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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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36 - もらった特殊な鍵のこと

 冒険者ギルドに向かう短い道のりの中でギルマスに聞いた限りだと、この街の冒険者ギルドは、規模的にはさほど大きくないらしい。

 ただ、全体的に『濃い』。一通りのクラスが所属し、その皆がそれなりに強いんだそうだ。

 それ故に、普通の冒険者ギルドでは扱いきれないような大型の依頼が、ちらほらとこのギルドにはやってきているそうで。

 善く言えば精鋭の集まり。

 悪く言えば門口が狭いらしい。

 僕がこの街に来たその日、そのあたりの事情を知らずに盗賊ギルドを選んだのは幸運と言えるだろう。

 で、この街の冒険者ギルドの建物も、例によって一階が酒場になっている。

 但し武器屋や道具屋は入っていないらしい。

「それじゃあいつも通りな、行ってみようか」

 そういってギルマスは建物の中に入る。

 『いつも通りな』。

 盗賊ギルドで使われる符丁で、『盗賊ギルドのメンバーであることを隠せ』、そして『ギルマスと呼ぶな、名前で呼べ』という感じの意味だ。

 つまり、ここから暫くの間は、ギルマスじゃ無くてイソドと呼ぶわけだ。

 慣れた様子のギルマス、もといイソドの歩き方に対して、僕はどこかぎこちない。

 冒険者ギルドに慣れていないわけじゃないんだけど……なんだろう、このギルドの酒場の空気、妙に張り詰めている感じがする。

 精鋭の集まり。

 門口が狭い。

 なるほど、こう言うことか。

 本当の意味でレベルが高い人たちは対して何もしないのだろうけど、中途半端なレベル、たとえば70位の人たちにとっては緊張する場所なのかもしれない。

「よお、イセリア。商売の調子はどうだ」

「ぼちぼちよ、イソド」

 イソドが話しかけた女性はどこか恐ろしささえ感じるほどの、まさしく『美貌』と言うべきものを纏っていた。

 漆喰よりもなお黒い、腰ほどまで伸ばした髪は先端の近くで軽く纏められていて、藍色のすっきりとしたドレスがより一段明るく見える。

 そんな彼女が纏う空気はまさしく妖しく艶やかで、なんだか僕のような子供からしても、ああ、たぶん世界で一番美しい人を決めるとしたらこの人が選ばれるんだろうなあと、そう思ってしまうほどに美しい。

 しかも、これほどまでに美しいのに、不思議と近寄りがたいような空気が無い。いつ誰が話しかけてもきっと彼女は誠実に答えるに違いない。

「この前はヴィンテージのワイン、ありがとう。美味しかったわ」

「え? いやアレ、客に出すって……」

「美味しかったんだもの……」

 てへ、と。

 カウンターの奥、イセリアと呼ばれた女性は舌を出してあざとく言った。

 折角容姿が良いのに、なんだかこう、軽くいらっとくる仕種だった。

「あら? ……そっちの子は? イソドの隠し子かしら」

「おいおい。俺がそんな歳に見えるかよ」

「そんな歳には見えないけど、そんな歳なのは知ってるわ」

「……やれやれ。いつまでたってもイセリアには口ですら敵わんな」

 ほれ、とイソドは僕の背中を押しだすように、彼女の前に出す。

 自然、彼女の視線が……というか、室内の皆の視線が僕に集まった。

 なんかやりにくいなあ。

「挨拶しな、ノア」

「はい。初めまして、ノア・ロンドと言います」

「初めまして。このギルドのマスター、イセリアよ。ノアくん。……はて? でもイソド、あなた、ロンドなんて姓じゃないわよね。母親の姓かしら?」

「だから隠し子じゃねえっての」

「つまり落胤ね」

「同じじゃねえか」

「認知してるかどうかの差はでかいわよ」

「…………」

 本当に口では勝負にならないようだ。

 僕はどう自己紹介したものか、と悩んでいると、イソドは言う。

「ほら、俺が働いてる酒場。あそこで最近、住み込みで働き始めたんだよ、こいつ。これから酒の融通とか、こいつもお使いに使うから、そのお披露目もしようとおもってな」

 なるほど、言い方が上手い。

 盗賊ギルドであることは伏せているけど、確かに決して嘘を言ってるわけでもない。

 まあ……イセリアさんは当然知ってるだろうから、僕もそうなのだと一瞬で見抜くだろうけども。

「なるほどね。あの酒場で最近、頭のいい子供が働き始めたって話は聞いたけど、それがノアくんなのね」

「そういうことだ」

 ふむ。

「で、イセリア。よかったらこいつに勝手口使わせてやってくれねえか? 搬入とかでいちいちここ通すと、ノアも怯えるだろうし……」

「あはは、それは違い無いわ。良いわよ。ついてきなさい、鍵あげるから」

「あんがとな。ノア、行くぞ」

「うん。ありがとうございます」

 イソドはイセリアさんについて行くように歩きだしたので、僕もその後ろをついて行く。

 イセリアさんの髪はふわりふわりと揺れていて、なんだか楽しげに見えたりもしながら酒場のスタッフ用の通路を進み、突き当りを左に曲がって、扉を開ける。

 その扉の先は応接室だった。

 イソドは当然のようにそこに入るので、僕もその後ろについて行き、促されたので着席する。

「さて。あらためて要件を聞こうかしら。本題は?」

 どうやらどこかで符丁が使われたらしい。それっぽいのは、勝手口……かな。

 教わって無いと言う事は、盗賊ギルドの符丁では無く、ギルマスとイセリアさんの間で使っているものなのだろう。

「ああ。実はノアに魔法を教えてやってほしいんだ」

「魔法を?」

 イセリアさんは怪訝そうに眉をひそめると、足の先から頭のてっぺんまでをじろりと見てくる。

 武装は外してコーマさんに預けてあるので、怪しまれる事は無いはずだ。

「見た感じ、体術もさほどできなさそうだけど、これでも『盗賊』なんでしょう、あなたがわざわざ連れてくるくらいだもの。魔法を教える意味はなさそうだけど」

「それが意外とそうでも無くてな。ノア、カードを」

「はい」

 言われたとおりにいレベルカードを取り出して、それをイセリアさんに差し出す。

 そこに書かれた情報を読むなり、イセリアさんは笑みを浮かべた。

「また、珍しいクラスが出て来たものね。『魔賊』か。しかもレベル89……。幼く見えるけど、今、何歳なのかしら?」

「十一歳です」

「そう。十一歳にしては小さい方ね……というか、十一歳だとしてもこのレベルは尋常じゃないわねえ」

「ほら、今日設備俺達が貸し切っただろ。魔賊なんてクラス珍しいからな、こいつの力量を測定をしてたんだ」

「ふうん……それで、何かわかったの?」

「とにかく偏った才能を持ってるって事、全体的にセンスがある事、魔法の基礎をすっとばして応用を使っている事。そんな所だな」

 ああ、とイセリアさんは頷く。

「センスと感覚でどうこう出来ちゃう天才肌か。あの人形師がさじを投げるのも無理が無いわね」

 人形師。

 コーマさんのことは知っているのか……。

「良いわよ、少し見てあげるわ。けど、ちゃんと修行を付けるかどうかはその『少し見る』間に、何か私の気を引く事ができたら。そういう条件にしましょう」

「報酬はどうする」

「そうねえ、最初の内は趣味の範囲だし要らないわ。ちゃんと修行を付けるかどうかのあたりが固まったら、改めて皆で話しましょ」

 それで良いかしら、とイセリアさんは言う。

 イソドは当然、そして僕も、それに頷いた。

「ところで、それとは別件でもう一つ用事があってな。『魔賊』ってクラス、冒険者ギルドの指定外だろう?」

「ええ。特殊クラスの中でも珍しい部類よ。簡単に言えば『盗賊ができる魔法使い』かしら。もっとも、私もノアくん以外には一人しか見たこと無いけども」

「その一人とはまだ連絡が取れるか? もし取れるなら、こいつの為にも話を聞きたいんだが」

「無理よ。死んじゃってるから」

 なるほど、それはたしかに無理だ。

「そうか。ならばイセリアが解る範囲で良い。冒険者ギルドとして、『魔賊』の見解は?」

「『個人差が大きい』という特殊クラスの特性がもろにでるクラスね。戦闘に特化した魔賊も居れば、非戦闘に特化した魔賊も居る……と、考えられているわ。ただ、その本質はどちらかと言うと『魔法使い』の比重が大きいはず」

「その理由は?」

「簡単よ。『魔法が使える盗賊』は『ローグ』のクラスになっちゃう」

 ローグ。

 冒険者の中では希少な部類で、シーグだって数人を知っている程度だ。

 魔法が使える盗賊……主に盗賊系の技術を魔法によって底上げしながら、戦闘では体術をメインにする。

 その性格上、遺跡探索にはとても役に立つけれど、一般的な討伐依頼などには向かない。

 あんまり数が居ないのは、恐らく、盗賊ギルドに所属しているから、かな。

「じゃあ、これから魔法を……見てあげたいところだけど、そろそろあなたたちは仕事があるのよね」

 ちらりと時計を見てイセリアさんは言った。

 確かにそろそろ午後の二時。

 開店時間は午後三時、いい加減支度をしなければならない時間帯だ。

「だから、明日からにしましょう。勝手口の鍵はこれよ」

 金色の鍵を僕に手渡して、彼女は言う。

 鍵はずっしりと重かった。

 ……もしかしたら純金かもしれないな、これ。

 無くさないように気をつけないと。

「冒険者ギルドは依頼の斡旋を行う朝早く、と、報告を受ける夕方以降が込み合うわ。その時間帯は避けてもらいたいんだけど、そっちの都合は何時頃が良いのかしら」

「お昼が大丈夫ならその時間帯だろうな。ノアの日課も考えると」

「日課? 何してるの?」

「えっと……朝起きてからと、お店があく前の二回、お風呂入ってます。お店が終わった後も入る事がありますけど」

「へえ。風呂好きなのね」

 好きと言うか、身体から少しでも疲労を抜くためと言うか。

 洗濯もあるし。

「じゃあ、朝のお風呂のあとから、仕事前のお風呂の間か。時間はどのくらいになるの?」

「十時半には出れるから、十一時にはつくかな……。二時までは大丈夫だと思うので、一日あたり三時間です」

「そう」

 イセリアさんはとんとん、と指で机をたたく。

「時間的には丁度いいわね。それ以上長くしても集中が持たないでしょ。じゃあ、明日の十一時頃に来て頂戴。勝手口を使って、そのままこの部屋に来て頂戴。私も対応を終わらせて、すぐに向かうから」

「わかりました」

「すまないな、イセリア」

「良いわよ、このくらいは。それにいつもは私が、あなたたちにお願いしてるしね」

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