くのだろう。

 ならば僕も笑って、それに答えるべきだ。

「わかりました。僕にできる事は、精一杯に頑張ります。あらためてよろしくお願いしますね、イセリアさん」

「ええ。ありがとう。こちらこそよろしくね、ノアくん」

 しかし……だとしたら。

 もしかしたら、アレシアって人も、シニモドリだったのかな?

 僕は不意に、そんな事を思うのだった。

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