35 - 頭を抱える結果のこと
非戦闘系の測定について、最初は僕も小手先の技術だけでどうにかするつもりだったのだけど、
「魔法使えるなら使っていいぞ。それも魔賊のスタイルだろうしな」
とギルマスに補助されたので、鍵は解錠と施錠の魔法で全部ねじ伏せた。
足跡を残さない行動についても飛翔の魔法で悠々と。
けど、隠密行動とかはいまいち。
全く出来ていないわけじゃないのだけど、駆けだしの盗賊と同じくらいらしい。
「つまり、ノアの才能は随分偏ってると、そう言う事だな」
ギルマスが憮然とした表情で纏めてくれた。
「とにかく全体的にセンスがある。そう、センスがあるから、『センスでどうにかしてしまう』、出来てしまうんだ。だからノアには応用ができても基礎が疎かな部分が多い」
「魔法も含めて……ですね」
コーマさんもギルマスに同調する。まあ、僕も大体同じような考えだから、特に異論は無い。
「ノアくんの魔法は何と言いますか、とても感覚的なんですよ。良く言えばですけど。殆どの魔法を感覚で行使できてしまって、だから普通の魔法使いには難しい筈の抽出や追記もあっさりやってのけるけれど、もっと基礎的な部分が抜け落ちていると言いますか」
「つまりあれだな。雑ってことだ」
コーマさんががんばって優しい表現で伝えてくれていたのに、ギルマスは台無しにするかのような言葉で言う。
そんなギルマスに感心しないといった表情でコーマさんが視線を投げかけたけど、僕としては割とギルマスのほうに意見が近かった。
魔法。
シーグが使えたから、僕も魔法は当然のように使えている。
けれど、考えて見れば修行したのは、勉強したのはシーグであって、僕はその記憶を持っているだけに過ぎない。
もちろん、その記憶を十分には使えるはずだけど……完全には使えていないのだろう。
だから基礎が抜け落ちる。
そして雑になってしまう。
「まあ、『雑』と言うのは魔法使いが最終的に目指す所でもあるんですけどね。たとえばノアくんも『飛翔』の魔法を使えますよね。あれの単字魔法版として『翔』があるのですが、『翔』の魔法は対象を選べます。術者以外を自由に飛ばす事が出来るんです。そう言う意味でも、魔法は雑であれば雑であるほど強力なんです」
『魔法の矢弾』。属性を変化させることが出来ない上、動かし方にも制約があるけど、簡単に扱える魔法。
『矢弾』。望んだ属性を付与し、動かし方も自由で、形もある程度変えられるけれど、それらの全てを設定しなければ発動しない魔法。
ちなみにこれはコーマさんに聞いたのだけど、文字の数は四文字・五文字程度が、効果と難易度のバランスが良いんだそうだ。
三文字以下になると難易度が急激に上がるし、六文字以上になると効果がとても薄くなったりするんだそう。
「さて、どうしたものかな。とりあえず『魔賊』としての特性は、どちらかといえば戦闘寄りか」
「そうですね。『盗賊』でレベル70もあれば、隠密行動が出来ない者も殆ど居ないですし。まして89なんてレベルなら、それこそ本気で隠れれば見つけることはかなり難しくなるでしょう」
「その上でノア、お前はどうなりたい? 正直俺としては選択肢が多くてな、決めかねている。お前が戦闘能力の向上を望むならば純戦闘系のクラスとしてそういった仕事を優先して斡旋するし、盗賊能力の向上を志すならば基礎からステップアップしてもいい。第三の選択肢としては魔法使いとしての師匠を探すというのもあるな」
「うーん……」
生きるためにはどの能力も捨てがたいよなあ。
「戦闘は、僕の手に負える範囲でならば構いませんけど……。治癒系の魔法が使えないし、できれば遠慮したいですね。僕、生きていたいし」
「そうか。なら盗賊か魔法使いか……いや、両方かな。コーマ、お前、魔法使いの師匠になれるか?」
「基礎を教えるくらいならばできると思いますが……、私はどちらかと言うと感覚が苦手ですからね。感覚派のノアくんとは少し性質が合わないかと」
「なら……だめだな、盗賊ギルドに魔法使いなんてそうそう言ねえし、在籍者の大半はお前の弟子だし」
「そうですね」
コーマさんは盗賊ギルドにおける魔法使いのボス的な立ち位置のようだ。
そういえば最初にコーマさんの事を聞いた時、完璧主義者と言っていたっけ。
あれの意味が何となくわかった気がする。
多分だけど、コーマさんはあらゆる基礎を徹底して覚えた結果、人形師という力を手に入れたのだろう。
となると殆ど全面的に感覚でやっている僕の魔法は、たしかにとっても性質が合わない。
「仕方ないな。冒険者ギルドに斡旋頼むか」
「簡単に言いますけど、ギルマス。ノアくんのレベルを考えてください。ノアくんの指導役となると、それこそレベル90後半欲しいですよ」
「居るじゃないか。丁度いいのが、都合良く」
ギルマスは自信満々に言い放つ。
丁度いいのが都合よく……?
「どういうことですか?」
僕が聞くと、ギルマスはしたり顔で言う。
「かつて『絶対』と呼ばれた異国の魔法使いの冒険者に、アレシアというのが居てな。そのアレシアの、唯一の弟子。名前はイセリア」
アレシア?
その名前は……シーグが知ってるな。シーグが活動していた国内の冒険者ランキングの最高位。
たしかレベル98だっけ。
あの人、弟子とってたんだ。それは知らなかったな。
「そのイセリアが、この街の冒険者ギルドのギルドマスターだ」
「…………」
たしかに、『丁度いいのが、都合よく』居るな……。
「直近であいつの魔法使いとしてのレベルカードを見たのは三ヶ月くらい前になるか。レベルは97だったから、ノアの師匠は十分務まる」
「理屈はそうですけどね……。彼女自体、気分屋じゃないですか」
コーマさんは腕を組んで続ける。
「まあ、『絶対』の魔法使い、アレシアと違って、数人の弟子はとっていましたけど、冒険者ギルドの内部で細々と程度ですよ。そんな人が、盗賊ギルドの師匠役を引き受けてくれますかね?」
「普通ならば厳しいだろうな。だがコーマ、ノアが普通に見えるか?」
「いいえ全く」
「ならば大丈夫だろう」
なんだか今、ものすごく自然にひどい事を言われた気がする。
そしてものすごく納得されている。なんだろうこの釈然としない気持ちは。
「それにイセリア側としても、ノアを指導することに意義がある。今のイセリアは行き詰ってるからな……偉大すぎる師匠に並ぶためにはもう一つ、何かをしなければならないだろう。そしてその何かに、ノアがなれるかもしれないとほんの少しでも思えば、引き受けてくれると思う。ま、交渉は俺がするから安心しろ」
「はい。お願いします、ギルマス。……ちなみに、盗賊ギルドのメンバーとして、つまり盗賊としてはどうなりますか?」
「普通の新人と同じような仕事は割り振るから安心しろ。少しずつステップアップしていけるようにな。イセリアの指導が受けられるようになったら、あるいは冒険者ギルドに仮在籍することになるかもしれないが……イセリアと俺は『ギルドマスター』って立場でそれなりの協力関係にあるし、あっちも配慮してくれるはずだ」
なるほど。それもそうか。
「それじゃあ、俺とノアは冒険者ギルドに行くとして。コーマ、お前はどうする?」
「私はあそこが苦手ですからね。大体、私は一応、ただの一般的な人形師のつもりですし」
人形師と言う時点で一般的では無いような気がする。
ギルマスも似たような感想を持ったのか奇妙な表情になっているけど、追求しようとはしなかった。
「ですから、私は後片付けをして屋敷に戻ります」
「おう、解った」
「じゃあ、コーマさん。今日はありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をすると、コーマさんは笑みを讃えて僕に行った。
「ええ。ノアくんも、これから頑張ってくださいね。……そうだ、一つだけ、予めあなたにいい事を教えてあげましょう」
いい事?
「イセリアという女性は、とても『気まぐれ』な方に見えますが、そして実際そのようにふるまっていますが、その裏では常に計算と打算が動いている、そんな方です。ですから、どんなに彼女があなたに砕けた態度をするとしても、その裏側では常に『観察』……あるいは『監視』されている。そういう覚悟をしておくと良いでしょう。伊達にギルドマスターではありません」
「監視は言い過ぎだと思うが」
ギルマスは補足する。
「確かに観察はされるだろうな。がっつりと」
ふうん……?
どんな人か楽しみになってきた。
「それと、私の屋敷にもたまには来てくださいね。まだまだ魔法書はありますよ」
「はい。お邪魔する時は、ギルマスを通して連絡しますね」
「……やれやれ。まあ、お前らが良いなら俺も止めねえけど、モノ好きなことだな」




