31 - 仕事とコーマと人形のこと
その日の酒場の仕事を終えた僕は、そのままギルマスと一緒にギルマスの執務室へ直行。
そこで推理を披露することになった。
「その通り」
僕の話を聞いたギルマスのイソドは満足そうに頷く。
「コーマ・ヘクソンは仲間だよ。ある程度力を持ったり有名になった仲間については、内部調査を行う決まりでね。彼の場合は特に人形師としての名前が広がりつつあるから、そのせいだな」
なるほど。
「ちなみに、忌憚のない意見として、ノアは屋敷の地下にあった人形をどう思う?」
「うーん。ちょっと不気味、ですかね。人間に似過ぎている。のに、なんか人間じゃない、みたいな」
「それは、パーツの配置がおかしいとかかな」
「いえ。『完璧すぎる』んだと思います。人間として容姿や体型が整い過ぎている。一周回って不自然なんです」
「なるほどね」
ギルマスは何度か頷くと、とんとんとん、と執務室のドアが三回テンポよくノックされる。
「コーマです、入りますよ」
「ああ、入ってくれ」
コーマ?
「失礼します……おや、先客ですかな?」
「ああ。紹介しよう、こっちの子供はノア・ロンド。つい九日ほど前に加入した新人だ。で、そっちがコーマ・ヘクソン。ギルドに加入して二十三年、俺とほぼ同時期にギルドに加入した、いわば同志で人形師だ」
「お仲間でしたか。いやはや、君のような少年が盗賊ギルドに加入するとは。詳しくは聞きませんが、大変な人生ですね」
入ってきたのは好青年のような外見の人だった。これで年齢が……、どうも若く見えるな。
否定はできないので、僕は曖昧に笑ってお辞儀をした。
「はじめまして。ノアです」
「はじめまして、コーマです」
特に僕を見る視線に違和感は感じない。そこまで子供好きと言うわけでもない、のかな?
僕はそう思って視線をギルマスに向けると、なんだか奇妙な視線を感じた。
うん、前言撤回。警戒しておこう。
「さて。今日は敢えて二人を会わせたくてね、呼び出したんだ。コーマ、これを」
「はい?」
コーマさんにギルマスが渡したのは封筒だ。
その封筒には見覚えがある。僕が提出したあの封筒に違いない。
コーマさんは封筒を開けて中の紙を確認すると、その表情は驚愕がありありと浮かぶ。
「その調査書、よく出来てるだろ?」
「驚きましたね……。一応屋敷の中に侵入者が居ないかどうかは毎回確認していますが、痕跡らしきものもありませんでしたし。さすがギルマス、全く気付きませんでした」
「いや。作ったのはノアだ」
「そうですか。…………。え? この子がですか?」
うん、とギルマスは頷いた。
自然、コーマさんの視線が僕に向く。
その視線は先程の観察するようなものとはまた違っていて、値踏みするかのような視線だったのだけど、数秒ほど僕を見てから、ふむ、と大きく首を傾げる。
「期待の新人、ですねえ。私が痕跡を発見できないくらいですから、潜入系の命令は上の中まで既に可能では?」
「コーマもそう見るか」
「ええ。悔しいですが、潜入に関する事については私を越えているはずです。まだまだ粗削りな部分があるにせよ、十分かと」
にたりとギルマスは笑う。
「ならばそちら側の証明は終わりか。じゃあノア。お前、率直に言って、コーマを見てどう思った?」
「……えっと、若いなあ、とか。聞いていた年齢とは大分齟齬がありますけど、それがどうかしましたか?」
「だそうだ。コーマ、良かったな」
「ええ。どうやら私の腕はなかなかどうして通用するようじゃありませんか」
腕?
何の事だろう……。
「三分。ノア、三分やるよ。コーマが隠してるのを当てて見ろ」
「…………、何をしても良いんですか?」
「ええ。良いですよ」
ふむ?
僕はとりあえず思い浮かんだ事を言ってみることにした。
「コーマさんの本体ですよね」
「…………」
「…………」
二人が黙る。
「いやいやいやいや。何をしても良いんですか? って聞いたんだしさ、ノア。せめて何かしろよ。それで気付いたならわかるけど、何もしないで気付くってどうしてだよ」
「どうしてと言われても……地下に子供を模した精巧な人形があったし、人形師ってクラスについて多少考えれば、自然な発想だと思いますけど。作ることに特化した人形師が居るように、動かす事に特化した人形師だっているんですよね? なら、両方に優れてる人形師が居てもおかしくないじゃないですか」
人形師に関する報告書において、コーマ・ヘクソンはその立ち位置が不明であると書かれていた。
けどそれは、分類することが難しいと言うニュアンスに感じられたのだ。
つまりコーマ・ヘクソンは、『全てに優れる人形師』なのだろう。
ちなみに、『両方に優れる』タイプは冒険者に多い。魔法戦士で魔法としても前衛としても一線級、みたいな。
「それに、何をしても良いですか、に対して良いですよって答えもありました。全身が細部まで精巧に作られている事は地下の三体で確認済みです。流石に生命活動はできないと思いますけど、でも外見上、全てのパーツが再現されていた。だから例えばこのコーマさんを裸にしたとしても、特に人間と変わりは無いと思います。だからやっても無駄かなって。やるとしたら輪切りにするのが手っ取り早いですけど、万が一人間だった時に僕が困りますし」
「解った。うん。ノア。何をしてもいいとは確かに言ったが、流石に輪切りはやめよう。ほら、コーマも怯えてる」
あ、本当だ。
でも良いって言われたし。
「なんですか、この子。なんか発想がすごい怖いんですけど」
「はっはっは。……ちなみにこいつ、例のコイン探しも似たような感じで身も蓋も無く解決したからな」
「末恐ろしい才能ですなあ……。まあ、正解です。私、コーマ・ヘクソンの本体は今、屋敷にありますよ。そこの寝室からこの人形を操作しているわけです」
へえ。
物を操る魔法はあるけど、その有効範囲はそんなに広くは無い。ここから屋敷まではある程度距離がある事を考えるとそのあたり、才能があるのか……あるいは、操れる対象を限定することで有効範囲を広げたのかもしれないけど。
「でも、すごいですよね。疑えと言われたからそう発想できましたけど、それが無ければ気付けなかったと思います」
「だろう? コーマの人形は外観上、人間に限りなく近いからな……まあ、ノアの発想した通り、傷を受けても血が出たりはしないから、そのあたりで見分けはできるんだが。息もしないし、心臓もないから、その系統でも判別はできるかもしれない」
逆に言えば傷を負っても問題なく動けるのだろう。
それはつまり、微妙に意外だけど、戦闘向きと言うわけだ。
さらに言えば息をしないでいいのだから、水中でも活動できると。
「そういえば、盗賊ギルドって戦闘専門の人、居るんですか?」
不意に気になったので聞いてみると、ギルマスは困ったような表情でコーマを見た。
コーマさんも困ったような表情で、そうですねえ、とか呟いている。
「心当たりがないわけではありませんが、基本的に戦闘は冒険者ギルドにお願いしちゃいますからね。私も一応戦えますけど、レベルカード的には人形師、レベルは89程度しかありません」
「いや、89って十分高いんじゃ……」
ていうかこの人でも89しかないのか。
技術的にはケビンより上かもしれないとか思ってたんだけど……まあ、ケビンは技術云々以前の力で叩きのめすタイプだから、比較のしようも無いか。
「ちなみにギルマスは?」
「知らん。俺、レベルカード持ってねえし」
ギルマスに至っては論外だった。
「というかだな、ノア。俺達盗賊ギルドにとってレベルってのは対して意味が無いんだよ」
「何でですか?」
「純粋な戦闘になるような依頼は冒険者ギルドに行く。それは解るよな。で、俺達がする戦闘ってのはそのほとんどが不意打ちであって、そうでなくとも暗殺とか闇討ちとか、そういう類のもんなんだ。そういうのはレベルには反映されにくい以上、俺達がレベルカードを持つことにはあまり意味が無いんだ。ま、ひとつの目安にはできるが」
「そうなんですか……」
『鍵開け』とかで定義してあげれば、どのくらい鍵を開けるのが得意なのかとかが解りそうなもんだけど。
でも考えて見れば『盗賊』になるだけだから、確かに目安にすらならないのかもしれない。
「だから冒険者ギルドと違って、レベルカードも配布はしていない。欲しいなら買え、そういうスタンスだな。持ってるのは半々くらいか」
「結構少ないんですね」
まあ高いからなあ、レベルカード。
僕が買うつもりになっているのは、ここで生活する限り衣食住に困らないからだし。
「ちなみにギルマスは鍵開けがものすごい得意なんですよ。ほとんどの鍵は数秒で開けちゃいますね。金庫の鍵も十秒とかで」
「うわあ。まさに盗賊」
「いや盗賊ギルドだからな?」
それもそうなんだけど。
「それにコーマだって鍵開けは得意な部類だろう」
「本体ならそうですね。人形を通すとどうしても、時間がかかりますよ」
へえ……?
「コーマさん。差支えなければで良いので、質問したいんですけども。人形師の人形操作って、魔法の一種なんですか?」
「そうですね。複数の魔法を同時に使う、複合魔法です。『操物』、『設視』、『設聴』の三つが使えれば、とりあえず動かすくらいはできますよ」
「三つ……僕には難しそうだなあ」
「おや。ノアくんは魔法も使えるんですか?」
「嗜む程度にですけどね。田舎育ちなので、魔法書なんて読んだ事数えたくらいしかないですし」
「そうですか。なら今度、私の屋敷にある魔法書、持ちださないなら読んでも良いですよ。対価は戴きますが、金銭では無くて結構ですし」
お金が掛からないのは魅力的だけど、これはお金を要求された方が良いパターンな気がする……。
じと目で僕がコーマさんを見ると、つられたのかギルマスも感心しない、そんな目でコーマを見つめていた。
「ああいえ。別に身体で返してほしいというわけではあるんですが、そう言う意味ではなく、ちょっと計測をさせてくれればそれで良いんです」
「計測?」
「ええ。手や足の長さとか、太さとか。そろそろ次の人形も作ろうかなあと思っていまして、『素材』としていろんな子の計測をしているんですよ」
「へえ。でも僕、そんなに特徴は無いですよ?」
「特徴が無いと言うのも重要なんです。歓楽街で『買う』のは大抵整った子が多いんですけど、だからこそ色々と偏ってしまうんですよね。だからといって一般家庭と夜伽する権利を買うわけにも行きませんし。……まあ、そう言意味ではノアくんも大概整ってる部類に見えますけどね」
「ふうん……。まあ、計測されるだけで魔法書読めるなら安いかな」
「交渉成立ですね。じゃあ今度、暇な時にでも屋敷に来てください」
僕はちらりとギルマスを見ると、ギルマスは頭を抱えていた。
「お前らな……いやまあ、お前らが同意の上で取引するなら、ギルドとして関与はしねえけどさあ。けどコーマ、変な色目で見るなよ。お前、ただでさえ『人形師』としての評判よりも『子供好き』としての悪い評判があがってんだから。憲兵が動くぞ下手すると」
「その時はお金でどうにかします」
すごい割り切りを聞いた気がする。
反省じゃ無くて袖の下で解決するって。いや、有効かもしれないけど。
「じゃあ、ギルマス。そろそろ夜も更けてきたので、僕はそろそろ良いですか?」
「そうだな。当初の目的も達したし、良いだろう。おやすみ、ノア」
「おやすみなさい、ノアくん」
「はい。おやすみなさい。それとコーマさん、早ければ明日にでもお伺いしますね」
そう言って僕はお辞儀をして、執務室を去る。
思ったよりもいい人そうだし、魔法書も沢山読めそうだ。
なんだか満ち足りた気分で僕は部屋に戻り、そのままベッドに飛び込み、眠りについた。




